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第二十六話 昨日の敵は今日の友


「やっと、二人きりになれましたね。ターニャ・ユロワこと、田中優真君」


店案内が終わり、少し店から離れた公園に居る。

メアリさんは大人びた笑みを浮かべ、楽しそうに言った。


うー…、やはりバレていたか。


「いつから気付いてましたか…?」

「そうですね、最初から…と言ったところでしょうか。だって、今、彼方は魔王と行動しているでしょう?あの人の料理、本当に美味しいんですよ。グルメ雑誌にも掲載された程の腕です。魔王になっても酒場は続けてくれていたので、ファンは結構大喜びなんです」

「つまり…吉田魔王様が魔王でもこの国は大して気にしていないと…?」

「はい。だって、台所で料理する魔王なんて前代未聞ですよ」


楽しそうに笑いながらメアリさんは言った。


恐らく、常連であろうメアリさんが最初に言ったあの言葉は、確認だろう。

あなた、新入り?とはそういう意味か。カイン達は、この人が変人だということのを知っているから逃げ出した。

つまり、何も知らないで此処に突っ立っている人こそ、指名手配犯というわけか。


にしても、吉田魔王様。

あなた、皆の優しさに生かされてるな。

この国位じゃない?魔王を敵視しないの。しかも理由は、料理が美味しいし、魔王っぽくないから。

趣味が自分を救ったんだね。


「…で、どうしますか。メアリさん。僕を連行したりします?」「そうですね。けど、そう簡単に連れて行かせてはくれないでしょう?」

「勿論」


鬘を剥ぎ取る。

服もどうにかしたいのだが、背に腹は変えられない。


…というか、初めてだな。まともに話を聞いてくれる国民。


「あら、鬘をとってもやはり可愛いですね。男の子には到底見えませんよ。

けど、あなた、救世主なんでしょう?…私一人ではちょっとキツイと思うんですよ」


諦めて帰って下さい。


「だから、応援呼びますね。『召喚』」


白い光が辺りを包む。

その光が完全に消えた時、一人の男性が立っていた。確か、ノイズさんだっけ?

あー、良かった。やっぱり人って『召喚』出来るんだ。そういや、僕も召喚されたんだっけ。

「公園…?何だ、メアリか。何か用?」

「はい。指名手配犯の逮捕に協力して下さい。全ては皇子様の為に」

「そういうことなら。…あー、めんどくさい」


ちらりと猫モドキを見る。

猫モドキはこくりと頷くと、走って逃げた。


……?走って、逃げた…?


「えっ、ちょっと、待っ…」

「随分と、余裕じゃありませんか!行きますよ!」

メアリさんが叫ぶ。


えぇ。来ましたね、ノイズさんが。

しょうがない。僕の平穏の為に、やるしかないか。


そっと、僕は自身の影に手を伸ばす。

ズブッ…と手が影に呑まれ、そしてまた出た。その手には黒い本が握られている。

けどね、描く暇が無いの。

今避けているのも奇跡の様な、怒涛の蹴りが来るんですもの。


「ちょっ、まっ…」


不意に足元が光った。

本当に、待って下さい。


水が僕の身体を簡単に宙へ放る。

あー、この先が容易に想像出来るよ。どうせ、蹴り落とされんだろ?


それは嫌なので、指を噛む。黒い血が溢れだす。

さてさて、どっちが早いのかな。


素早く本を開き、目に入った陣をなぞる。

と同時に、ノイズさんは人間とは思えない脚力で僕を蹴り落とした。


『跳ね返しの陣』と、あともう一つ。

この本で、唯一『魔眼』で構成可能な陣。


派手な音が響き、砂埃が舞う。

二匹の蝙蝠が僕の周りを飛んでいた。

何とも愛敬のある蝙蝠で、デフォルメで描かれたかのような赤い目と三日月の様な笑みを浮かべた口。

女子高生とかが鞄に付けていそうな奴だ。


『クケケケケッ!『跳ね返しの陣』か。案外、えげつないな。影の王』


だが、どうにも口が悪いんだよね。

何とかならないのかな。


先程、派手な音を響かせ地面に激突したノイズさんの姿を見て、流石に反省。

呻いていることから、辛うじて息はあるようだ。良かった、良かったって…そういう問題じゃないか。


「つーか、影の王じゃないから。僕に中二病設定を押し付けないでくれ」

『クケケッ!闇の統治者の方が良いかぁ〜?』

「そっちの方がカッコいいけど、却下。僕は普通の高校生です。ちょっと、お馬鹿な」


なんて呑気な会話をしていたら、小さなメアリさんの悲鳴が聞こえた。

いや、悲鳴と言うよりは息を呑む音と言った方がいいかもしれない。


「ノイズっ…。流石ですわね、勇者の力をはこれ程の…しかし、その姿。まさか、悪魔と契約した人がいるなんて…」


自嘲の様にメアリさんが顔を歪めて言う。

止めて下さい、皆して中二病押し付けるのは。

 

『クケッ!しょうがないだろ、本当のことなんだからさぁ~。だが、まだ本契約はなされていない。

まぁ、頑張れよぉ~馬鹿な勇者』

「折角、『召喚』してやったのに、何でお前しか出て来ないんだよ」

『それは、契約が完全ではないからダ。召喚の陣。それは門である。契約が鎖、魔力がその鍵とするならば、今の仮契約者であるお前は門を半開きにしか出来ない訳ダ、クケケケッ!バーカ!』


ウゼー、この蝙蝠達、ウゼー。今すぐ送還してやる。

ちなみに、語尾を伸ばすのがアイゼル、『ダ』とか必ず最後が片言になるのがヘブライ。

蝙蝠のくせに、中々カッコいい名前だ。…見た目にあってないけど。


「何処の世界に、闇だか影だかの力を借りて世界を救う馬鹿な勇者がいるんだ」

『救いは破壊。破壊は救い。同列にして異質。異質にして同列。お前はそう言うが、この世界に二人程その馬鹿がいたゾ』


マジでか。


『一人は一番初めの勇者。少し歳をとった若い男だったゾ』

『二人は、勇者でない唯の男だ。だ~が、素質が無い為に、命を落とし、その息子が我々とはまた違う方法を用いて混沌を世界に生んだ』


へぇー。最初の勇者は大人なのか。

てっきり、僕らくらいの歳の子を選んでいるのとばかり思っていたよ。

いや、それを僕が言っても説得力の欠片もないな。何だかんだで僕も一応は成人だし。


けどさ、ゲームとかってそういうお年頃の少年少女ばかり召喚しない?

いや、大人だと盛り上がりに欠けるっていうのもあるかもしれないけど、それはそれでちょっとおもしろそうだとか思ってみたり。


にしても、さっきからメアリさんが何も仕掛けて来ないのは何故?

ちらりと見てみると、メアリさんは何やらぶつぶつ呟いている。

長い茶色の髪が魔力で、浮かんでいた。


「…何かさ、ヤバくない?」

『クケケッ!バーカ!気付くの遅せー!』

『あんなに魔力と時間を消費するってことは、勝負に出たナ。ほら見ろ、あの陣。お前が何時も描く様なへなちょこの小さい陣でなく、結構大きな陣だろウ?ありゃ、そうとうな大物を『召喚』するゼ!』

「いちいち余計なんだよ、お前らは!お前達、何とか出来ないの!?」


ぴたりと蝙蝠達の動きが止まった。

そして近くにあった僕の後ろの木に止まる。


『出来るゾ!』

『だが、少々…いや、もしかしたら死ぬぜ〜!』

「いや、だったら止めとく…って、何やってんの?」


ボォ…と木に止まる蝙蝠達の口が赤く輝きだす。

待てぇいっ!誰が許可したよ?つーか、さりげなく僕まで巻き込もうとしてないか?


嘘だよね?頼む、嘘だと言ってくれ。


『ちなみに、嘘じゃないゾ』

『潔く死に晒せ〜え』


黙らっしゃい。


「何、召喚主をぶっ殺すわけ?仮にも契約者だし、召喚主よ?僕。殺すでない」

ノンノンと手を振る。

蝙蝠達は、クケケッと笑った。目もいつの間にか三日月に歪んでいる。


『ヴァルベル様の言い付けだゼ!』

『何としても本契~約!じゃないと俺達に明日はな~い!!』


お人形、お人形と叫ぶ蝙蝠達を一瞥する。

ほほう、読めたぞ。ヴァルベル様っていう吸血鬼の女王様がいるんだけど、そいつに抹殺命じられたのか。出来ないと、めでたくお人形デビューとな。

ちなみに、ヴァルベルというのは、僕がこの蝙蝠達の代わりに召喚したかった悪魔じゃないけど闇の魔力を持つ吸血鬼のお嬢様。というか、女王様。まぁ、それは、いつか話すとして。


僕は思いついてしまったのです。

なーんだ、簡単じゃないか。つまり、この状況を打破するには…。


「『送還』っ!やーい、バ〜カ!」


蝙蝠達の足元(?)に陣が浮かぶ。

蝙蝠達の姿が陣に吸い込まれる…のを蝙蝠達は踏ん張って耐えた。は…?耐えた?


「マジかっ!?『送還』って踏ん張って耐えられるものなの!?掃除機とか、トイレの比じゃねぇんだぞ、多分!」


メアリさんは詠唱が終わったのか陣が盛大に光った。白い光が辺りを照らし、天使だかよく分からないとにかく羽根の生えた人型の生物が白い光線を放つ。それに、蝙蝠真っ赤な光線が発射されるのは同時だった。


「うっそ~ん」


退路も進路もないな。ついでに時間もない。どうしよう。

つーか、メアリさん鬼だな。ノイズさんに当たるぞ。

…と思っていたのだが、ノイズさんの足元に『瞬間移動の陣』が浮かぶ。その姿はすぐにかき消え、メアリさんの横に現れる。


いや、別にノイズさんが居なくても居ても、僕は困るのですよ。

もし、蝙蝠達の力が強ければメアリさん達が塵になる。メアリさんの力が強ければ蝙蝠達が塵になる。

それは少し可哀想だ。

…一か八か。もし当たったらゴメン。


「『跳ね返しの陣』レボリューション!」


唯の二つ重ねた陣だけど。

一度は言ってみたかったんだよね。


両手に『跳ね返しの陣』が浮かび上がる。

ちと、大きさが小さいのが心もとないが、そこは勇者の底力でなんとかなってほしい。


まぁ、仮に失敗したらこの両方向から来る攻撃により僕は木端微塵、塵など残れば良いねなんて具合に消滅しかねない。…それはとても。


「怖っくな~いっ!!」


正直、足ガクガク。冷や汗ダラダラ。

ちくしょー、恐いじゃないかっ!いつもの癖で肩を抱きたいのだが、そんなことをしている暇はない。


二つの光が僕目掛けて直撃。

メアリさんよ、連行とかのレベルじゃないよね?最早殺す気だよね?死体を連れ帰るつもりだね?


「いでてって……骨、折れる!ストップ、待って、タンマ!」

『逝け~』


「だからっ…!」


ホントに、痛いんだってば!


「いい加減にしろッ…!」


魔眼が一瞬光る。

瞬間、目に激痛が走った。


身体の底から黒い魔力が溢れると同時に、空に、二本の黒い光の光線が走る。

初だと思う、逆ギレして形勢逆転する勇者。


蝙蝠達はそそくさと陣に吸い込まれて行った。

ちっ…、逃げられたか。まぁ、いいや。そんなことより。


「ほんと、ウチの子達がすみません」

未だ状況が掴めず、呆然とするメアリさんを余所に僕はノイズさんに駆け寄る。

僕だって状況つかめてないし。…まぁ、当初の目的とはズレているのは分かってるけど。


手はボロボロだった。

変な方向に折れ曲がっているというべきか。腫れあがったかのように赤い。実際、腫れてるのかもしれない。


『治癒の陣』でノイズさんの回復を待つ。

奇妙な沈黙が続いた。


「おーい、優真!生きてるかー?」


カインの声が遠くから聞こえて来たかと思うと、茂みから猫モドキとカインが飛び出してきた。

後からノワールや、教官、ノーイさんに吉田魔王様が続く。


「生きてるよー。どしたの、皆。お店、放棄?」

「どうしたもこうしたもないだろ。さっきの轟音と、黒い光を見た瞬間全員興味心身に外に飛び出して行ったよ」

「優真様、目から血が出てますわよ!大丈夫ですか!?」

ノワールがあたふたと慌てる。

地面に座り込む僕に、猫モドキがぬっと顔を出し、目から滴る血を舐めてくれた。


「お前、よくも逃げたな」

わしゃわしゃと猫モドキの頭を撫でてやる。その手に皆、息を呑んだ。

『猫モドキは、助けを呼ぼうとして去ったんだが、誰も言葉が分からなくてな。ノーイがそれに気付いて事の次第を聞いていたら、外の方で轟音が聞こえてきたかと思うと、黒い光線が空に向かって放たれていたので慌てて向かったという訳だ』

「というか、お前。その手はどうしたんだ?」

「手荒れとか…?そんなことより…ぐふぇっ」


容赦ない教官の蹴りが、胸にヒット。

ブーツで蹴るのは止めて下さい。先の方が固いので痛いんです、結構。


「先に帰るっ!」


教官はすたすたと元来た道を歩き出す。

「はぁ…それじゃあ、帰りましょうか。今日は閉店ですね…全く人騒がせな」


ノーイさんが、地面に移動の陣を描き始める。

未だ戸惑いの色を浮かべるメアリさんに、とりあえず言っておく。


「…お相こってことで、良いでしょうか…?」

その物言いに、メアリさんは苦々しく微笑んだ。

「…そうですね。いえ、勝負はあなたの勝ちです。だからまた、挑戦しに来ます。そうですね…明後日くらいに」

「そりゃまた、随分と急ですね」

「その時には、穏便に飲み比べとか、食べ比べにしましょう。皇子も連れて来て。皆で」

ふふっ…と笑いながらメアリさんは素早く陣を描き、ノイズさんと共に姿を消した。


「結局、何がしたかったんだろうな…?」

「それを言わないでよ。怪我した僕が馬鹿みたいだ」

「大丈夫だ、お前は馬鹿だから。こら、動くなって」ノーイさんが陣を描き終わり、白い輝きが僕を包む。

鳥肌が立ったのはきっと、先の事がトラウマになっているからかな。


「…まぁ、昨日の敵は今日の友ってことで、良いんじゃないの」

「ホント、骨折り損の草臥れ儲けだな」


返す言葉が無かったのは、言うまでもない。

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