第二十四話 女装
「…目撃情報が此処でありました故、調べさせてもらってもよろしいですね?宜しければご案内していただけますか?」
「も、もちろんですわ…。おほほほ」
長い黒髪が動作にあわせて揺れる。フリルををこれまでかというほどあしらった丈の短すぎるゴスロリでくるりと向きを変えると、ふわりとスカートが揺れ、日を浴びたことのない様な白い太腿が垣間見えた。
店の至る所から視線が集中する。
「失礼、申し遅れました。私、第一皇子側近のメイドをやっております、メアリですわ。レディ」
手を差し出される。
…何ですか、この手は。いや、そりゃ意味は分かるよ。挨拶でしょ。漫画で皇子様が姫によくやる。けど、君、女でしょ!?その差し出し方おかしいから!何、オカマなの?
店の奥から必死に笑いを堪えて、もがくカイン達の姿が目に入る。
「まぁ…。けど、此処のお店にまた来てくれるというなら案内して差し上げてよ?」
一生来るな。内心そう思いつつ、やや引き攣った笑みを浮かべた。
周りから何やら奇声という名の雄たけびというか、歓声が飛ぶ。
くすりとメアリが笑う。
「良いでしょう、望むところです…」
その間が、名前を教えなければならないという空気だったので取りあえず名乗ることにする。
「たにゃ…いえ、ターニャ・ユロワですわ、メアリさん。親しい友にはユウコと呼ばれておりますの。良かったら、そうお呼び下さい」
危ない、危ない…。もう少しで本名名乗るところだったよ。
ちょっと待て、僕。何故、その名前から優子となった?何処にもそう呼ばれる要素ないだろ。
何はともあれ、どうも皆さん。
田中優真改め、ターニャ・ユロワ。愛称、優子。
只今、女装中ですわ。
何故このような事態になったかというと、一時間程前まで遡る。
早朝。
次の転移は、情報が集まってからということで、しばらくの滞在が余儀なくされた。
ということで、しばらく隠れ家であるこの店で営業をするらしい。
珍しく、ノワールの姿もあった。カインと僕、そしてノワールさんは机を囲んで朝食を取る。
「…此処が何かあった時の隠れ店ってことは分かっただが、国民全員情報収集に回すんだろ?店員はどうするつもりなんだ?」
何か、文化祭の出し物決めるみたいだなとか思いながらコーヒーを啜る。
「どうせ客はそんなに来ませんよ。私達だけでどうにかなるでしょう…と言いたいところですが、猫の手も借りたい程の忙しさになることでしょう」
床でご飯を食べていた猫モドキが、不安そうに顔を上げた。
うん、大丈夫だよ。君、猫じゃないから。
猫モドキだから。
「して、その理由は?」
「魔王様が料理の達人だからです。一度は何かの特集に組まれた程なんですよ。隠れ家といっても酒場なので、魔王様は仕事の合間とかに息抜きに働いています」
カインの問いに、ノーイさんは胸を張って答えた。
へー、魔王なのに?それとも魔王を名乗る前かな。
こっそりとノワールに聞いてみる。するとノワールもこっそりと返してくれた。
「魔王を名乗る前ですわ。…まだ当時の記事なら取っといてありますが、見ます?」
「ぜひ見たいのだけれど、また今度、時間がある時にするよ」
二人で顔を見合わせて、そっと耳を澄ましてみる。
店の奥でトントンと狂うことのない一定の包丁音が聞こえてきた。
吉田魔王様、料理に没頭中。
ねっ?とノワールが笑う。
…流石というべきか。あの人、何事にも熱心に取り組むもんな。邪魔しないでおこう。
「…そうとなると、二人じゃなかなかキツイんじゃない?まぁ、僕には関係ないけど。事態が事態だからね。何か騒ぎがあったりして店潰れたりしたら、吉田魔王様目に見えて落ち込むよ」
「そう、そこなんですよ。どうしましょうか?姫様には、会計を頼もうかと思っているんですが、大丈夫ですか?」
「えぇ。会計くらいなら大丈夫よ」
それまでずっと黙っていたカインが不意に口を開く。
そう、それこそが僕にとっての悲劇の始まりだった。
「一つ、確認したいのだが」
「どうぞ」
「バレなきゃ、良いんだよな?」
少しの沈黙。
ノーイさんがえぇ、まぁ…と曖昧に頷く。
「そして、優真。一つ確認しておくが、吉田雪はお前のストーカーとっても良い程のファンだな?」
「さぁ…、僕としては違うと言いたいところだけど、僕の部屋の内部構造全部知ってたからね。否定できない」
カインは、うむと頷いた。
そして静かに目を開く。
「バレなきゃいいんだよな」
何回言うつもりだ。
まるで悪ガキが先生に見つからない様に話すかのようにカインは言う。
悪ガキらしく、けろりとした表情で。
「女装すれば良いんじゃないか」
「…カイン、コーヒーに毒でも盛ってあった?」
ツッコミ役がボケに転じるなんて!君からそれを消したら一体何が残るというんだい!?
周りも、あぁと納得していた。まるで鶴の一声を聞いたかのような感心した表情で。
おいおい、納得しちゃ駄目だろ。
「仕方がないだろ。仮にも世話になってる身だ。…がんばれ」
「じゃあ、化粧は私がしますね」
「じゃ、そういうですので」
無言でショックを受け、惚ける僕に、猫モドキが膝上に飛び乗って丸くなり、安らかな寝息と共にその身体が上下に膨らむ。
トントン…と、小刻みに何かを切る音が延々と木霊した。
そして、トランクに収まりきらない程、大量の服を持ってきたノワールとその助手を勤める教官によって、田中優子ちゃんは生み出されたのである。
「優真様…洒落にならないくらいよく似合ってますわね…。我ながら、少し妬いちゃいそうです」
「あぁ、本当によくにあっているぞ。優真…いや、優子。カインもよく頑張った」
腕組して満足そうに頷く教官。
「何で、俺まで?」
「ついでだ」
カインは、赤く長い鬘に薄桃色の豪快にフリルをあしらったワンピースの様な服を着せられていた。
騎士だけに、筋肉のひしきまった体格がそれを拒んでいる。
正直、異質だ。
「…そうか。まぁ、最初に提案したのは俺だしな。
ほら、優真。出てこい。恥ずかしいのは皆同じだ。なぁ?猫モドキ」
カインが僕の足元で震えている猫モドキを抱き上げようとしたが、猫モドキは素早く身を引っ込めた。そして僕の足元でじっと様子を伺っている。
「心に深い傷を負ったようだな…」
「大丈夫だよ、猫モドキは両生類だから。良く似合ってるよ、猫モドキ。
…そうだよな、いきなりだったもんな。寝ている時の奇襲で、一瞬の出来事だったもんな。怖かったよな」
「…こいつが一番の重症だな」
呆れと同情の混じった目でカインは僕を見た。
一体、誰のせいだと思っているんだ。
「あっ、出来ました?あはは、騎士長は全然ですね」腹を抱えて笑うノーイに、カインはうるせーと返事をする。
隣には吉田魔王様が立っていて、摩訶不思議な生命物体に遭遇したかのような唖然と困惑の表情を浮かべていた。
「さてさて、お馬鹿な勇者の姿が見えませんが、どうしたんです?」
ノーイさんが意地の悪い笑みを浮かべて辺りを見回した。
ノワールが、興奮しながら早口に喋る。まるで、格好いい車を見つけた子供の様に。
「ノーイ、お父様、見て下さい!私達の珠玉の作をっ!」
カインに背中を押されて、吉田魔王様達の前へと飛び出す。
「えと、どうも…」
「あなた、女に生まれれば良かったんじゃないですか…?」
『よく似合ってるぞ。そろそろ店を開けるから全員配置につけ。そして、お前は元に戻れ』
ぽかーんとしながらノーイさんが言い、吉田魔王様はカインを指差しながら指示を出す。
「はーい」
こうして、僕の悲劇は幕を開けたのだった。




