第二十二話 逃げるが勝ち
「…だから言ったでしょ。僕、嘘付かないから」
打ちひしがれるオズさんを一瞥し、猫モドキを泣いている子供たちに抱えさせる。
あっ、逆効果とかにならないよね?
次に携帯を取り出し、電話を掛ける。
これが成功してくれないと、後々困ると思うんだよね。
『はい、もしもし…』
「あっ、陽一郎さん?吉田さん、近くに居る?…いや、まだかわらなくて良いけど。色々あってね。一人鬱になってる人がいるから適当に愚痴っといて」
僕、医者じゃないんだけどというコメントは無視し、オズさんに携帯を持たせる。
「…で、お前はこれから何を?」
「逃げるが勝ちだよ、カイン。…さて、結界で防ぐのも中々辛いな…。向こうが攻撃止めてくれば助かるんだけど。とりあえず、応援呼ぼうか」
小脇に抱えていた書を開き、指でなぞる。
その仕草に、吉田魔王様が眉間に皺を寄せた。
今持っている本は何かって?
正直、僕にも分かんないんだよね。魔城に来た時、いつのまにか、べッドの下に落ちてた。
言っておくけど、エロのつく本じゃないからね?
こんな状況の中、そんなもの読む余裕があったら、この窮地をとっくのとうに抜け出してる。
けど、この本。唯の本じゃないみたいでさ。
触れていると、魔法陣が溢れて来るんだよね。
馬鹿にお優しい、なぞるだけのワークブックとでも言えば良いんだろうか。
とにかく、血で本に描いてある陣をなぞるだけ。普通に地面とかに描くのもあるけど。
けど、複雑過ぎて魔眼で発動出来ないのが悩みの種だ。
「『召喚』」
黒煙が辺りに立ち込める。
だが、それだけだった。
何も起こらない。
あれー、確かに召喚したはずなんだけど。
「おい、何も召喚されてないぞ?」
カインがやや呆れ顔で言う。
「うん、そう……あ」
「どうした?」
今召喚したものと、一つの疑問が見事に一致した。
「僕、とっくのとうに、結界張るの止めたんだけどさ。…何で、攻撃されてないの?」
「………。責任とって、外見て来なさい」
「はい…」
何て、漫才をしている場合ではないのだけれど、カインの言うことも一理ある。
だが、見なくても分かるんだよね。だって、召喚主だもの。
『どうせ、立て直すんだ。壁を壊せ』
何か魔王様完全にくつろいでますね?
さっきのやる気は一体何処へ?
子供達は猫モドキと遊んでるし、ご婦人方は井戸端会議を開いてるよ。
何、この体たらく。
ねぇ、僕来ない方が良かった?良かったよね?シリアスな雰囲気が台無しだよね?
「まぁ、そういうことなら遠慮なく」
指を鳴らす。
同時に天井の一部が吹っ飛んだ。
そこから見える青空。
あら、まぁ…良い天気。
…の筈がないじゃないか。
やべぇよ、地獄だよ。召喚したの、僕だけど。
くるりと踵を返し、カイン達の元へ戻る。
「どうだった?」
「……今すぐ、逃げよう。侵略されるのも時間の問題だ」
真顔で言うと、カインは驚いた様な表情を浮かべる。
教官も怪訝そうな顔をした。
『そうだな、それが良さそうだ』
同じく壊れた天井の一部から空を見上げていた吉田魔王様がぽつりと呟いた。
「そ、そんなに押されているのですか…!?」
ノーイさんが声を荒げる。
僕と吉田魔王様は同時に頷いた。
「押されてる」
『あぁ、いつ潰されてもおかしくないな。さて、勇者。責任とって、お前一人で移動させろ』
「ヘイホー」
陣に手を置き、ありったけの魔力を流し込む。
その間にノーイさんとカイン達は慌てて天井を覗きこむ。
そして無言で帰って来た。
そのまま無言でカインが僕の頭を叩く。
「何をどうすれば、あんな大惨事になるんだ?」
「僕も予想不可能だったよ。召喚しといていいうのも何だけど、何アレ。魔人大戦争?」
お外の状況をご説明いたしますと。
天井の一部が吹っ飛んだ。
そこから見える青空。
あら、まぁ…良い天気。
…の筈がない。
お空からドラゴーン!!
なんですよ。
いや、それだけで済めば良いんですけど。
お空からドラゴーン!
お空からゴースト!
お空から魔っ人ー!(何故か骸骨)
あと、その他諸々がわんさか出て来るんですよ。
魔人なんか、今にも此処を手すり代わりに使ってきそうな雰囲気で、だから、城が押しつぶされるのも時間の問題ってこと。
今は一応夜の筈なんだけど、空が朱染め…なんて可愛いものじゃない。
マジで赤黒い。血でも零しましたかってくらい。
兵士達悲鳴ったら、もう。
心中お察しします。
僕なら、全速力で逃げるよ。
とりあえず陣を形成して、外の様子を見ているけどいたたまれないな。
流石の女神由香子の顔も真っ青。うわー、超写真撮りてぇ。
城の中で大人しくしてればいいものを、わざわざ出向くからこういうことになるんだよ。
いけ、良いぞ、もっとやれ。
さて、雪ちゃんはっと…。
おっ、いたいた。よし、女神由香子からは離れてるな。けど、目が死んでます。
…そろそろ、頃合いか。ホームシックなお嬢さんに、救いの手を差し伸べてあげようじゃないか。
何やら物凄く話し込んでいるオズさんから携帯を何とか取り戻し、陽一郎さんに吉田さんに替わる様命令する。
ふてくされた様なちょっと待っててという声がし、日曜の国民的家族アニメのメロディーが流れだす。
今のうちに、雪ちゃんの位置を計算してっと。
そして、陣を形成する。僕の足元と、雪ちゃんの足元に。
ちゃんと、この声が届くように。
ポゥ…陣が密やかに光り出す。
チャラララチャンチャチャラチャラララ~ン。
その秘密を暴くかのように、大音量で日曜の国民的家族アニメのメロディーが木霊した。
僕は無言で、顔を覆う。
こんなはずじゃなかったんだけど。
だが、状況が状況故に向こう側は誰一人として気にする者はいない。
こっちは皆が冷めた目で見て来るのにね…。
『もしもし、優真か?何か用か?』
僕の足元の魔法陣が光り、次に雪ちゃんの足元の陣が光る。
弾かれた様に、雪ちゃんが顔を上げた。
「お父さん…?」
次に雪ちゃんの足元の陣が光り、少し遅れて僕の足元の陣が光る。
そう、この陣はお互いの声を陣越しに届けてくれる電話回線みたいなもの。
『その声…雪かっ!?優真、一体何がどうなって…夢なのか、これは…』
「非現実的な現実だよ。少ししか会話できないかもしれないけど、後は二人だけで話してね。僕は、色々忙しいから」
「優真君、ごめんなさい。後、ありがとう…」
そんな声が伝わって来て、照れ隠しに頭を掻く。
「別に…吉田さんの為じゃないし。元気でね。…ちゃんと生きて元の世界へ帰ろう?
ほら、吉田父。後は二人だけで話してね」
後ろでカイン達がにやけているが気にしない。奥様方がウブねとか呟いてるのも気にしない。
吉田魔王様とかが青春だなとか言ってるのも気にしない!
今は集中して移動の陣を完成させるんだっ。
つーか、お前ら真面目に手伝えよ!責任取るとか言ったけど、一人で出来る訳ないだろうが。
徐々に陣が光を放つ。
時折吉田さん達の嬉しそうな会話が耳に入り、ほんの少し手を止めた。
家族ねぇ。どうせ、僕には希薄な存在ですよーだ。
「…手伝います。ぐすっ…色々あったんですね、あなたも…」
横から、オズさんが顔を出す。
何で泣いてるの、君。ていうか、今、何て言ったよ?
「はいはい、同情するならゲームくれ」
全く…陽一郎さん、一体、何を吹き込んだ?
「たっぷり休憩したし、俺らもやるか」
教官も頷いて、陣に手を置く。
………………。
「…皆さ、慰めたいのは分かるけど、これっぽっちも魔力陣に注入されてないんだよね。手伝う気があるなら邪魔だから陣の隅っこにでも座ってなさい。正直、狭いんだよ。全く、もうっ!」
ありったけの、今出せる全て魔力を一気に注ぎ込んだ。
移動の陣が黄金に光り出し、周りがどよめく。
「『送還』」
本が光り、外の悲鳴が止んだ。
そして。
「移動開始」




