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第十九話 戦線布告

蒼い月が照らす、美しい夜。

一面に、蒼い薔薇が咲き誇る。


何故か、僕はそんな場所に立っていた。

中央には、不釣り合いな棺桶が置いてあり、月がその表面を照らしている。


カタンっ…と蓋が開いて、蒼い薔薇の敷布に落ちた。


月明かりに照らされ、棺に横たわる少女が目を開く。

その蒼白な肌には赤みが増し、人形の様にぎこちない動作で立ち上がり、夜空を見上げた。


すっ…と息を吸いこみ、その小さな唇から音が発せられる。

ふと、彼女は歌うのを止め、こちらを見た。


彼女から冷たい笑みが零れる。

長い黒髪が風に揺れて、薔薇の花弁が散って視界を覆った。


次に視界が開けた時、少女は何処にもいない。



「うわあああああ……何アレ」

冷たい汗が流れ落ちる。外を見れば、まだ夕暮れ。

ベッドの周りや、床下に魔術書が散乱していた。


そう言えば、新しい魔法陣以外のものを試してみたくて読み漁ってたんだった。

おかげで面白いもの出来たけど。さて、誰にあげようか。


窓は開けっ放し。風に吹かれて何処からか薔薇の良い香りがする。


「ニアッ!」

「ごめんごめん、煩かったね。いやー、変な夢を見たよ。妙にリアルでさぁ……」


ふと、手に何かを握っていることに気付き、そっと手を開く。

それは、蒼い薔薇の花弁だった。


深呼吸して、もう一度。

…やっぱり握ってる。


「ああああああああああ!!!!」


猛ダッシュで部屋を出る。

猫モドキも何故かついて来た。

というか、何処へ行けば良いのやら。


「じゅげむじゅげむ南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経ぅぅうわあああああああ!!!」

「煩い」


廊下に出ていたカインが、タイミング良く頭を叩く。

おぉ、何か久しぶりだね。教官は元気?


「あああああ」

「さっきから『あ』しか言ってないぞ。遂に退化したのか」

「夢だけど、夢じゃなかった!!」

「…意味が分からん」


とりあえず、そのまま吉田魔王様の部屋へ。


『夕餉ならまだだぞ』


第一声がそれで良いのか!?

見て、僕の錯乱ぶり。伝わってる?明らかに、夕餉気にして駆けこんでるようには見えないだろっ!


「で、何の用です?こっちは忙しいのですよ」


ノーイさんも呆れたように僕を見ている。


「此処って、バラ園あるか?」

カインの問いに、吉田魔王様は静かに首を振る。

『バラ園…?そんなものは、無いぞ?』

「全く、人騒がせですね…」

「良かったな、無いそうだ」


いやいやいや、何にしても、何で僕花弁持ってんの!?

何一つとして解決して無いよ。


「蒼い薔薇がたくさん咲いてる場所で、真ん中に棺があって…」


ぴくりと、二人がその言葉に反応した。

『その後は…?』

「えっ…。棺が開いて、雪ちゃん出て来て、歌たって消えた」

「幼稚園児レベルの説明だな」


カインが溜息を吐きながら言う。ノーイさんも無言で頷いてるし。

失礼なといかえせない自分の脳が憎いよ。


『ノワールの様子が心配だな。行ってみるか』


読んでいた書類を机の上に戻し、吉田魔王様が立ち上がる。

しかし、それをノーイさんが制した。


「書類を片付けてからにしてください。今夜中には、この山。処理してもらいますよ」

『チッ…。絶対抜け出して見せる』

そんな野望を一人ボヤく吉田魔王様だった。


****


一度深呼吸すると、控えめにノックする。


「ノワール、無事?」

「あら…、優真様。一体如何したんですの?」


きょとんっと首を傾げるノワール。

とりあえず、先程見た夢の話をしてみた。


「…まぁ。前勇者様の目覚めですか…。しかし、まだ呪いが解けてはいませんわよ?」

「そっか…。あっ、ノワール。これ、あげる」

ポケットを漁って、お目当ての品を取り出す。

「何ですの?」

「うーん。お守り…かな。うまく作用するか分からないけど。多分、大丈夫。だけど、作用しないことを願うよ」

「ニア…?」

足元で小首を傾げる猫モドキをそっと抱きかかえる。

「作ってはみたけど、ブレスレットにしかならなくてさ。これでも結構頑張ったんだ。

ほら、付けてあげる。腕出して」


ノワールが、その白く細い腕を差し出す。

あっ、別に変態的な目で見ているわけでも、ロリコンでもないからね。


「はい、どうぞ」

赤いブレスレットは、魅惑的な光を放ち血の様に透き通った赤黒い輝きを放つ。

その色は、ノワールの白い腕にとてもよく似合っていた。

「次は指輪でお願いしますよ。もちろん、左手の薬指に」

「ははは…頑張るよ。婚約指輪は今は無理だけど…。これが、僕なりに人を守る手段なんだ」


そっと甲にキスを落す。

わー、初めてやったけど恥ずかしい。こっちの世界限定だな。向こうだったらモロひかれてる。


「お姫様、貴女にご多幸が訪れますように」

「ふふっ…浮気は駄目ですよ?」

『ほぅ…。結婚は、私を倒してからにしろよ』


何時の間に…。

僕の横でとびっきりの笑顔を浮かべて、仁王立ちする吉田魔王様。

後でノーイさんに怒られますよ。…僕もかもしれないけど。


「二つの意味で怖い事を言わないで下さいよ」

『私は本気だが…?』

「まぁまぁ。優真様、頑張って下さいね」


そんな取りとめのない会話をして、時間が経って、別れた。

辺りはすっかり暗くなり、独りでに蝋燭に火がともる。

星は瞬き、太陽を月が追いやる。


楽しい午後だったから、全部忘れてたんだ。

さっき見た悪夢も、この国が狙われていることも、全部。


****


「優真様の夢…少し気になりますね。何も無いと良いのですが…」


蝋燭を片手に、ノワールだけが行き来出来る秘密の園へと足を運ぶ。

彼女こそが、この国の要。影は入り口であり、出口。彼女こそが『門』。


良い夜風が吹く。

蒼い薔薇の花弁が舞い、月明かりが中央に置かれた棺を照らす。


そう言えば、今日は、満月だったわ。


ふと、何処も欠けていない月を見てノワールは思う。

『器』を手に入れられる絶好の機会。

短剣を片手に、そっと蓋を開ける。


そこには、蝋人形な美しい少女が眠っていた。

ノワールはほっと息を吐く。


此処で、『器』を手に入れるべきか、入れざるべきか。

短剣を掲げる手が、静かに震える。


自分の身を案ずるなら、此処で『器』を手に入れるべきだ。

しかし、心を案ずるのならこの『器』を諦めるべき。


「ふぅ……。困りましたわね。

しかし、この女だけは止めておきましょう。恋は、ライバルがいてこそですわ」


ノワールは、静かに短剣を降ろす。トサッ…と敷き詰められた蒼い薔薇の絨毯に短剣は埋もれた。

くるりと踵を返し、棺から降りると出口に向かって歩こうとした。


恋は人を変える。

だから、それ故の過ちが彼女を襲うのだ。


人形の様な、ぎこちない動作で女が立った。

長い黒髪は夜風に揺れ、瞳は蒼い光を宿す。


その手には、先程落した短剣が握られている。


「あっ…」

ノワールの目が大きく見開かれる。

気付くには、遅すぎた。


容赦なく、剣は振り下ろされ。

容赦なく、胸を黒い鮮血に染め上げた。


ドサッ…と、糸の切れた操り人形の様にノワールは力なく倒れる。


「良い所ね…。さて、援軍を呼ばなくちゃ」


吉田雪は棺から降りると、特定の人物にしか聞こえない声で唄う。


「さぁ戦争を始めましょう。魔軍の皆さま。この世の、平和の為に」

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