第一話 召喚はオプション付き
「…………?」
ゆっくりと、目を開く。
コンタクト落したらしく、全く前も明日も見えないこの状況は何?何か物凄く視線を感じるのだけど。状況を整理したいのは山々だが、その前にもう一度。前が見えない。
取りあえず立ち上がって、服にひっついてないか確認しよう。
少し動いただけでくらりとぼやけた視界が揺らぐ。立ち眩みだ。えーと、こういう時は、頭を下にするんだっけ。
途端、周りから煩いくらいの歓声があがった。
あっ、何か蠢いているの人なんだね。良かった、良かった。
…いやいや、何一つ解決していないぞ。家はいつから霊が住み着くようになりましたか?しかも、何か霊も家内も豪華になってるよ。変わってないの、僕とこのソファー。亡者に負けたよ、全く惨めでしかない。しかし、よくよく考えてみればそんなリフォームなんて金は一銭たりともない。そんな金があったら、我が家は毎晩焼き肉パーティだよ。定員二人だから、寂しいけど。盛り上がりの欠片も無い。何か、此処にいる人々全てに負けた気がする。いや、今はそんなことどうでもいいのだ。
この状況はもしや、同級生による悪質極まりないドッキリ企画か何かだろうか?それにしては看板が見当たらない。というか、あっても見えない。それ以前に僕は家でゲームをやろうとしていたはずだ。
ということは、この状況がそれなわけで。つまりはだね。
これが最近流行りの『体験型アクション』というものに違いない。ならば此処は、『勇者撲滅』の世界の中なのか。なんてハイクオリティーなんだ!いや、待てよ…。ということは、怪我とかしたら結構痛いんじゃないか?ヤバいな。何の装備も無い。普通のゲームだとボロい剣とか装備してるものだけどな。唯一装備している物といえば、家のソファーだ。おもてなしには必須のアイテムだろうが、この場合、来訪というより襲来だ。敵に襲われたら確実に死ぬだろう。思索に耽るのは取り敢えず後回し。コンタクトの有無が僕の生死を左右している今、こんなことに時間を割いている暇はない。
コンタクト何処だよ?やっぱり眼鏡にするべきだったか?…ん?制服に着いてた!よかった、これも日ごろの行いの賜物だね。これで、一安心だ。今なら、無敵な様な気がする。まぁ、ゲームの流れ的に召喚からのザコ敵出現、そして戦闘で勝利し仲間と出会う…ってところか。
『優真様、危ない!』
おー、名前まで自動登録されてるのか。
凄いな、最新作。
…って、え?危ない?というか、なんか向かって来てない?物凄い速さで。
いや、コンタクトしてても目に追えないくらいの、とんでもないのが。
ふかふかの赤絨毯が憎たらしいほどに防音効果を遺憾なく発揮してせいで、何かムカデのようなシルエットの生理的嫌悪を抱かざるおえない真っ黒な物体が迫ってきているのに気付いた時にはその距離、僅か二十メートルといったところ。
待て待て、落ち付け。アレは何?
というか、このままじゃ確実に…。わざわざ警告されたし。
難易度設定させて!簡単に設定させて!無理なら、せめて装備くれ!
「死ねぇぇぇぇーーー!!」
死ぬぅぅぅぅぅーーー!!
さっきの無敵発言撤回させて!ザコどころの騒ぎじゃねぇ!何アレ、絶対章の終りとかに登場するラスボスだから!本気で死ぬから!
ちょっ!丸腰相手を殺るなんて、あんたのポリシーはそれで良いのか!?ほんとに待って!話せば分かるって!一秒くらい待てよ!え、えっと…こういう時は…。
あっ、そうだ!こういう時こそ、あの呪文だ!ほら、鬼ごっこで使うアレだよ!十秒しか持たないあの呪文!腕をバツ印に構えて…。
「た、タンマッ!!」
あっ…、けど、タンマ無しって言われたら確実にゲームオーバーだな。完全死亡フラグ。乙。教会か何処かで復活することを願おう。
優真の瞳がキラリと光る。
すると女の足元に魔法陣が浮かび、瞬時に火柱が上がった。
「あ、あれは…、あの魔法陣は『ビィーネの業炎』!妖魔ビィーネが、罪人を焼き払う時に使われた地獄の業火…」
別の女が叫ぶ。
解説する暇あったら、助けろよ。もう一つツッコミいれるなら、初期装備がすでに最強じゃねぇか。『魔眼』でしょ、これ。
主人公とかがさ、二十から三十くらいのレベルで獲得するアレ。
最初、主人公『剣』しか使えないんだけど、『魔眼』によって相手の攻撃下げたり魔法使えたりする地味に便利なスキル。この場合は装備に分類されるのかな。
僕、説明読まない派だからさ。まさかこんなのが初期装備とは…。
今までの常識を覆したな。流石、最新作。
「って……誰か、水持ってきて!燃えてるって!火だるまになってるって!ゲームの世界だけどリアルだな、おい!」
つまりこのゲームは、バーチャルリアルに分類するのか?
……………………。
ぎゃぁぁぁーーー!陽一郎さんに怒られる!あれだけ、バーチャルリアルは止めろって言われたのに!グッバイ、ゲーム機。中古屋に売られても達者でな…!
「大丈夫です、こいつは唯の幻影。元から命なんてない」
「え…、そうなんですか。ご親切に、どうも」
何か騎士っぽいのが来たな。というか、騎士だ。しかし、マントのようなものを纏っているのだから戦闘職ではない諜報とかそこいらの人だろうか。雰囲気的に。なんにせよ、鬱陶しくないのか?その長い髪。せめて結べよ。そして、なんか普通に流されてるけど…。職務怠慢じゃね?ドヤ顔で来るなよ。お前の手柄じゃないし。僕の手柄を横取りする気か。それともアレか、所詮は他人事ですよみたいな。脇役には関係ないみたいな。
「ご無事ですか、勇者様!」
「職務怠慢だな。カイン次期騎士長候補?」
あっ、一人増えた。こっちの方が真面目そうだな。しかし、戦地では目立つだろ、そのツンツン赤毛。つか、何がご無事ですかだ。どの面下げて来てんじゃいというツッコミを心の中で叫びながらすまし顔で優雅に手を振ってみた。極度の緊張状態により固まりまくったすまし顔はさぞ、馬鹿っぽく見えたことだろう。
「…申し訳ありません。ゼリア参謀長」
その言葉はまず僕に言ってくれ。頼むから。そして皆初対面の人に挨拶しよう?さっきからお前らの名前、会話の中からしか知れてないんだけど。
「ふんっ。それでは、式典を再開しましょう」
「…いいえ、女神さま直々の命により、式はこれにて閉幕だそうです。勇者様には私から説明しておきます」
ゼリア参謀長、眉間にしわを寄せて舌打ち。
くるりと向きを変えたかと思うと、深い青みがかった夜色の髪をなびかせて去って行った。残されたカイン次期騎士長候補は深いため息をついて僕を見る。
「騎士隊長カイン・ベリアルと申します。よろしく」
「どうも。田中優真です」
カイン隊長は、うーんと唸ってからまじまじと僕を見た。
「馬鹿にしか見えないが…。歳はいくつだ?」
おっと、いきなり敬語外れましたね。隊長。
馬鹿に払う敬意はないと言語で示しましたか。何この世界。馬鹿に対する嫌がらせ?
「永遠の十七歳。来年でやっと十八にレベルアップ予定…でも、無理そう。ちなみに今年で留年五年目」
「どういう基準か知らないが、そうか、そうか。正真正銘の馬鹿だな。…まぁ、良い。説明始めるぞ」
「…の前に、此処何処?なんて国なの」
「それを今から説明するんだろうが。此処は『ミケガサキ王国』。お前はこの国どころか、世界を滅ぼそうと目論む魔王を倒すべく召喚された勇者様なんだよ。馬鹿だけどな」
「りぴーとあふたーみぃー…じゃなくて、あぁ、いいや。もう一度」
「だ・か・ら、お前は魔王を倒すべく召喚された…」
「…の前。何処だって?」
「『ミケガサキ王国』だが…?」
『ミケガサキ王国』。
漢字に直すと、三嘉ヶ崎。つまりは、此処はゲームの中じゃない。
「パラレルワールドに、来たぁーーー!!」
「ほんと、馬鹿だな。お前」




