第十八話 僕と彼女の午後
「ぎゃああああ…!」
ども、田中優真です。
前回からあんまり時間経ってないから挨拶いらないと思うけど、少しでも気を紛らわしたい一心で。
話変わるけど、僕、今日厄日なんだよね。
携帯ってさ、星座占いとか見れるじゃない。
携帯ニュースとかでさ。
山羊座最下位なんだ。
現在、逃走中。
敵はいないけど。…多分。
振り向けば…何てオチが無いなんて誰が言い切れる?
誰か、誰か徐霊の出来る人は居ませんかー!?
取りあえず、近くにあった部屋に乱入。
幸いにも鍵は掛かっていない。
…教官の部屋だったら即死だな。
「ゆ、優真様…」
そこには可憐な少女の姿…って、着替え中でしたか。
「うわぁああ!すみません!何も見てません!ごめんなさい!」
「ゆ、優真様なら大丈夫ですけど…。お父様にバレれば大変ですわ」
急いで真っ白な寝間着であろう服を着るノワール。
第二の変態死を遂げた被害者にならなければいけないなんて。
どうしようか…。選択肢なんて一つしかないけど。
あいむ、デッド。
ちなみに名前じゃないよ。
「だから、私と優真様だけの秘密です。ねっ?」
ノワール、マジ天使。
ゲーマー以外の新たな理性が目覚めそうだぜ。
照れ隠しに辺りを見回してみる。
ゴシックの小物で統一された部屋は少し殺風景に見える。
ノワールは少し恥じらうように、ティーカップにお湯を注ぐ。
何か、この雰囲気。
初めて彼女の部屋にあがった嬉し恥ずかしのどうしていいのか迷うじれったいあの空気じゃね?
うわっ、意識したら余計恥ずかしい!
ちらりとノワールを見てみる。
目が合うと、ノワールもくすりと笑みを浮かべてくれた。
「……ノワール、女の子にこんなこというのは失礼かもしれないけど…やつれた?」
「最近、いろいろとありましたからね。少し、疲れたのかもしれませんわ」
ふぅ…と息をはくノワール。
無言で紅茶が前に置かれる。
お辞儀をして、ティーカップを手に取る。
きっと、家にあるやつの何倍の値段するんだろうな。
「女の子とお茶するのは初めてかも…。ノワールは、淹れるの美味いね」
「有り難うございます。けど、私。女じゃないのですよ、優真様。
彼方もご存じの通り、肉体を持たない影。何も持たない唯のまやかし」
カタンッ…とノワールがティーカップを置くその音がただ虚しく響いた。
長いまつげが儚く揺れる。
「ノワールは、肉体を持たない唯の影なのかもしれない。けど、影でも、とても美しく可憐だと…今まで見てきたどの子よりも可愛らしいよ」
その言葉に、俯いていたノワールが顔を上げる。
今にも泣きそうな、しかしどこか嬉しそうに笑っていた。本当に、花の様な笑みだった。
「ふふふ…。優真様はお優しいのね…。女口説きがお上手だわ」
「本心なんだけど…」
「優真様は、こっちの世界は好き?」
唐突にノワールが訊ねる。
「そうだな…案外、嫌いじゃないかも。今のところは。ただ、居心地が良いというだけだから」
「じゃあ、私が城下を案内しますわ。気分転換には丁度良いでしょう?」
そういえば、それが目的で走ってたんだ。
そう思っている間にノワールは僕の手を引いてどんどん進んで行った。
魔城の地下へ続く階段を降り、僕が進んだのとは違う方向へと駆けて行く。
置いて行かれないようにと必死に走り、トンネルの様な長い廊下を駆け抜け、出口へ向かう。
「どうです?我がミリェニス王国へようこそ、勇者様」
ノワールが、両手を広げる。
その先には、大人から子供まで様々な人たちが行きかっていた。
ミリェニス王国は、そもそもそこまで人口の多い国では無い。
そして、城の地下に街を作り、魔法陣によって動く自動の城で場所を転々としてきたらしい。
何だか、ミケガサキより此処の方が平和だ。
闇市も無ければ、無駄な諍いもない。
身分なんてものは無いし、何より幸せそうだ。
「良い国だね」
「そうでしょう?私もそう思いますわ。此処は、誰であろうと受け入れてくれる。
国王の決めたことには、皆が協力するし、誰一人として不満を言いません。素晴らしい国です」
あっ、姫様だ!
何処かの子供がノワールを指さし、母親が嬉しそうに笑って会釈する。
ノワールも、小さく手を振った。
老人が近付いて来て、僕とノワールにリンゴを渡す。
何でも、家の庭で採れたとか。
行き交う人々一人ひとりがノワールに挨拶をして過ぎて行く。
やがて、僕達は街が一望出来る場所へと辿りついた。
辺りはいつの間にか、茜色に染まっていた。
「ねっ、良い気分転換になったでしょう?私、この国が大好き。此処は何でも誰でも受け入れてくれる。優しくて、温かい街。だから、私はこの国を守りたい。それが、私の唯一の願い」
「…ノワール、体調は大丈夫なの?」
「えぇ。最近、私の力を闇が凌いでしまって抑えが効かないの。一刻も早く回復して、事無きことにしたいのに…。優真様」
「ん?」
ちゅっ…と軽く頬に何かが触れる。
「ありがとうございますね。それじゃ、先に戻ります。…今のは、皆には内緒ですよ?」
恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながらノワールは走っていく。
だが、一度だけ止まって、振り向かずに言った。
「前勇者には、負けません」
一人残された僕は、頬に軽く触れてみる。
『この、ムッツリスケベめ』
「うわっ!猫モドキ、居たならいたと言ってくれ」
足元で、ごろごろと転がる猫モドキを抱きかかえる。
「ニアッ!」
だから分からないって、それじゃ。
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コンコンッ。
ノワールの部屋のドアが控えめに叩かれる。
「どうぞ」
「ノーイです。姫様。お体、大丈夫ですか」
ドアを開けると、ノーイが伏せ目がちに立っていた。
「あら、いつぞやの変態死の変死体だわ」
「そ、そんな…」
あからさまにショックを受けているノーイに、くすくすとノワールは笑みをこぼす。
「別に、優真様のせいで、弱った訳ではないのよ?半分正解で、半分不正解だわ」
「ですが…」
「優真様のおかげで、恋が出来た。人になれた。…認めてもらえた。それで、十分。
おかげで、光には弱くなってしまったけれど、生きれないというほどじゃないの。
ねぇ…、ノーイは知っているかしら?ある影の童話を。
昔、影で出来た女が居たの。日を浴びると死んでしまうし、皆気味悪がるからいつも一人、洞窟の中で暮らしていたわ。しかし、ある時怪我をした青年が洞窟で倒れているの見つけて彼を助けるのよ。
そして、次第に惹かれあって、恋をするの。素敵だと思わない?
彼に連れられて外の世界を見て、日を浴びて、この世の素晴らしさを知るのよ。
最後は弱って死んでしまうけれど、きっと彼女は後悔なんてしてないわ。だから、私も良かったと思えるの。幸せなのよ、凄く。この国に貢献できないのは悲しいけれど…。お父様は偉大な方よ。優真様もきっと手伝ってくれるわ…!」
くまの浮かんだ目で、ノワールは言った。心底嬉しそうに。
ノーイは複雑そうな目でそれを見た。
「姫様…。私は、いえ、私達残される側の身にもなってください…」
「ノーイ、大丈夫よ。もう、あなたは一人じゃないわ。もちろん、私も。
それに、弱ってるだけで死ぬわけじゃないもの。昔から、本当に心配症は治ってないのね」
よしよしと、ノワールはノーイの頭を優しく撫でた。
そして、月の様に静かに微笑む。
ノーイは、泣き顔を見られまいと、ずっと俯いたままだった。