無き勇者の代理人 後編
赤毛の騎士に連れられ、おっかなびっくりに城内へ足を踏み入れた。城というのは、テレビの中でしか見たことがないから生の城というのは圧巻の一言に尽きた。
僕達を此処へ喚んだ主犯という、ミケガサキ王国の国家元首の座に君臨している『女神様』に会うため、謁見室へと通される。
謁見室は豪華なクリスタルのシャンデリアがぶら下がり、赤絨毯が敷かれた先には玉座がある。そこに座るは真っ赤なワンピースのようなドレスに身を包んだ、艶やかな黒髪の気の強そうな高貴で美しい女性だった。
「ようこそ、ミケガサキ王国へ。異世界の者よ」
「女神様、一つ、お耳に入れたいことが…」
赤毛の騎士を通じて、此処へ至るまでの経緯を説明すると、女神様は些か上辺だけとも取れる謝罪を口にし、目を伏せる。
「―成程。おおよその事情は理解しました。こちらの不手際で不快な思いをさせてしまったことを心よりお詫びします」
「女神様、彼等は本当に…」
先程から、ノワールにしろこの人にしろ僕等でない『勇者』を待ち望んでいる様だ。歓迎はされるが、招かれざる客といった心中か。いや、そもそも僕等の誰かが『勇者』だという確固証拠はないのだから、そこを気にしたところで仕方がない。違う可能性も無きにしもあらずだ。
「ええ。―…この中に『勇者』がいます」
「まるで犯人のような言われようだな…」
「勇者にせよ何にせよ、この世界に来た以上、『職業』というものがあらかじめ付与されています。この水晶玉は触れた者の職業を映し出すことが出来ますが、さて、誰から始めましょう?
顔的に、そちらの女は勇者、隣の男は魔王、そしてそこの眼鏡は村長ですが事実はどうなのでしょうね。偏見は時に事実を当てると言いますけど」
…綺麗な花には刺があるとは言うが、あながち間違いではないようだ。
「はいっ!私、やります」
元気良く鈴音が挙手し、女神様は椅子から立ち上がると彼女に水晶玉を手渡す。すると、水晶玉の内に何やら文字が浮かび上がった。
『剣使い(ソード・マスター)』
「やったぁ!包丁は得意っ!」
「鈴音、料理をするのとは訳が違うんだよ?」
「大丈夫、一皮向けば皆同じ」
「二つの意味で恐いこと言うなよ…。まぁいいや。じゃ、次は俺が」
大紀は意気揚々と挑んで―。
『誘導員』
「異世界クソ関係ねぇ職種きたッ!」
玉砕した。
「まぁまぁ。異世界で誘導員っていうのも中々楽しいさ。色々なの来るし」
尚且つ励まされている。
「最後は僕か」
女神様が感じた勇者の力。二人は結局勇者ではなかった。それはつまり、僕が――。
恐る恐る水晶玉に触れる。
『 』
「何も出ないんだけど…」
「つまり、『無職』ということです」
「おいおい、『職業』というものがあらかじめ付与されていますんじゃなかったのか?」
「無職という立派な職業、とか?」
「職が無いと書いて無職なんだからそもそも職業の内に入んねーよ。ニートでさえ自宅警備員を名乗ってるぞ」
事、志と違うとは、このことか。というかさっきから悪化の一途を辿っている気がする。
「まぁ、前向きに捉えればどの職業にもなれる可能性を秘めているってことになるな。とりあえず、臨時職として『勇者見習い』をやってもらえるとこちらとしても助かるのだが」
「…いえ、寧ろ有り難いです。というか、申し訳ないです…」
本当にいたたまれない。
「見習いでも、勇者である以上は城で生活していただきます。他二人もその付き人として住んでもらいますが、それでよろしいですね」
女神様は有無を言わせぬ口調で大紀と鈴音を見た。未だ緊張した面持ちで、二人は神妙に頷く。
「剣使いの実力というのも気になるが、そう急ぐ必要もないだろう。明日は城内を見学したり自由に過ごしてくれて構わない。
そう急ぐ必要もないが、念のため明後日、アンナ…教官立ち合いの下、訓練生と手合わせしてもらいたい。その格好からしてお前達は学生だろう?何か部活はやっているのか?」
「私は料理部を」
「僕はパソコン部です」
「無所属・新」
選挙か。
「帰宅部に旧も新もないだろう」
「意外に向こうのことに詳しいんだな」
「そりゃ、向こうの住人なら何十人と来てるからな。当然、詳しくもなる。
そう言えば、まだ名乗っていなかったな。カイン・ベリアルだ。何か困ったことがあれば遠慮なく尋ねてくれて構わない。今、使いの者を寄越す。今日明日はゆっくり休んでくれ」
その後、僕等の世話係を名乗る女官数人がやって来て女神様に一礼した後、何やら浮足立った様子で僕等を部屋へと案内してくれた。
****
「失望しましたか、カイン・ベリアル騎士隊長」
溜め息を吐きながら謁見室の扉を閉めるカインに、女神様は薄く微笑みながら話しかける。カインは苦笑しながら首を横に振った。
「失望なんてとんでもございません。…ただ、違和感がどうしても拭えなくて。あぁ、もちろん、女神様のお力を疑っているわけではありませんとも」
「分かっています。その違和感は事実ですから、気にしてはいません。
…私が気にしているのは、あの三人の中に『勇者』がいなかったこと。勇者召喚の儀は成功し、私は彼等を前にした時、確かに勇者の力を感じました。それは間違いありません。ともなれば、まだ熟してはいないのでしょう。気長には待てませんが、あなたの言う通り、急ぐ必要もありません。…くれぐれも、腐らせないように」
「御意」
膝を折り、恭しく頭を垂れて一礼するとカインは足早に部屋を去って行った。
それを見送った後、女神様はちらりと後ろに伸びる自身の影を一瞥し、溜め息を吐く。
「いつまでそうして盗み見ているつもりですか?」
女神様の声に、影は呼応するように小さな波紋を揺らめかす。
「おや…。貴女は私と顔を合わせるのを大層嫌がっていたので、それなりの配慮をしたつもりでしたが…。中々に難しいですね…」
「また度が過ぎる悪戯で天罰が下り、死霊以下の存在となって消滅したいなら構いませんが」
「わざわざ気にかけていただけるとは光栄の極み…。これが噂のツンデレというやつでしょうか…。年増に言われても、ちっとも嬉しくもありませんが…。
―本来なら、此処で影の王に代わる勇者が召喚され、刺客に狙われるという筋書きですが、流石、彼の代わりとあってイレギュラーな事態になってますね…」
「今に始まったことではありません。再現と言ってもカイン・ベリアルとアンナ・ベルディウスは婚約しましたし、中途半端に引き継がれるものもあるということ。問題はそれが今後、どう左右するかです」
水晶玉を見つめながら物憂げに呟く女神様に、影もまた神妙に言葉を紡ぐ。
「確かに…。しかし、今回ばかりはキャストミスですね…。何故『勇者』ではないのかというのも大体見当がつきます…。今の段階では、代行に相応しいとはとても言い難い…」
「素質に関してなら、貴方のような悪魔が関与しない限りアレを凌ぐものなど存在しないでしょう」
「まぁ、それは否定出来ませんが…。素質とは多少異なります…。素質以前の問題…いえ、それも含めて素質なのでしょうか…」
「何が言いたいのです?」
「適性の意味をご存知で?技量だけが全てではないという話しですよ…。我が主を見れば分かるでしょうに…」
「分かりませんね」
「残念な脳みそで…」
やれやれと言わんばかりに影はゆらゆらと陽炎のように揺らめく。
「目障りです、消えなさい」
「目障りも何も、最初から貴女の視界には入っていませんが…」
「減らず口を」
「そっくりそのままお返しします…」
忌ま忌ましげに吐き捨てる女神様の言葉をさらりとかわし、影は楽しげに言い返す。
いつまで経っても消えぬ気配に嘆息しながら諦めたように女神様は二の句を継ぐ。
「―嫌がらせなら、相手が違うのでは?アレはまだ眠っているのですか?」
「全く、誰のせいだとお思いで…?おかげで私が退屈になって、貴女に嫌がらせをすることで暇を潰さざるおえない状況になっているのですから、不快極まりない…」
「なら、貴方も少しは働いたらどうです?」
「それはお互い様でしょう…。私からすれば、貴女も立派なニート…。ただ椅子に踏ん反り返っているだけで三食プラス間食付きとは良いご身分ですねぇ…。太りますよ…」
「神とあろう者が、体重などと小さき事を気にするはずないでしょう」
「そうして体重は増加の一途を辿るのですね…」
そう影が言い終わるやいなや、謁見室を金色の光が包み込む。
影はうろたえるように揺らめくのを止め、縮こまり、抗議の声を上げた。
「ちょっと…、神とあろう者は体重などと小さき事を気にしないのではなかったのですか…」
「この世界の秩序…延いてはその守護神たる私の感情を乱す魔は滅するが、この世界の安寧に繋がるでしょう」
「私情で職権乱用とは…。神も地に堕ちたものです…。では、これにて失礼…」
すると、まるで魚が逃げたように影に波紋が広がる。気配が消えたのを確認し、女神様は魔術を中断し、疲れたように溜め息を吐く。
「私が地に堕ちたと言うなら、魔の分際で世界を救おうとしている貴方達は、さしずめ、天に昇ったとでも言えばいいのでしょうか」
誰もいない謁見室で人知れず呟き、少しだけ微笑む。
「―馬鹿馬鹿しい。下界に下りて人と慣れ親しみ、尚且つ滅すべき死霊風情に励まされるとは…。神も地に堕ちたものですね」
……………………………………………………………。
―翌日。
「それじゃ、行ってきます!」
一体何を包んでいるのか、自身の背丈をゆうに超している巨大風呂敷を背負いながら鈴音は事もなげに部屋を後にしようとする。
風呂敷を背負っているというより、風呂敷に背負われているように見える。
「もうすぐ昼だけど、そんな大荷物抱えて何処に行くの?」
「明日、訓練所の人にお世話になる訳だから、やっぱり挨拶しに行った方がいいと思って。お昼ご飯を用意したの」
「な、なら一緒に行っていい?女の子にこんな大荷物を持たせる訳にはいかないし、僕も一応『勇者見習い』だから訓練所の人にはお世話になると思うんだ」
とは言え、僕は無職故の仮勇者。剣はおろか、竹刀さえ握ったこともない僕では現時点ではまともな戦力にならない。
誘導員と判定された大紀は早速今日から同業者により仕事現場へと引きずられて行った。明日、鈴音は訓練所の方で指南を受けるらしいが、僕は何も言われていない。予想外のことで手が回らないという可能性もあるから、我が儘を言うつもりはないが、何だかのけ者にされたようで少しだけ寂しかった。
鈴音は僕の申し出に目をぱちくりと二三度瞬いた後、にこっと笑って風呂敷包を僕に手渡す。
「じゃあ、お言葉に甘えて。それじゃ、出発〜!」
「お待ち下さいっ!」
意気揚々と訓練所を目指し城を出た僕等だが、直ぐさま門番兵に呼び止められた。
「ほぇ?」
「失礼ながら、どちらへ?」
「二十三区の訓練所の方を挨拶を兼ねて見学に行こうと思ったんですけど…」
すると、門番兵は困ったように頭を掻き、ちょっと待ってて下さいと言って何処かへ走っていく。
「やっぱり、女神様かあのカインって騎士に外出許可をもらった方が良かったかな?」
「あっ!あれ、さっきの門番さんじゃない?」
数分後、視力の良い鈴音はいち早く何かを発見したようで前方を指差しているが僕には何も見えない。
しばらくすると、砂埃を巻き上げて何かがこちらへと猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。
「お待たせしました。訓練所までお送り致します」
爽やかな笑みを浮かべ暴れ馬の手綱を制す御者は先程の門番兵で、有無を言わせぬ口調で僕等を馬車へと乗せた。
「仕事があるのに、わざわざすみません…」
「何をおっしゃる。門番は一人でも大丈夫ですから、もう一人が何とかしてくれるでしょう。異世界の人は大事なお客人。このくらい屁でもありません。どうせ、訓練所が何処だか分からないでしょうし、道も多少複雑ですから、こっちの方が二度手間にならなくて俄然助かりますよー」
などとナチュラルに吐かれる毒舌に顔を引き攣らせながら僕等は三嘉ヶ崎高校…もとい、騎士育成教育訓練所に無事到着した。
「お帰りの際にはまた城の方に連絡してください。…この時間なら、アンナ教官は多分中庭にいらっしゃると思います。それでは!」
かくして門番兵は颯爽と去って行き、僕等は言われた通り中庭へと向かう。
建物の外見は限りなくうちの高校と似ているが、騎士の訓練所だけあって、校内には厩舎や馬場があり、グラウンドは土だが他は大抵芝生になっていたりと多少の差異があった。見知ったような見知らぬような校内に不思議な気持ちになりながら中庭へと向かう。
「綺麗な人…」
キョロキョロと辺りを見回していた僕の耳に鈴音の感嘆の呟きが届いたので目を凝らして中庭の方を見ると、一人誰かが立っている。長く美しい錦糸のような金髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「あ、あのっ!もしかしてアンナ教官ですか?」
「…そうだが?」
振り向いた女性は、やはりと言うべきか。とても美人だった。凛々しい顔立ちは聡明と勇猛の象徴のようにさえ感じる。とにかく教官という呼び名がしっくりくる、そんな女性だ。
身重らしく、お腹が膨らんでいる。
「私、明日お世話になります、桜森鈴音といいます。これ、お口に合うか分かりませんが、皆さんにお弁当作ってきました」
「そうか、わざわざ差し入れを…。感謝する。私は彼等の教官をやっているアンナ・ベリアルだ。明日はよろしく頼む。しかし、二人だけでよく来れたな。道に迷わなかったか?」
「こちらこそ、よろしくお願いします。いえ、門番さんがこちらまで送って下さっておかげで迷わずに済みました」
「門番が?…まぁいい。それで、君が例の見習い勇者か?」
「はい、一宮肇と申します。あの、鈴音は明日からこちらで指南を受けるそうですが、僕はどうしたら…」
「カインから何か聞いていないのか?」
「はい」
「君の指導はカインが行う。しかしまぁ、そう急く必要はないと思うぞ」
ポンポンと肩を叩かれ、まるで駄々っ子を言い聞かすような口調に思わず歯噛みする。知らず、少し険のある態度をとってしまった。
「確かにそうかも知れませんけど…。僕等だって早く元の世界に帰りたいんですよっ…!」「そう、だな…。我々の都合に巻き込んでしまってすまない。でも、君は無職で我々の意向で勇者見習いとなっている。だから、他の二人を還す手段は分かるが、君の場合は見習いでも勇者となってしまった以上、魔王を倒さなくてはならない。しかし、剣の扱いだとか、そういうのは正直必要ない。だから君がもし、その"覚悟"が出来たなら今すぐにでも還すことが出来る」
「勇者ってことは、要は魔王を倒せば良いんですよね?」
「―…あぁ。しかし、"倒す"のではなく、"殺す"だがな」
「人殺しをしろって言うんですか!?」
僕の叫びに、ピクッとアンナさんの目許が痙攣を起こす。彼女は何かを言いたそうに大きく息を吸うが、それは溜め息にも似た吐息となって霧散する。
「…安心しろ。相手は人の形をした化け物。殺しても何れまた生き返る。気味の悪い奴だ」
「そんなの、殺す意味あるんですか」
「あぁ。魔王は悪の権化。奴の存在はやがてこの世界を苛み破滅をもたらす。しかし、勇者がそれを滅することにより、一時的にだが破滅は救済へと変換され、世界は豊かになる。この世界は、そういう仕組みの上に成り立っているんだ」
何処か悲しそうに、彼女は腹を摩った。
「何で、その魔王を殺すのに何の手ほどきも必要ないと言うんですか?」
「こちらの世界の者には容赦ないが、どういう訳か、そちらの世界の者にはあまり手出ししないようだ。だから素人でも十分に勝機はある」
「でも、いっくんが魔王を倒してまた時間が経てば次の勇者を喚ぶんですよね?」
「―…近々、女神様は魔王を封印する。そうすれば、勇者を喚ぶ必要もなくなるだろう」
「…………。」
「先程君は、人殺しをさせるのかと問うた。対して私は、相手は化け物だから躊躇する必要はないと答えた。…君は納得した。他の勇者もそうだ。相手は人ではないと告げれば安堵の表情を浮かべる。それが悪いとは言わない。殺人は罪だ。どんな理由もその罪を正当化することは出来ない。
それはこの世界も、あちらの世界も同じ。だがな、この世界において、その綺麗事では国は守れん。騎士は平和のために血を流し、その屍で城壁を築く。…理解しなくていい。ただ、それだけは胸に留めておいてくれ」
僕が何か言おうと口を開きかけた時、遠くの方からアンナさんを呼ぶ声が聞こえてきた。
人懐っこい笑みを浮かべ駆けてきたのは、如何にも怪力そうな大柄の見習い兵士で、お世辞にもあまり鎧が似合っていない。
「教官ー!終わりましたよ」
「ん。ちょうど良かった。彼女が差し入れに昼飯を作ってきてくれた。皆に早急に食堂へ集まるよう伝えてくれ」
「ひゃっほぅっ!大丈夫ですよ、教官。皆もう集まってます。教官待ちですよ」
「そうか。なら、急ぐとしよう。二人もついて来てくれ。皆に紹介しなくては」
アンナさんが踵を返し、皆がその後に続いて歩を進めようとしたその時だった。不意に、訓練所の至る所に設置されているスピーカーが雑音をたてる。数秒後、流れてきたのは領土争いを旨とする敵国からの侵略宣言。
「此処、ミケガサキ第二十三区ランクB騎士育成教育訓練所は、我々、ラグド王国騎士団第三十二番隊が領土争いの下に侵略した!!監督官アンナ・ベルディウス、兵の命がおしくば、直ちに我々の前に姿を現し、武器を捨て、新たに召喚された勇者をこちらに引き渡せっ!」
一方的な要求だけ告げて、放送はすぐに切れてしまう。相手の姿を見ていないが故にイタズラと割り切ることも出来たが、二人の表情を見るにその可能性はなさそうだ。
「…敵め、勇者を召喚したという情報は入っていて、私の名字が変わったという情報はないのか」
「いや、それは正直さしたる問題ではありません、教官。寧ろ相手がそこまで気遣っていたら恐いです」
「ギャップ萌えだな」
「教官…」
「冗談だ」
アンナさんは気まずくなった空気を咳ばらいで紛らわしてから宥めるような口調で告げた。
「まぁそううろたえるな。恐らく、向こうは殺傷能力の高い魔具を保有している。残虐非道なラグドなら、こちらが要求に応えそうにない場合本当に殺すだろう」
「なっ、なら、僕…!」
「その必要はない。少なくとも今はな。まずは私が出向こう」
アンナさんは腰に提げたホルダーを今だ動揺を隠し切れていない見習い兵士さんに投げて寄越す。
その言動でやっと意味を理解するに至った兵士さんは慌てふためきながらアンナさんの前に立ちはだかった。
「しかしっ、今の貴女は戦えるような状態ではないでしょう!?まっ、万が一のことがあれば…」
「それは人質に取られている兵士とて同じだ。第一に向こうの要求は私が彼等の前に姿を表すこと。
何、騎士を辞めた身重の女にさしたる警戒はしていないだろう。来て早々、殺されはしないさ」
「ですが…!第二の要求はどうなさるおつもりで!?」
「勇者は召喚されなかった。それが全てだ。故に勇者を渡せという要求に応えることは出来ない。
相手の真の狙いは恐らく勇者でもこの領土でもないだろう。流石に相手の目的は分からんが、此処を狙うのには何か訳があるはずだ。仮に領土が目的ならこうして雑談を交わすことすら出来ないだろうからな」
「教官を呼んだのも、何か意味があるのでしょうか?」
「…さぁな。私は今から奴らのもとへ出向く。お前達は出来ることなら此処から出て城に連絡を。それが無理なようなら見付からないように身を潜めていろ。絶対に敵との戦闘はするな。勝ち目の問題ではない、万が一無力化に失敗し、連絡されたらどうなるかなど今更説く必要はないだろう?」
アンナさんの有無を言わさぬ眼光に僕等はごくりと唾を呑みながら神妙に頷く。遠ざかっていくその背を見送り、近くの茂みに身を潜める。
「―携帯、使えるかな?大紀に連絡してそれを伝えてもらえれば…」
問題は城への連絡だ。こちらの世界に多少の現代文化が根付いていたとしても、技術の発展まで同じではない。せめて城に電話が普及していたならまた違っただろうが、無い物ねだりをしたところでしょうがない。幸い、城では大紀が誘導員の仕事に当たっている。後は大紀が僕等の連絡にいち早く気付いてくれるかどうかだ。
「電波の方は大丈夫みたい。この場合、電話じゃなくてメールの方が良いよね?あっ、仕事中だから電源切ってるかな」
「あの、誘導員って主に何を誘導するんですか?」
僕の質問に困ったように見習い兵さんは頭を掻く。
「主に何をって言われてもなぁ…。配置された所にも寄るし…。城なら商人の荷車の誘導になるかな。なら、とにかく何でも来る。運が良けりゃ竜だってお目にかかれるし、向こうのことはあまり知らないけど向こうにはいない生き物がわんさかだ」
「よし、いける」
****
「―アンナ・ベリアルだ。要望通り、出向いたぞ。武器も魔具も所有していない」
食堂近辺には見回りの兵士が約五人ほどうろついていた。元は礼拝堂である食堂の扉の前には見張りとおぼしきラグド特有の漆黒の鎧を纏った兵士二人と、司令官であろう若い男が立っている。その男はアンナに気付き品定めするような目つきで彼女を眺めるとにこりと微笑んで近付いて来た。
「初にお目にかかります。ミハエル・ラグドネスと申します。…それで、第二の要求には応えていただけるんでしょうか?」
「『勇者』は召喚されなかった。応えようがない」
ミハエルは笑顔を崩さず無言で食堂の扉の前の兵士に目配せする。ラグド兵は一つ頷くと手を挙げた。
刹那、断末魔の叫びと硝子の扉を真っ赤に染め上げかねないほどの夥しい血がこびりつく。
「貴様ッ…!!」
「要求に応えられないと分かっていた時点で、予想はついていたでしょう?大丈夫、全員は殺していませんから。しかし、今から言う要求に応えられなかった場合は……」
「何が望みだ」
「―胎児が必要なのです」
そっとアンナを背後から抱きしめ、胎児の眠るその腹を摩る。そして耳元で嬉々として囁く。
「貴女と貴女のお腹の子。二人の命で何百という兵士の命が助かります。さて、貴女はどちらを選ぶでしょう?」
「どちらを選ぶも何も、例え私が前者を選択したところで殺されるのは目に見えている。…殺される前に聞いておこう。何が目的だ?」
ミハエル・ラグドネスはしばらく思案した後、肩を竦めて溜め息を零す。
「まぁいいでしょう。聞いたところで貴女にはどうしようもないことだ。
お会いしたい人がいるのですが、出会えず仕舞いなのですよ。そこで、こちらから喚び出そうと思いまして」
「何にせよ、『召喚』は女神様にしか不可能だ」
「いいえ。我々にも可能なのです。それを貴女に証明して差し上げられないのが残念でなりません。
大丈夫、貴女達の犠牲は無駄にはしません。必ずや成功させてみせますから。安心して死になさい」
ミハエル・ラグドネスの袖からナイフが滑り落ちる。握ると同時に腹を裂かんとするが、何が起こったのか、全くと言っていいほど身動き一つしない。
アンナは勿論、ラグドの兵士も怪訝な顔でミハエル・ラグドネスを見ていた。
当のミハエル・ラグドネスと言えば、得体の知れぬ感覚に襲われていた。
―例えば、銃口を突き付けられているような。心臓を鷲掴みされているような息苦しさと緊迫感。心臓が早鐘を打つ。蛇に睨まれた蛙のようだ。
一つ。直感…いや本能が、動けば死ぬと警鐘を鳴らしている。
「(来たッ……!)」
武者震いと共に思わずニヤリと微笑む。その時だった。
「やぁぁぁぁっ!」
気迫の篭った叫びと共に次々とラグドの兵士達が薙ぎ倒されていく。
勇者にせよ何にせよ、こちらの世界に来た三嘉ヶ崎市の者は必ず身体能力が数段に向上している。
女だろうと例外はなく、訓練用の切れ味の恐ろしく低い鈍の剣と言えど斬れはしないが当たれば痣、力加減次第では最悪骨折する。
手加減無しの力任せに振るわれた斬撃、というよりは打撃に近しい攻撃は強固な鎧を凹ませ次々に兵士を無力化していった。
そのままアンナの方に突進してくる鈴音をミハエル・ラグドネスは溜め息を吐きながら見、アンナを彼女の方に突き飛ばす。
「アンナさん、大丈夫ですかっ!?」
「馬鹿っ、気を抜くな!」
流石は『剣使い』。しかし、実戦で最も重要なのは技量ではない。経験だ。素人故の隙。その隙を玄人が見逃すはずもなく…。
鈴音の背後を無力化しきれなかったラグドの兵士がバネのように起き上がり、斬り掛かる。
不意を突かれたことにより、対応が出来ない。驚愕に見開かれた目が恐怖を彩る頃には既に刃は心臓を貫かんと迫っていた。
「鈴音っ!!」
光が弾ける。次いで、斬りかかったラグド兵と鈴音の間に炎の壁が生じていた。大地には鳥ではない何か巨大な影が数十、悠々と旋回している。…竜だ。
「ミケガサキ王国騎士団第四番隊、降下ッ!」
「チッ…。貴方達はお呼びでないというのに」
カインの指令に次から次へと竜からミケガサキ王国特有の白銀の鎧を纏った兵士達が降りて行く。ラグドの黒兵は剣を構え迎え撃つ。甲高い音が響き、火花が散った。
「すずっ、無事か!?」
「だいちゃん…、ありがとう」
大紀を乗せた一匹の竜が鈴音の側に降り立ち、血相を変えた大紀がその背から転がり落ちながら鈴音に駆け寄って安否を確認すると、思いっ切り抱きしめた。鈴音も頬を朱に染めながら、どこか嬉しそうに抱擁を受けている。
その様を茫然と見つめながら、肇は戦場にいるというのも忘れて独り物思いに耽る。
―鈴音が、やっぱりアンナさんが心配だからと言って食堂に駆けて行くのを慌てて追い掛けて。
ラグドの兵士が鈴音の背後から斬り掛かろうとしていて。
大紀の援護がなければ、鈴音は…。
―大紀は鈴音が好きで、鈴音も大紀が好きなのか。
「何をボサッとしている!来るぞっ!」
顔を上げれば、目の前でラグドの兵士が剣を振りかざしていた。刃が日を浴びて鈍く光る。
思いもよらぬ現状に腰を抜かして、惨めな叫び声を上げる。避けるという考えも恐怖で塗り潰された。
「う、うわぁぁあぁあ」
風もないに肇を軸に砂が渦を巻き、剣撃を防ぐ。それだけには留まらず、砂嵐は一度霧散すると直ぐさま彼の前に結集し、砂の巨人となって敵の前に立ちはだかった。その様は、まるで砂に命が吹き込まれたようである。
「『勇者』の特殊能力か!」
見習い勇者一宮肇の特殊能力『入魂』。
物質の三態―気体・固体・液体全てを対象とし、自らの魔力を与え生み出す人工生命。言わば、与えた魔力が魂として形成し、能力者の半身として使役することが出来る特殊能力である。
「―…貴様が、そうか」
突如、斬り掛かられた少年を守ろうと起きた現象を前に、スッ…とミハエル・ラグドネスの双眸が細められる。
砂の巨人に守られる少年を一瞥し、低く呟くとナイフを一回転し逆手に構えて戦闘体勢に入った。足に力を込め、踏み込む。
砂の巨人は彼を通さんとミハエル・ラグドネスをその手で握り潰そうとするが、速さは圧倒的にミハエル・ラグドネスが秀でている。巨人の腕をすり抜け、地を蹴ると跳躍。驚異的な跳躍力で巨人の胸部まで跳ぶと、右手を掲げた。腕に着けたバングルが光り、瞬間、巨人の胸部に大穴が穿たれる。
声にならない悲鳴を上げ、巨人はたたらを踏みながら自らの足に引っ掛かって転倒し、視界を覆うほどの砂塵を巻き上げてただの砂へと還った。
頭上で太陽の光を浴びた刃が不気味に輝き、逆光で真っ黒の影と化した敵が狙いを違わず凶器を振り下ろす。
巻き上がった砂が視界を覆い、恐らく誰も見えていないのだろう。悲鳴もなんの声も上がらなかった。
肇を助ける者はいない。今度こそ、お終いだ―。
砂塵に紛れ、光が弾ける。虹にも似た模様が浮かび上がり、喉を貫かんとする剣撃を弾く。不可視の光の壁がそこにあった。
「なっ…」
ミハエル・ラグドネスは避けも防げもしない絶対的な攻撃を防がれたことに驚愕の表情を浮かべているが、それは肇も同じだった。彼とて何もしていないのだ。
吹き上げた砂が視界を遮り誰も手出しは出来なかったであろう状況で、一体誰が―。
次の瞬間、ミハエル・ラグドネスの体が毬のように跳ね飛んだ。視界を遮る砂の壁から放り出され、地面に数回叩きつけられてようやく静止する。
あまりに突然過ぎる予想外の事態に敵味方関係なく皆一様に茫然としするばかりだ。
不意に砂嵐が止み、皆と同様に茫然としている肇の傍らには何故か馬車があり、興奮未だ冷めやらぬ二頭の馬が頻りにいなないている。
「ちょっ…!誰だか存じ上げませんが、大丈夫…じゃなさそうですね、はい」
おそらくは馬車が壁を破壊し、ミハエル・ラグドネスを跳ね飛ばしたのだろう。少し遅れて、場違いなまでに颯爽と現れたのは送迎を買って出た門番だった。
彼は来て早々、呆気なく冷血なほどにピクピクと陸に打ち上げられた魚のように倒れているミハエル・ラグドネスへの心配を打ち切ると素通りし、色んな意味で硬直している肇の下に駆け寄ると普通に心配する。
「あっ、大丈夫ですか?見習い勇者様」
「ありがとう、ございます…。おかげ様で助かりました。寧ろ、あの人が大丈夫ですか?」
肇としては礼を言うのは状況が状況だけに憚られたが、紛いなりにも助けてもらったのは事実なのだから言わないのも失礼だと思い、頭を下げる。
「いえいえ、送迎を頼ませ職務放棄をしておきながら、その相手に死なれるというのは…ねぇ?そんなの会わせる顔がありませんよ、どちらにも。とはいえ、既に助けられたみたいで」
何やら一人呟く門番を不審に思いつつ、肇は鈴音達の下に合流する。二人とも肇の姿を認めるなり突進して来て、肇は先程のミハエル・ラグドネスが受けたであろう同等の衝撃に見舞われた。
食堂では何やら硝子の割れる音が響渡り、中からわらわらと囚われていた騎士であろう体格の良い男達が涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらアンナの下へと駆け寄っていた。
「きょ〜か〜ん!ご無事で何より!」
「お前達、無事だったか」
彼女もまたそんな見習い騎士なる男達を見て呆れ半分、嬉しさ半分といった表情で迎える。
「へへっ、何せ俺達は教官様に鍛え込まれているんですよ?ちょっとやそっとじゃ死にません。捕まった時は流石にもう駄目だと思いましたが。ラグドの奴ら、どういう訳だか魔具の扱いを間違えたようで助かりましたよ。正しく、不幸中の幸いで」
「魔具の暴発、か。しかし、あのラグドがそんなミスを犯すとは考え難いが。生きているか?」
「…虫の息ではありますが。急いで城に連行しましょう」
食堂から血に塗れたラグド兵数十人が運び出されて竜の背に乗せられて行く。勿論、ミハエル・ラグドネスも同様だ。
それを見送り、カインは惨状と化した食事へと足を踏み入れ、床一面に血で描かれた魔法陣を見る。
しばらく物思いに耽っていると、いつの間にか肇が隣に立っていた。
「…彼等はどうなるんですか?」
「当分は捕虜として監視の下、独房で暮らすことになるだろう。心配するな、基本的人権は尊重する。
聞き出したい情報を聞き終えれば国に帰してやるつもりだが…、どちらが幸せなんだろうな。
それと、今回は助かった。協力感謝する。君達は異世介の者だ。なるべく、こちらの事情には巻き込みたくなかったんだが…本当にすまない」
「いえ、僕は何もしていませんし、一番の手柄は多分門番さんですよ」
「不本意だが…。まぁ、良しとするか」
カインは嘆息し、茜色に染まりゆく空を見上げた。緊迫した状況に置かれていたせいか、時間があっという間に過ぎたように感じる。
―何故、ラグドが此処を狙ったのか。あの魔法陣は何なのか。疑問は尽きない。彼等が早々口をたやすく開くとも思わないが、些細な情報とて、こちらに有益なものとなるだろう。
戦力が乏しいにも関わらず魔具の暴発など様々な幸運が重なり領土の侵略を防いだばかりか死者一人として出さず、尚且つ敵を捕らえたといのは奇跡に等しい。
カインはちらりと門番を一瞥した。これといって怪しい点は特にない。完全に白とは断言出来ないが、先程ミハエル・ラグドネスが一宮肇を襲った時、彼はタッチの差ではあるが居なかった。
飽くなき思考を繰り返し、小さく頭を振ってまた嘆息する。考えても仕方のないことだ。
一方、外では騒ぎを聞き付けたノワールが血相を変えてアンナの下へ駆け寄っていた。
「もうっ!毎回毎回どうして無茶ばかりっ!今回はたまたま運が良かったものの、貴女達に万が一の事があったら…!」
子供のように泣きじゃくりながら、ぽかぽかと精一杯背伸びをしてアンナの胸板叩くノワールをどうやって宥めるか困り顔で傍らに立つノーイに目配せするが、彼も困ったように肩を竦めてみせる。
「むぅ…。わ、悪かった。私もこの子も…」
無事だ、と言おうとして不意に襲ってきた陣痛にアンナは顔を歪め、腹を押さえた。
食堂から出て来たカインも居合わせ、戦場ですら滅多に見せない妻の苦悶の表情に尋常ならざるものと悟る。
「あ、アンナ?どうした?」
「いけないっ!びょっ、病院っ!急いで手配して下さいませっ」
ノワールの指令に、その場にいた全員は急におたおたと忙しなく動く。
「なら、移動用の魔具で…」
「馬鹿っ、魔具じゃ身体に負荷をかけちまう。いっそのこと竜に乗せて行くのは?」
「それじゃどうやって降りるんだよ!?大体、ラグドの兵士で満員だ!」
戦場では多少なりとも冷静さを保てるよう日々訓練されている彼等だが、こういった場合にはほとほと使えないのが玉に瑕である。
「おい、門番っ!アンナを病院まで頼むっ!」
「必要とあらばG出しますが」
「アンナを殺す気か?」
「…すみません」
****
「――………。」
ぎゃあぎゃあ、わーわーと騒ぐ様子を遠くから見つめる影が一つ。
時に懐かしそうに目を細め、口元に笑みを携えて事の成り行きを見守っていた。
「さて、吉兆となるか凶兆となるか…」
今回のことでこれから先に起こる争いが全て回避出来た訳ではない。しかし、少なくともカインや教官が罰せられることはないだろう。
「しかし、ラグドは魔法陣の知識を手にしてしまっていますよ…。尚且つ、それで貴方を喚び出そうとまでしている」
影の心中を見透かしたかのように影の傍らに白髪の青年が立つ。それを横目で見ながら、影は困ったように嘆息した。
「そう、問題はそれが今後どう転ぶか。今回、小規模領土争いは何とかなったけど、彼等が魔力魂…またはそれに代わる物を生み出すのもそう遠くないだろう」
魔法陣にせよ何にせよ、誰かがかつての情報をラグドに流している。
この世界ならば、前を知るのは女神様しかいないが、ミケガサキ王国の国家元首ともあろう方がわざわざ他国に情報を流すとは思わない。
残る可能性は、向こうの三嘉ヶ崎に住む何者かが手引きしているということ。
向こうの三嘉ヶ崎は、優真という存在が誕生する前まで時が遡り、優真が誕生しえない世界…つまり、あの事件が起こらなかった三嘉ヶ崎として新たに展開された。
しかし、それ以前にリンクシステムは勿論、ゲーム『勇者撲滅』は健在している。ともなれば神崎氏か、ゲーム開発者の誰かの仕業、或はあの会社ぐるみということも考えられる。
リンクシステムのささやかな助力と田中優真の記憶の再現…言わば『思い出』でほぼ成り立っているこちらの世界は、宿命ともいうべきかつての崩壊の軌跡を着実に辿っている。
記憶を再現した世界なのだから当たり前だ。とはいえ、全てが同一という訳でもなく、それなりに差異はある。
今はまだ記憶の再現故に世界は不安定で道なりに進まざるおえないが、あともう少しこの世界が安定してきたなら、きっと崩壊以外の道も開けるはずだ。
切なく微笑んで、再び下の喧騒に目を向ける。
「あの腹の内で他人を見下しているような見習いに、本当に貴方の代わりが務まるんですか…?」
「ははっ、フレディが言えた義理じゃっ…」
首に鎌を当てがわれ、喉まで出かかっていた言葉を直ぐさま飲み込んだ。
「大丈夫、あんなにも頼れる友がいるんだから。多少ひん曲がってても問題ない」
―先の事は分からないが、ああいった日常が続いてくれることを願おう。
そんな権利すら、今の自分にはないかもしれないが。
「―…さて、そろそろ行こうか」
「えぇ…」
誰もが傷付かず、笑っていられるそんな世界を実現するために。