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第二十一話 堕竜


「これは…」


既に影の世界からミケガサキへと移動したはずなのに辺りは全く影の世界と大差ない。

『リンクシステム』を絶ったことによりこの世界は元のあるべき姿に戻った。責任を転嫁するつもりはないが、僕のせいで崩壊を招いたとはいえ、フレディ曰くそれは一割ほどの割合でしかないというのなら、それはつまり、こうなる前から崩壊の一途を辿っていたということ。

どれだけ目を凝らしても暗闇のその先を見据えることなど出来ない。この先には何もない。広がる闇が、そう証明している。

他の国がどうなったかなどこの先を見据えるまでもないのに。


「ミケガサキが辛うじて体裁を保っていられるのは、『核』がまだ残っているからかね」

「恐らくは…。影の王、『神々の黄昏ラグナロク』という言葉をご存知ですか…?」

「終末の日のこと?」


フレディは無言で頷き、詩でも口ずさむかのように淀みなく説明を始めた。


「遥か昔…。神が創造した世界を略奪せんと悪魔達が襲撃を開始しました…。それが我々でいうところの『神々の黄昏』です…」

「何で悪魔はそんなことを?」

「神と相対する者であり、我々の本質は堕落…。神の創造物を貶めること…。世界の略奪や侵略など今に始まったことではないのです…。

あの世界も、我等が王、知恵の悪魔により侵略され、我等の領土…此処と同じような一面の闇と化しました…。創られて間もない世界だったようで守護神を倒すのは容易であり、略奪は思いの外簡単だったそうです…。

まぁ、知恵の悪魔の戦闘能力は他と比べるとさして高くないんですよ…。そこは運が良かったですね…」


襲撃された方にとってはたまったものではないだろうと思いつつ、そこは苦笑に留めておく。


「そういや、以前にあの世界は自分達のものだったとか言ってたけど、そういうことか」

「えぇ、まぁ…。そんな感じですね…。その後に知恵の悪魔によって誕生したのが我等眷属です…」


―加護の薄れた世界では人々の傲慢や猜疑心、嫉妬や妬みが世に蔓延り、魔を生み出した。人々の心に巣くう闇なる影は世界を覆い、地上は魔獣や死霊が跋扈するようになった。


口調は先程と打って変わって物憂げなものになる。


―向こうに行けば、貴方が常々疑問に思っていたことの大半が解決するでしょう…。


今の話しを聞いて確信した。全ての鍵を握るのは間違いなく知恵の悪魔だ。今の話しは、その為の基礎のようなものなのだろう。


聞きたいことは沢山ある。恐らく彼はその疑問に対する答えを全て持ち合わせている。

―しかし、それならば。…何故今話す?それなりの信頼を得るに足りえたか?それとも…。


「…別に貴方を欺こうとしている訳ではありません。それに、もう十分過ぎるほど欺きましたし…」

「おい、聞き捨てならないことを聞いたぞ」

「でも、それも疲れました…。貴方の知能はそんなことすら理解していませんでしたから…。欺いている私が何故こうも肩透かしを食らった気分を味わなければならないのか…」

「貶されている手前、偶然とはいえフレディを出し抜いたことを喜んで良いのか複雑な気分だ」


雑談に部類されるであろう会話を何を呑気に、しかも決戦前にしているんだと我ながら呆れる。


「…フレディ、一つ質問しても?」

「何なりとどうぞ…」

「此処がこうなったのは、光の救済前?」

「はい、そうです…」


―天から降り注いだ光が闇を打ち消し、魔王共々浄化してしまったから。光は地上に降り注ぎ、それにより魔王によって滅ぼされた生き物全てが息を吹き返したという。…こうして世界は持続していている。


光では、救済しきれなかった。それを補うために『リンクシステム』を導入したのなら?

神崎氏が喚び出した悪魔。提供された『リンクシステム』の要、『核』。神崎氏の目的。用途。罪人とその予備軍の撲滅。利用価値はそれだけ。


本当にシステムを利用していたのは――。


「城までどれくらいだ!?」

「まだ遠いです…。恐らく、此処は九十番代辺りの地区でしょう…」


城の位置が把握できなければ『瞬間移動の陣』は発動出来ない。此処は地道に城の頂上に浮いている『核』の微弱な魔力を道標に進むしかないだろう。

フレディは辺りを注意深く観察しながら唇の端を吊り上げて冷笑を浮かべた。


「皮肉にも、地域格差が巧を成して此処はまだ安全地帯のようですね…」

「一体、何の…」


話をしているんだ、という言葉を発する前にフレディは早口でまくし立てる。


「影の王…。この先に貴方が求める真実が待ち受けています…。全てを知る覚悟は、ありますか…?」

「そんなもの…」

「因みに影の王…」

「質問したんだから最後まで聞くくらいのことはしろっ!で、何だ!?」


間違いない。こいつは僕が無意識にスルーし勝手に赤っ恥をかいたことへの復讐を果たそうとしている。


「今更ながらにぶっちゃけますが、人の心の闇…業から生まれ落ち、魔獣達を従え世界を支配した魔の王。あれ、私です…」

「…………………?…………………。……ぇぇえええええええ!?」

「煩い…」

「てっきり、大総統かと思ってた…」

「知恵の悪魔と魔王では格が違います…。それに人の感情から生まれたとあるのですから、大総統でないことは普通に考えればわかるでしょうに…。

今は、かつての力は失われ死霊に成り下がりましたし、これはこれで楽ですから良いんですよ…」


何処か吹っ切れたようにフレディは笑った。

光に浄化されてしまったことにより力が失われたのか、封印されたのかは定かではないが、『沈黙の書』の存在を鑑みるに恐らくは後者であろう。


「…………。」


何か発見したのかフレディは急に立ち止まる。同様に立ち止まり辺りを注視するが、敵は疎か景色すら変わっていない。いや、例え変わっていたとしても、分からないと自負出来る。


「ふむ…。まさかとは思いましたが、やはり同じ所を走り続けているようですね…」

「あっ、本当だ。何で気付かなかったんだろ。魔力の感知距離が一向に近付いてない。城に張られているような特殊な『固有結界』…という訳でもなさそうだ。五感を麻痺させる効力に加え微かに魔力の残滓のようなものは感じるから、どちらかと言えば高度な幻覚魔術…」


言いかけて、視線は自ずとフレディの背後に注がれた。距離にして約五十メートル。地面から黒い何かが這い出て立ち上がる。

それは影が立体化し意思を持ったような、ただしそれにしてはやけに不安定というか、外見がまるで溶けているようである。

取り敢えず分かるのはそれの性別が女性であり、身長から察するに恐らく少女と呼ばれる辺りの年齢ということくらいだろう。


「あれも魔獣なのか…?」

「どちらかと言えば魔獣ではなく魔人です…。それなりに力を持った魔人にもなると理性を得ますが、これはどちらでしょうね…?まぁどちらにせよ、この世界がこうなってしまったがために、野生化といいますか、この闇に意識を呑まれてしまってるようですね…。皆、あるべき姿に戻りつつある…」

「あの子を倒さなければ城には着けないか。高度な魔術はこれだから厄介なんだ。しかも幻覚魔術ともなれば唯一の攻略方法である痛覚どころか五感さえも騙し込むから手の打ちようがない。『魔眼』がもう片方があれば打破出来たんだろうけど、こればかりは仕方ないよな」


フレディに目で合図すると彼は即座に行動に出た。鎌を構えると流星の如く駆け出す。

大抵、高度、或いは広範囲に及ぶ大掛かりな魔術を発動する際、術者は神経をそちらに集中させるため防御が手薄になる。

『魔眼』保持者や大人数による魔術の発動ならまだしも、見る限り相手は単体で魔術を発動している。その場合、必ず何処かに伏兵がいるはずだ。それをあぶり出せれば良し、いないならそれはそれで倒す手間が省ける。


「………ゥ、………マ………さ…………」


首を跳ねられる寸前、魔人は濁った不明瞭な声を発した。刹那、鎌が振り下ろされる。鈍い音と共におびただしい量の鮮血が噴水のように噴き出した。


「何か、言ったんだろうけど…分かる?」

「……………。えぇ、何となくは…」


返り血を浴び、長い銀髪から赤黒い血を滴らせながらフレディは鎌を回転させ、血を払う。そして踵を返すと横目で辺りを窺いながらゆっくり歩みを進め、僕の隣で止まった。


「何て言ってた?」

「そうですね…。直訳するなら…、地獄に堕ちろと言ったところでしょうか…」

「ははっ、それはそれは…」


肩を竦めて茶化されたところで引き攣った笑いしか浮かべられない。というか本当に笑えない状況だ。

闇の中から聞こえる無数の息遣い。どうやら先程の魔人は噛ませ犬、要は僕等を完全に包囲するための捨て駒に過ぎなかったらしい。


「これでも氷山の一角に過ぎません…。何せ、国土の六割弱ほど、魔獣が占めていますからね…」

「おいおい、向こうの三嘉ヶ崎なら国民九十パーセント換算なんですけど…。やけに統率が取れてるところを見ると、何処かにボスがいるとみた。取り敢えず、円陣を逆手に先手を取らせてもらうとしよう」


闇の中から杖を取り出し構える。大雑把に陣の大きさを想定すると『魔眼』を発動させた。

足元に巨大な魔法陣が浮かび上がり、発動する際の魔力の光により、取り囲んでいた魔獣の群れの姿が露わとなる。その数、千は下らない。


「全体の三割というところですかね…。妥当と言えば妥当です…」

「冷静に分析してる場合か!」


巨大魔法陣が発動する直前に、手を狂ったように振り回し『瞬間移動の陣』を形成させ、陣の外へと避難する。陣は瞬く間に巨大な竜巻を発生させ、取り囲んでいた魔獣を巻き込んでゆく。更に、魔獣の体は渦の中心に出来る真空により切り裂かれ肉塊となり撒き散らされた。


「鎌鼬ですか…。確かに効率的ですね…。しかし規模を考えなさいよ…。これじゃあ通れないどころか、他の所にいる魔獣に居場所がだだ漏れで…」


フレディが不満を口にする最中、竜巻が膨れ上がったかと思うと真ん中に球状の影が浮かび上がる。

咄嗟の判断で横に跳ぶと同時に、目の前の竜巻が霧散し、先程僕等がいた場所を巨大な火の球が通過していった。

真空に突っ込んでも消えなかったということは、魔力による炎か。


「―――ォォォォオオオオオオ!!」


耳をつんざくような猛々しい咆哮には並々ならぬ怒気が篭っている。空気がビリビリと震え、あまりの風圧に吹き飛びそうになるのを必死に堪えた。

霧散した竜巻の先には、二つの金色の瞳が浮かび上がり、漆黒の翼で覆っていたと思われる闇と同化していた紫がかった黒鱗の体躯がようやく視認出来る。


「竜…。こいつが、群れのボス、なのか…?こいつも、魔獣?」

「竜は人間より知識の富んだ生物です…。ですから魔獣ではありません…。しかし、理性があるからといって魔人というわけでもない…。

理性があるから魔人なのか、逆だから魔獣なのか…。まぁ、それは今は置いておきましょう…。

この世界では、竜は神の御使い…。光より生み出されし聖獣の類です…。ですから、この場合は魔に堕ちた竜…。堕竜というところですかね…」

「何か、中二病臭いな」

「今に始まったことじゃないでしょう…。―来ますよ…。露払い、お願いしますね…」


開戦の狼煙のつもりか、再び咆哮が響き渡る。その余韻が消えぬうちに堕竜は自身の鋭く尖った爪で引き裂かんと周りにいる魔獣の残党共を蹴散らしながらに突進して来た。

すかさずフレディが駆け出し、それを援護する形で最早阻害物としての役割でしかない魔獣を、『魔眼』で陣を形成し葬っていく。

フレディは堕竜に接近すると振り下ろされる爪を最小限の動きで回避し、その腕に飛び乗った。振り落とそうと堕竜も腕をちぎれんばかりに振るが、それを見越したフレディは素早く跳躍し、空中で鎌を振りかぶる。途端に鎌の刃が巨大化し、堕竜を一刀両断せんと振り下ろされた。

堕竜は迫りくる刃に目もくれず、僕の方を睨む。鋭い金の瞳は憎悪に燃えていた。


「ォォォオオオオオオ!!」


地の底から沸き上がってくるような重々しい咆哮は、何処か悲しげであり、やるせない怒りのようにも感じる。

ザンッ…と肉の断たれる音に続き、巨体が傾ぎ地に伏した。

先程とは比べものにならないほどの血が雨となって大地に染み渡る。

断たれた首は命の灯を失ってなお、血走った瞳は憤怒を露わにし、僕の方を凝視していた。


―許さない。そう言わんばかりの形相で。呪詛をかけるが如く。

目を細め、じっと死した堕竜を見つめる。奇妙な既視感と罪悪感が首をもたげ始めていた時、中々動こうとしない僕に遂に業を煮やしたらしく、珍しく険のある声で催促する。


「ほら、何ボケッとしているんですか…。さっさと行きますよ…。時間の無駄です…」

「あぁ、今行く」


折角掴み掛けていた奇妙な既視感の正体は実態を得ぬまま霧散し、頭の片隅へと追いやられてしまう。


―全てを知る覚悟は、ありますか…?


彼の問いに対し、僕はこう答える。自嘲気味に笑いながら。


―そんなもの、あるわけないだろ。

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