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第二十話 人為的悪意


―自身と対峙する。この何とも言いようのない不快感をどう形容すべきか。言葉で表すのなら、生理的嫌悪というやつだろう。


「フレディ。僕は君達との契約の際、全パラレルワールド中に存在する『僕』を消せと頼んだと思うんだけど」

「勿論、頼まれましたし、実行しましたとも…。つまり、此処はパラレルワールドではないということですよ…。どうやら本当に改変しやがったようですね…」


表情こそいつものように淡々としているが、忌ま忌ましさが語気の荒さに表れている。


「コンピュータ・プレイヤーである僕が言うのもなんだけど、何せ即席で創り変えた世界だから色々とおかしいんだ。あべこべというか、性質が真逆になってしまった。まぁ、君達が向こうの世界へ行くのを少しでも遅らせるための時間稼ぎの場であり、そのための存在だから別に何でもいいけど」


心底どうでもいいという表情で大層投げやりにコンピュータ・プレイヤーはぼやきながら、勇者の剣を構えた。


「一秒一コンマの時すら惜しい…。影の王、さっさと片付けますよ…」


無言で頷き、影から魔剣を引き抜く。その直後、すぐ脇を電光石火の勢いでフレディが通り過ぎた。


「…フレディッ!?」


―馬鹿が、と心中で毒づいた。こうなっては牽制も意味をなさない。今更自身の配慮の甘さを悔いたところで時既に遅しだ。

今のフレディは怒りで冷静な判断が下せていない。彼には珍しく、愚直なまでに軽率な行動だった。理性が欠けているのは明らかであり、そういう相手の攻撃ほど隙だらけで恐れるに足らないものである。

一瞬で相手の目の前まで移動したフレディは、コンピュータ・プレイヤーの首を狩らんと鎌を振り上げる。


「『ビィーネの業炎』」


刹那、フレディの体を深紅の炎が飲み込み、貫いた。何が起こったのか理解する間も与えないほど早く凄まじい勢いでこちらに向かってくる。


「…………ッ!『ビィーネの業炎』!」


咄嗟に『魔眼』で同じ魔術を発動させる。魔法陣から放たれた業火は向かってくる相手の業火を迎え撃つものの、すぐに競り負け、飲み込まれた。予想の範疇だったが、こうも早いとは。ぶつかり合ったその一瞬で十分回避する間を作れたのは運が良かった。

よじ登った塀の上から安堵の息を吐く。


「流石に『魔眼』一つじゃ魔術に差があり過ぎるか。フレディを引き付けて死角を作り魔法陣を形成、発動させて一挙二兎狩りって訳ね。僕にしては頭がいいな」

「仲間が殺されたっていうのに平然としてるんだね」

「残念ながら僕に殺されて、はい、そうですかと素直に死んでくれるような奴じゃないんだ」


肩を竦めてみせると、コンピュータ・プレイヤーは不可解そうに眉をひそめ、首を傾げる。成程、確かに間抜けだ。


「物は言い様、事は相談なんだが、僕よ。知ってるかもしれないけど、僕は不死なんだ。だから引いてもらえると助かる」

「それじゃあ生まれた意味がなくなるから、悪いけど承諾出来ないな。

僕は君を足止めするためだけに作られた存在。例え何かの間違いであれ、生まれた以上は生きたいというのが生き物の本能だからね。君は不死だが僕は違う。結局、死ぬことになるのだろうけど一分一秒でも生きながらえたいというのが正直なところかな。

因みに、僕を殺さないと向こうの世界にはいけないし、此処も元には戻らない」


コンピュータ・プレイヤーが言い終わるやいなや、幾つもの小さな魔法陣が空中に浮かび上がり、そこから火の玉が縦横無尽に放たれる。


「これは…困ったな。よっと!」


地面は先程の攻撃で熱した鉄板に等しい状態のため、この火の玉を避けつつ塀を伝って近付くしかない。

向かってくる火の玉を何とか魔剣で叩き斬るが、剣の刀身が徐々に熱を帯び始め、持ち手に伝わってくるのが分かる。

向こうは僕を殺す必要はないが、僕は彼を殺さなくてはならない。魔術では太刀打ち出来ないため、自ずと戦闘手段は接近戦に絞られる。影を操って相手の体を貫通させるという方法もあるが、この空間は向こうに掌握されているので恐らく不可能だ。尚且つ、向こうには勇者の剣がある。


「勝算ないけど、頑張るしかないか」


溜め息一つ。魔剣を握り締めると多少よろけながらも全速力で塀を伝い、コンピュータ・プレイヤーに切り掛かる。


「『ビィーネの業炎』」


目の前に形成された魔法陣を前に、これしか芸がないのかと軽く目眩を覚えた。既視感、というやつか。


「『倍速の陣』っ!」


魔術で肉体の瞬発力の速度を無理矢理引き上げ、奴の魔術が発動する寸前に魔剣で叩き斬る。硝子の割れたような透明で高い音が響き渡り、光の粒子となって散ってゆく。

僅かに目を見開き、驚きを露わにするコンピュータ・プレイヤーの隙をついて剣を振り切ると同時に踏み込むと勇者の剣に手を伸ばした。しかし、剣を掴むすんでのところで向こうも『倍速の陣』でかわし、尚且つ鳩尾に蹴りを食らう。いくら瞬発力だけが強化された生身の肉体とはいえ、速度が速ければ威力は増す。


「ごほっ…」


骨が軋む音がした。嫌な汗が頬を伝う。もしかしたら肋骨辺りが折れているかもしれない。数メートル吹っ飛び、背中を熱いコンクリートに勢いよく打ち付け、息が詰まる。続いて熱が更なる追い打ちをかける。


「馬鹿だなぁ。君の特殊能力なら、今の隙で十分僕を殺せたのに」


抵抗の姿勢は依然として変わらないようだが、やや自暴自棄になってきているようにも感じる。死にたいのか生きたいのかどっちつかずの曖昧な呟きを鼻で笑って一蹴した。


「僕の能力じゃ君を殺せない。この能力は相手を殺すんじゃない。―消すんだ」

「…同じことだと思うけど」


困ったように彼は頬を掻く。


「殺すっていうのは、生き物の命を断つこと。僕の能力は、命を含むそのものの存在自体を消す。死ぬんじゃない。消える。対象物が仮に魂であるのなら、その魂は輪廻転生の環に還ることはなく、二度と第二の生とやらを歩むことはない」

「僕の魂なんてあってないようなものなのだから、気にする必要はないよ」

「…生きることは死ぬことであり、死ぬことは生きることだ。仮にも生きたいのであればどうか精一杯死んでくれ」


そう、かつての僕に言う。

死にたくて、死にたくて、死にたくて、死にたくて。死ぬために生きた。色々なものを手放してでも、殺してでも僕は。そして気付いた。僕は、死にたいと思う反面、それと同様に生きたかったのだと。いや、生きたいのだ。それは今も変わらない。


頬を伝う汗を拭う。焼けた靴を履いているように足が熱い。握っている魔剣も熱を帯び、望まぬ皮膚との融合を果たしそうだ。

深呼吸と似ても似つかなぬ溜め息を一つ。パキンッと軽い音をたて魔剣の刀身が折れた。柄を放り捨て、折れた魔剣の刀身を拾い上げる。魔力を込めてカスタマイズ――手頃な大きさまでに収縮させると包むように両手で握った。蜜柑を握り潰したかのように血が物凄い勢いで溢れ出す。今の格好としては包丁やナイフを握っている体と同じだろうか。

足は肩幅まで開き、腰だめに構える。呼吸は深く、規則的に。そうして緊張を解し、肩の力を抜く。心を眠らせ、ただ客観的に、完全な傍観者に徹する。

戦闘慣れしていると教官やカインは口を揃えて言うがそんなことはない。ただ躊躇しないだけだ。

今だって敵と対峙すれば足がすくむ思いだし、魔術も稚拙な戦闘技術を隠すための手段に過ぎない。

身体能力も戦闘技術も並、もしくはそれ以下で、フレディに遠く及ばない。だから何千何万と彼との戦闘では殺されまくっているわけだが。


「……………。」


―しかし、まぁ。昔から、案外躊躇しなかった気がする。


****


明確な意識の移り変わりが見て取れた。纏う空気が殺意に染まってゆくのが分かる。


「……………。」


"オリジナル"は刀身を握り、ゆっくりと距離を詰めてくる。距離は約十メートル。最初は早足で。距離が近付くにつれ、駆け足になっていく。

そして一定の距離を切った瞬間、奴は僕に向かって突進してきた。突き出してきた刀身を剣で受け止める。この塀で囲まれた狭い道幅ではそれしか有効な回避方法がない。身をよじって回避することも容易ではあるが、王道、もしくは常識と言っていいほどの常套手段であるため相手も当然視野に入れているはずだ。

長剣と短剣では圧倒的に速さで短剣が勝る。身をよじったところで追撃を食らうのは目に見えている。


手を自らの血で染め上げかねないほどの夥しい出血をものともせず、奴は即座に身を低くし、地に手をつくと回し蹴りの要領で僕の足下を掬う。

硬いコンクリートの地面に強かに頭を打ち付け、息が詰まると共に視界がチカチカと点滅する。奴はまるで腹を空かせた猟犬のように飛び掛かり、容赦なく心臓を狙った一撃を振り下ろしてきた。この時ばかりは両手で包むように握る持ち方ではなく、片手のみだ。

咄嗟に剣を持っていない左手を滑り込ませる。鋭い痛みが腕に走るが、心臓を刺されるよりマシだ。

安堵したのもつかの間、刀身は即座に引き抜かれ、頸動脈を引き裂かれる。


―…勝敗は決した。


残念ながら、完敗だ。


自らが降らせる血の雨に打たれながら一抹の悔しさと清々しさを噛み締める。対戦ゲームで負けた時みたいな、ちょっとした憤りだ。視界は白く濁り、音も消えていく。風前の灯である僕の命は今まさに尽きようとしていた。走馬灯で思い出すような大した記憶もなければ、思い浮かぶ顔もないが、これはこれで案外悪くない人生だった気がする。…ほんの三十分ばかりの短い人生だったが。


「幸せそうな死に顔だこと」


田中優真は呆れたような、少し羨ましげにも聞こえる呟きを漏らし、そっと僕の目を閉ざした。


……………………………………………………………。


「―…偵察はどうだった?フレディ」


僕の声に呼応して足元の影が伸びた。やがてそこからフレディが姿を現す。

あの時、咄嗟に影を操ってフレディをした後、彼は独自の影のルートとやらを伝ってミケガサキへと偵察に出向いた。

溜め息を吐きながらフレディは傍らに横たわる死体を一瞥した。それから天を仰ぐ。

改変された世界は蜃気楼のように揺らいで消えた。死体も何もかもが跡形もなく虚しさを覚えるほどに。


「どうにもこうにも、全く酷い有様ですよ…。崩壊寸前って感じですね…。

まぁ、城は結界のおかげで健在のようでしたよ…。とっとと行って、けりをつけてしまいましょう…」

「けりをつけて、それで何か変わるのかな」

「馬鹿ですね…。世界を救いに行くんでしょう…?滅ぼすも救うも、勝者の特権ですよ…。

核さえ手に入れられれば何とかなるでしょう…。ならなかったら、ならなかったでその時考えればいい話しです…」


怠惰・無気力・ネガティブの三大負感情合わせもった化身が珍しく前向きなことを言うものだと感心していると、フレディは無言で蹴ってきた。


「心外ですね…」

「悪かったって。頼むから折れたところを蹴らないでくれ」


必死の懇願も虚しく、フレディはひとしきり蹴った後、そっぽを向いて呟く。


「悪かったですね、色々と…」

「それは…謝罪なのか、単に見下しているのかどっち?」


それには答えず、彼は視線を闇に固定したまま先程の言葉の続きであろうことを口にした。


「リンクシステムが断絶されたことにより、あちらの世界は元の姿へと戻りました…。そして今、崩壊を迎えようとしています…。

その要因の一部は貴方のせいですが、後の大半、九割程は違うということを分かっていただきたい…」


よく分からないが、一応、慰められているということでいいのだろうか。真意が見えない。


「向こうに行けば、貴方が常々疑問に思っていた事の大半が解決することでしょう…。それを知った上で、どうするかは全て貴方の判断に委ねます…」


終身投げやりに言って、フレディは返事も待たずにずかずかと先に行ってしまう。


―僕の知りたいこと。

それはつまり、ミケガサキ…向こうの世界の歴史、成り立ちということでいいのだろうか。

ゼリーさんを倒して、核を手に入れるまでの過程で知ることになるのか見当もつかないが。


その時の僕はその程度に楽観視していた。この先に待つ真実の重みを知る由もなく。

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