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第十八話 手向けの言葉


―僕等の命の価値なんだって。


「は…?い、意味分かんねーよ」


俺はたちの悪い冗談だと軽快に笑い飛ばそうとして引き攣った頬を何とか弛緩させようと努めながら、必死に笑みらしきものを形成させようとする。

田中は一瞬だけ哀れむような表情を浮かべたが、直ぐに視線を湖に向けた。手元に落ちていた小石を拾い上げると無言で湖に投げる。―湖の手前で落ちた。

しばらくの沈黙の後、田中は何食わぬ顔で話を続ける。…そろそろ突っ込むべきなのだろうか?


「僕等と言っても、『勇者』と『魔王』プレイヤー…取り分け、『魔王』プレイヤーの今まで仕出かした悪行の数と重さ、後は周囲による存在意義の集計結果から命の価値を割り出して、まずはビジネスの参加費というか前金として払い、特殊能力の強さ、勝敗、プレイヤーに賭けられた額によってダブルアップとか色々と配当金の基準値が変わってくるらしい」


そう言いながら田中はポケットから携帯を取り出すと何やら操作し始めた。


「例えば、そうだなぁ…。スリの常習犯が『魔王』になったとしよう。彼の罪の重さはそれ程大層なものではないが、常習犯だけあって数は多い。続いて周囲の評価…彼は日頃から地味で目立たないが、少なくとも親親戚には必要とされているから、全く必要とされない訳でもない。総合評価はB。小悪党の部類だ。よって彼の命の価値は十万円。賞金首にかけられたお金だと言えば分かり易いかな。これが前金。

―賞金首は捕まえればそのお金が手に入るけど、これはそんな単純なものならビジネスと呼ぶに欠けるだろう?まぁ、それはさておき次は『勇者』だ。仮に何処かの大手会社の令嬢だったとしよう。彼女の特殊能力は魔王を一撃で仕留められるくらい強かった」

「…なぁ、田中。勇者には特殊能力の強弱っつーもんはあるのか?それとも最初っから強いわけ?」

「あぁ、勇者の場合なら、その会社がいくらアポクリフォスに投資したかによるよ。…例外はあるけど」


田中は困り顔でポリポリと頬を掻くとほんの少し言葉を濁す。

―例外…。つまり開発者なら投資しなくとも細工出来るということなのだろう。


「その場合、勇者の勝ちは目に見えてるだろうよ。それからどうするんだ?」

「勿論、その場合は勝敗で配当金額が上下することはない。この場合、勇者の勝利を前提に競りが始まる…のだけれども、やはりこの場合、掛かった日数の予想しか内容がないな。悪い例だ」

「…じゃあ、お前の場合はどうだった?」

「472384684ビット。注目と期待の割に賭けられた金はプライスレス。将来絶望のS級判定だった」


田中はやれやれと小さく笑って肩を竦めてみせる。

あまり気の乗らない話には違いないが、そこまで煽っておいて言わないというのは実にじれったい。


「賭けの内容は?」

「知るか」

「知ってるだろ」

「今更だ」

「雪のこと…」

「くどい」


そんな不毛な言葉の応酬を幾度となく繰り返した後、互いに馬鹿らしく思えてきて口を閉ざす。

やがて静寂がほとぼりを冷ました頃にまた尋ねてははぐらかされるということを性懲りもせず続けていると、田中はようやく観念したように重い溜め息を吐きながらとつとつと語り出した。


「僕の場合、『魔王』になることは決定事項だった。それがまさか『勇者』として召喚されたんだから向こうも驚いたろうね」

「バグか?」

「いいや。まぁそれはさておき、どうにも解せないのは『勇者』…雪ちゃんのことだ。普通なら雪ちゃんが『勇者』になるのは有り得ないんだよ」


確かに吉田家は財閥などではないし、雪の母親も同じだ。歴代勇者はバグによる一部の例外を除き、皆ボンボンである。勇者の条件というものがあるのか分からないが、仮に金持ちが第一条件だとするならば雪は当て嵌まらない。


「『魔王』の仕組みは分かったけどよ、『勇者』は大半が金持ちだろ?ってことは『勇者』もやっぱ金か?」

「金で買収することも出来るとは思う。神崎氏はこのシステムを正義のビジネスと考えている。他の場合は先程も言ったように娯楽としてみる奴もいるし、社会勉強…つまりは教養の一種、職業体験として考えている奴が意外と多い。けど、今までの歴代勇者見る限り、到底金で勇者になったとは思えないから、そこは正直何とも言えないけど」

「『勇者』はよ、『魔王』を倒して還ってくるだろ?その後、どうなんの?人を…」


殺している訳だろ、という言葉は喉元に引っ掛かったまま表へ出ることなく唾と共に奥へ引っ込んだ。過ちに気付くには遅く、自らの無神経さに羞恥と腹立たしさが込み上げてくる。

誰も、好きで殺した訳じゃない。三嘉ヶ崎に還るために殺さざるおえなかっただけだ。田中は無言で頬に垂れる髪を耳にかけた。


「…スマン」

「社会的制裁を心配しているのであれば、それはないよ。証拠以前に死体が無いのだから、まず事件にすらなっていない。つまり、犯人になるはずがない。

―ただ、ビジネス…いや娯楽に参加した企業は知っている訳だから、もし企業のお目にかなう人材だった場合、それを持ち出して脅すことは可能だ。酷い言い方をするのであれば、企業側にとっては奴隷を手にいれたも同然だろう。まぁ、雪ちゃんを含め勇者四人のうち二人しか還って来ていないのだから、そういう思考はあっても、まだ実行は出来ていないというのが現状かな。…余談だけど、陽一郎さんは、一度そういう脅迫をされたとか言ってたけど、逆手に取って脅したらしい。詳しくは知らないけど」

「すげぇな…。流石、陽一郎さん」


間違っても敵に回したくない相手だ。


「システムが停止された今、それが実行されることは未来永劫多分ない。因みにこのゲーム、一応『魔王』と『勇者』以外殺傷出来ないことになってるらしい。だから騎士とかの職業には絶対にならないとか。でもその殺傷の境界が曖昧でね、例えば医療行為なんかで人を死なしてしまった。あぁ、別に過失とかじゃなくて、最善を尽くしたが駄目だったという場合ね。それなら殺傷にはならないだろう?しかし、殺すための医療行為だったとしても殺傷とは判断されないんだ」

「仮に判断された場合は?」「さぁ…。死ぬんじゃない?それか還れないか」


田中は魔王であるが故に極めて淡々と言い放つが、俺は心臓を鷲掴まれたように冷や汗をダラダラとかいていた。

―先の戦争で狙撃兵として参戦させられたが、田中がチート過ぎる魔術を使っていなければ俺は一介の人殺しになっていたのは間違いない。そして三嘉ヶ崎に還れなくなるか、最悪の場合死んでいただろう。


「田中…、グッジョブ」

「褒めるなよ、図に乗るぞ」


図に乗っていない時があるという方が驚きだ。


「じゃあ雪が選ばれたのはきっとバグか何かなんだろうな。雪の悪運の強さはお前に匹敵するぜ」半ば呆れと安堵の入り混じった笑みを浮かべながら茶化してみるが、田中の顔色はどうにも優れないままだ。

風が吹き、また木々が騒ぎ始めた。あまりの寒さに思わず身震いする。


「それは…違う」

「ん?」

「僕が思うに、多分吉田さんが仕組んだ可能性が高い」

「いやいや、それは有り得ねぇだろ。愛娘に人殺しを、しかもよりによってお前を殺させるなんて…」

「けど魔王より先に勇者が召喚されるなんてまず有り得ないことだ。それに吉田さんは僕が東裕也の名前を一度も言っていないに関わらず知っていたし、他にも…」

「だからそれこそバグなんだよ。東裕也なら同じ三嘉ヶ崎高校の生徒だし、こんな言い方は失礼だが名字が違えど有名人に変わりないだろ?まぁ、あの人も元ゲーム開発者の一人だから疑いたくなるのも分かるがよ、もしお前を恨んでいるのなら、こうも面倒はみねぇと思うぜ」

「それも、そうか…」


何処か釈然としない風だったが田中は携帯を閉じるとポケットへ閉まった。そして立ち上がり、スーツに付いた土を叩き落とす。


「しっかしまぁ、よくそんだけのことを調べ上げたな」

「システム管理人と知り合ってね、教えてくれた」


そう言いながら田中は軽くポケットを叩いてみせる。説明をするとき携帯を手放さなかったのは送られてきた資料を見ていたためだったのか。

田中は思いっ切り背伸びすると、いたって普通のフォームで恐らくは最終最後であろう小石を投げた。石はきれいな曲線を描きながら湖に落ちる。小さな水しぶきがあがった。

前でこっそりガッツポーズしている田中の背中をぼんやりと眺めながら尋ねる。


「―…お前さ、どうせ行くんだろ、向こうのミケガサキに」

「ん?あぁ」


質問をちゃんと理解しているのか非常に怪しい歓喜混じりの生返事が返ってきた。気にせず続ける。


「たまには還ってくるだろ?」

「還らない」


聞こえてきた声は小さいが、そこに込められた堅い決意が伝わってくる。きっと、この無駄に偏屈な馬鹿は誰にも告げずに異世界に行ってしまうに違いない。


「…そーかよ。勝手にしろ」

「言われなくともそのつもりだよ」


やれやれと言わんばかりの溜め息を吐かれた。苛立ちに任せて湖に突き落としてやりたい衝動に駆られたが流石に可哀相なので止めておく。冬の水が冷たいのも、田中がカナヅチなのも当たり前のことだからだ。

踵を返し、田中に背を向ける。一歩前へと踏み出して、立ち止まった。振り向くが向こうがそうする気配はない。ただ湖を見入っている。

悟るにはあまりに分かりやす過ぎるが、あえて気付かないふりをしよう。


「先に言っておく。せめて雪にはちゃんと会って行け。好きか嫌いかはそん時決めろ。俺はどっちでも構わねぇ」


手向けの言葉は何故か説教染みたお節介になったが、これはこれで俺らしい。

その言葉に田中はぷっと吹き出す。何せ背を向けられているわけだから表情は見えないが、恐らく苦笑しているだろう。

用は済んだので、ゆっくりと歩き出す。風に乗って微かに届いたその呟きを心の中で返しながら。


「岸辺は、相変わらずお人よしだな…。敵わないや」


―お前には負けるよ。


****


ミケガサキ王国。

しかし、そこは最早国としての原形を留めてはいなかった。まず、国民が消えていた。国内は何処も廃墟と化し、代わりに見たこともない獣が蹂躙している。大きさは大小様々だが、普通の獣とは違い、並々ならぬ魔力をもち、体に魔力を纏っているために体毛は針のように尖っていた。そのくせ油が塗られたように黒光りし、しっとりと濡れている。

この獣の唾液や体液には毒や麻痺を引き起こす成分らしきものがあるようで、普通の獣より何倍もタチが悪い。

まるで崩壊に至る世界を象徴しているかのような生き物だった。


今が何時なのか分からない。昼か夜、それとも朝か。太陽も月も星もない。地と天が暗闇の中で交わっている。闇から聞こえるのは無数の獣の荒々しい息遣いと、剣の奏でる断罪音。むせ返るような血の匂いが辺りに漂い、足元には血の川が流れている。


「はぁっはぁっ…。くそ、キリがないな…。次から次へと湧き出て来る…」

「ふふっ、私の自慢の剣も、脂ののった獣を斬り続けているせいで、鈍以下の切れ味だ…」


自嘲気味に笑ってアンナ・ベルディウスは構えていた剣を下ろす。

ミケガサキに還って来て待ち受けていたのは荒廃し、荒野となった国内。そして無数の獣である。辺りは暗く、夜目すら利かない。ノワール達とは別々になってしまった故に、無事なことを祈るばかりだ。


―遥か昔。神の加護と恩恵を受けた大地で人々は暮らしていた。人々は神を賛美し、その恩恵に感謝の意を示して供物を捧げた。しかし、その習慣も徐々に薄れてゆき、やがて失われた。人々は神から受ける恩恵を当然のものとしてその畏敬の念さえ失ってしまったのである。

加護の薄れた世界では人々の傲慢や猜疑心、嫉妬や妬みが世に蔓延り、魔を生み出した。人々の心に巣くう闇なる影は世界を覆い、地上は魔獣や死霊が跋扈するようになった。


自分達の前に立ち塞がるこの獣こそ、その魔獣とやらなのだろう。何処からやってきたのか知らないが、この有様をみるにそれなりに経っていると推測できる。恐らくは、三嘉ヶ崎に行った直後か。


これが、神を仇なした者達への天罰なのか。


アンナは静かに空を見上げる。絶望に染まった空から、光が降り注ぎはしないかと目を凝らす。しかし、空には星一つ輝いていなかった。


―かつて神は光をもってこの地を浄化した。それが、信仰を忘れた人間への最後の慈悲だったに違いない。そして我々は、かつての罪に懲りることなく、同じ過ちを犯した。


「…今度ばかりは、救われそうにないな」

「おいっ、アンナ…!?何してんだ、さっさと構えろっ!」

切羽詰まったカインの声に彼女は薄く微笑む。互いの背中越しに伝わる温もりが、騎士としての誇りを奮い立たせる唯一のものだった。しかし、その声すら何処か遠くに感じられた。


「カインに怒鳴られる日が来るとは…、私も大分落ちぶれたものだ…。だがもう、身体が思うように動かん…。お前の声さえ、遠くに聞こえる…。―ゼリア達はどうなっただろうな…。この獣達に襲われて死んでいるか、それともまだ…」

「ばっ、馬鹿!鍛練欠かすからそうなるんだ!もういいから、喋るな。大丈夫だ、や、休めば治る…!アンナは少し休んでろ!その間、俺が守ってやるから…!だから、この戦いが終わったらっ、……結婚、しよう」


息を呑む音が闇に響いた。そして――。


「縁起の悪いことを言うなぁぁぁぁ!!」


怒号と共にアンナの鉄拳がカインの頬を殴る。


「何でだよ!?寧ろ、良いだろ!」「優真曰く、『死亡フラグ』というやつなのだそうだ。死ぬぞ」

「不吉なこと言うなよっ!」

「…冗談だ。さて、休憩終了だ。背後は任せたぞ、カイン」

「くたばるなよ?」

「当然だ。独身のまま死ねるか」

「そ、そこかよ…。まぁいい。行くぞ、アンナ!」


様子を窺っていた魔獣の一匹が甲高い咆哮を上げた。空気が震え、魔獣達に闘気がみなぎる。その咆哮の余韻が消えた時を合図に、彼らは獲物目掛けて駆ける。

対して二人の騎士は圧倒的な数を誇る魔獣を前に臆することなく剣を構え向かっていった。

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