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第十八話 感情差額


三嘉ヶ崎北部にある裏山は道が複雑に入り組み、大人でも迷子になることがあるため、子供は立入禁止の場所だった。

だからこそ、子供は親の制止を振り切って山に冒険に行く。秘密基地作成が目的だったり、山頂を目指したりと子供によって目的は様々だ。

大半の子供は途中で道に迷い、結局目的を果たせぬまま救助され親にこっぴどく叱られる。かくいう俺もその一人だ。

しかし、そうした原因は田中の方向音痴のせいであって、俺一人なら確実に山頂に行けただろうと今でも思っている。


そんな風に懐古に浸りながら真っ直ぐ進み、黙々と山頂目指して歩く。

―というか、卒業式から一変して何故今山を歩いているのかという疑問が既に生じているのではないかと思うが、俺だって好きで歩いているわけではない。これには並々ならぬ訳があるのだ。そう、全ては田中のせいである。


山頂へは呆気ないほど簡単に着いた。要は横道にそれなければ良かったのだ。

山頂に着くと視界を遮る木々が無くなったこともあり、急に視界が開けた。そこには大きな湖があり、その回りには芝のような短い草が生えている。手入れされているからなのか、そもそもそういう品種の草なのかは分からないが。

田中は湖から五メートルばかり離れたところに一人ぽつんと体育座りしてひざ頭に顔を埋めている。俺は声をかけることもなく黙って隣に座った。


「…まぁ、元気だせ。なんつーか、あれは事故だ」

「無茶言うなよ…。避けた僕が悪いってことくらい分かってるさ。出来ることなら今すぐ塵になりたい…」


はぁ…と田中は重い溜め息を吐く。


―卒業式後、かねてより企画されていた『日ごろのストレス込めて☆顔面に思いっきりパイを投げましょう』と称した二次会を行ったのだが、その最中に事件は起きた。


****


「田中っ!卒業おめーーーーー!!」


体育館にクラッカーの音が一斉に鳴り響く。


「えっ…、何で僕、羽交い締めされなきゃいけないの?」


田中はというと、クラッカーより自身が何故か羽交い締めされているという状況に驚いていた。


「まぁ気にすんな。コブラよりマシだろ」

「ツイストかクラッチかにもよるけど、どちらにせよ他にプロレス技しか選択肢がないんだね?というか本当に祝ってる?はたから見ても僕から見ても、これは集団リンチの図でしかないよ」


吉田さんに羽交い締めされ、冷や汗をかきながら田中はうろたえる。キー先は、まるで自分の手柄のように悪戯っぽく笑いながらが更にでしゃばった。


「リンチの意味、ちゃんと分かってるのか?法律ではなく私的に暴力的な制裁を加えることだぜ?五年以上留年しちまったことを後悔するんだな。まっ、もう遅いが」

「皆、祝いたいの?それとも呪いたいの?」


遠い目で尋ねる田中の前に『正真正銘馬鹿で証』と書かれた大きなパイを持った郷田武雄先生、通称ゴリオが豪快に笑いながら現れる。


「がははははっ!田中、美しの俺の妻とその仲間達が作ったこのパイを思う存分食らうがいいっ!」

「…別に良いけど、よりによって何でゴリオが投げる係なんだ!?顔面にめり込むどころか十中八九、首がもげるぞ!」


田中は助けを求めるように何度も俺等の方に視線を寄越すが、雪は事情をよく知らないため先程からずっとオロオロとしているし、今回ばかりは雪を除く全員が、この企画を楽しみにしていたので誰も助けようとはしない。何より、この企画の発端者である俺が助ける訳がない。

…ただ、パイを投げる係に関しては先生の誰かにと提案し、そのまま丸投げした結果がこれだったとは俺も知らなかったんだ。


―許せ、田中。そん時はそん時だ。


胸の前で合掌し、アイコンタクトでそう伝えると、田中の顔がみるみる蒼白になっていく。


「田中、今こそ日頃飲んできた牛乳、そのカルシウムの成果を見せる時が来たんじゃないか?」


元同級生の一人、お調子者で有名な田上がそう言って茶化す。


「いや、いやいやいやいや無理っ!絶対無理!チェンジっ!チェーンジっ!」

「がっはははは!田中、男なら潔く、だ」


ゴリオは片手でパイの乗った皿を持ち上げると、三歩下がった。そして投球でもするかのように大きく後ろに振りかぶった。


「ぬぅんんんんんんっ!!」


ゴリオの声に体育館の窓ガラスがガタガタと震えた。空気が振動する。そのまま猪を連想させる勢いでゴリオは田中の顔面目掛けてパイをぶつけに行く。

傍目から見ても鬼神が如き迫力なのだから、近くなら相当な恐怖を感じるだろう。


―こっ、殺す気だーーーーーー!!!


ゴリオを除く全員があの瞬間、共通の意思で一つに繋がった。


「ぬぅううんんんんんっ!!!」


田中は、あまりの迫力に亀のように首をすくませる。


―…その結果。


「☆〇£&℃!!?」

パイは、吉田さんの顔面に直撃し、相殺されなかったあまりの衝撃が吉田さんのカツラを吹っ飛ばした。体育館の照明を浴び、LEDライトに勝るとも劣らないツルピカに照り輝く頭が表れる。


「吉田さーーーんっ!!」


拘束が解かれた田中はその場の空気の気まずさに脱兎の如く体育館から逃げ出し、雪はいたたまれない様子だったが、ちゃんと吉田さんを見捨てずに介抱に徹していた。


まぁ、そんなこんながあり、今に至るのである。


「大丈夫だ、山センが軌道を計算した結果、あれはお前が首を竦めてなくても吉田さんに当たっていたらしい」

「それは些細な問題でしかないよ…」


すっかり傷心気味の田中に、俺は、「そーいえば…」とさりげない風を装って尋ねる。


「…ずっと聞きたかったんだがよ。何で雪の告白断ったんだ?」


その言葉に田中はうっと息を詰まらせ固まった。やがて観念したのか知らないが静かに目を閉じると、吉田家の話題はお腹一杯だと言わんばかりの溜め息とも取れる吐息を吐き出す。どうやら肩の力を抜いているらしかった。


「岸辺、『吊り橋効果』って知ってる?」

「吊り橋効果?」突然の問い掛けに俺は怪訝な顔をしながら首を横に振る。


「正式には吊り橋理論かな。吊り橋って高い所に掛かっているし、その上かなり揺れるよね。上手く説明出来ないけど、恋愛感情っていうのは生理的な興奮…っていうのかなぁ。それを自覚して自分は恋をしているんだと知覚するものだろう?

吊り橋効果は、吊り橋を渡る時の緊張感が興奮を引き起こして、側にいた異性に恋愛感情を抱いていると錯覚を起こさせる。要は都合のいい方に変換してるんだね。確かに、怖さから来る緊張感より恋愛から来る緊張感の方が断然良い」

「…で、その話からするに、お前の雪に対する恋愛感情は錯覚に過ぎなかったと?」


知らず挑発的な物言いになってしまった。田中は反撃も訂正もすることなくただ困ったように笑う。それが遠回しに肯定を意味するのかも分からない何とも曖昧な答え方だ。田中は近くに落ちていた小石を湖に投げる。小石は湖へ到達することなく手前の地面に落ちた。相変わらずのへぼい投球だ。田中はちょっとショックだったのかしばらく黙していたが、何事もなかったように話を進めた。


「…分からない。ちょっと違うかもしれないけど、似たようなものかも。確証が持てないんだ。雪ちゃんのことは好きだよ。…多分、異性として」

「なら…」

「確証が持てないんだ。自分ではそう思ってるけど違うのかもしれない」


煮え切らない返答に呆れ混じりに溜め息を吐く。ガリガリと頭を掻きながら草の上に寝転がり田中に背を向けた。


「ったく、意味分かんねーよ。悔しいけど、お前ら相思相愛だろ。それとも、まだ蛙の子は蛙だと思ってんのかよ。お前はあんな奴じゃねーし、結婚したら子を成さなきゃならねーていう規則もねぇ。雪だって、んなこと分かってるよ。他に駄目な理由でもあんのか?」


すると田中は意を決したように湖を見据える。


「…雪ちゃんは僕で、僕が雪ちゃんだからだよ」

「はっ?」

「吉田魔王様は吉田さん、ゼリアが神崎傑氏、女神様が由香子さん、オズさんが陽一郎さんでフレディが東裕也。

人によっては外見があまり似てなかったりするけど、彼等は三嘉ヶ崎の住民の情報をもとに生み出されているのは間違いない。

僕は他とちょっとばかし作成の経緯が違うけど、まぁそんな感じなんだと思う」

「ちょっ、ちょっと待て。馬鹿言うなよ、お前は三嘉ヶ月崎生まれ三嘉ヶ崎育ちだろ?ちゃんと由香子さんから…」

「当たり前だろう?まるで僕等が人間以外の何かから生まれたように言うなよ。

ただ、情報が同じ…言わばクローンみたいなものだ。僕は雪ちゃんをもとにして作られた……何て冗談を、意外に岸辺は真に受けるんだね」

「じょっ、冗談かよ…」


思わず脱力する俺に、田中はくすくすと小さな笑みを漏らす。


「今回の騒動の起因と言うべきゲーム『勇者撲滅』。その爆発的人気の中に隠された最大の理由って何だと思う?」

「そりゃ、年齢層が幅広いっつーか、子供から大人まで楽しめる内容だったからだろ。いざ蓋を開けてみりゃあ、とんでもねぇ代物だったけど。まっ、全員がそういう訳じゃねーもんな」


さりげなく話題を変えられているのは分かっているが、だからと言って話を元に戻すきっかけがなかった。

今度は俺が近くにあった小石を拾い上げ、湖に投げた。小石は五回水面を跳びはねながら波紋を生み、やがて水没する。田中はひゅうっと口笛を吹きながら拍手した。しかし急に声のトーンを落としながら呟くように語り出す。


「―…『勇者撲滅』。運命変換型革命RPG。勇者が魔王を倒して世界を救う、いわば王道の物語ストーリー。三嘉ヶ崎は少し特殊な市だと思わない?他との関わりを全く持たない。つまり、鎖国と同じ状態にある。

三嘉ヶ崎には大小なりとも様々な企業があるから、生活に支障が出なかったのは不幸中の幸いだ。それにしても、限度がある。紙を作るには木が必要だし、家電なんかは鉄や銀とかの金属が必要だろ?木は何とかなるけど、金属は鉱山でしか採れないし、三嘉ヶ崎に鉱山なんてものはない。

神崎氏は、『勇者撲滅』…いや、リンクシステムをビジネスの一環だと言っていた。だから停止は出来ないと。『勇者』が『魔王』を殺せば世界は栄える。でも、何で勇者じゃなきゃいけないんだろう?三嘉ヶ崎市民から勇者を抽選するなんてことにこだわらず、向こうの皆が魔王を倒せればそれでいいじゃないか」

「そりゃ、ゲームのストーリーとしての面白みがねぇからだろうよ。普通の市民が魔王を倒すっていうなら、警察と犯罪者の関係と同じだろ?

俺らが神のような立場にたって市民を育成して、町を復興…とかってやり方もあるだろうけど、それだとただの自己満足で終わるだけだ。だって、俺らは頼まれた訳じゃなく勝手にやっているんだ。だから、きっと礼なんてないんだよ。

だからその神崎氏?はよ、ちゃんとその、利益を得るがためのシステムを完成させてビジネスとやらをやってたんじゃねぇの?だから三嘉ヶ崎には金属や日常生活品に困らないんだろうよ。…かと言って、そのやり方に賛同するつもりはねぇがな」

「『勇者撲滅』、リンクシステムは悪行を重ねた市民を駆除するためのものに成り代わった。

神崎氏は依頼を受けてとかどうとか言っていたけど、それだけじゃ神崎氏のいうビジネスには一歩及ばない気がするんだ。彼はね、リンクシステムを正義としていた。神崎氏のビジネスは正義。少ないサービスで如何に利益を上げるかという会社の在り方は二の次だった。

『魔王』の死で向こうのミケガサキが栄えて、リンクシステムで繋がっているがためにその恩恵がこちらの三嘉ヶ崎にも及ぶ。悪行を重ねた市民の一人、もとい『魔王』がいなくなっただけでなく、恩恵まで受けられるなんて神崎氏にとって都合のいい事を本当に実現させただから、神崎氏の執念深さにはつくづく感服せざるおえないな。

岸辺の言う通り、利益のためなら尚のこと『勇者』の存在に疑問が生じる。そしてそれがゲームのストーリーを踏まえた上でのものなら確かに納得がいく。異世界から勇者が召喚されるっていう設定が一番王道だからね。

けど、あの人はそんな綺麗な理由で『勇者』を喚んでいたんじゃないと思う。そりゃ、ゲームのストーリーとしては王道で面白いけどさ、あくまでそれは召喚されなかったプレイヤーの意見に過ぎない。

人殺しを強いるゲームの何処が正義なのか。結局、プラマイゼロなんだよ。あの人は悪人を殺すと同時に生み出している。

三嘉ヶ崎の経営…金回りは一番利潤の高い神崎氏の会社、つまりはあのゲーム会社が仕切っているに等しく、あそこから他の企業に回っているんだ。その配当から大企業に発展するところもあり、そんな訳で三嘉ヶ崎には成り上がり大企業が多いんだけど、何を基準に配当金が配られると思う?」


そう言われても、いまいちピンと来ない。普通の解答ではないことは確かなので余計に悩む。結局、何も思いつかなかった。

北風が吹き、水鏡を乱す。木々は底知れぬ不安にざわざわと騒ぎ立てる。嵐の前兆のようだった。


田中はずっとにこにこと子供のように無邪気に笑って待っていて、俺が白旗を上げると、まるで日常生活でのたわいのない話をするかのように種を明かした。


―三嘉ヶ崎には、競馬とか大人の娯楽がないでしょ?と前置きして。


「僕等の命の価値なんだって」


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