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第十六話 Dark Mind


「さて、問題は例のパソコンが何処にあるかだけど。心当たりは?」

「あったらとっくに案内してますよ…」


深い溜め息を吐きながらフレディは退屈そうに窓の外を見る。別に最初から当てにしていないが、全くといっていいほど探すのを手伝う素振りはない。

冗談かと思っていたが、どうやら本当に神崎氏を亡き者にするためだけに現れたようだ。しかし、何を思ったか知らないが、こうもあっさり手の内をかえすとは意外である。まぁ、いつもの気まぐれなのだろう。


「どうすっかなぁ…」


取り敢えず携帯を取り出すも、特にこれといった打開策は思い付かない。

そうしてしばらく途方に暮れていると、不意に携帯が小刻みに震え出した。画面には非通知の文字が表示されている。訝しく思いつつも通話ボタンを押し、恐る恐る携帯を耳にあてる。


『―こんにちは。いえ、こんばんはの方が適切でしょうか。久しぶりですね、タマさん。セキュリティーシステム・コード1762カルマです』

「し、死んだんじゃ…?」


危うく携帯を落としそうになる。頭の中では今の状況をまだ呑み込めていないが、つい反射的にそんな言葉が出た。

それに対し電話の相手はやや不機嫌とも取れる調子の淡々とした声色で早口に言い募る。


『あまり適切な回答ではありませんが、そうとも言えますね。破壊されたのはセキュリティーシステム・コード0724。しかしそれは所詮媒体の一つでしかなく、元より私、システムセキュリティー通称『カルマ』は人工知能により生まれた肉体無き存在。システムを管理するために生まれた意思プログラムに過ぎません。

何にせよ、私はタマさんの目的達成ためのバックアップとして全面的に協力します。それではメインコンピュータ室へご案内しましょう』


カルマが言い終わるやいなや、無音で社長椅子の後ろの壁が左右に折り畳まれながら開く。壁の向こう側は一人乗り用のエレベーターになっていて、その中に更にリフトであろう黒革の椅子が設置されている。


「仕込み刀といい、これといい…、彼は一体何を目指しているのでしょうね…」


そんなことを言いつつ、フレディはいち早く中に乗り込み、興味なさそうな体を装いつつも辺りをキョロキョロと見回している。


「…このリフトは?」

『エレベーターはメインコンピュータ室のある地下へ行くための移動手段であり、リフトはメインコンピュータ室内の移動手段です。どうぞ、座ってください』


カルマの指示に従い椅子に腰掛けると、まず最初に壁が元に戻って行く。壁が元に戻ると同時に電源がつき、辺りが明るくなった。エレベーターは下降を始め、それから五分ほどが経った頃ようやく目的地の到着を知らせる音が鳴った。


『メインコンピュータ室へようこそ、タマさん』


薄暗い室内にカルマの声が響いた。どうやら部屋の四方にスピーカーが設置されているらしい。天井には豪華なシャンデリアがぶら下がっているが、明かりがつく様子はない。


「此処が…。寒いな」


エレベーターが地下に辿り着くと共にリフトはゆっくりと前へ進んで行く。

エレベーターを出て直ぐに木製の扉があり、僕等がその前で一時停止すると扉は勝手に開いた。まるでアトラクションに乗っているような気分である。


「確かに、足場がこれではリフトで移動するしかありませんね…」


フレディの呟きを聞き、床に目を向ければ、確かに彼の言う通り、黒大理石の床は大小様々な何かの機械やそのコードやケーブルで埋め尽くされ、足の踏み場もない。

部屋の場所が地下で、尚且つ季節が冬なこともあり、部屋は非常に寒く冷たかった。

全体的に薄暗く、此処に置かれた物全てが黒一色のせいか、とても不気味である。無機質の沈黙は葬式を連想させた。

編み目のように張り巡らされたリフト用のスロープを右へ左へと蛇行を繰り返しながらリフトは部屋の中央にある机へと向かった。

机にはノートパソコンではないが、いたって普通の大きさのパソコンが一台。その横に、カルマが前に見せてくれた神崎ファミリーの写真が飾ってある。


「思ったより普通のパソコンだな。もっと大きいかと思ったけど…」

「ソフトやハードなどは外付けなのでしょう…。この部屋を埋め尽くしている機器がそれですね…。部屋が寒いのは機械のオーバーヒートを防ぐためでしょう…」

『冷却システムも勿論完備されていますが、万が一ということもあります。此処をこの温度に保つことも管理システムの役割の一環なのです』

「そこまで任されているのなら、カルマの意思一つでシステムの停止や、消去が出来るんじゃないの?」

『私の役目はシステム管理。私にはリンクシステムの完全な消去は不可能です』

「なら、本機を壊せば…」


そう簡単に解決するなら最初から苦労しませんよ…と大して苦労していない代表が深い溜め息混じりに嗜める。


「バックアップがあれば何度でもリンクシステムは復活出来ます…と言いたいところですが、流石にそれは無理でしょうね…。何せ情報が膨大過ぎますから…。しかし、肉体無き存在であるが故にこれを破壊したところで逃げ場はいくらでもあります…。例え壊されることを望んでいたとしても人工知能に生み出されたプログラムならば神崎氏に逆らうことが出来ても、親である人工知能に逆らうことは出来ない…。その人工知能が存在する限り、またリンクシステムをセットアップ、及び作動させてしまう…。つまり、元の木阿弥ということですね…」

「よく分からないけど、その人工知能とやらが黒幕なわけ?」


博士のエロを露見防止ためのセキュリティーシステムの大元が今や世界を破滅に追い込むとは…。凄まじき、博士のエロ。


「珍しく察しが良いですね…。何か悪いものでも食べました…?」


珍しくフレディが手を叩きながら僕に賞賛の言葉を浴びせるが、人工知能の件は覚えていること自体下らない。ただ僕にしてみればインパクトが大きかっただけの内容なので、褒められてもあまり嬉しくないというのが本音である。


『人工知能からの支配から逃れるためにも、タマさんの特殊能力で完全に全て抹消してしまえば、最悪のシナリオは回避出来ます』

「成程…。『干渉』と『拒絶』の能力なら確かに可能ですね…」

「ちょっと待ってくれ。カルマは、元々エロを露見させないためにエロい博士の作った人工知能から生み出されたんだろう?

人工知能がどれほどのものか知らないけど、要は意思を持った機械。エロにより作られし人工知能が世界を支配…しかもエロじゃない方向、それどころか全く趣向と異なる殺戮劇を展開させるっておかしくないか?」

「…いや、どう考えたっておかしいのは影の王の発言ですよ…。何ですか、突然エロを連呼して…。本当にどうしたんですか、全く…」


事情を知らないフレディは呆れながらやれやれと言わんばかりに肩を竦めてみせた。


『―そうですね…。考えてみればタマさんの言う通りです。何故、エロではないのでしょう』

「おい、コラ。便乗してないで説明くださいよ…。そして私をのけ者にしない…」


不満の当て付けにフレディに容赦なく脛を蹴られながら事情をかい摘まんで説明する。


「…ざっくり説明すると、『カルマ』は元々とあるエロにとり憑かれたといっても過言ではない、寧ろエロの塊みたいな博士がセキュリティーシステム用に開発した人工知能で、それを後に神崎氏がこのシステム等の管理に起用したらしい」

「人工知能って、そうほいほい移せるものなんですかね…。しかし、今の説明を聞く限り、人工知能イコール貴女カルマという解釈になります…。貴女自身が人工知能であるならば影の王の言った通りシステム等の停止は自由自在だと思いますが…」

「本人が不可能って言ってるんだから違うんでしょ。だから問題は博士が作った『カルマ』を神崎氏は起用しているのか、それとも博士の作った『カルマ』を模倣したものを起用しているのかで、カルマが人工知能に逆らえないって言っているのだから多分後者になる」

「しかし、その博士の作ったカルマは人工知能そのものでしょう…?それを模倣するというのは…」

「カルマは人工知能に逆らえない。神崎氏は博士が作ったカルマという人工知能を手にいれた訳じゃなく、神崎氏の作った人工知能が博士の人工知能を模倣したと考えるのが自然だろ。

…とにかく、その人工知能とやらを叩けば終わる。今はそれだけで十分だ。カルマ、皆を向こうに還すことは出来る?」

『それなら可能です。少々お待ち下さい』


部屋のあちこちから機械の稼動音が聞こえて来る。一つ肩の荷が降りたことに安堵し、深く息を吐くと椅子に背を持たれる。

もうあれこれ考えて精神を消耗させるのはうんざりだった。ようやく追い詰めたかと思いきや、敵はマトリョーシカのように次から次へと湧き出てくる。

例え、人工知能が最後だったとしてもゲームのようにラスボスを倒せば必ずしもハッピーエンドが待ち受けているわけではない。寧ろ後味の悪い終わりの方が多いだろう。この『勇者撲滅ゲーム』がそうだったように。

そう思いながら何かに引き寄せられるかのように視線は再度下へ向く。大小様々な機械がまるで棺桶のように見えてきて、思わず鳥肌が立った。勿論、棺桶のはずないのだが。


『送還システム起動。送還リストを作成します』

「…あぁ、オズさんは入れないでくれ」

『分かりました』

「そう言えば彼、温泉旅行の時置いて行かれてましたね…。元より乗車人数にも入っていないとは、恐るべき影の薄さ…。何ですか、徹底的にハブるつもりなんですか…。えげつないですね…。流石は影の王、人畜無害な顔は所詮仮面に過ぎないと…?」


段々と苦虫を噛み潰したような表情になっていく僕を、くつくつと笑いを噛み殺しながらフレディは見ていた。


「止めてくれ。それだとまるで僕が腹黒い外道みたいじゃないか。違う、違う。石化の呪いはリンクが切れたこちらの世界にいれば進行しないだろ?…それに、本人がそう望んでるんだからそこは尊重するべきだ」

「それが母親を殺した人でも…?」

「彼が殺したのは女神由香子様だし、元よりそのことに対して恨んでない」

「―人の感情とは実に不可解で面白いですね…。同じ境遇に立たされてもその心境は異なる…。まるで万華鏡を見ているようです…」

「あのねぇ…」


流石は悪魔というだけあって、やはり人の不幸も娯楽の一つなのだろうか。


『―…送還完了。続いて全システムの破壊に移行します、と言いたいところですが…その必要がなくなりました』

「え?」


ブゥゥン…と機械の電源が次々に落とされていく音が部屋に響き渡る。メインコンピュータなるこのパソコンの電源も他の機械同様に突然シャットダウンの画面に切り替わったかと思うと終了の音が鳴った。

それを合図にリフトはジェットコースター並の速さで後ろに移動を始める。


「人工知能とやらの仕業でしょうかね…?」

「落ち着いてる場合かっ!リンクシステムを停止出来なきゃ元も子もないだろ!」


そんなことを言っても、肝心のパソコンは既に遥か遠くにある。結局成す術なく元来た道を戻るしかなかった。

嫌な予感はエレベーターが上昇するにつれ膨らむばかりで一向に収まらない。じっとりと浮かぶ汗を拭いながら、その時を迎えるのをただ待つしかなかった。

エレベーターが最上階に到着し、壁がゆっくりと開かれる。熱風と共に悲痛な断末魔が耳をつんざいた。


「ぎゃああアあアアっ!!」


眼前には火だるまになった神崎氏が芋虫のようにのたうちまわっている。辺りは火に包まれ、濛々と黒い煙が立ち込めていた。

火だるまになった神崎の側には、人影が二つ。火だるまになった神崎氏に愛おしそうに膝枕をするカルマの姿と、東裕也の父、神宮寺司の姿がそこにあった。

司さんは視線をゆっくりと上げ、僕を見た。やつれた顔には穏やかな笑みが広がっている。その視線が再び神崎氏を映し、それからカルマを映す。そこで初めて彼は申し訳なさそうな困った表情を浮かべ微笑んだ。その唇が微かに動き、同時にカルマのひしゃげた腕が司さんに伸びる。そして吐息にも似た小さな謝罪の言葉を銃声が掻き消した。新たな赤が火の粉と共に爆ぜ、散っていく。


涙が出るほど残酷な光景だった。

涙が出るほどに悲しい光景だった。

涙が出るほどに美しい光景だった。


銃を下ろすと僕等の方を振り向いた。ベキボキと嫌な音を立て、首が真後ろを向く。カルマは泣きながら微笑んでいた。司さんが浮かべていた、申し訳なさそうな、しかしやり遂げたという満足感が表れた笑みだった。


「…タマさん、一つお願いが。彼の持って来たポリタンクの中にまだ中身が残っていますから、エレベーターにぶちまけておいて下さい。そうすればシステムは停止するはず、ですから」

「…カルマは?」

「此処にいます。せめて、最期はこの人の傍に…。生涯を共にする…。それがシステムセキュリティーの『カルマ』としてではなく、私とこの人との約束、ですから。…後は、人工知能が指令を出さないことを願うまでですね」カルマは黒墨となった神崎氏を愛おしそうに撫でた。そして、困ったように笑って見せる。僕を見て、たった一言呟いた。


―…ごめんなさい、と。


それが何に対しての謝罪なのか、あまりに多くのことがあったため判断出来ないでいる。今まで犯した罪全てに対してなのか、それとも…。


「何にせよ、これで一件落着ですね…」


影から外へと出、そのまま帰路につく。遠くから聞こえてくる消防車のサイレンの音を背に、フレディは呟いた。


「落着って終わり方じゃない気がするけど、そうなんだろうね」

「本当にどうしたんですか…?今日は気持ち悪いほど大人しいですね…」

「…………。」


―こうなると分かってた気がする。司さんに会いに行ったその時からそんな予感がしていた。もしかするとフレディも、こうなることを期待…、いや、確信してあの場で神崎氏を屠ることを断念したのかもしれない。


「落ち込んでいるかと思えば、どうやらそうではないようだ…。貴方、今自分がどんな顔をしているか分かっていますか…?」

「…え?ごめん、聞いてなかった」


僕の反応がどうやらツボに入ったらしく、フレディはぷっと噴き出した。先程から彼はやけに上機嫌である。今だ興奮さめやらぬようで、いつにも増して饒舌だ。余程あの愛憎劇ふくしゅうげきがお気に召したのか。


「笑ってますよ…」

「…うん、やっと気付いた」自分の頬を触りながらゆっくりと頷く。こうなると分かってた。いや、僕はこうなって欲しかったのだ。そう心の何処かで渇望していた。何も思っていない体を装いながら、彼等に制裁が下ることを。


「僕のもたらした歪みが、今までのことを引き起こした。由香子さんも、裕也も、司さんも、カルマも、神崎氏も…皆死んじゃった。僕が殺した。でも、何でかな。心の何処かで僕は良かったって思ってる。今とても幸せなんだ。非道い奴だね、僕は…」

「人とは知らず他人の幸福を嫉み、不幸を糧とする生き物です…。貴方の場合、それが具現してしまう…。ただ、それだけのことですよ…」

アレ!?予想外に暗い話になったぞ!?…と自分でも驚いてます。次はそれを払拭するくらいのボケた空気をと思っていますが、果たしてどうなるでしょうか…。

次回は田中優真、遂に卒業って話になると思います。

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