第十五話 ゲーム会社アポクリフォス
―現実は小説よりも奇なり。
そう僕は思っていた。初めてこの言葉を知った時、僕は感動した。現実で起こりうる事柄は、時として小説よりも不思議で面白いのだと。
…でも違った。『事実は小説よりも奇なり』だった。しばらく立ち直れなかったけど、現実のところが事実に変わっただけだったから少し安心した。
この言葉の通り、世界には小説を凌ぐほど不思議なことがある。パラレルワールドや、神隠し、都市伝説なんかもその類だろう。火の無いところに煙は立たず、だ。
僕等の住む三嘉ヶ市にも、そうした不思議がある。いや、この市こそが不思議そのものと言えるだろう。何せ、異世界と繋がっているのだから。
…尤も、真夜中の鐘が鳴るとともに解けてしまう魔法のように、その繋がりも今日断たれてしまうが。
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「敵の本拠地に単独で乗り込む馬鹿が何処にいるッ!お前が何と言おうと、我々も…」
教官の怒声が廊下に響き渡る。時刻は四時。夕方。僕はまだ自宅にいた。キー先から渡された僕用の見学会の案内用紙には住所と概要、そして見学日は記載されていたが、肝心の時間は書かれていなかったため、アポクリフォスの営業終了時刻五時ギリギリの前を狙ったわけだが、思わぬ伏兵に手を焼いていた。差し詰め、ラスボス前の中ボスと言ったところか。…味方だけど。
「いや、戦いに行くわけじゃないから。話し合うだけだから」
「とは言っても流石に賛同しかねますわ。リンクシステムにしても何にしても、如何なる理由があろうと彼のしてきた所業は決して許されることではありませんの。まして、システム発案、尚且つ管理者なら今の状況もご存知のはず。にも関わらず放置でしてよ?異世界人の代表として文句の一言くらい言いたいものですわ」
「姫様も言うことも尤もですし、いくら一般人とはいえ、世界同士を繋げるなどと人間のくせにとんでもない所業をやってのけた人物です。仮にそれが魔の者の手助けあってのことだとしても、紛れとはいえ魔の者を喚び出したのですから、もとより魔術の才があったのかもしれませんね。今の魔力の溢れた三嘉ヶ崎の状態では普通に魔術が使えますし、呼び出しに応じてのこのこやって来た貴方を返り討ちに遭わせる可能性も考えられなくはないのですよ。寧ろ、貴方の代わりに我々が出向いた方が敵の意表をつくかもしれません」
「僕は不死なんだから、例え返り討ちに遭ったって大丈夫だって。ノワールの苦情もちゃんと伝えておくからさ」
「むうぅ…。優真様のお馬鹿…。そういう問題じゃありませんのよ」
頬を膨らませむくれるノワールは、僕が弁解を口にする前にそっぽを向いてリビングの方へ戻ってしまった。ノーイさんもそんなノワールの後を追って行ってしまう。
「でも、優真。お前、方向音痴だろ?俺達の付き添い無しで無事に会社にたどり着けるのか?」
「…そのことなら心配ご無用。タクシーで行く」
靴紐を結びながらカインの問いに答えると、またも教官が不服そうに異議を申し立てる。
「しかしだな…」
心配も度を超せば鬱陶しいだけである。仏の顔も三度まで。もう我慢の限界だ。勢いよく立ち上がると、半ばキレ気味に言い募る。
「あーもうっ!お前等はお母さんか!…心配してくれるのはありがたいけど、少しは信用してくれても良いんじゃないか!?」
「自惚れるなっ!誰も心配などしていないっ!」
「…いや、流石にそこは例え嘘でもイエスと言ってほしかったかな、うん」
心ない即答に毒気を抜かれるというか、最早意気消沈である。腕を組みながら頷く僕をよそに、一体何が癪に障ったのか、教官が歯噛みしながら硬く拳を握り苛立ちを露わにする。
それに気付いた時は、既に時遅し。振り向き様に教官の怒りの右ストレートが今まさに顔面にめり込もうとしていた。
「我々の気持ちを少しは汲まんか、馬鹿者ッ!」
脳震盪を起こしかねないほどの強い打撃が顔面を襲う。その衝撃でドアに強かに背中をぶつけた。奇跡的に鼻血は出ていない。一応、加減してくれたのだろう。じんじん痛む鼻頭を押さえながら教官を見ると、教官は何故か泣いていた。
頬を伝う涙を袖で赤くなるほどゴシゴシと拭い、ぴしりと人差し指を僕に突き付け宣言する。
「我々は、最初から心配などしていない。何故なら、お前なら必ずやり遂げてくれると信じて…、いや、確信しているからだ。システムを停止出来たということは、お前が敵を懐柔させたか、支柱を収めたに他ならない」
「人聞きの悪い言い方しないでよ…。あくまで談判のつもりなんだから」
そうは言っても、教官の言うことの可能性な方がきわめて高いが。話し合いで解決出来たなら、事がこうなる前に手を打っていたことだろう。
「―そうしてお前はシステムを停止させたのち、我々をミケガサキ…向こうの世界に送り還すだろう。この意味が分かるか?お前と会うことは二度と…」
成程。涙の原因はこれかと密かに納得する。
「会えるよ。卒業式を終えたら、そっちの世界に行くって決めてるし」
「なっ、なな…何故だ!岸辺や雪と二度と会えなくなるかもしれんのだぞ」
「それ以前に、魔力の薄いこの地に留まり続ければ、衰弱死は避けられないからね。それに一応不老だから長居は無理だし、不死の力も魔力あってこそだ。どれを選んだところでどの道会えなくなる。それに、僕は此処より向こうの世界の方が好きだから。岸辺達に会えなくなるのは淋しいけど、それでも、僕が僕自身の意思で決めただから絶対に後悔しないよ。…それじゃ、また後で」
一方的に言い切ってドアを開けると、寒風が吹き込んでくる。天候は今日も相変わらずの曇天だ。夜頃雨が降るらしいので、それまでには帰りたい。
家の前には呼んでおいたタクシーが既に止まっていた。僕の姿を確認するなりドアを開ける。
「「…優真!」」
「ん?」
タクシー乗り込む際、不意に教官達が僕を呼び止めた。振り向くと二人揃って破顔する。肩を並べる二人は最早夫婦にしかみえない。
「負けるなよ」
「いってらっしゃい」
力強いカインの声援と、教官のいつになく優しい送り出しに、まるで親に送られるような感覚に陥る。
そんな経験がない故、むず痒いような照れ臭いような何とも言い難い感じだ。皆こんな感じなのだろうか。そんなことを思いながら返事をした。
「いってきます」
いつか明真さんがしたような、明るくまばゆい笑顔を浮かべながら。
****
「―…君が田中優真君か。ようこそ、我が社へ。よく来たね。私がこのゲーム会社アポクリフォスの社長、神崎傑だ。どうぞ、掛けてくれたまえ」
ゲーム会社アポクリフォスの最上階。幸いにもこの階には社長室しか存在していなかったため、迷わずに済んだ。
神崎氏はカルマが前に見せてくれた写真通りの人物だった。つまり、歳をとっていないのである。
確かに、歳の割に若く見えるという人も、あまり変化の起こらない人もいる。
それにしても神崎氏は若すぎた。陽一郎さんの学生時代から既に勇者撲滅が存在し、何より神崎氏には妻も息子もいた。早婚の多い三嘉ヶ崎だから、彼もそうだと仮定するにしろ、当時二十代後半から三十路くらいのはずである。あれから二十年以上も経っているのだから初老といっても差し支えない年齢だろうに、顔や手には皺一つ刻まれていない。
これはいくらなんでもおかしい。社員達は何とも思っていないのだろうか。
三嘉ヶ崎のラスボスこと神崎氏は、社長椅子に座ったまま手にしていた朱色の杖で応接用のソファーを指し座るように促す。流石はラスボス。頭が高いと思いつつ素直に従った。
ソファーに座りつつ室内をざっと見回す。室内はそこまで広くなく、いたって普通。物も少なく、こざっぱりとしている。赤色の絨毯が覆う床を除き、全体的にシックに纏まっていると言えよう。
神崎氏の机に目をやっても、書類しか見当たらない。肝心のパソコンが見当たらないのだ。
膨大な情報を管理するには、普通のノートパソコンなどの類では容量オーバーのはず。ゲーム会社にある大型パソコンなら可能かもしれないが、世界一つ分の情報というそんな大切なものを神崎氏が手元に置かないはずがないと踏んだのだが、宛てが外れたか。いや、そもそもこの階に一部屋しかないというのがまずおかしい。
「早速、本題に入ろうか。言わずとも、君の主張は分かっている。リンクシステム停止で間違いないかな?」
「出来ることなら核の破壊もお願いします」
僕の厚かましい申し出に、神崎氏は深く溜め息を吐きながら背もたれに寄り掛かる。
「どちらにせよ、出来ない相談だ。―優真君、これはビジネスの一環だ。このシステムを失うことは我が社にとって大きな痛手となる」
「なら、僕がその分お支払いします」
「そういう問題ではないのだよ。金なら吐いて捨てるほどある。…君は、正義の味方になりたいと思ったことはあるかい?」
静かに首を横に振ると、神崎氏は興ざめしたというように落胆を露わにする。
「この会社はね、正義の味方なんだよ」
「…人殺しを強いることのどこが正義ですか」
「確かに、やっていることは犯罪行為だ。しかし、優真君。時として正義はそれを必要とする。裁かねば救われぬ悪がこの世にはあるのだよ。これはそのためのやむおえないことだ。正義の中の必要悪とでも言おうか」
「一体、裁かねば救われない悪人が何処に居るというんだ!?」
「何処にでも。これは私の体験に基づく結論だ。君も既にカルマから聞かされていると思うが、私のこの足、そして愛する家族を失った原因は事故。相手の車の前方不注意による正面衝突だ。加害者は高校生の少年S。無免許運転だった。
スピードもかなり出していてね、こちらの車は原型を留めないくらいに大破していたよ。私が片足だけの犠牲で命を拾うことが出来たのはまさに奇跡としか言いようがないそうだ」
神崎氏は椅子から立ち上がり、杖をつきながら辺りを歩き回る。
床が絨毯なのは、杖をつく時の音や振動を和らげるためなのだろう。
「Sの方も怪我はしたが命に別状はなかった。…私もね、最初は君のようにまだまだ先の長い人生、償いながら生きてほしい、まだ更正の余地はあるだろうと思っていたよ。
―それから二年ほど経ち、立ち上げたこの会社がようやく軌道に乗り始めた頃、何の因果か、私は偶然にもSに再会した。私は開発したゲームを持って家族の墓参りに行く途中の道で、信号待ちをしていた時だった。そこは見通しの悪い十字路で、既に何件か事故が起こっているから、問題視されていた場所だった。そんな十字路を派手な騒音をたてて一台の軽自動車が物凄いスピードで現れた。
信号が黄色に変わったこともあり、軽自動車は更にスピードを上げたが、間に合わない。しかし、その軽自動車は止まる素振りを全く見せない。信号を無視し、そのまま直進した。ちょうどその時、車が来たのだよ。建物に遮られて車が見えなかったんだろう。派手に衝突して横転した。軽自動車はフロントガラスにヒビが入っただけで済んだようで、中からわらわらと乗っていた奴らが出てきたんだ。私は我が目を疑った。運転席から出て来たのは、あの時の少年Sだったから。少年Sはその惨事を見てこう言った。『まだ執行猶予期間中なのに、やっちまったわ』と。その様は呆然としていて途方に暮れているようだった。そして、その次に彼はこう言ったのだよ。『まっ、いっか。どうせ金を積めば何とかなるだろ』と。
―…君に分かるか?この時の私の心情が!私は思ったよ。今日、この場でこの事故を目の当たりにしたのは神の導き、いや、亡き家族がこいつを裁けと言っているに違いないと」
「…確かに、中にはそういうどうしようもない奴も居たかもしれない。でも、これまで召喚された全ての魔王が彼のような人間ではないだろう?最初に召喚された神宮寺の叔父さんや、紅葉さん…飯野紅葉の相手の魔王が彼と同じようなろくでなしだったのか?」
神宮寺の叔父さんのことはよく知らないが、弟の犯した例の事件のとばっちりを受けて向こうの世界に魔王として召喚されたと聞く。ならば、根っからの悪人という訳ではないはずだ。
「…………ん?」
何かがおかしい。変だ。間違っている。その原因はなんだ?
「君の叔父は言わば被験体に過ぎない。どんなに精密なプログラムでも時にバグが生じることがある。飯野紅葉が良い例だ。彼女は魔王として召喚されるはずだったが、偶発的なバグにより勇者として召喚されてしまった」
「何で紅葉さんが魔王にならなければならないんですか?確かに彼女は不良だったかもしれないけど、魔王として抽出されるような度を超した悪人ではなかったはずだ」
「先ほどにも言った通り、これが『ビジネス』なのだよ、優真君。君の言うことも正しい。一理ある。認めよう。この世に、いやこの三嘉ヶ崎にSのような悪人は少ないだろう。
飯野紅葉は確かにSのような悪人ではない。それでも親にとっては手に余る存在だった。彼女の家はごく普通の一般家庭。母親は教師、父親は確かセールスマンだったかな?
飯野紅葉は父の仕事の顧客リストを盗み、そこに名前の乗っていた客を襲い、暴力と略奪行為を繰り返した。その責任をとらされ父親はクビ、母親も似たような理由で辞めさせられたそうだ。娘の暴力は止まず、生活はますます困窮するばかり。彼等は私に依頼した。親不孝な娘を裁いてほしいと。恐らくは、娘に掛けた保険金目当てだろう。そこまで彼等は追い詰められていたのだよ。そうしたのは誰でもない飯野紅葉自身だ。これは彼女のための然るべき処置だった」
もう反論する気力さえなかった。彼等の述べる詭弁に何を言おうと彼等の意に介することはないだろう。
彼に少しでも良心の呵責というものが存在することを願っていたが、どうやら欠片ほどにも罪悪感はないようだ。
彼は分かっているのだろうか?かつて自身が憎んだ相手と同じことをしていることに。正義と悪がすり変わってしまっていると。
「ビジネスとは、如何に支出を抑え利益を大きく出来るか手腕を問われる。そして最も重要なのが需要と供給の関係だ。
しかし私は異世界という大それた顧客を手に入れた。そして死によって栄えるシステムを開発することに成功した。これこそ究極のリサイクルじゃないか。ただのゴミが世界を救うのだから。
向こうの世界から需要があれば、こちらの世界から魔王、そして勇者となる人物を送り、供給する。勇者に魔王を処刑させ、向こうの世界は一時的に栄え、こちらの世界もリンクで繋がっているが故にその利益の一割を得ることが出来る。
その利益が我が社に此処までの富をもたらした。今や『勇者撲滅』は三嘉ヶ崎市民の殆どが購入している。つまり、この三嘉ヶ崎市は私の気分一つでどうにでもなるのだよ。
…しかし、リンクシステムは我々に富をもたらすが、今のように破滅をもたらしかねない。まさに両刃の剣だ。このシステムはまだ不完全と言えよう。このシステムを完全なものとさせるにはもう一度あの方を喚ぶ必要がある」
そう言って神崎氏は僕の背後で立ち止まった。
「君にはそのための犠牲になってもらう」
「そんなことをしなくとも…」
骨と肉が断たれる鈍い音と共に神崎氏が床に崩れ落ちる。
「ちゃんと会えるよ」
「ぎゃああああああああッ!!」
僕の呟きを神崎氏の絶叫が掻き消した。転がっている杖に目をやると、どうやら仕込み杖だったらしく、柄の部分から下が刀のような刃が覗いている。
「ご機嫌麗しゅう、神崎傑…。久しぶりですね…」
「あっ、貴方は…」
驚愕に目を見開く神崎氏をよそに、フレディは血が滴る鎌をソファーにこすりつけて拭うと、背もたれの部分に腰掛け神崎氏を見下す。
「貴方は実によく働いてくれました…。我々は大変満足しています…。その功労を讃えて我々は貴方を殺さないであげましょう…」
「なっ…。一体、何をおっしゃっているのですか…?」
目を白黒させ狼狽する神崎氏に、フレディは優しく微笑みかけた。
「我々の目的が達成された今となっては貴方はもう用済みです…。本当は殺す予定だったんですが、気が変わりました…。良かったですね…」
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「ご存知だったのですか、私が神崎傑に話を持ち掛けた首謀者だと…」
悪びれもなく淡々とフレディは言葉の節々に驚きを交えて尋ねる。
「カルマは何かと君達の存在を仄めかしていたし、怪しいとは思っていたよ。このゲーム会社の名前は『アポクリフォス』。黙示録という意味を表す。
君達が封じられていた書は沈黙の書。神崎氏はかなり崇拝しているようだったから沈黙の書を黙示録という風に解釈していてもおかしくないだろう?
何より、神崎氏は歳を全くと言っていいほどとっていなかった。沈黙の書…知恵の悪魔がもたらすものは不老不死。神崎氏は君達と取引をしただけで契約は交わしていないから不死ではないけれど不老になった。
―フレディ、君は前に神宮寺の叔父さんは弟が引き起こした例の事件のとばっちりを受けて喚ばれたって言ったの、覚えてる?」
「言ったような気がしなくもなくもありませんね…」
この期に及んでまだしらを切るつもりかと内心呆れつつ話を進める。
「でもよく考えたらそれは有り得ない。彼が向こうに召喚されたのは例の事件が起こる十年以上も前…陽一郎さんがまだ学生だった頃の話。当然、司さんは中学生くらいの歳になるかな。例の事件の時、司さんは既に結婚している」
「騙し通せると思ったんですけど…、流石にそこまで馬鹿ではありませんでしたか…」
さらりと失礼なことを平然と言われる。
フレディ的には、その挑発に対し僕が何らかの反応を示すことで、それに更に茶々を入れることで話題を逸らすという目論みに違いないが、悲しいことにその手の挑発はもう言われ慣れてしまった。今や、おはようやいただきますの挨拶と同じ土俵に上がっているといえよう。「一体何が目的なんだ?世界を支配する気もないようだし、ましてや滅ぼしたい訳でもないんだろう?」
「さぁ…?どうでしょうね、計りかねます…」
「滅ぼしたいのなら、こうして僕に協力するはずない」
「面従腹背…。そう見せ掛けて最後は出し抜くつもりなのかもしれませんよ…?」
何処まで本気なのか、態度があまりにも飄々としているため計り知れない。
真剣に悩む僕をよそに、フレディは、くつくつと笑いを噛み殺しながらぼやく。
「そうですねぇ…。一段落ついたら話してあげてもいいですよ…」
「…期待しないでおく」
「まぁそう言わずに…。その前フリと言いましょうか、警告を一つ…。影の王は送り犬という話をご存知でしょうか…?」
「知るか」
「でしょうね…。聞くだけ無駄でした…。送り犬とは地方によって説が違いまして、所によっては犬ではなく鼬や狼となっています…。
夜、峠や山道を歩いていると何処からともなく後ろに犬がついて来るのです…。それが送り犬…。しかし、絶対に振り向いてはいけませんし、転ぶのも同じ…。万が一転んでしまったら、『どっこいしょ』とか、『ちょっと一休み』などと言い、あたかも休むように見せ掛けるのです…」
「そうしなかったら?」
「食い殺されます」
うっ…と言葉を詰まらせる僕をよそに、フレディは平然とその先を語る。
「しかし、それさえ守れば送り犬は番犬の役割を果たし、他の獣を追い払ってくれます…」
だから、影の王…とフレディは鎌の刃の表面を愛おしげに指でなぞりながらあやしく笑う。
「決して、振り返ることのないように…」