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第十四話 追憶と回想


「ふぅ……」


てんやわんやの夕食が終わり、片付けに勤しむ皆を手伝おうとした矢先、邪魔だと岸辺に追い払われたので仕方なく先に入浴を済ませた。そのため皆とは入れ違いになったが、その方が色々と気が楽だったので助かった。まぁ、岸辺もそれを見越した上で追い払ったのだと思いたい。

ドライヤーを使うのは面倒だったので、ある程度髪を拭くと首にタオルを掛け、誰もいない居間に向かった。途中台所に寄り、冷蔵庫から取り出すと瓶牛乳を片手にベルベットのソファーに腰掛ける。こうしてみると本当に旅館に来たみたいだ。

牛乳をちびちびと啜りながら暖炉の火を眺めては考える。


―ミケガサキの歴史。


それこそが全ての始まりであり、争いの原点であるとの自説について思索する。

ノーイさんがその場に居たなら、いい加減口説いと言われるに違いない。


ミケガサキ、もといそうなる前なのだから『始界』とでも名付けようか。

五ヶ国に分かたれる前の世界と今までの争いは因果関係にあると僕は推測する。…最も、その推論のこれといった決定打は特にないのだが。

この曖昧な推論を形にすべく今までの事を振り返ってみよう。


まず、今のミケガサキを始め、残りの四ヶ国を巻き込んだ大規模な争いの主な原因は資源の枯渇である。故にどの国も資源ある土地、すなわち領土を巡って争っていた。

それを食い止めるべく…、というわけではないだろうが、ミリュニス王国発案の新たに開発された人工的新資源『魔力魂』なる結晶が出回り、国々は一時的に安定と平穏を取り戻した。

その背景にはマフィネス王国の滅亡やラグド王国の襲撃、その際に命を落とした初代勇者松下明真の名誉ある行動などがある。


そもそも、こうした資源の枯渇などは『魔王』の出現と関連しているらしい。

始界では魔王こそが争いの根源であるとされた。

それが人々の感情が生み出したとされる始界版最初の魔王がもたらした災厄から来る先入観であるのか、魔王とは元よりそういう存在であるからなのかは分からない。

ミケガサキになってからもその説は変わらないが、その理由が『勇者撲滅』の影響か、外部からの侵入…つまり本来ならば勇者撲滅プレイヤーは故意ではないにしろ召喚という手順を用いてミケガサキへ喚ばれるわけだが、魔王として抽出されたプレイヤーのみその召喚の輪から外れた状態で喚ばれるが故に歪みを生む存在と化すとの具体的な理由に変わっている。

そして魔王を倒せば世界が救われるという王道の展開も存命だ。


「けど、それだと僕、最初は勇者として女神様に召喚されたわけだから、後に魔王になったとはいえちゃんと手順を踏んでることになるよなぁ…。………元から魔王だからか」


魔王誕生には何らかの条件というか、法則性があるらしく、始界の魔王のように元から魔王として生まれてくる始祖型と、こちらの世界から喚ばれた不運な抽出型の二パターンがある。

始界の代、勇者なる者は存在しなかったらしいので、勇者は『勇者撲滅』に伴い生まれた存在に間違いない。つまり、抽出型のみ。


話を戻そう。争点となっている資源枯渇問題だ。

残り少ない資源を巡って我先にと醜い争いを繰り返していた国々だったが、新資源『魔力魂』が出回ったことで一時的な平穏を手に入れた。

一説によると、この『魔力魂』を用いて強制的に終結を迎えたというのもある。この説はあまり出回っていないが、この説こそが事実だ。

初代勇者松下明真が命を落とした戦争と時を同じくしてマフィネス王国も滅亡している。恐らく、この国無くして新資源魔力魂は完成しなかっただろう。

当時、ミケガサキの資源開発担当者であった二人の研究者柾木蓮と山崎マサキ、そして一時期ミケガサキに身を潜めていた吉田魔王様の手によりマフィネス王国国民は魔力魂の材料にされた。

しかし、人の生命と魔力の結晶である魔力魂も、命と魔力が釣り合わなくては結晶化しない。マフィネス国民は魔力も乏しく寿命も他の国に比べて短いがために結晶化する者は極僅かであり結晶化しても米粒ばかりの大きさにしかならなかったと研究者達は語る。

結晶化しなかった者達は、その思念が合わさり、後に感情エネルギーと呼ばれる莫大なエネルギーと化した。皮肉にも、そのエネルギーが自国を滅ぼしただけでなく、資源を巡っての争いの牽制の役割まで果たしてしまったが。


「領土争いを解決するために新資源が流通されて、そして今度はその資源を巡って争ってる訳か…。僕等がゼリーさんを止めても根本的解決には至らないな」


何故、ヒトというものは与えられた現状に満足出来ないのだろうか。一を手に入れれば十を欲する。十を欲すれば百を欲する。そんな有様だから資源が枯渇するのだ。喉元過ぎれば熱さを忘れるという。仮に資源枯渇問題を解決してもまた何かとつまらない争いを繰り返していくに違いない。

例え何が起きようと、『勇者撲滅』のシステムが存在する限り、あの世界は安泰だ。魔王さえ倒せば全て元に戻るのだから。


「その為に僕等は勝手に喚ばれて、死ななきゃいけないのか…。ははっ…、とんだ茶番だ」


世界のためというならば、少しは死ぬことに前向きになれるだろうか?それでも過去の魔王達は何も知らぬまま死んだ。訳も分からず殺された。孤独に死んだ。異世界のために殉死した。そして世界は救われた。誰も感謝しなかった。

知っていたら、何か変わっただろうか?逃げ場など何処にもない異界の中で。それでも逃げて生き延びようとしただろうか、それとも諦めて死を待っただろうか。


…知っている僕は、どうするべきなのだろう。


「全く、何で僕等なのかね」

「何が?」

「カイン…。早いね」


声のした方を振り返ると、カインが僕と同じように首にタオルを掛けて立っていた。髪が濡れているため、河童みたいな髪型になっていたが言ったら拳骨を食らうだろうから決して口には出さない。

カインは、よっと片手をあげ、昼にふやけるほど入ったからなと冗談なのかそうでないのかよく分からない答えを返すのだが、そう言われても反応に困る。とりあえず相槌を打っておく。


「しかし、思ったより種類あったな。アンナ達が喜んでたぞ」

「そりゃ良かった。流石は財閥令嬢の別荘だけあるよね。あんなに浴槽並んでるとさ、何となくコンビニのおでん売り場の鍋、連想しない?」


何せ、浴室もさることながら浴槽もそれなりだった。浴槽は升形で、全て大理石で作られていた。勿論、一定の間隔が空いているが、僕はどうしてもコンビニのおでん売り場を連想せずにはいられない。


「そんな奇天烈な発想を抱くのはお前だけだ」


呆れたようにカインは溜め息を吐くと、隣良いかと僕の座るソファーを指差す。黙って横に退くと、カインはどかりと隣に座った。


「…で、何を柄にもなく悩んでるんだ?」


失礼なと口を尖らせながらも一連の事情と自身の推論を語って聞かせると、カインは眉間にシワを寄せ、両手を組むとしばらく何か考えるようにじっと前を見据える。やがて溜め息を吐くと共に重々しく頷いた。


「成程。で、お前はどうしたい?」

「…分からない」


どの道滅ぶ世界に救う価値はあるのか?


僕の言葉にカインはただ黙していた。僕の顔を一瞥すると視線を暖炉に向ける。


「―…システムを停止すればミケガサキは…、いや、あの世界は滅ぶだろうよ。仮に元に戻ろうとも俺らはまた同じことを繰り返す。如何に辺りが様変わりしようと人は贅沢を忘れない。魔王が生まれて、世界が滅びの危機に瀕して、勇者が助ける。それを無意識に当たり前としているからな。だからな、一回全部終わらせてみるのも一興だ」

「一回も何も、滅んだら次は無いでしょ」


思いがけない発言に僕はカインの顔を凝視した。彼にしては珍しく後ろ向きな意見だ。呆気に取られるより苛立ちが勝る。


「それでいい。お前の話を聞いてたら、そんな気がしてきた」

「そんな…自暴自棄にも程がある。無責任もいいところだ。カイン一人がそう思ってても、他はそうじゃないんだから。一人で世界の命運を決めれるほど人は偉くないよ」


自分の言葉の節々にトゲを感じながら馬鹿馬鹿しいと言うようにぎこちない笑みを浮かべ、首を横に振った。


「まぁな。でもそうだろう?どちらを選んでも滅ぶなら同じことだ」


思わず歯噛みする。苛立ちは臨界点に達して、ソファーに拳を叩き付けた。

カインの態度に苛立ったのではない。カインの言ったことはまさに自分の思考そのものだった。僕は自分に苛立ったのだ。現実は確かにそうだ。分かってる。だから心の何処かで僕は諦めている。でも気持ちは違う。あの世界が滅ぶのは嫌だ。

ソファーに当たるだけでは気が収まらず意味もなく立ち上がり、怒鳴り散らす。カインは何も言わず聞いていた。



「だから!それじゃあ、どの道僕等は報われないんだよ!滅びゆく世界を救うために勇者も魔王も喚ばれて、それで結局滅んだんじゃ今までの彼等の苦悩はなんだったんだよ、何のために死んだんだよ、殺したんだよ!確かに世界のためなんで大それたものじゃない。元の世界に還りたかっただけだ、生きたかっただけだ。なのに今更全て知ったから終わらせるなんてそんなのは逃げだ。彼等に対するこれ以上にない侮辱だ!自分達の世界だろ?お願いだからっ…、そう簡単に、諦めるなよ…」


詭弁だ。戯言だ。カインの言うことは正しい。お前は駄々をこねているだけで、現実を直視していないんだ。そんなことは分かってる。それでも。


「皆が世界を滅ぼそうとしても、僕が世界を滅ぼそうとしても」


…それでも僕は。


「僕は、あの世界を救いたいんだ」


あちらの世界に召喚されたのがもう二、三年前になるとは驚きである。つい昨日のことのようだ。

女神由香子様に召喚されて、カインと会って、勇者の剣を取り戻しに闇市に行って、闘犬場コロシアムに出場して、吉田魔王様達に会って…。

本当に色々な事があった。録な目に遭わなかったけど。それでも嫌な事ばかりではなかった。寧ろ楽しかった。…三嘉ヶ崎に居た頃よりずっと。

皆と過ごした日々を、思い出を、あの世界に生きる人々の意思を、僕は無為に散らせたくはないのだ。


絞り出した声は今にも消え入りそうで。何故か僕は泣きそうになっている。

カインはそんな僕の肩に手を置くと、にっと笑った。少年のような、明真さんを思わせる太陽のような明るい笑みだ。


「それがお前の答えだ。ほら、分からなくないだろ?最初から出てる。例えお前が世界を滅びに導く体質でも、その体質を凌ぐくらいお前や俺ら皆が世界を救おうと奮闘すればいいだけだ。その考えを皆に浸透させればいい。俺らがそれを示してやればいい。何一つ無駄になんかさせない。

―魔王がいて、代わりに勇者がいなくとも、世界は心掛け一つで続くんだ。俺らが救うのは、そんな世界だ。…そうだろ?」


何でも抱え込み過ぎだとでこぴんを食らったが、拳骨よりはマシだ。


「明真もお前も、一人で解決しようとするからいけない。確かに、一人で解決出来るならお前以外誰も傷付かずに済むだろうよ。けどそれは表面的なものだ。心は違う。誰かが死ねば皆一様に傷付く。

今になってよく思うんだが、明真もな、あの時一人で戦わず素直に増援を待てば良かったんだ。そしたら、生きれたかもしれないのにな」


カインは遠い目をしたのまま、そんなことをぽつりと呟いた。


「当時のミケガサキの騎士は弱腰だったから、明真さんは心配だったんじゃない?」


何せ、テンマデトドクミミナガウサギを降参の白旗にしようとしていたほどのチキンだ。自身の力を過小評価し、最初から負け戦だと決め込んでいる彼等を頼るのはあまりにも心許ない措置だ。


「確かにそうだ。けどな、勝手に召喚されて、勝手に負いたくもない義務を負わされて、そんな自分勝手なことばかりを強いる異国を救うべく戦いに赴いた仲間を、はいそうですかと見捨てられるほど騎士の心は冷めてない。仲間のためなら例え火の中、水の中だ。もっとも、その決断が最初から出来ていたら確実に歴史は変わっていただろう。

明真の死は俺ら騎士の責任だ。だから、俺らはその死を決して無駄になんかさせない。明真の意志は俺らが継ぐとそう誓ったからな」

「そっか…。明真さんも喜ぶよ、きっと」


うーんと腕を伸ばし、気付けに軽く頬を叩く。


「…僕は、自分を偽ってただ逃げていただけだ。明真さんに会った時、そのことだけ怒られた。お前は名前の通り育ってくれたが、自分を偽るなって。そう言われても癖みたいなものだったからって、また逃げた。

カインの話聞いてたら、そんな自分が恥ずかしくなったよ。明真さんの子供、なんだから…立ち向かわなくちゃ駄目だよね」

「駄目じゃない。逃げる勇気も時には必要だ。つまりはな、お前の場合、立ち向かう逃げるじゃない。自分の考えや意思を偽らないかそうでないかが問題なんだ。誰の子供だからじゃない。自分の意思で決めることが肝心だ。…お前がそう思えたなら、それでいい」


わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられるが、悪い気はしない。寧ろ父親に撫でられているみたいで安心する。


「カインは明真さんに似てるね」

「そうか?まぁ、お前が言うならそうなんだろうな。…どうだ、吹っ切れたか?」

「おかげさまで。そうと決まれば、後は行動あるのみだ。色々ありがとう」

「こんなの、お前ら親子に比べれば大したことじゃない」


くすぐったそうに笑うカインに、僕も笑って返す。


「あぁ、全くだ」


勿論、殴られたのは言うまでもない。


****


「…失礼しまーす」


その翌々日。僕は朝早く登校し、校長室に足を運ぶ。相変わらず足元、もとい床一面には紙が散乱し、白い絨毯と化していた。

履いていた上履きを脱ぎ、手に持つと入室する。床以外は意外と片付いている。戸棚などに納められたファイルや、付箋などから収納者の几帳面な性格が見て取れた。感嘆の声を漏らしながら机に突っ伏して寝ている校長に声を掛ける。


「校長、まだ結婚しないんですか」

「したくても相手がいないのよぉぉぉっ!…あら、優真君。来てたの」


勢いよく顔を上げた校長は寝ぼけ眼のまま、ゆっくり辺りを見回す。やがて視線を僕に固定すると、少し驚いたように目を見開いた。


「おはようございます、校長。もしかしなくとも…徹夜でしたよね?どうしよ、また日を改めて…」

「んにゃ、大丈夫よ。気にしないで。いやー、三咲がマジで行方不明になっちゃったらしくてね?まぁ、いつものことだけど。で、温泉はどうだった?」


君以上の方向音痴だからよくあることなのよ〜と笑い飛ばすが、こっちとしては例え冗談でも笑い飛ばせない。


「…大好評でしたよ。あの温泉、肩凝りとか傷に効くんですね」

「そうなのよ〜。因みに、美肌効果もあるわよ。私もたま〜に行くわ」

「あっ、校長。これ、お土産代わりの粗品です。…手作りだから、美味しくないかもだけど」


おずおずとケーキの箱を差し出すと、校長は手を叩き目を輝かせながら受け取った。箱を開け、歓声を上げる。


「きゃー!レアチーズケーキ!しかもこれ、ストロベリーソース?凄いじゃない、また腕を上げたわね〜。うふっ、大好物をどうもあ・り・が・と」


紙皿に移すと、机の引き出しからプラスチックのフォークを取り出し、突き立てる。


「…名残惜しいけど、時間にも限りがあるから旅行談はまた後の楽しみにしましょうか。それで、今日はどんな用事で来たの?」


やっぱりこの人に隠し事は出来ないなと思いつつ頭を掻いた。


「僕は、今まで色々なものに目を背けて逃げて来ました。けど、もう止めようと思います。やっと、決心が付きました」


いい顔付きになったわねと校長は優しい眼差しで小さく呟く。


「…校長に折り入ってお願いがあります」戸棚などに納められたファイルや、付箋などから収納者の几帳面な性格が見て取れた。感嘆の声を漏らしながら机に突っ伏して寝ている校長に声?%8

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