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第三章終話 三嘉ヶ崎へ

前回同様、長いです。

突如として上がった空を裂かんばかりの奇声に誰もが動きを止めた。


「なっ、何なんだよ、一体…」


込み上げる絶望に自然とそんな言葉が口から零れる。


「ありかよ、こんなの…」


岸部太郎は偶然にもその一部始終を見ていた。

突如、東裕也の体が風船の様に何倍にも膨れ上がったかと思うと、六本の『手』が生え、遠目からでもはっきりと分かるその異形な姿はやがて蜘蛛のそれになった。

骨が砕け、筋肉が異様なまでに収縮を繰り返す音、視覚、聴覚が捉えたそれは血を零したような真っ赤な空と相まって絵空事の様に感じられる。


「嫌ぁぁぁーー!!」


ほうける全員の意識を現実へ戻した悲痛な叫び。

赤い髪がキラキラと夕陽になびき、悲鳴の主は武器も持たないまま這うように屋根を上がっていく。

制止か、加勢か、赤髪と金髪の二人の騎士が風を切りながら岸辺の脇をすり抜けて城内へと入って行った。未だショックから立ち直れない霞がかった頭で理解しがたいこの現状で、漠然と理解出来た事が一つ。


―東裕也の十数年の人生。その行い全てを滑稽と称し嘲笑うかのような、あまりにも無慈悲な人としての最期を呆気なく無惨に遂げさせられのだ。


****


フレディは跳躍し、巨大な蜘蛛の上まで飛躍した。そのままファウスト目掛けて鎌を振り下ろす。しかし、蜘蛛は黄褐色の尻から吐き出した糸の束をうねらせ、壁を波打つと白い壁を目の前に作り、盾にする。

直後、横一閃の斬撃が銀色の軌道を描く。断ち切られ硬度を失った糸はばらばらと屋根に降り、白へと染め上げた。


「ちっ…」


舌打ちと共に後退しようと足に力を入れ、後ろに跳ぼうとするが足がピクリとも地面から離れない。怪訝に思って足を見ると、先程切り落とした蜘蛛の糸が凄まじい粘着力をもってフレディの足を引き止めている。


「魔力の供給加減によって強度が変わるんですか…。驚きました…」

「ディスビア、貴方を仕留めるのは一先ず後にしましょう。今優先すべきは、主の邪魔をするあの男なので」


身動きが取れない事に悔しげに唇を噛むフレディを冷ややかに見下ろし、ファウストは嘲笑を浮かべると広げていた扇を閉じ、その先端を包帯で全身を簑の様に巻かれたそれを差す。

蜘蛛は咆哮を上げると共に体の向きを変え、簑に向かって糸を吐いた。

一筋の矢の如く放たれた糸は簑を貫く。パッと舞う様に散ったのは鮮血ではなく黒い光の粉だった。


「それが貴方の特殊能力ですか、田中優真…。いえ、ここは影の王とお呼びしましょうか」


影の王と呼ばれた全身血まみれの男は何も答えなかった。この世の終わりを見たかのような表情で、ぎくしゃくとぎこちなく歩みを進める。何度か蹴つまずき、屋根を転がるようにして彼等の前まで滑って来るとゆっくりと立ち上がった。


「…フレディ」


覇気のない、魂の抜けた声で彼は尋ねる。その様はまるで壊れた発条ぜんまい人形だ。沈痛な表情でフレディは返事をする。


「はい…」

「アレを倒したら、裕也は元に戻るかな?」

「それは…」

「奇跡でも何でも如何なる力を以ってしても不可能ですよ。例え、この私を殺しても。こうなった以上、彼は従順なる私の僕。

…最初からこうしておくべきでした。如何に彼が口上で貴方を殺すと述べようと彼はいつでも貴方を殺さなかった。彼を信じて今まで黙認していましたが、どんな事にも限度というものがありますから」


その一言に彼は影から剣を取り出すと跳躍。ファウストの目の前に飛び出す。

突き出された漆黒の剣が彼女を貫く寸前、吐き出された白い糸が襲い、剣ごと彼を白い簑虫に変えた。

骨が軋みを上げるほど締め付けられているのに関わらず、彼は声一つ上げずにファウストを睨む。


「相手が悪かったですね、影の王。貴方の能力は彼には通用しませんよ。彼の特殊能力は『反転』。ありとあらゆる性質を真逆のものへ変化させます。貴方の能力が全てを無に帰すものならば、彼の能力はその性質を享受へと変える。どうです?手も足も出ないでしょう」


長い黒髪の間から覗く漆黒の瞳に浮かぶ五芒星が輝き出した時、ファウストは再び扇を閉じる。


「…あぁ、そういえば貴方も『魔眼』の持ち主でしたね」


彼女は微笑み、呟くと共に優真目掛けて細い糸が伸び、そして―。


ブチンッ…と嫌な音が響き、血に染まった糸が新たにもう片方の目をえぐろうとするが何かを察知したらしく、波が引くようにするすると後退していく。タッチの差で炎と雷撃が二人の間に割って入った。


「「優真、無事かっ!?」」


カインとアンナの二人が揃って同じ言葉を発しながら優真に近寄り、糸から解放する。

優真は二人を心配させまいと無言で片手を上げ、ゆっくりと顔を上げた。その拍子に涙の様に目から流れた血が頬を伝い、地に滴る。だらりと垂れ下がった黒髪は失った片目を隠すように顔の半分を埋め尽くしていた。


「残念、もう少しでもう片方も手に入ったのですが。…まぁ良いでしょう。裕也、食って良いですよ」


歓喜とも取れる短い奇声と共に、ぐちゃぐちゃと生々しい租借音が響く。

無言で二人の騎士は前に出た。溢れんばかりの怒気と殺気がほとばしる。


―神は手など差し延べない。故に万人に平等なのだ。


だからこそ、この悪魔がもたらした、人の運命というものを意図もたやすく捩曲げる理不尽なまでの残虐さに彼等は憤っていた。


「「…優真、こいつの相手は」」


「私達が」

「俺達が」


「「やる」」


カインは大剣を、アンナは一対の曲刀を構えた。優真が返答する間もなく、二人はファウストへ切り掛かって行く。

優真はそれをしばらく見つめていたが、視線を蜘蛛に戻すと側に落ちていた魔剣を拾い上げる。蜘蛛の巨大な八つの赤い目が優真を映した。向きを変え、威嚇。そして奇声を上げ突進して来た。


「―裕也っ!」


突如、蜘蛛の前に飛び出した少女を蜘蛛はその八つの目で一瞥し、容赦なく脚で払う。無防備なまま弾き飛ばされた少女はそのまま屋根を転げ落ちていく。

蜘蛛の動向を気にしつつもフレディが少女の方に目をやると、彼女は地面に倒れていたが幸い命はあるようだ。

蜘蛛はその巨体にそぐわぬスピードで瓦を弾き飛ばしながら優真の前まで来ると微動だにしない彼の肩に毒を含んだその牙で食らい付いた。


「影の王っ…!」


切羽詰まった声でフレディが叫ぶ。優真はゆっくりと顔を上げ、眼前に迫る蜘蛛の八つの目を見る。


「…裕也。今から、干渉能力を使う。だから君は何もしないでくれ」


だらりと垂れ下がった腕に握り締めた剣を力付くで蜘蛛の腹に向けた。ブシュッと未だ牙が突き刺さった肩から噴水のように血が吹き出る。


「…こんな事しかしてやれない兄でごめん。願わくば、向こうの世界で幸せになってくれ」


その言葉と共に蜘蛛の腹を剣が貫く。深紅の血が噴き出すと同時に優真の腹からも漆黒の血飛沫が上がる。

蜘蛛の悲しみに満ちた声が大気を震わせた。そして、蜘蛛は黒い光の粒子となって空に上がって行った。


「影の王…」


靴を脱いだことで糸から解放されたフレディがじっと佇む彼の後ろに立ち、思わず息を呑んだ。何故なら、黒髪の隙間から覗く彼の首の皮膚に手形のような跡が浮かび上がり、どす黒く変色しているのを見てしまったから。

―以前、砂漠海老カリスとの戦闘によって負った蝕害と呼ばれる呪い。

極度のストレスによって、それが今表れてしまっているのだ。

一度それが表れると大半の者は衰弱死し、またある者は皮膚が焼けただれるなどの被害が報告されている。他にも凍死、感電死など症状はあるらしいが、どれもはっきりとした原因は不明なままだ。

フレディはそれに対して一つの仮説を立てている。

それらは全て、魔力の性質によるものが原因ではないかと。

炎の魔術を得意とする者、雷の魔術を得意とする者は魔力の性質が炎、雷の性質に最も近いのだ。

商人も、測定しても基準に及ばない為、魔力無しの判定が下されるが、彼等にもごく僅かだが魔力は存在する。

つまり、カリスの呪がもたらす効果は、魔力の抑制限界リミッターの破壊だとするならば、コントロール出来なくなった魔力が体外へと発散することによって生じる皮膚のただれや、極限を迎え、魔力が完全に尽きた事による衰弱死などの症状も説明がつく。

しかし、これらはあくまで一般の場合だ。特殊能力を有する彼等のリミッターが外れれば、その能力にもよるが大変なことになる。

そして彼の魔力の性質、能力はその最たるものだ。

どうすれば良いのか考えあぐねていた時、優真はふらふらとよろめきだした。怪我や疲労、呪に体を蝕まれ思うように力が入らないのだろう。

踏ん張ろうと開いた足が屋根を踏み外す。ぐらりとその体が傾ぎ、真っ逆さまに下へと落ちて行った。


鈍い音と共に彼は呻きながら何とか立ち上がる。

彼を中心に大地に亀裂が生じ、轟音と共に幾重にも裂けていく。空の赤さはより一層増した。

それらの現象の主軸となった彼は虚ろな瞳に崩れていく世界を映しながら掠れた声で呟く。


「駄目だ、制御が利かない…」


****


「う…ん…」


うっすらと目を開ける。痛む体に顔をしかめながら身を起こし、服に着いた砂を払う。鬱々とした喪失感が鉛のように重々しくのしかかった。


目の前に広がる光景を私はぼんやりと見た。


轟音と誰かの怒号。崩れ落ちる大地。

まさに、世界の終わりと呼ぶに相応しい光景。

生まれて初めて、心の底から愛したの人を失った。彼の居ない世界など無価値に等しい。いっそのこと、このまま全て跡形もなく壊れてしまえば良いと自笑気味に思う。

しかし、その思考は崩れた世界の中心に立つ黒衣の青年を見た瞬間に別の感情に塗り替えられた。

視界が彼を捉えた瞬間、何とも禍々しい気を感じると共に、自分の中にもかつて芽生えた事のない感情が沸き上がるのに気付く。

嫌悪感、嘔吐感、恨み、猜疑心…様々な負の感情が芽生えて来る。


「なっ、何これ…?」


目の前に繰り広げられる光景より、自分の感情ではないものが内側から明確な意思をもって発露していることに戸惑う。しかしそれは留まることを知らず、泉の様にこんこんと湧きだし溢れ出る。


憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い…。


あの男が憎い…!!


それは裕也を失ったやり場のない怒りと同調した。

自分の感情か、それとも内に潜む他者の感情のどちらなのかは分からない。

視界が白く滲み、ぼろぼろと涙が零れる。

悲しみというより、悔しさ…いや、憎悪に近い。何をそんなに憎むのか私には分からない。だが、奴が憎くて仕様が無いのだ。あまりの怒りに意識さえ霞んでくる。

『私』という意識が侵食されていくのを感じながら、されるがままに意識を手放した。


……………………………………………………………。

地鳴りと共に城が震える。

「次は何だよっ!?」

「……水の音?」


度重なる現象に苛立った声で岸部が吠えた。ノワールは音に神経を集中させ、その正体を呟く。

―瞬間、噴水のように沸き上がった水が城を二つに割り、ミカの元へ襲い掛かった…ように見えたが違う。

ミカは棒立ちのまま、押し寄せて来る水に包まれる。やがて弾けるようにして水は霧散し、再度、ミカが姿を現した。ツインテールに結っていた髪は解け、背まで届くウェーブがかった赤髪がなびく。

その手には月をモチーフにしたクリスタルの先端の金の杖が握られている。


一同、一体何が起こっているのかまるで分からない。敵との戦闘を一時中断し、血相を変えてカインとアンナはミカとの距離を一定に保ちながら驚愕の表情で彼女を見ていた。

「湖の水が、ミカ・エバンを選んだだと?」

「だが、彼女はミケガサキの者じゃない。ラグド出身のはずだろ」

「…お二人さん、一体、何がどうなってるんだ?」


真剣な表情で議論を交わす二人に、岸辺が頭を掻きながら尋ねる。


「んなの、こっちが聞きたいくらいだ」

「―では、代わりに私がお答えしましょう」


そう言ったのは、車椅子に乗り向かって来たオズだった。

オズとは初対面である岸辺は目をしばたき、何度も擦りながらオズを凝視した。オズは苦笑を浮かべながら岸辺に手を差し出す。


「初めまして。前女神様の召し使いをしていました、オズと申します」

「ど、どうも…。岸辺太郎です」

「―で、オズさん。この状況は一体どういう事だ?ミケガサキの者しか女神には選ばれないはずだぞ」


カインの問いに、オズはあっけらかんと答える。


「ならば、彼女はミケガサキ出身なのでしょう」

「…ミカ・エバンはラグド出身だ。父親もラグドの騎士。記録にある」

「自分の出生なんてこのご時世、結構曖昧なもの。君達は本当に自分がミケガサキ出身なのか証明出来ますか?物心がついた時、既にミケガサキにいたというだけで本当は他国の…、というのもよくある話です」

「だが、仮にミカ・エバンがミケガサキ出身だとしても、いつどうやってミケガサキで生まれ、その後ラグドに渡ったと言うつもりだ?

領土争いが激化しつつあった当時は他国の者の出入りどころか、自国の者でさえ出入りは固く禁じられていた。そんな中、彼女はどうやってラグドに渡ったというのだ」


アンナの問いにオズは首を振り、お手上げとばかりに両手を上げる。


「闇市ならば、可能ですよ…」


その答えに弾かれたように皆の視線が声の主の方へ向く。やや面倒臭そうにフレディは溜め息を吐きながら説明を始めた。


「都市伝説みたいなものなんですけど、闇市は各国に通じているとかどうとかがまことしやかに囁かれているのです…」

「そんな確証もない話を信じろと?」

「視野の狭い奴ですね…。私は可能性上の話をしているのです…。しかし、信憑性はありますよ…。滅ぼされたマフィネスの王女達はどうやってミケガサキに入る事が出来たのでしょうか…?ミケガサキ王国から一番遠いマフィネス王国…。魔術の技術も平均、個々の魔力値は更に平均を下回るかの者達は例え魔術を使ってでも、到底この国には辿り着けない…。

まぁ、今はこんな事どうでも良いのです…。早くこの事態を何とかしなければ私達の人生どころか、この世界もろとも終わりますよ…」


フレディが言い終わるやいなや、激しい魔力の衝突が起こった。ドーム状の衝撃波が広がって行き、土や岩などを粉砕し、エネルギーを四散させる。

咄嗟にカインやアンナ、吉田魔王様等は近くにいたノワール等を伏せさせ、魔術で土の壁を作る。

直後、凄まじい衝撃波が皆を襲った。向かって来た衝撃波は土の壁をたやすく破壊し、崩れた土が重くのしかかる。何とか土の中から這い出した時には、先の攻撃など無かったかのように一方的な攻防を続ける両者の姿があった。

女神の杖が新たな陣を形成し、そこから無数の光の魔弾が発射された。それらは全て優真に向かうが、不可視の壁に遮られ標的に着弾することなく打ち消されていく。


「…この場合、下手に手を打たない方が得策じゃね?」

「確かに、下手に手を出してとばっちりを食らいたくはないでしょう…。あのままなら影の王はかすり傷一つつくことはない…。

しかし、見てください…。本来、影の王の治癒能力というのは常人より遥かに優れているのにも関わらず、彼の負った傷は快癒するどころか塞がってもいません…」

「それが、蝕害による影響だと言うんですの?」


ノワールの問いにフレディは肯定も否定もするわけでなく、一部でしょうか…と曖昧な返答をした。


「恐らく、蝕害…呪がもたらす効果は魔力のリミッターを外すことです…。言わば、最大限に捻られた蛇口に等しい…。今の影の王は魔力を最大に使える状態と言えるでしょう…。

普通の者が蝕害を受ければやがて魔力は枯渇し、衰弱死する。しかし、魔力に加え特殊能力と呼ばれる力を持ち合わせた者は同時にそれも発動してしまうみたいですね…。

影の王の能力は『拒絶』。そして魔力の性質もそれに近い。このまま行けば双方の世界は終わり、影の王も器の限界がきて魂が消滅してしまいます…」


崩れ落ちる大地、緋に染まる空、そして優真を見ながらフレディは呟く。


「…ん?双方?リンクは断ち切れたんじゃないのか?」

「残念ながらまだ。リンクが切れたならこの世界は元の姿に戻るでしょうから…」

「―では、まず先に解決すべき問題は、優真様の魔力を制御させること。次に再度リンクの破壊…ということで良いのでしょうか?」

「そうなるだろうな」


ノワールの発言にアンナが頷く。


「だが、どうやって優真の魔力を制御するんだ?」

「我々の実験結果から言えることですが、気絶させれば自ずと制御されるでしょう。どの生物も寝ている時は自然とセーブ状態になりますから。それに、呪が寝ている時に作用したという事例は今のところありませんし。元々、過度なストレスが原因なのですから、睡眠などで逆に発散させればいいのでしょうね」


ノーイが思い出したようにそう提案すると、一同は揃って表情を曇らせた。


「どうしたんですか?」

「簡単な話です…。我々、粒子にはなりたくありません…」

「仮にも仲間でしょうよ」

「仮ですから…」


埒が明かないとばかりに盛大な溜め息を吐くノーイをよそに、攻撃が効かないことを悟った『女神』は今までと全く異なる複雑な陣を形成した。


「空間魔術!?魔眼も無しにどうやって…」

「世界を創造せし全知全能の神の化身、あるいは大賢者とも謳われるお方ですよ?あの程度の陣が形成できなくては看板に偽りありです。女神様の魂は流転し、ミカ・エバンに受け継がれた。今までその魂はずっと眠っていたのでしょうが、世界崩落の危機に覚醒したのでしょうか…。しかし、何故、あれ程までの敵意を向ける必要があるのでしょう?」


陣がまばゆい光を放つ。優真は相手の出方を窺っているか肩で息したまま動こうとしない。


バキンッ…!!


遠くからでも分かるほど、骨が折れる音が響く。続いて何かが倒れる音。

事態を把握していない岸辺達が訝しげにそちらを見ようとしたが、アンナ達が前に立ちはだかり、それを制した。


「成程…。空間を圧縮してしまえば影の王の能力は無効ですね…」


焦りの混じった声色でフレディが鎌を握り締める。

『女神』は動けなくなった優真を冷ややかに見下す。再度、陣が形成された。


「………ぁ、…、ん?」


走馬灯でも見ているのか、黒髪の隙間から虚ろな瞳で優真が『女神』を見、首を傾げながら、うわ言のように何かを呟いた。『女神』が僅かに反応を示す。

途端、女神の表情が悪鬼のそれに変わる。憎々しげな声で女神は何かを叫び、魔術は発動した。


先程とは比べものにならない嫌な音がした。少し後に何かが地面に倒れる音。その数秒後に、もっと軽い重量の何かが地面を叩く。


―何が起こったか。

見なくとも音で十分理解出来る。

何も見せないようにと立ち塞がっていた騎士達はおもむろに顔を背け、ノワールは顔を蒼白にして小刻みに震えていた。岸辺は尚も駆け寄ろうとし、アンナに止められるが、その時にそれを見てしまったらしく、その場で嘔吐し始めた。


地鳴りが一層酷くなる。要因を失っても、世界が壊れる音は鳴り止まない。


女神は忌ま忌ましげに傍らに転がる死体を睨む。その視線はやがて、一同に向けられた。皆が一斉に戦闘体勢に入る。

女神は今にも踏み潰されようとしている地に這う虫を見る様な残虐な笑みを浮かべて先程と同じ陣を形成した。陣から放たれるまばゆい発動の光と共に緊張がピークに達す。


誰もが諦めかけたその時、地面に大きな亀裂が入ったかと思うと、たちまち地面が割れた。陣は崩れ、その光が失われる。

畳み掛けるように地の底から響くような低い地鳴りと共に大きな揺れが一同を襲った。


「遂に、ワールド・エンドって感じですかね…」



『――そうはさせません』


何処からか降ってくる清らかな透き通った声。仄かに甘い香りが漂う。

その声に呼応するかのように浮かんでいた『核』が輝き始める。

その輝きが皆を温かく包み込むと、たちまち緊張が解れ、一人、また一人と深い眠りに落ちて行った。

壊れた世界を浄化するかのように全てが白い光に包まれ霞んでいく。

光の中で声の主は城を見上げ、悲しそうに微笑む。


『一時休戦ということでよろしいですよね、あなた。―あの人のこと、この世界のこと…どうか救ってあげて欲しいのです。この愚かな女神の頼みをどうか聞き届けて、田中優真』


光は物言わぬ死体に降り注ぎ、完全に快癒させた。ピクリとその指が反応する。光が小さく微笑み、彼のその手を取る。その手に柔らかな唇が触れ、光の粒が右の薬指に集まると、プラチナの指輪となった。真ん中の窪みに赤い小さな宝石が嵌められている。


『後は、頼みましたよ』


その言葉と共に光は世界を満たし、全てをその慈悲の心のままに癒していた。


……………………………………………………………。

けたたましい車のエンジン音に邪魔され、まどろみから抜け出す。ぼんやりと目を開ければ、電信柱が視界に映った。隣に目をやれば、雪が倒れていたので慌てて揺すり起こす。


「あれ…?岸辺君?此処は…?」雪はキョロキョロと辺りを見回し、首を傾げた。


見慣れたコンクリの道路。見慣れた家々。見慣れた夜空。見慣れた町並み。

間違いない。三嘉ヶ崎…俺達の世界だ。

意識は完全に覚醒し、雪と手を叩きながら喜び合う。


「やったぜ、雪!何がどうなってんのか全く分からねぇけど、戻ってきた!」

「うん!」


還って来れた原因などどうでもいい。今はただ嬉しさと安堵で満たされていた。


「ごほんっ…」


態とらしい咳ばらいにぎこちない動作で首を横に向けると、続々と気が付いたメンバー等が立ち上がり、不思議そうに辺りを見回している。その様がやたらにおかしい。


「はははははっ!何だ、お前等も無事だったのかよ…ぉぉおおお!?えっ、マジで!?来ちゃったの、お前等っ!?」

「来ちゃったも何も、あそこで死ねと言うのか?」

「だよなぁ…。でも、あー…色々と面倒臭くなりそうだな」

「優真君も無事みたいだし、賑やかになりそうだねー」


ほけほけと和やか、もしくは呑気に言う雪を尻目に、岸辺は頭を抱えた。


三嘉ヶ崎ミケガサキに平和が訪れるのは、まだまだ先になりそうだ。

階段三段跳び並に急ぎ足で進みました、第三章終話。こちらも何れは加筆したいと思ってます。

次章はいよいよ終章…!

此処までお読みいただき、誠にありがとうございます。引き続きお読みいただけると嬉しい限りです。

次章は前半ギャグメイン、後半シリアス風味にいきたいと思っております!

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