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第二十五話 業


―それは、惨劇と呼ぶにはあまりにも滑稽な光景だった。

三竦みというのが最も近い状況だろうか。しかし、それも適切ではない。

牽制など、そんな不釣り合いなものは奇跡と同様、戦場には起こり得ない。


東裕也による一派が魔王を殺し、その一派をラグドが殺し、そのラグドを魔王が殺す。


そんな光景を尻目に、フレディは溜め息を吐いた。

感情のない能面の様な淡々とした表情で目の前の敵を見据える。


「…あン?俺と一戦交えるつもりかよ」

「我が主の命と私個人的な恨みにより、貴方を処分しに来ました、フレディと申します…」


そこで突然表情を崩し、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべて溜め息を吐く。


……………………………………………………………。


「皆の洗脳を解く、『リンク』を断ち切る、ラグドを全滅させるだと、どれが一番早いかな」


子供に簡単な謎掛けを出す様な軽い口調で、優真はフレディに尋ねた。

この時にはもう、彼の頭のネジが外れていたに違いない。そんな場違いな表情がこびりついていた。


「恐らく、五分五分かと。どれが一番早いかは計り兼ねます…」


そっか、と優真はまたまた軽い口調で返す。虚ろな目とは裏腹に、口元に笑みを浮かべながら。


きっとこんなはずじゃなかったのだ。それでも、多少の犠牲は覚悟していただろう。

だがもう、これから如何に手を尽くそうと手遅れである。人が死に過ぎた。


増えつづける死体を背に、その音を聞きながら優真は笑う。ニッコリと常軌を異した、見方を変えれば、自棄糞な笑みで。


「じゃあ、どれが一番早いか…」


―不意に、優真の後ろに浮かぶ厳めしい大きなシルエット。

振り上げられた斧は血に濡れ、滴る雫は彼の頬を涙の様に駆けた。

銀色に鈍く輝くそれが彼の脳天を真っ二つにかち割らんと振り下ろされる寸前。


ドゴッ……。


持ち手を失った斧は鈍い音を立てて地にめり込んだ。

長い黒髪を横に払いながら優真は何事も無かった様に言葉を続ける。

その傍を黒の粒子が風に舞いながら流れて行く。


「試してみよう」

「影の王、あまりその特殊能力は使わない方が身のためですよ…。前にも説明したと思いますが…」

「メリットとデメリットの話だろ?」

「えぇ…。『干渉』などの特殊能力はメリットもデメリットとも大したものではありませんが、その特殊能力はメリットが大きい分、デメリットも大きい…。

貴方が本来持つその特殊能力『拒絶』もまた同じ…。触れた相手を瞬時に粒子に変えてしまう。しかし、その力の代償に貴方の身体には多大な負荷が掛かる…。使い過ぎれば、身が持ちませんよ…」

「分かってるって」


優真は踵を返し、一方的な殺戮が繰り返され赤く染まる大地を見つめた。


「―仮に洗脳を解くとしたら、魔族や兵士の人には申し訳ないけど、此処は勇者が最優先かな。

向こうに還れれば、ラグドに殺される心配は一応、無いわけだし」


影から鎌を取り出し、右手に鎌、左手に剣を構える。それから、冷めた目で一方的な殺戮が行われる戦場を見た。


「…フレディはアレ、始末しておいて。アレが一番害がありそうだ」


指が使えない分、剣先でラグド王国騎士隊長総司令官であるグラン・ミカエルを指し示す。

辺りに飛び交う蝿を見るような鬱陶しげな目で。

そんな彼を傍から見ながらフレディも淡々と答えた。


「御意に…」


―そんな経緯を経てフレディは今、命を果たそうと『アレ』なるグラン・ミカエルと対峙している。

しかし、込み上がるのは戦闘意欲ではなく、溜め息ばかりだ。


「やる気あンの、お前」

「貴方が影の王を絶望させたから扱いにくくなってしまったじゃないですか…。あんな面白みの無い影の王は嫌ですよ…。いくらボケようと素っ気ない反応しかしてくれないじゃありませんか…。

このシリアスな空気の中、頑張ってボケようとしている私の気遣いを踏みにじらないでいただきたい…。

―その罪、万死に値します…」


溜め息混じりのその言葉を掻き消さんばかりに、血に飢えた死神を乗せたバイクは甲高い悲鳴を上げながらフレディの許へ猛進してくる。

それを避けようともせず、フレディは鎌を持つ手を後方へ引き、腰を落とすと足を前後に開く。


「死ねェぇぇぇっ!!」

「―煩いですね…」


直後、大きく半円を描くようにして放たれた強烈なスイングは、グランの首を跳ね飛ばすに十分な威力だった。

だが、鎌が首に届くその前にグランは目に留まらぬ速さで上へと飛んだ。そのまま降下することなく見えない足場の上に立つ。

―どうやら、あの靴は装飾型魔具の一種らしい。恐らく、靴底が空気中の魔力分子を結合させる磁石の様な役割を担い、あの様な不可視の足場を作るのだろう。

そして、あのスピードは、アンナ・ベルディウスと同じで速度強化の魔法陣を肉体に彫り込んでいると考えるのが妥当か…。


操縦士を失ったバイクは、不安げに揺れ、フレディの脇すれすれを掠めながら通って行き、血溜まりと死体に蹴つまずいて派手にスリップし、爆発を起こす。


「中々の腕じゃねェの。俺的には向こうのあんちゃんを殺りたいところだが、まぁ、アンタを殺してからでも大丈夫だろ」

「貴方じゃ無理ですよ…」

「ンなの、やってみなくちゃ分かんねェだろ?」


そう言い残し、グランが視界から姿を消す。


―速い…。


静かに驚愕していると、後方から熱気が漂って来る。

「おらよッ!」

「くっ…」


如何に敵の先手が読めたとしても、背後からの攻撃に対応するためには、僅かとはいえ、体の向きを変えなければならない。

そこに生じる時間がフレディの唯一の隙となる。

熱気を感じ、反射的に向きを変えるフレディの腹に、グランの高速の蹴りがめり込んだ。


「ぐぅっ…!」


フレディは、水面を跳ねる小石の様に吹っ飛び、地面を跳ね飛びながら城壁にぶち当た。


「げほっ、ごほっ…」


血の混じった唾を吐き、腹に手を添えながら立ち上がる。絶対に鎌を離すまいとした手は変な方向に折れ曲がっていた。


「オラァッ!もう一発ッ!」


瞬間移動の如くフレディの眼前に現れたグランは、その頭に拳を叩きつける。そのまま頭をわしづかむと城壁に打ちつけた。

凄まじい衝撃に壁に亀裂が入る。グシュッと変な音がして黒血が四方に飛び散り、城壁に染み渡った。


「…大口叩いた割には、随分呆気ねェじゃねェの」


興ざめした様に微動だにしない死体からようやく手を離す。完全に壁にめり込ん死体は、手を離しても倒れてくることはなかった。


「あぁ…。折角、大総統からいただいた『器』が…。随分と、酷い事をしてくれるじゃありませんか…」


落胆した声が背後に降り懸かる。グランは鎌を肩に背負いながら首を傾ける。

数メートル離れた所に立つ死神の如き死霊を見た。


「あー、成程ォ。死霊ってこと、すっかり忘れてた。…じゃあ、改めて成仏でもすっかァ!?」


グランの姿が消え、再度フレディの前に現れる。

片手には鎌、もう一方に拳銃が握られ、残忍な笑みを浮かべながら回避不能の零距離から発砲。

フレディは冷静に、冷ややかな眼差しでそれを見過ごし、鎌を振り下ろすが、グランは得意のスピードで難無く回避する。

一方、フレディを射るはずの弾丸は彼の体をすり抜けて、明後日の方向へ飛んで行った。


「何の変哲もない唯の鉛弾なんかで、今の私は倒せませんよ…」

「…ッとォ。やっぱ、死霊に物理攻撃は効かないかァッ!!?」


狂犬の様に格好の獲物を見る目でグランは再度フレディに接近する。


ガキィィィン…!!


二つの鎌が交差し、鈍い金属音が重なった。

グランの鎌から放たれる熱気は凄まじく、刃を弾き返しながら応戦する他ない。まともに刃を交えれば、フレディの鎌も同様に熱を帯び持てなくなるだろう。

それを見越した上でグランは容赦のない重い一撃を放ち、容易に弾き返すことを防いでいた。


「オラ、オラ、オラ、オラァッ!!」


グランは頃合いと見たのかそのスピードと魔具の特性を活かし、不可視の壁をバネに、高速で四方へ跳ね飛ぶ。

グランが側を掠め、フレディが防御の型を取るたび、彼が纏う漆黒のローブに浅く切れ目が入った。


「成程…。魔糸ですか…」


じょじょに身動きが取れなくなるほど、幾重にも絡んでいく魔糸を一瞥しながらフレディは感心したように呟く。


魔糸は自分の魔力を、麺を伸ばすかの様なイメージで、空中の魔力分子と結合させることによって生まれる魔力の糸である。

グランが作り出した魔糸はピアノ線並みの、あるいはそれより優れた固さで、僅かに動いただけでも肉が切れる仕組みになっていた。

流石は自らの魔力で作っただけあって、本人の性格が良く表れている。


「ふむ…。どうしましょうか…。いよいよ勝ち目が無くなってきました…と、此処が戦場じゃなかったら、私は迷わずそう言っていたでしょう…。流石はラグド王国騎士隊長総合司令官だけありますね…。癪ではありますが、此処は素直に、敵ながら天晴れと賞賛しましょう…」

「何だァ?命乞いでもする気かよ?」

「私の性格上、その確率は宝くじで一億が当たるより低いですね…」


不意にグランが動きを止め、辺りを注意深く見回す。彼等の周りに黒い霧の様なものが発生し、充満していた。

魔糸は鋏で断たれたかの様に次々と力無く垂れ下がっていく。

フレディは悠然と微笑み、種明かしと言わんばかりにローブを少し捲った。

白骨化し、魔糸により削られた腕から黒い霧が溢れ出す。


「か、加齢臭、だと…?」

「ぶっ殺すぞ、オイ。違いますよ…。これでも享年二十二なんですけど…。万歩譲って、腐臭にしてほしかったですね…。いや、それも嫌ですが…」


どうやら、それが人間で言うところの『血』に当たるらしい。それはフレディの周りを囲うように漂い、やがて足元で活発に渦を巻き始める。

足元に描かれた陣に、グランは驚愕の声を上げた。


「『贄の陣』だとッ!?正気かよッ」

「―貴方達の知識上、この陣は魔法陣内にいる人物などが対象となり、供物として捧げられるとお思いの様ですが、それはお門違いというものですよ…。

此処は戦場。こんな骨美青年を供物としたって、得られるものは精々一週間分のカルシウムでしょう…。多少なりとも味にばらつきはありますが、血肉があった方が、供物としては優秀です…。まぁ、何にせよ、私を選ぶより、迷わず彼等を贄とするでしょうね…」


そう言ってフレディは、戦場に折り重なる死体の山々を見た。足元に描かれた円の無い陣、その五芒星が黒い輝きを放つ。

まるでドレスの裾がなびく様にゆらゆらと彼等の足元に広がり、その先の死体を飲み込んだ。

雨粒が地面に当たった瞬間を逆再生したように、広がっていた闇は一点に大きく伸び、女の形をとる。目無き顔がグランを見つめた。


キャキャキャキャキャキャッ………………………。

そんな空虚な笑い声が聞こえた気がして、グランは思わず身震いした。額から冷や汗が流れ出す。

禍々しく、神々しく、蠱惑的な。抗えない力がグランを見つめ、石にされたかのように指一本動かすこともままならない。

幾度となく、強者として弱者のその様を見てきたが、まさか自分がその立場になるとは屈辱以外の何者でもない。

血が滴る程に強く唇を噛み、畏縮した体を奮い立たせる。それでも状況は何一つ変わらなかった。

闇はそんなグランを嘲笑うかの様に目の前まで顔を近付ける。


ニタァ………。


顔無きそれは、真っ黒な口らしきものを開く。

そこに広がる真っ黒な、どこまでも真っ黒な闇の深淵を見つめ。


「クソがァァァッ!!」


グランは絶叫にも等しい咆哮を上げた。

血眼になりながら彼がフレディに鎌を投げ放つのと、闇がその悍ましい口を広げてグランを襲ったのは、ほぼ同時。

肉を断ち、骨を砕く音が虚しく響く。


フレディは向かってきた灼熱の鎌を、いとも容易く自らの鎌で弾いた。弾かれた鎌は地面に深々と突き刺さり、やがて影に吸い込まれていく。その脇には、持ち主を失った靴が寂しげにぽつんと転がっていた。

それを冷ややかに一瞥し、蹴り飛ばす。それから、傍らに立つ闇に向かって小さく微笑んだ。


「どうです…?殺された恨み、晴らせましたか…?」


フレディの問いに、闇は微かに頷き、溶けるようにして影の一部と化す。

黙したまま静かに哀悼を捧げると、グランが食われた場所をつま先で小突く。


「どうです、グラン…。貴方が今まで虐げ、殺してきた弱者に殺される気分は…?」


答えは返ってこない。永遠に。しかしフレディは、地面をつま先でえぐりながらとつとつと話し始めた。


「『贄の陣』…。またを、『反魂の陣』と言います。供物と呼ばれる代償、生者数人か、死体数百を糧に既に死した魂をこの世に呼び戻し、一度だけ具現させる…。その代償は『命』と引き返えだと言われていますが、それは誤りですよ…。この陣は『魂』と引き換えに具現させるんです…。

双方に悪魔に魂を売る覚悟があるなら、この陣は成立します…。

まぁ、既に私は売り渡しているので、後は呼び出される側の覚悟のみですね…。しかし、余程、日頃の行いが悪かったのですね、貴方は…。まさか、あの形を成すほど魂が一度に具現することなど滅多にありませんよ…。

極楽浄土にいけなくなるにも関わらず、あれ程の魂が堕ちることも厭わずに貴方を殺しに来た…。精々、地獄むこうで仲良く戯れてなさい…。

―さて、影の王は今頃どうしているのでしょうかね…」


時折生じる轟音と魔力の衝突し、その衝撃波が空気を揺らす。しばらくその余韻に浸りながらフレディは空っぽの眼孔から空を仰ぐ。


―雨はまだ止みそうになかった。

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