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第九話 眠り姫の目覚め

プールとは思えないほどの深さ。

その中心に雪ちゃん…いや、吉田雪が眠っていた。


長い黒髪は水中に漂い、お姫様の様に手を組んで眠っている。

全身黒で統一されたドレスは、その白い肌を際立たせていた。


…って、別に、変態的な目で見てないからねっ!!

あー…、そろそろ呼吸と意識がヤバいぞ。


この黒い手、何か魂的なものを吸ってる気がする。

けど、この手。雪ちゃんの方へ連れて行ってくれている気がする。

でも、着いた途端に僕、多分死ぬ。


「こんのぉ、大馬鹿者がぁ!!」


最初の走馬灯が、教官の声とは…。

ある意味、死んでも死にきれん。


ドンッと凄い衝撃が来て、黒い手がいきなり僕から離れた。


うん、此処で普通は浮くんだけど。

ほら。僕、トンカチだからさ。…沈むんだよね。


まぁ、良いか。助太刀はありがたいけど、雪ちゃん救助優先させてもらうよ。

後、あと少し…。手が届きそうなのに…。


でも、さっきの衝撃で、洗濯機の中みたいな感じに…。

流れるプールの比じゃない。回転掛かってますよー。気持ち悪いよー。

悪化させたよね。何、そんな気に入らなかったの?僕のこと。


あっ、あともう少し…。手が届きそう…。


だがその寸前で、ぐぃっ…と手を引っ張られる。

そのまま引き上げられた。


「げほっ…、ごほっ…。あー、久しぶりの酸素…。ありがと、二人とも」


プールサイドに上がり、スゲー目で僕を見ている二人に取りあえず礼を言っておく。棒読みで。

でも、出来れば別の人をお願いしたかった。


怖いよー、お化けより怖いよー。

虫でも見る様な目で見下してるよー。


「何か、言い残したことはあるか?」


遺言ですね、分かります。


「えっと…、あのですね…僕、トンカチでして…」

「それを言うなら、カナヅチだろ」


ツッコミは健在だっ!けど、低いっ!声、低い!

教官に至っては、歯ぎしりがっ…。


「で、言い残したことは?」


カインー!待って、どうしたのー?ご機嫌斜めだねー?

ほら、早く教官止めようよー。剣、引き抜いてますぅ。


「えっと、ですねー…プールの中に、雪ちゃんが居たのは、何故でしょうか…?」


おぉぉぉぉ……………。

二人の動きが止まった。


よし、死亡フラグを回避っ!


「「だから、どうした?」」


あれぇぇぇぇぇぇ……?

開き直られた。いや、困るんですけど。


「だから、何故プールに入り、出て来ない?…もう少しで死ぬところだったんだぞ!」

「いや、雪ちゃん救助が優先かなって…。僕が死んでも、いくらでも勇者の替えは利くでしょ」


ちらっと、二人を見てみる。

何故、拳を構えているのかな?

弱い者いじめは駄目ですよー。


「お前はっ、死者の為に命を捨てるというのかっ!」

「何故、自分を大事にしないッ!?」


現状をお伝えしますと。

カインのグーパンチが鳩尾にヒットし、教官のグーパンチで頬を殴られ、ノックアウト中。


で、説教受けてます。

何かシュールだ。親にもされたことないのにっ。…冗談だけど。半分、本当。

ほんと、情けない。


「「さて、帰るぞ」」

「……?何か、歌が聞こえない…?」

「「歌……?」」


その時、プールの水が黒から青へ変わっていく。

唯の青というよりは、透き通っていて、人を魅了するような輝きがあった。


そして、何処からか白い花が咲き乱れる。それはプールを花畑へと変えた。

その中心から吉田雪が姿を現す。

閉じた瞼が、ゆっくりと開かれる。その瞳は虚ろだ。


「携帯持ってくるの忘れてたっーーーーー!!!」

「「うるさいっ!」」


はい、すみません。


ん?何かうすら寒いものを感じる。

闘犬場(コロシアム)』の時の様な禍々しい空気だ。


空が黒く染まり、雷鳴が轟く。

そして、雪ちゃん目掛けて紫色の光の柱が立った。


わー、UFOみたいだー。


その光の柱から誰かが降りてくる。

宇宙人ってこっちのミケガサキに存在するんだね。


「むっ…、またお前か」


こっちのセリフだ。子供の夢を壊すんじゃない。

『召喚』してないのに何しに来たんだ。


「吉田魔王様だ。どしたの?」

「姫君を迎えに来た。といっても、本当に用があるのは『死の夜(ノワール)』だが…。

迎えの兵がたまたま出張中でな。私が来る破目になった」


やれやれという風に吉田魔王様は首をすくめる。


「大変だね」


というか暇だね。そんなのが侵略してんの?この世界。

僕が言えることじゃないけど、大丈夫なの?この世界。


「あぁ、大変だ。だが、仕方がない。…という訳で、連れてくぞ。もう、(せいしん)なんて壊れている。これは唯の人形だ」

「あー…、ちょっと困るんだけど。それは…。『死の夜(ノワール)』に交渉できない?」

「…私も困る」


「おい、そこ。仲良く会話しない」


カインがぺしっと頭を叩く。

教官が一歩前に出て剣を構えた。


勇者なんていなくても、普通に倒せそうな雰囲気だよ。


「別に、戦いに来たわけじゃないのだが…。何とかしてくれ」

「…僕も困る。けど、まぁ、助けてもらった恩あるし…。

あっ、『死の夜(ノワール)』に言っておいて、後で取り返しに行くって」


よいこらせっと。

そっと二人から距離を取る。


気付かれない様に話しながらも何とか魔法陣を描く。


「分かった。伝えておこう」

「それじゃあ、交渉成立ってことで『召喚』っと…。それから、退場」


二人は分かってたのか、一歩も動かなかった。

まぁ、一つわがままというか、願いを言うなら僕もこの状況から退場したい。


お二人とも、頼みますから剣収めて、怒りをお鎮め下さい。

今にも斬り殺しそうな雰囲気止めてー。


あの後、五時間にも及ぶ説教を食らい、寝る間もなく朝に。

そんな毎日ですが、案外、僕は楽しくやっております。


****


「田中さん、何か嬉しそうですね?良い事でもありましたか?」

「えへへ…。分かります?優真君からメールが来まして…。元気みたいで、良かった」


陽一郎は笑いながら携帯を閉じた。

そんな彼を三浦春菜は苦笑しながら見つめる。


「優真君って、確か家出したって言ってましたけど、消息はつかめたんですか?」

「消息っぽいのは何とか。いつもありがとうございます。三浦さん」

「いえいえ、お役に立てたのなら何より。失礼ですが、由香子の方はどうするんですか…?」


その問いに陽一郎は困った様に頭を掻いた。


「離婚届とか、無かったから…僕はまだ、由香子さんのこと信じてるんです…。

すみません。いつも愚痴を聞いて下さって…」

「私、由香子とは同級生で友達でした。昔から強引で勝手な所はあるんです。

けど、根は優しい子でした。…帰って来ると良いですね」

「はい。また、皆で暮らせる日が来ると良いんですが…」


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