第一章 プロローグ
「此処に居られましたか。女神様」
薄暗い洞窟の中、ガチャンガチャンと金属の擦れる音が響き、やがて止まった。
ピチャンッ…と、雫が落ちて洞窟に響く。
「あぁ…!カイン!貴方でしたか!!」
女神様と呼ばれた女性が振り向いて、カインと呼んだ赤髪の男騎士に近寄った。艶やかな黒のウェーブがかかった髪がふわりと揺れる。
「どうしたのです?顔色が悪い。『例の儀式』は失敗してしまったのですか?」
カインは真面目な顔をして訊ねた。女神は力なく首を振る。
「いいえ…!成功しましたわ。あぁ!何て事なのでしょう!私は女神として失格だわ!」
顔を覆いながら泣く女神に、どう言葉を掛けて良いか分からず、カインは困ったように頭を掻く。
「何をお嘆きになる必要が御座いますか。貴女様はご立派にその大義を務めていらっしゃいます。『例の儀式』が成功したのならば、さっそく式典の準備を整えましょう。我が『ミケガサキ王国』の復興の宴を」
「私とて、大義を果たせたことは誇りに思いましてよ、カイン。しかし、私は愚かです!よりによって、あんな『勇者』を呼びだすなんて!!」
取り乱す女神を、カインは必死になだめた。この錯乱ぶりは何か尋常じゃない事態を予見してのことに違いない。
「さっきから、どうしたというのです?一体、どんな『勇者』を召喚なさったのですか?その者は我が王国に置いて、脅威となりうるのですか?」
「えぇ…。あぁ、何て事…」
ごくりとカインは唾を呑み込む。
女神がこんなにも取り乱すほどの『勇者』とは一体、何者なのだ…?
「『馬鹿』なのです!!とてつもない…、今まで生き残れたのが奇跡の様な、絶滅希望種…。あの勇者は、この国を『馬鹿』にしてしまう様な、恐ろしい脅威となる『馬鹿』なのです!!」
『馬鹿』を物凄く強調した女神の悲痛な叫びが、洞窟に木霊した。
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三嘉ヶ崎市。
「くしゅんっ!おかしいな、風邪か?おぉ!生まれて初めてだ…」
ごく普通の毎日で、毎年変わらない夏休みだった。
田中優真。
高校三年生、誕生日は一月二日。(永遠の)十七歳。ごく普通の何処にでもいる様なゲーム大好きの学生である。
「あれ、いつの間にこんな暗くなったんだ?あっ、夏だからか。冬は明るいよね、この時間帯」
そして、正真正銘の馬鹿だった。
当然補習生なわけで、今は帰宅途中。
学校から家までおよそ五分。坂が無ければ二分ほどで着ける近さだと彼は豪語するが、実際には坂がなくとも最低五分はかかる。
現時刻七時くらい。
毎年呼ばれるのだが、何故か毎年覚えたことを忘れていると言うから先生方のストレスは留まることを知らない。
故に、一から教え直すと言うのも中々面倒な訳で、しかも相手が正真正銘の馬鹿であるからタチが悪い。
毎日、朝早くに登校し夜遅くに下校するというのが彼の毎年やって来る夏休みの日課だった。
ちなみに留年今年で五回目。来年でレッドカード。
つまり、先生たちが待ち望んだ退場というわけだ。
彼の卒業式には過去彼と同じクラスだった五年間に及ぶ元同級生達が揃い、『正真正銘の馬鹿で証』を贈呈する手発になっている。
その後の二次会では『日ごろのストレス込めて☆顔面に思いっきりパイを投げましょう』が密かに企画され、先生方の惜しみない協力により実行へと移されようとしていた。
何だかんだで、人望ある馬鹿なのだ。
「ただいまーって、陽一郎さんまだなのか。じゃあ、ゲームでもやるか。折角居ないことだし。あー、エアコンタイマー予約し忘れた。珍しー」
お前の頭の方が余程珍しい。
いつもの様にテレビの前に設置してあるゲーム機に、一礼してコントローラーを握る。指定席と化してあるソファーに腰かけた。コントローラーを握る手に力が籠る。
優真が今やろうとしているゲームはつい先日発売したばかりのリメイク版『勇者撲滅』というゲームだった。
「スイッチオン!」
ポチッとゲーム機の電源が押された。それと同時に、ソファーの下に魔法陣が描かれる。そして、彼の言葉が合図だと言わんばかりに眩い光を放った。
ガタンッ…と、持ち主の居なくなったコントローラーは床に落ちた。
テレビ画面は、『勇者撲滅』が表示されている。
「ただいまーって、あれ?」
タッチの差で義父、陽一郎が帰宅するも、時既に遅し。辺りは静まり返っていた。
寝てしまったのかと首を傾げながらリビングへ向かい、その光景を目の当たりにして呟く。
「優真君とソファー、何処行ったんだろう?」
物足りないリビングを見まわし、陽一郎はオウムの様に首を傾げるのだった。
思いついたんで、書いてみました。暇な時、更新していく予定です。




