服だけを溶かすスライム(医療用)
『服だけを溶かすスライム』という魔物をご存知でしょうか?
いやまあご存知も何もそのまんまというか名は体を表すにも程があるというか、つまりは人間に接触しても肉体には一切の危害を与えることなく衣服だけを溶かして摂食する珍生物なわけですが。
服だけしか栄養源にできない以上、その生存や繁殖には人間の存在が不可欠。
衣類がイケるなら動物の体毛や植物繊維なども食べられそうなモノですが、そのような幅のある食性であれば『服だけを溶かす』などと言われることはなかったことでしょう。
少なくともこの世界における『服だけを溶かすスライム』が食べられるのは、人間やそれに近しい知的生命体が身に纏うことを想定した衣類のみ。服として加工される前の糸や布ですら見向きもしないというのだから、なんとも極まった偏食ぶりです。
いったい何をどうすればそんな珍生物が生まれてくるのか。一説によると変態的な欲求を拗らせた魔術師や錬金術師が創造したとも言われていますが、結局のところ真偽は不明。
『服だけを溶かすスライム』それ自体は殺傷能力を持たないものの、すぐ近くに真っ当かつ危険な魔物がいる状況で急に着ている物を失えば命に関わりますし、そうでなくとも羞恥の念や性的な欲求に起因する人間関係上のトラブルを起こしかねない。
そんな面倒な存在があちこちのダンジョンやら自然の野山やらに少なからず生息しているのが今現在のこの世界なわけですが……一見すると厄介なだけの珍生物も、視点を変えれば貴重かつ有用な存在として人々の役に立つ可能性がある。今回はそんな医療現場の最前線で活躍する『服だけを溶かすスライム』についてご紹介したいと思います。
◆◆◆
ここは某国某都市に存在する某治療院。
付近に有用な資源を産出するダンジョンがある関係で、この街には国内外から腕自慢の冒険者が多く集まり栄えているのですけれど、危険と隣り合わせの冒険には怪我が付き物。そのまま墓地に直行するケース以外は必然的に治療院のお世話になるわけで、この施設も毎日朝晩の区別すら怪しいフル稼働が常態化しておりました。
「先生、急患です! ここまで担いできたお仲間によると、患者はムキムキ・メチャマッチョさん、三十歳男性。盾と全身鎧越しにファイアドラゴンの息吹を受けたとのことです!」
「はいよっ、早く手術室に運べ! 直火なら消し炭だったろうに、運の良い人だな」
今もまた大柄な男性が仲間に背負われて運ばれてきました。
患者のメチャマッチョ氏は筋骨隆々の肉体に重厚な金属鎧を纏った偉丈夫ですが、今は意識不明の重症。盾や鎧がドラゴンの炎を防いでくれたは良いものの、そうして熱せられた金属によって間接的に肉体のあちこちに熱傷を負う羽目になってしまったのでしょう。
「こりゃ酷い、熱で融けた鎧が変形してやがる。とりあえず脱がせられるのは全部脱がすぞ。メチャマッチョさん、鎧の留め具切りますからね! それから鎧の上からで構わんから誰か水ぶっかけくれ!」
炎による熱傷やある種の薬品や消化液による化学熱傷においては、なるべく早い段階で清潔な水で患部を洗うのが常道。ですが、その際に無理に着ている物を脱がそうとしてはいけません。
「チッ、鎧下が皮膚に癒着してるのか。こいつは無理に引っぺがしたら大変なことになるな」
高熱や薬品で皮膚が大きく傷んでいると着用している衣服と癒着してしまい、無理に剥がそうとすると体液を大きく失ってショック症状を起こしたり、治ったとしても皮膚に大きな傷跡が残ってしまう場合があるのです。そうなれば見た目の問題ばかりでなく痛みや痒み、皮膚の引き攣りといった後遺症に長く苦しむことになりかねないわけです……が、しかし。
「これなら……大至急、『服だけを溶かすスライム』用意!」
ここでいよいよ『服だけを溶かすスライム』の出番です。
人体には悪影響を及ぼさず、皮膚組織と癒着した服の繊維だけを綺麗に掃除してくれる。この世界における治療の権威、ドチャシコ・スラエロスキーなる医学博士が考案した方法により、同分野の治療は格段の進歩を遂げていました。
「先生、培養室からスライムの水槽が届きました!」
「よし、蓋を開けるぞ!」
もちろん野生の『服だけを溶かすスライム』をそのまま使用するのは、衛生面の問題があるためNG。この治療院で使用されるスライムは、すべて同院内の培養室で育てられた養殖物です。
なにしろ服だけしか食べてくれないのでエサの用意は大変ですし、清潔なスライムを育成するためには用意した衣類を事前に石鹸や熱湯で消毒する工程が不可欠。なかなかのコストと手間暇がかかるため、治療法が確立された現在においてもスライムを使った医療が受けられる施設は限られますが、その効果は絶大です。
「よしっ、癒着した服の繊維が綺麗に消えてくれたな。患部のスライム除去も完了、っと。では、ここからは通常の火傷治療と同じ要領でいく……の前に、着替えだ着替え!」
「仕方のない事とはいえ、コイツらを使うたびに我々の服まで駄目になるのは慣れませんねぇ……」
治療の効率化および後遺症の軽減といった有用性は疑いようもありませんが、治療する医師や看護師の着ている物まであっという間に駄目になるのが『服だけを溶かすスライム』治療に残る課題でしょうか。
人体への悪影響はないとはいえ、『服だけを溶かすスライム』の消化能力は絶大。
治療の過程で僅かな組織が飛び散れば、手術室内にいる人員は患者であるか否かに関係なく誰も彼もが素っ裸になってしまうのです。
たとえば今回のケースにおいては、手術室内にフルチンの男達が屯する格好に。いっそ最初から脱いでいればどうかという意見もありましたが、それはそれで気分的によろしくないものがあるとの理由で却下。
せめて治療に当たる人員を極力患者の同性だけで揃えるなど配慮する余裕がある場合は僅かなりともマシですが、まあ医療の最前線でそんな余裕が毎度あるかというと厳しいものがあるわけで。『服だけを溶かすスライム』でも溶かせないような新素材が発見されれば良いのですが、今のところはこれといった進捗がないのが実情でしょうか。
まあ今後の課題についてはさておいて、単なるエロ魔物と見做されていた『服だけを溶かすスライム』の有用性については疑いようもありません。かの珍生物は今後とも多くの患者を救ってくれることでしょう。




