第8話:茜色の迷路と、最初の生存者
講堂で見た信じられない光景。
襲いかかる「元・人間」から、あかりは必死に逃げ出します。
校舎はもう、安全な学び舎ではありませんでした。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
肺が焼き切れそうだ。
後ろは見ない。見たら足が止まってしまう気がしたから。
『ア゛ァッ! マテェ……! キィテェ……ボクノォ……!』
背後から、獣の唸り声と、人間の言葉を混ぜ合わせたような不気味な声が追いかけてくる。
足音が速い。
陸上部のエースだった彼が、リミッターの外れた状態で走ってきているのだ。このままじゃ追いつかれる!
「お願い……開いて!」
私は階段の踊り場にある、防火扉の重いレバーに飛びついた。
ガコンッ、と鈍い音がして扉が動く。
私は転がり込むように扉の向こう側へ入り、全体重をかけて閉めた。
『ドォォォンッ!!』
閉まった瞬間に、凄まじい衝撃が扉を揺らした。
扉の向こうで、彼が――あのバケモノが、何度も何度も体を打ち付けている音がする。
『アケテェ……アケテェヨォ……』
ドアノブがガチャガチャと乱暴に回される。
私は鍵をかけ、その場にへたり込んだ。
「うぅっ……なんなの、これ……夢でしょ……?」
涙が止まらない。
さっきまで一緒に練習していた先輩が、食べられていた。
優しかった先輩が、笑いながら襲ってきた。
校舎は相変わらず、気味が悪いほどの茜色に染まっている。
ここはどこ? 本当に私の知っている学校なの?
(……帰りたい。お母さん、お父さん……美姫……)
恐怖で体が震え、立ち上がることさえできない。
このままここでじっとしていれば、誰かが助けに来てくれるだろうか?
その時だった。
『いやぁっ! 来ないで! 誰か助けてぇ!!』
今度は、校舎の反対側――理科室や図書室がある北校舎の方から、新たな悲鳴が聞こえた。
さっきの先輩とは違う声。まだ生きている人の声だ!
「……行かなきゃ」
私は震える膝を叩いて立ち上がった。
怖い。足がすくむ。
でも、私は『ルミナス』のリーダーだ。
仲間が困っている時に、一人で隠れているなんてできない。
私は防火扉の反対側、北校舎へと繋がる渡り廊下へと足を踏み出した。
渡り廊下の窓ガラスは割れ、夕暮れの不気味な風が吹き込んでいる。
私は物音を立てないよう、慎重に歩を進めた。
「ウゥ……ア゛ァ……」
前方の廊下に、人影が見えた。
女子生徒だ。壁に向かって立ち尽くし、頭をゴン、ゴン、とリズミカルに打ち付けている。
「……っ!」
私は口元を押さえ、理科準備室の影に隠れた。
彼女の制服はボロボロで、スカートからは赤黒い液体が滴り落ちている。
彼女も、もう「人間」じゃない。
『テスト……ベンキョウ……しなきゃ……』
彼女はうわ言のように呟き続けている。
この学校には今、あんな「元・人間」たちが彷徨っているのだ。
私は彼女がこちらを見ていない隙に、低い姿勢で廊下を駆け抜けた。
心臓の音がうるさい。見つかったら終わりだ。
なんとか北校舎の階段までたどり着く。
悲鳴は、2階の図書室あたりから聞こえたはずだ。
階段を上り、図書室の前に来た時だった。
「そこだ! 机でバリケードを強化しろ!」
「もうダメよ! ガラスが割れそう!」
図書室の中から、複数の怒鳴り声と、何かが激しくぶつかる音が聞こえた。
生きてる! 人がいる!
私は希望に突き動かされ、図書室のドアに手をかけた。
「開けて! 私、星宮です! 開けてください!」
ドアを叩いて叫ぶ。
すると、中の騒音がふっと止んだ。
「……星宮? 2年の星宮さんか?」
聞き覚えのある、低い男の声。
バリケードの机が少しだけ動かされ、ドアが数センチだけ開いた。
隙間から、鋭い眼光が私を覗き込む。
「……怪我は? 噛まれてないか?」
「は、はい! 大丈夫です!」
「よし、入れ! 早く!」
私は隙間から図書室の中へと引きずり込まれた。
その瞬間、背後で「ウゥゥゥ……!」という唸り声がして、私がさっきまでいた場所に、数体のゾンビが雪崩れ込んできた。
「チッ、寄ってきやがった! おい、早く扉を閉めろ!」
男の声が響き、再びバリケードが築かれる。
私は床に倒れ込んだまま、荒い息を吐いた。
助かった……の?
視線を上げると、そこには疲れ切った表情の数人の生徒と、バリケードの前でモップを槍のように構えている、一人の男子生徒の姿があった。
間一髪の連続。心臓に悪いですね……。
あかりの「仲間を見捨てられない」という性格が、吉と出るか凶と出るか。
そしてついに、最初の生存者たちと合流です!
彼らは味方なのか? それとも……?
次回、閉鎖空間でのサバイバルが始まります。




