第6話:終わりのサイレン、最後の約束
いよいよ運命の日。
前日の夜、あかりと美姫はスマホで他愛のない会話を交わします。
「また明日」――その言葉が、どれほど重いものになるか知らずに。
「ふあぁ……。もうこんな時間か」
時計の針は23時を回っていた。
明日のライブに向けて、衣装のチェックや歌詞の確認をしていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
ベッドに潜り込み、充電器に繋いだスマホを手に取る。
画面には、LINEのトークルームが表示されていた。
『美姫:ねーねー、明日の髪型どうする? ポニテ?』
『あかり:うーん、ツインテにしようかな! 気合入れるために!』
『美姫:でたw あかりの勝負ツインテw』
『あかり:うるさいなー! 美姫こそ、メイク濃くなりすぎないようにねw』
他愛のない会話。
画面の向こうにいる親友の笑顔が浮かぶようで、私は自然と頬が緩んだ。
『美姫:ま、冗談は置いといて。明日、絶対成功させようね』
『あかり:うん! 私たちが一番輝く日にしよう!』
『美姫:じゃあ、明日は朝早いしもう寝るわ。おやすみ~』
『あかり:おやすみ! また明日ね!』
「また明日ね」
スタンプを送信して、スマホの画面を消す。
暗くなった部屋に、外から微かにサイレンの音が漏れ聞こえてくる気がしたけれど、私は気にせず布団を被った。
明日は最高の一日になる。
そう信じて、私は眠りについた。
翌朝。
「……んん……」
目覚ましのアラームより早く目が覚めた。
カーテンを開けると、空はどんよりとした曇り空だった。
なんだか空気が重い。湿気が肌にまとわりつくような、不快な朝だ。
「行ってきます!」
朝食を慌ただしく済ませて家を出る。
駅へと向かう大通りは、いつもより車が多かった。
いや、多いなんてもんじゃない。大渋滞だ。
『ウゥゥゥゥゥ――!!』
『ピーポー、ピーポー!!』
「うわ……また?」
耳をつんざくようなサイレン音。
赤色灯を回したパトカーと救急車が、渋滞の隙間を縫うように何台も走り去っていく。
歩道を行く人々の表情も、どこか険しい。
みんなスマホを食い入るように見つめたり、不安そうにヒソヒソと話したりしている。
「何かあったのかな……」
電車も遅れていたけれど、なんとか学校の最寄り駅までは辿り着けた。
校門をくぐると、いつものチャイムが鳴る。
でも、どこか学校全体の空気がピリピリしている気がした。
「あ、あかり! おはよー!」
「美姫! おはよ!」
昇降口で美姫と合流する。彼女の顔を見て、ようやくホッとした。
外の世界がどれだけ騒がしくても、ここには変わらない日常がある。
「なんか外、すごくなかった? 救急車だらけで」
「ねー。なんか怖いよね。……ま、私たちは練習に集中しなきゃ!」
「そうだね! 放課後の最終リハ、頑張ろう!」
私たちは笑い合って、教室へと向かった。
授業中も、先生の声よりも外のサイレンの音ばかりが気になったけれど、それでも時間は過ぎていった。
そして、放課後。
レッスンルームでの練習を終えた私は、いつものように一人残って日誌を書いていた。
「ふぅ……。終わったぁ……」
心地よい疲労感。
明日はいよいよ本番だ。
緊張と興奮で胸がいっぱいだけど、体は正直だ。強烈な睡魔が襲ってくる。
「……ちょっとだけ。5分だけ……」
長机に突っ伏して、目を閉じる。
遠くで聞こえるサイレンの音が、不思議と遠ざかっていく。
意識が、深い闇の中へ落ちていく。
「また明日」の約束が、もう果たされない世界へ向かっているとも知らずに。
……
…………
「……ん」
どれくらい眠っていたんだろう。
ふと目が覚めると、視界全体が異様な色に染まっていた。
「……え?」
体を起こして、息を呑む。
窓の外。
空が、燃えるような『茜色』に染まっていた。
夕焼けじゃない。血を流したような、ドロリとした赤紫色。
「な、なにこれ……?」
そして、気づく。
静かだ。
あまりにも静かすぎる。
さっきまで鳴り止まなかったサイレンの音も、車の音も、何一つ聞こえない。
「美姫? ……先生?」
恐る恐る廊下に出る。
茜色の光が射し込む廊下には、誰もいない。
ただ、不気味なほどの静寂が広がっているだけ。
その時。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』
「ッ!?」
講堂の方角から、絹を引き裂くような悲鳴が響き渡った。
それは、私の知っている日常が終わりを告げた合図だった。
第1章 完
ついに、世界が反転しました。
「また明日」という約束。
その「明日」は、もう来ないのかもしれません。
次回、第2章 第7話。講堂で待ち受けるものとは――。




