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104 墓参り



 町の大通リに到着した。石畳であり、王城へ向かって道が真っ直ぐに伸びている。所々には街路樹が立っており、青々とした葉を茂らせていた。やはり人の往来が激しい。都で一番賑やかな場所である。レストランからは料理のかぐわしい香りが運ばれてきていた。



 しばらく泊まれる宿屋を探そうと思った。少々だが金は持っている。あまり高くない所がいいな。そう思って、こぢんまりとした場所を探して歩いていた。



 目をつけたその宿屋は牡鹿亭と言った。レンガ造りの小さな建物である。風呂は無いかもしれない。俺は玄関から中に入った。内装が綺麗である。客が座ってくつろげるような白いソファが並べられてあった。隅には名前の分からない観葉植物が置いてある。



 カウンターのところで受付嬢に挨拶をした。



「こんにちは」


「はい、こんにちは」


「あの、しばらく泊まりたいんだが、この宿の料金を教えて欲しい」


「その前に、お客様のお名前を教えてくださいますか?」


「俺はナナキだ」


「な、ナナキですって!」



 受付嬢は顔をひきつらせて。カウンターの上にあったベルを鳴らした。一体どうしたんだろう? そう思っていると、カウンターの奥の部屋から恰幅の良い宿屋の主人が出て来た。



「どうした?」


「支配人。こ、この人、ナナキです!」



 受付嬢が俺を指さす。臭いものを見るような顔つきだ。失礼にもほどがある。



 恰幅の良い主人が両手でカウンターを叩いた。バンッと音が鳴る。



「帰ってくれ! この宿屋はもう満室なんだ!」


「そ、そうなのか?」


「早く行け! しっし!」


「し、しっしってひどいな……」



 俺は眉を八の字にして、牡鹿亭の玄関をくぐった。



「もう二度と来るなよ!」



 恰幅の良い主人が追い打ちで叫んでいる。



 また大通リに出た。何だったんだろうな? 今のは。満室なのは仕方無いけれど、俺を露骨に嫌がっていた気がする。全くもって不快な一件だった。



 まああまり気にしても仕方がない。次の宿屋を探そう。そう思いまた歩き始めた。



 それからいくつかの宿屋を回った。



「うちは満室なんだ! 帰んな坊主!」


「お帰りください。あなたの泊まる部屋はありません」


「おめーみてえな田舎もんを泊めるほど、うちは金に困ってねーんだよ!」


「何? トイレだけでもを貸してくださいって? ふざけんじゃないよ! 金も払わない人間には、水の一滴もあげないよ! 金ならあるって? だからうちは満室だって言ってるでしょうが!」



 ……ダメだ。どこも門前払いである。どうしてだろう? 分からないが、とりあえず催してきた。トイレに行きたい。



 俺は裏路地へと入り、トイレを借りようと民家のドアをノックする。



「トイレなんて貸せないよ、隣の家に頼んでくれる?」


「いま、うちのトイレは故障してるんですよねえ」


「あんたがナナキだね。帰っておくれ」


「トイレを貸すと、主人に怒られるんです!」



 ……くそ、漏れちまう。最後は料理屋にも入ってみたのだが、テーブルに着くどころかトイレすら貸してくれなかった。都会の風が冷たいとはこの事である。それとも知らないうちに俺は悪いことをしてしまい、その悪名が広がったのだろうか?



 こうなったらもう野ぐそするしかない。どうせ旅に出たら道中は野ぐそである。恥ずかしいことは何も無い。そうすることにしよう。



 それから人気の無い植物で荒れたような場所を探した。



 ◆◆◆



 ったくこいつは向こう見ずなんだから。あたしはアイを説得し、ナナキは古き友人なのだと言い聞かせた。アイはあたしが魔法で洗脳されていると思っていたようで言い訳した。助けようとしてくれたのはありがたいが。いきなりエクスプロージョンを撃つのはダメだろ。ガミガミと怒ると、やがてアイは涙をこぼした。



「リリアちゃん、ごめんなさいですわ」


「けが人が出なかったから良かったものの、お前はそのイノシシみてーな性格をもう少し直せ」


「ごめんなさいですぅ」


「ああ。とにかくお前はナナちゃんに謝れ」


「分かりました」



 あたしたちは町の大通リに到着していた。さて、宿屋はいっぱいあるのだが、ナナキはどこの宿屋に泊まることにしたんだろうな? 探すのが手間だぞこれは。



「リリアちゃん、どうやって探しだしますぅ?」


「分かんねーけど。とりあえず、宿屋を一軒ずつ回ろう。他に方法は無いな」


「分かりました!」



 あたしたちがそんな会話をしていた時のことだ。



 近くの荒れ果てた畑から、一人の男が歩いてきた。ズボンを上げているところであり、糞尿の匂いがした。見ると、ナナちゃんである。



「あー、すかっとしたぜ!」



「へ、変態! え、ええっ、エクスプロージョン!」



 アイが魔法を撃った。空から炎のイカヅチが振る。



 ◆◆◆



 夕方である。三人でイロドリグルメというレストランに入った。今、丸テーブルを三人で囲んでいる。俺はパニアという名前の料理を食べていた。ホワイトソースに鶏肉や魚介類が入れられており、チーズを大量にかけてオーブンで焼いた料理である。チーズの香りが食欲を誘っており、とてもウマい。



 アイがすまなさそうに頭を垂れた。



「ナナキさん、ごめんなさいですわ」


「別にいいよ。ただ、もうエクスプロージョンは撃つなよな」



 俺はスプーンで料理を口に運ぶ。さっきのは本当に死ぬところだったと思う。リリアが思いっきり押してくれなければ、今ごろ丸焼きだった。



 このピンクブロンドの女はなんと、ラコルーリャの王女様らしい。それも第一王位継承者。なるほどな、だから貴族のような赤い服を着ているのか。納得が言った。



 そしてアイの権力を使い、料理屋にも入ることが出来た。メシの代金はアイが払ってくれるそうだった。



 リリアも肉料理を食べていた。熱々のハンバーグをフォークとナイフで切り分けて口に運んでいる。とてもジューシーなようで、肉からは肉汁がドロリとこぼれていた。



「ナナちゃん、とりあえず紹介するよ。こいつはアイで、あたしたちは友達なんだ」


「どうして二人は友達なんだ?」



 普通に考えて、王女と一般市民が友達になるのは難しい気がした。



 リリアが説明をくれる。



「あれはな、もう二年前になるんだが、アイが町でゴロツキに絡まれていたんだ。王女を王女とも知らずに突っかかるそいつらを、あたしが見かねて退治したんだよ。そしたらアイが、今から王宮へ連れて行ってくれるって言って、そこで菓子をいっぱい食わせてもらったり、ルドラをして遊んだりしたんだ。それからずっと友達なんだ。まあ友達というよりも、妹みたいな感じなんだけどな」



 ルドラとは駒を使った戦争のボードゲームである。



「あの時のリリアちゃん、勇敢でしたわぁ」


「まあな。だけどアイ、お前は自分の身を自分で守れるようになれ」


「今はもう、大丈夫だもんっ」


「ははっ、どうだか」



 俺はパニアを食べ終えていた。今度はハンバーグ定食を追加で頼む。そして困ったように言った。



「なあ、リリア。さっきどれだけ探しても、空いている宿屋が無かったんだが」


「あ、それはな。今、この町は観光客が多くて、そのせいなんだ。明明後日、王様の生誕祭パレードがあるからな」


「お父様の誕生日ですわぁ」



 アイがイカスミのスパゲッティをくるくると巻いて口に入れた。歯を真っ黒にしている。ウマいんだろうか?



「なるほどな。じゃあ、空いている宿屋は無いのか?」


「いや、そんなはずはねーけど」



 リリアがアイに顔を向けた。イタズラっぽい笑みを浮かべる。



「アイ、何とかできねーかな」


「リリアちゃん、お任せくださいっ。わたくしが、王都で一番高級なホテルの部屋を取ってご覧に上げましょう」


「い、いや、ちょっと待て。王都で一番高級なホテルって、そんな大金を俺は持って無いぞ」


「ナナキさん、大丈夫ですぅ。私にお任せくださいなぁ」


「大丈夫かなあ」



 俺は不安をこぼす。



 リリアが俺の肩にぽんと手を置いた。



「大丈夫だって。何て言ったって、アイは王女だからな。大船に乗った気持ちでいろよ」


「なら良いんだが」



 食事が終えると。アイが会計をしてくれた。三人でイロドリグルメを出る。そこからはアイが先導してくれた。



「二人とも、こっちです」



 俺とリリアは並んで歩く。そしてたどり着いた宿屋は、この辺でも一番背の高い建物だった。象牙亭と書かれてある。グレーのレンガ造りをした豪華な宿屋だった。玄関の上には巨大な象の看板が出ている。剥製(はくせい)ではなく作り物のようだ。その下を、三人でくぐって行く。



 カウンターのところで、アイが手続きをしてくれた。

「こんにちは」


「あ、貴方は。アイフロディア様ですか! 宿屋にどのようなご用事でしょう?」


「男性を一人、無期限で泊めてあげて欲しいのですがー、お願いできますか?」


「無期限?」


「あ、お金はわたくしが都度お支払いしますわ」


「そうですか。では、泊まる本人には、この紙にサインをお願いします」


「王女さん、いいのか?」



 俺が前に出て聞いた。アイは笑顔でコクンと頷く。



「ご迷惑をかけてしまったので、お詫びです」


「ま、まあ、そういうことなら」



 カウンターに設置してある万年筆を持ち、紙にサインする。



 書かれた名前を見て、ホテルマンは目を剥いた。



「な、ナナキさんですか?」


「ああ」



 やっぱり、俺の名前は何かまずいのだろうか?



 アイが瞳を権力的に光らせて顎をしゃくった。



「何か問題でも?」


「い、いいええ、問題ありません。ただ、緑大蛇ギルドに、ナナキという少年を泊めるなと言われておりまして」



 リリアが憤慨したように眉間にしわを寄せた。



「また緑大蛇ギルドかよ」


「ちっ、ポックルの仕業か」



 俺は苦虫を噛みつぶしたような気分になる。町の人々が冷たかった理由がいま分かった。ポックルがいじわるを働いたのである。



 アイは両手を腰に当てて命じるように言う。



「ナナキさんを泊めてくれますね」


「はいっ! 王女様のためなら例え火の中水の中!」



 俺は紙を提出した。ホテルマンから部屋の鍵をもらう。303号室だった。



「それでは、ナナキ様、外に出る時はカウンターに声をおかけください。それと、朝食はホテルの方で用意させていただきます。二階の食堂をご利用ください。ホテルの一階には男女別の共同浴場がございますので、これもご利用ください。説明は以上になります。どうぞごゆっくりと、おくつろぎください」


「分かりました」



 俺は振り返る。リリアとアイに頭を下げた。



「二人とも、世話になったな」


「ああ。ナナちゃん、旅疲れもあるだろうから、今夜はゆっくりと休めよな」


「いや、勉強があるからな。そうも言ってられん」


「はは、そうだったな」



 リリアとアイは顔を見合わせて頷く。



「それじゃあ、今日は帰るよ」


「ナナキさん、またですわ」


「リリア、緑大蛇ギルドに気をつけろよ!」


「分かったよ。ナナちゃんもな!」



 二人が手を振って別れの挨拶をした。俺も手を振り返す。



「また」



 二人が宿屋を出て行った。俺はホールの椅子に座って少しくつろいでから、カウンターのホテルマンに一言告げて外へ出た。



 行かなきゃいけないところがあった。記憶を頼りに下町の方へと向かう。途中、お菓子屋でチーズケーキとブラックコーヒーを買った。他にも紙コップを買った。手土産である。



 その家を訪れて俺は愕然とした。メイの家が廃墟になっていたからである。ケーキの箱とブラックコーヒーのパックを地面に落としてしまった。どさっと音が鳴る。



 そう言えばリリアが言っていた。二年前に疫病が流行ったのだと。まさか、メイもダリアンさんもティーナさんも病気で死んでしまったのだろうか?



 おそるおそる玄関へと近づきドアをノックしてみた。しかし応答は無い。



 ……マジか。メイ、お前死んじまったのか?



 俺は隣家の玄関に近づき、ドアをノックした。この家にはホフルというおじいさんが住んでいたはずである。その人に話を聞いてみようと思った。ホフルはすぐに出て来てくれた。俺は挨拶した。



「こんばんは、ホフルさん」


「お前、誰じゃ? はて、見覚えがあるのう」



 ホフルさんは大分ボケが進行しているようだった。俺は五年前にこの王都で剣術の出張指導しに来たナナキであることを説明する。ホフルは二度頷き思い出したように双眸を見開いた。



「そうかそうか。あの時の少年が、こんなに大きくなったとはのう」


「ホフルさん。隣家のメイと、ダリアンさんとティーナさんはどこに行ったんだ?」


「……残念なことに、みんな疫病にやられちまったよ。王家が出した政策、病人安楽死によって、たくさんの人間が死んだ。だけど仕方が無かったんじゃ。あの疫病は、感染力が高かったからのう」


「病人安楽死? 何だよそれっ」


「うむ。疫病サレナにかかった人間は、全員安楽死にされたわい」


「マジか……」



 瞳がうるうると滲む。こんなことになるんだったら、定期的に村を出てメイに会いに来れば良かった。どうしてそれをしなかったのだろう? 多分、強くなって彼女をびっくりさせたかったのだと思う。だけど、もうそれも叶わない。自分の中の、大切な何かが崩れ落ちていくような気持ちの悪さがあった。



「ホフルさん、ありがとうございます。俺はもう行きます」


「おう、元気にやりなさい」



 俺は道に落としてしまったケーキの箱とブラックコーヒーのパックを拾う。そして今度は町の共同墓地へと向かった。



「そう言えばメイちゃんだけは、どうなったんだったかのう」



 最後、ホフルさんが何か言っていたが、俺はもう足を止めなかった。



 ◇◇◇



 すっかり夜になってしまった。星々と月が出ていて、とても綺麗な夜空である。



 修道院の裏に、その共同の墓地はあった。俺はミスロメンス家の墓石を見つけていた。ミスロメンス家の人間、ここに眠ると彫ってある。一人一人の人間の名前は彫られていないが、メイの体もここに埋葬されたのだろう。



 俺は彼女が大好きだったブラックコーヒーを紙コップについで、墓石の下に置く。そして地面にあぐらをかいた。自分の分のコーヒーもついで、コップを口にあおった。



「メイ、どうして死んじまったんだ?」



 悲しくて仕方が無い。涙腺は崩壊し、しずくが頬をつたって首へとこぼれていく。



 これから、何を生きがいに生きて行けば良いのだろうか? ずっとずっと、メイに会うことだけが希望だった。それぐらい好きだったんだと思う。だけど、メイはもうこの世にいない。ちくしょう、悲しい。俺はチーズケーキの箱を開き、一個取って墓石の下に置いた。残りの三つのうちの一つに口をつける。



「メイ、俺はこれから、魔王を討伐しに行くよ」



 死者に魂があるのなら、目の前にメイがいてくれる気がした。



「メイ、ありがとうな。俺をナナちゃんと呼んでくれて。良い石鹸をくれて。素敵な思い出をくれて、感謝してる」



 もしも生まれ変われることがあるのなら、今度はメイの隣家に生まれたいと思った。



「メイ、メイ、メイ……」



 その夜は長いこと、墓石に向かって話続けた。色んな思い出話をした。テテト村に帰ってからの事も話して聞かせた。ああ、涙が止まらない。会いたい、会いたいよ、メイ。どうして死んでしまったんだ。



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