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102 シロマリアンヌ修道院


 修道院へ行く途中、リリアは食材屋に寄った。鳥のモモ肉と卵、タマネギを買うようで買い物カゴに入れている。途中、二人の子どもが声をかけてきた。どちらとも金髪である。



「「こんにちは、リリア姉ちゃん!」」


「お! ああこんにちは、リッドにサーニャか。お前ら、学校はどうしたんだ? まさかサボったのか?」



 リッドと呼ばれた子どもがイタズラっぽい笑顔を浮かべる。



「学校なんて行く必要無いよ。だって、つまらないんだもーん」


「そうだよそうだよ、それよりお姉ちゃん。この人誰? お姉ちゃんの彼氏?」



 サーニャというらしい女の子がリリアの腕の袖を掴んで俺を見る。リリアはおかしそうに唇をすぼめて笑った。



「ああ、彼氏なんだ」


「いやいやいや、違うからな」



 俺は両手のひらを振って否定する。



 リッドとサーニャが怪しんで俺を睨み付けた。



「じゃあ誰?」


「お兄さん誰?」


「俺は……」



 そこで初めて気づいた。自分を説明する仕事のような肩書きを持っていない。これから冒険者ギルドで登録をして冒険者になろうと思っているが、今はまだである。



「俺は?」


「お兄さんは?」



 俺はちょっと困ったような笑みを浮かべた。



「テテト村出身の空の剣士なんだ」


「「うっそー!」」



 二人は一様に驚いた顔をする。そうこうしている間にもリリアが会計を済ませて、ステータスから出したトートバックに食材を入れた。こちらへと近づいてくる。



「ナナキ、この二人は孤児なんだ。だから、修道院で保護している」


「そうなのか。元気があって明るい子どもたちだな」


「本当、やんちゃで困ってるんだ」



 その言葉を聞いたリッドとサーニャが不満そうに唇をすぼめる。



「姉ちゃんひどーい」


「お姉ちゃん、やんちゃの何が悪いの?」


「ははっ、そんなことより二人とも。修道院へ帰るぞ。お姉ちゃんが唐揚げのタルタルソースかけを作ってやる」


「唐揚げのタルタルソースかけ? やったあ!」


「わっふぉい! ご馳走!」



 二人は万歳をして飛び跳ねた。子どもは元気な上に話をはぐらかすのが簡単である。



 俺たち四人は食材屋を出た。歩いて修道院へと向かう。何でもその場所は、冒険者ギルドからほど近いところにあるのだそうだ。隣に並ぶリリアが顔を曇らせて言った。



「この王都にはさ、孤児が増えたんだ」


「孤児? どうして?」


「ナナキ、お前覚えてねーのか? 二年前に疫病が流行ったじゃねーか」


「疫病? 悪いが、俺はテテト村にいたから知らないな。村を囲んでいる魔性の森のせいで、国の情報には疎いんだ」


「マジかよ……でもまあ、その疫病のせいでたくさんの人が死んだんだ。あたしの両親もそうだ」


「両親が亡くなったのか? そりゃあ気の毒な話だな」


「ああ。あたしは孤児になって、修道院に拾われてメシを食わせてもらった。そして洗礼を受けて、シスターになったんだ。ついでに冒険者もやっている」


「ふーん、色々あるんだな」


「まあな。それよりナナキはこれからどうするんだ?」


「とりあえず冒険者になろうと思う。それで、王都で少し金を貯めたら、旅に出ようと思ってるよ」


「魔王討伐の旅か?」


「……何で分かるんだ?」


「そりゃあそうさ。空の剣士の目標は、みんな同じだからな」


「なるほど、確かにそうだ」



 俺は空を見上げた。ちぎれ雲が浮かんでおり、良い天気である。こんな気持ちの良い日はぼーっと町を歩いてポエムを書きたかった。



 前を歩いていたリッドとサーニャが振り返って聞いた。クスクスといじの悪い笑みを浮かべている。



「二人とも、結婚式はいつなの?」


「あたしも呼んでね!」


「バーカ。お前ら、ナナキはこれから魔王退治の旅に出るんだ。結婚なんてしてらんねーの」


「じゃあ、魔王を退治した後にすればいいじゃん」


「そうだよそうだよ」


「あたしは神に身を捧げた女だからな。そんな簡単に結婚はしないんだ」


「ちぇー、面白くないの」


「お姉ちゃん、シスターやめちゃえば?」


「シスターを辞めたら、もうリッドとサーニャにメシを作ってやれなくなるけどいいのか?」


「「それは嫌だ!」」



 二人が声をそろえて首を振った。俺はおかしくって笑ってしまう。リリアはリッドとサーニャにとても好かれているようだ。子どもに好かれる大人に悪い人間はそうそういない。だからリリアは良い奴だと思った。



 なだらかな坂を上がって、下ったところを右に折れたところに宿屋と雑貨屋があった。宿屋の隣に冒険者ギルドが立っている。ギルドから少し距離を置いて、その修道院があった。隣接して孤児院とシスターの女子寮もある。



 修道院の前でリリアがちらりと振り返った。



「ここだ」


「ああ」


「お兄さんうちへいらっしゃい」


「今日はお兄さんと一緒にご飯ご飯」



 リッドとサーニャが玄関に駆け込んで入っていく。そんな様子を見てリリアが目を細めて笑った。母性の強そうな瞳である。



「すまないな、子どもたちがうるさくってさ」


「いや、別にいいよ。こう見えても、俺は子どもが大好きだからな」


「それなら良かった」



 リリアも玄関から中へと入った。俺もその背中を追いかけて歩く。食堂へ行くと、ちょうどお昼時であり、シスターたちや孤児院の子どもたちがご飯を食べていた。三つの建物は合同の食堂のようだ。空いているテーブルを見つけてリリアが言った。



「ナナキ、今からメシを作るからさ。ここで待っていてくれるか?」


「ああ。分かった」



 リリアは厨房の方へと歩いて行った。俺は椅子に腰掛けて辺りを見回す。シスターや子どもたちの視線が俺に突き刺さっていた。そりゃあそうだろうな、俺は初めてここに来たのだから。



「ステータスオープン」



 俺は水色の画面を出し、アイテム欄からノートとペンを取り出した。暇つぶしにポエムでも書こうと思う。俺は少し考えて、今の心情を詩にしてみた。



 タイトル 修道院にて



 孤児とは言え、明るい雰囲気子どもたち。


 むしゃむしゃと昼食を摂る光景に、


 こちらも元気をもらえる気がした。


 健やかに育って欲しいと願う。


 君たちはこの国の宝であるのだから。



 よし、良い詩が書けた。上出来である。ふとテーブルの対面の席にリッドとサーニャがいた。俺の詩を覗きこんでいる。恥ずかしくなり、ノートをステータス画面に急いでしまった。



「今の何?」


「もしかして、ポエムってやつ?」



 リッドとサーニャがニコニコと笑っている。俺は首を振った。



「違う! 今のは、き、気にするな!」


「えー! 気になる!」


「お兄さん、旅のポエマーだったんだね」


「ぽ、ポエムじゃないんだ」



 俺はそっぽを向いた。ふと、食堂の入り口から腹のでっぷりとした大柄なおばさんのシスターが入ってくる。俺を見つけるとそばへ寄ってきた。すぐ近くで立ち止まる。



「もし、貴方は?」


「あ、えっと、こんにちは。俺は、空の剣士です」


「空の剣士!? それは素晴らしいですね。教会設立者のアラク様と同じです。テテト村の出身なのですか? 良かったら、名前を教えてくれませんか?」


「ナナキと言います」


「そうでしたか。私はマハル。この修道院で院長を務めています。以後、よろしくお願いいたしますね」



 マハルが頭を下げる。俺は緊張した表情で頷いた。ふと、リリアが両手にオボンを持って料理を載せて運んでくる。もう出来上がったらしい。お皿からは湯気が上がっており、おいしそうな香りが漂っていた。



 マハルが厳めしい表情を向けた。



「シスターリリア!」


「あ、こんにちは院長。何してるんですか?」



 リリアがオボンをテーブルに置く。リッドとサーニャがいただきますを言ってフォークを持った。タルタルソースのかかった唐揚げに我先にとかじりつく。



「リリア、悪いギルドが貴方を狙っているそうじゃないですか? 一体どんな目的か知りませんが、気をつけてなさいね」


「はい。気をつけます」


「ふむ、冒険者ギルドの部長、ハーティンに相談してみてはいかがですか?」


「そうですね。昼食が終わったら、相談しに行こうと思います」


「そうしてください。相談結果は後で報告しに来てくださいね。それと」



 マハルが難しそうな顔をして続ける。声をひそめた。



「先ほど、王女のアイフロディア様が貴方を訪ねて来ました。悪いギルドに狙われている噂を察知しているようで、貴方を心配して探していらっしゃいます」


「アイが?」


「シスター、ご友人だからと言って、王女を愛称で呼ばないように!」


「あ、はい。すいません気をつけます」


「全く! とにかく、アイフロディア様が探していらっしゃるので、夜までには王宮に顔を出すようにしてください。分かりましたか?」


「分かりました」


「結構! では、昼食になさい」



 マハルが背中を向けて去って行く。リリアは疲れたようなため息をついた。ちなみに俺はジャムの塗ったパンを頬張っていた。うん、フルーティーな味わいがして美味い。



 彼女が俺の隣の椅子に腰掛ける。そして皿に盛られた二つの黒い飴を差し出した。何だろうこの飴は? 食えってことか?



「おいナナキ、この飴、苦くてウマいんだぜ?」


「そうか。じゃあ、昼食後にもらうよ」


「お前、この飴を見ても何も思い出さないんだな」


「飴がどうかしたか? 飴は飴だろ」


「くっそう、この薄情者め」


「よく分からないが、やっぱりお前は俺を知っているのか?」


「お前こそ、あたしを知らないってのかよ」



 何だろう? 俺はリリアの顔をよくよく観察した。黒髪のショートカットであり、赤いリボンカチューシャをしている。そして、瞳の色がオッドアイだ。左が緑、右が赤である。



「オッドアイの女性と会うのは初めてだからな」


「あ。あーあ! そういう事か。あたしは二年前に初潮が来た時から、どうしてかオッドアイになっちまったんだ」



 俺は口に入れた物を吐き出しそうになった。



「昼食中に初潮とか言うな」


「だって本当の事だからな。どうして瞳の色が変わっちまったのかは分からんけど、とにかく、こうなっちまったんだ」


「ふーん」


「何だよお前、オッドアイだからって、あたしのことを忘れちまったのか?」


「いや、というかリリアという名前も記憶に無いしな」


「リリアは洗礼名だ!」


「ふ、ふーん。そういうことか。じゃあ、前の名前は何て言うんだ?」


「だから、その、前の名前は、えっと、ごにょごにょ……」


「声が小さくてよく聞こえん」


「あー! もういいよナナキなんて、この薄情者!」


「よく分からないけれど、この唐揚げウマいな」


「そりゃあそうだろうな。あたしが揚げたんだからな」



 俺はフォークで突き刺してそのタルタルソースのかかった唐揚げをかじっていた。衣がカリカリに揚げられており、とても美味しい。



 リリアも食事を摂り始めた。そしていつの間にか、対面に座っていたリッドとサーニャがいなくなっている。汚れた食器だけがテーブルには残されていた。まるで風のような二人である。



 リリアがパンにジャムを塗りながら聞いた。



「ナナキは、つき合っている人とかいるのか?」


「いや、いないが?」


「ふーん、そりゃあ良かった」


「何が良かったんだ?」


「何でもねえよ」


「とりあえず、リリア、メシをありがとう」


「ああ。もう行くのか?」


「うん。冒険者ギルドへ行って、冒険者になって、旅の路銀を稼がないとな」


「ふーん、じゃあ、あたしも着いて行ってやるよ」


「いや、そこまでお世話になる訳にはいかないな」


「あたしも着いて行くって行ってるだろうが!」



 リリアが顔を赤くして怒鳴った。俺はびっくりとした。何をそんなに怒っているんだこいつは? 女は謎というやつだろうか?



「わ、分かった」


「ったく、ナナちゃんはあたしの事を忘れちまうし、最低野郎だよ、本当」


「おい、ナナちゃんはやめてくれ。俺はもう大人だからな」


「うるせーぞナナちゃん!」



 リリアが右手でテーブルをぶっ叩いた。周りの人間が何事かとこちらを見る。俺は悲鳴を上げた。



「は、はひっ」


「ったくよう、酒が飲みてー気分だぜ。それも浴びるほど」



 リリアはそう言いながら唐揚げをかみ砕いている。俺は首をかしげた。変な女に出会ってしまったものである。リリアは優しいのだが、どうして怒っているのかがよく分からない。怒っているにしても、原因がまるで分からん。



 ため息をついて、彼女が昼食を終えるまで待つことになった。俺は先に食べ終えてしまっていた。そう言えばと思い、皿に載っている黒い飴を指でつまんで口に入れる。甘いのだが、すごく苦かった。なんだこれ……。



「ナナちゃん、そのコーヒー飴、思い出したか?」


「すごく苦い飴だな……」


「思い出したか?」


「思い出したって、何をだ?」


「ふざけんなっ!」


「ひぃっ」



 どうしてこんなに怒られなきゃいけないんだ? 本当、今日は散々である。俺は飴玉を口の中で転がしながら、心の中で泣いた。飴玉の苦さが、俺の心情を代弁してくれているかのようである。



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