101 旅立ちと再会
すでに魔王は復活していた。その噂はラコルーリャ国中に流れている。
テテト村の剣術道場で、俺とハルクは正座をして向き合っていた。俺は15才になっていた。今日はついに、魔王討伐その出発の日である。目をつむっていた父さんが瞳を開いて真剣な顔をした。
「ナナキよ。旅立つ前に、お前の名前を自分で決めるんじゃ」
「名前?」
首をかしげた。確かに俺の名前、ナナキは名無しという意味である。だけど、その名前が今ではもう馴染んでいたし気に入ってもいた。
「そうじゃ。15年前、お前を拾った時から決めておった。お前が旅立つ時に、自分で自分の名前を定めるようにとのう」
「父さん。別にいいよ俺はナナキで。この名前が気に入っているんだ」
「そうか?」
「うん。他に付けたい名前も考えつかないしさ。俺はナナキで一生を貫くよ」
「ふむ。お前が良いと言うのなら、それでも良い。ではナナキ、お前はこれからラコルーリャの魔王討伐の旅に出かける訳じゃが、決して死んではいかんぞ」
「ああ!」
「そして、もしも魔王討伐が叶ったのなら、このテテト村へと帰ってきて欲しい。そして、空の剣術を教える師範をして欲しいと思っておる」
「分かったよ、父さん。絶対に俺が魔王を倒して、帰ってくる!」
「頼んだぞ、ナナキ」
「分かった」
二人が剣の蒼穹を持って立ち上がった。旅支度は済ませてあった。必要な物はステータスのアイテム欄にしまってある。父さんと俺は歩き、靴を履いて道場を出た。ハルクは村の出口までお見送りをしてくれるようだ。
ジョウ兄やポックル、それにスウはすでにこの村にいない。俺よりも先に、魔王退治の旅に出ていた。三人がいなくなってもう一年以上が経つだろうか? 今どこにいて何をしているんだろう。会いたかった。特に、幼い頃から俺を可愛がってくれたジョウ兄にはとても会いたい。
驚いたことに、村の出口には村人の全員が集合していた。母さんのマーヤ、ジョウ兄のお父さんとお母さん、ポックルとスウの両親、総勢100人以上が両脇に道を作っており、声をかけてくれる。
「ナナキ! 行ってらっしゃい!」
「ナナキ、魔王を倒せよ!」
「無事に帰って来るんだよ!」
「ナナキ、頑張ってね!」
みんな、みんな名前を知っている村人たちだった。幼い頃から可愛がってくれた大人たちである。おじいさんやおばあさんもいた。そして俺がこの村に来た後に生まれた子どもの姿もあった。俺は涙をこらえて、みんなが作ってくれた道の真ん中を歩いた。紙吹雪が舞っている。俺は右手を力強く上げて振る。
「みんな、俺、行ってくるよ!」
「「行ってらっしゃい!」」
「「頑張れよー!」」
「ナナキちゃん、気をつけてね!」
「ナナキ、風邪引くなよ!」
最後、マーヤとハルクが声を張った。俺はもう涙をこらえることができなかった。涙をみんなに見せるのが恥ずかしくて、振り返らずに歩いて行く。ただひたすらに叫んだ。
「母さん、父さん、みんな、ありがとう!」
魔性の森へと入って行った。村人たちの声は長いこと響いてやまなかった。ありがとうみんな。きっときっと、魔王を討伐して戻ってくる。その時は、お嫁さんを連れて帰ってくるから。楽しみにしていてくれよな。
◆◆◆
あたしは逃げていた。
王都シルフィードの大通リ。馬車や人が行き交う人混みの中を縫うように走る。シスターの黒い修道服を着ていた。襟には白い布、スカラプリオを垂らしている。ベールはかぶっていない。首には十字架のロザリオを下げている。そして腰には鞘に入れられたロングソードがあった。
この国っつうのは、シスターが帯剣していても珍しいことじゃない。シロマリアンヌ教を結成したのがアラク・テテトとその妻マリアンヌだからだ。アラクって言うのはつまり、何十年も前に魔王を倒し、封印したラコルーリャの英雄である。魔王封印後、白魔法使いである妻と共に教会を立ち上げ、身よりの無い孤児たちを助けることを目的とした。二人が冒険者だったこともあり、この国の冒険者の仕事報酬からは教会への寄付金が差し引かれる。数年前、国で疫病が流行った時、あたしも孤児になり助けてもらった口だ。やがてシスターとして働くようになり、リリアという洗礼名をもらった。そのため以前の名前、メイは捨てることになった。
後ろからは緑大蛇ギルドのメンバーの三人が追ってきている。三人ともシミターを持っており、緑色の鎧を着ていた。剣の刃に毒が塗ってあるのは分かっている。緑大蛇ギルドは毒を好んで使うからな。男たちは下卑た笑みを浮かべており、逃げるあたしをはやし立てる。マジキモいっつうの。
「おい、リリアがあっちへ行ったぞ!」
「逃げろ逃げろー!」
「うっひょー!」
男たちの額は脂汗でてかっており、ぬめぬめとしていた(ぞぞぞぞっ)。通行人の人間たちが何事かとこちらに視線を送っている。人々は巻き込まれたくないのだろう、あたしから距離を取って道脇へと寄った。おいおい、助けてくれよ。せめて警備兵を呼んできてくれって。頼むからさ。
ちっ、もうこの男たち、やっちまおうかなあ。あたしはこれでも空七変流剣術の使い手だ。習った期間は一年と短いが、それでもたった一つの技、狐日和だけは自信がある。だから、こんな下品な相手に負けたり、遅れを取ったりしねえ。
だけど、こんな町のど真ん中で刃傷沙汰を起こせば事件である。教会のみんなに迷惑がかかるかもしれない。やっぱり戦うわけにはいかないよな。そんで逃げるしかない。
どこかから桜の花びらが空中を流れてきた。背の高い茶髪の男があたしとすれ違い、剣を両手に緑大蛇ギルドのメンバーに立ち向かった。あたしはびっくりして立ち止まった。その男の顔が、思い出の中にあるあの少年のものだったからだ。
「空七変流、虹空」
スパーン、スパーン、スパーンッ。
緑色の鎧を着た男たちの手からシミターが吹き飛ばされて空中を舞った。どこまでも青い空に鮮やかな七色の虹が立つ。こりゃあ圧巻だ。あたしは頬が熱くなった。いま、空七変流って言ったよな、こいつ。
男の姿を見ると、猫っ毛のふにゃふにゃとした茶髪に薄手の茶色いジャケットだった。下は青いジーンズ。いつかあたしがプレゼントしたところの鳴らない鈴のイヤリングを耳にはめている。マジかよ! こいつナナキじゃねーか。それにしてもすげえ身長が伸びているな。185セージメルトルはありそうだ。すごくデカくなりやがってこの野郎! あたしは興奮と喜びでテンションが急上昇した。
ナナキが青い剣の腹で自分の肩をポンポンと叩く。
「お前ら、女一人を追いかけ回して、男として恥ずかしく無いのか?」
三人が顔を歪めて低い声を響かせる。
「な、何者だお前は?」
「俺たちに喧嘩を売ると、団長のポックル様が黙っちゃいねーぞ」
「そうだそうだ!」
ナナキは眉をひそめて首をかしげた。
「ポックル? それって、ポックル・ヂストライトの事か?」
「ポックル様を呼び捨てにするな!」
緑大蛇ギルドのメンバーの一人が、眉間をひくひくとさせて怒った。
ナナキは驚いたようで目の周りにしわを寄せる。
「ポックルってあいつ、王都でギルドなんて作ったんだな。元気にしているかなあ」
「だからポックル様を呼び捨てにするな! 様をつけろ様を!」
「嫌だ。というかあいつは同郷の幼馴染みだからな」
「「ポックル様と幼馴染み!?」」
男たちは口をそろえて目を丸くしている。
ナナキは薄い笑みを浮かべて頷いた。
「ああ。ポックルに会ったら、ナナキが会いたがっていると伝えて欲しい。それと、昼間っから手下を使ってシスターを追いかけ回すようなことは感心しないとも言っといてくれ」
緑の鎧を着た男の一人が厳めしい表情で事情を説明した。
「ポックル様からは、アジトへリリアを連れてくるように言われている。こちらはただでは引き下がれないんだ!」
「引き下がれないって言っても、お前たちはすでに剣を落としているけどな。まあそれじゃあ、ポックルにはナナキに邪魔されたと伝えてくれ。そう言えばオーライだ」
「ほ、本当か?」
「ああ、何せ、幼馴染みだからな」
「わ、分かった」
緑の鎧を着た三人の男が地面に落ちているシミターを回収する。そしてあたしを一瞥し、小走りで退散して行った。周囲にいた通行人たちは安堵したようで、再び各々の目的地へと進み始める。ナナキはふうと息をつき、すぐ後ろにいるあたしを振り返った。
「大丈夫だったか? えっと、リリアさん?」
「あ、ああ。ありがとう、助かったよ。えっと、あんた、空七変流の使い手なんだな」
あたしは顔が火照って仕方が無い。赤いリボンカチューシャの位置を両手で直す。さすがにあたしのことにナナキは気づくはずと思った。だけど、あれからあたしはずいぶんと変わってしまっている。メイという名前も捨ててしまった。
ナナキはほがらかな笑みを浮かべた。
「ああ。俺はテテト村の人間なんだ。だから空の剣術を使える。昨日村を出発してさ、王都にはさっき辿りついたばっかりだ」
気づかねーこいつ!
……何て薄情者だ! あたしはナナキに気づいたって言うのに、卑怯だろ。もしかして、あたしのことを忘れちゃったのか?
歯をかみ合わせて眉間にしわを寄せる。両手を胸に組んで睨み付けてやった。あたしの怒った様子を見てナナキは焦ったようだ。すまなさそうな顔をした。
「あ、ごめん。何か気の触るようなこと言ったか?」
「べーつーにぃ? ただ、ちょっと最低野郎だと思っただけだ」
「最低野郎? どういうことだ?」
「そういうところがだよ!」
「いや、意味が分からんけどな」
「お前、あたしを見て何か気づくことはねーか?」
ナナキがあたしの姿を頭からつま先まで眺める。そして左手のひらに右拳をぽんと打った。
「うん、初対面のはずだ」
「この野郎、ふざけんじゃねえ!」
あたしは憤慨して叫んでしまった。くそったれ、こうなったらメイは死んだってことにしてやる。そしてナナキが自ら気づくまで、隠し通してやる。小さな復讐だ。
ナナキはあたしをなだめようと両手のひらを掲げた。
「お、おい、お前は俺のことを知っているのか?」
「いや、知らねーなあ。あたしの勘違いだったわぁ。ちょっとだけ、昔世話になった男に似ていたからさ、誤解しちまったよ」
「そ、そうか。そう言えば、リリアさんも、俺の思い出の少女に似ていなくもないぞ」
「へー、思い出の少女って、名前は?」
「彼女はメイって言うんだが」
「ぷっ!」
あたしは両手で腹をかかえてゲラゲラと笑った。傑作だこいつ。メイが目の前にいて話をしているって言うのに、気づかないんだからな。
「ど、どうして笑うんだ?」
あたしはおかしくって目尻に涙が浮かんだ。指でぬぐう。
「いや、おかしいだろお前。若年性のボケが始まったんじゃねーの?」
「ボケ? いや、俺はまだボケていないが」
「ふーん、まあいいや。とりあえず、ナナキ。そろそろ昼だから、メシにしよう。あたしがご馳走してやるよ」
「は? ……リリアさん、どうして俺の名前を?」
「さーなあ。どうしてだろうな?」
「お前、ひょっとしてまさか!」
お、まさか気づいたか?
ドキドキ。
「メイの従姉妹か何かか? だから俺を知っていて、だからメイに似ているんじゃないか?」
「ぶっ殺すぞ」
あたしはがっかりしてひどいセリフを吐いた。だけどもっとひどいのはナナキの方である。ここまでヒントを与えても思い出さねーんだから、薄情者すぎだ。
「え、いや、何というか、ごめん」
「もういいよ。とりあえずメシ食いに行くぞ!」
「どこへ行くんだ?」
「あたしたちシスターの修道院だ」
あたしは帰路への道を歩いた。ナナキがその隣に並ぶ。空を見上げると、今のあたしたちの状況をあざ笑うかのような快晴だった。というか、せっかくの再会だっていうのにムードの欠片も無いってどういうことだ? あたしはこの四年間、ナナキのことを考えなかった日は一日として無かったというのに。悔しいったら無い。
でもまあ、こうして無事再会できたんだ。ナナキもそのうち思い出してくれるだろうと思う。昼食は腕によりをかけて作ってやるからな。




