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005 再会の約束



 七月になった頃のこと。王都シルフィードでは近々闘技祭があるようだった。ハルクから出るようにと言われて、俺は勝手にエントリーされてしまう。まあ、別にいいんだけどさ。腕試しにはうってつけであるのだし。



 メイが興奮した様子で言った。



「ナナちゃんなら絶対優勝できるって。絶対」


「そうかなあ」


「何だよ。自信無いのか? あ、あれか? やっぱり自分の職業が遊び人だからか?」


「いや、そういう訳じゃないけれど。強い人も出るだろうなと思ってさ」


「頑張れナナちゃん。あたしは応援してるよ」


「何だよ。メイは出ないのか?」


「あたしはまだまだ修行中だからな」


「俺だってそうだ」



 そして闘技祭当日。会場は王宮の騎士訓練場だった。何百人もの都民が見物に駆けつけており、場所は人だらけだった。子供で出場しているのは俺だけのようで、他は大人だけである。試合は真剣では無く、木剣で行われるようだった。エントリー人数は16人。トーナメント制であり、四回勝てば優勝ということだった。



 三回戦までを難なく勝ち進み、決勝戦まで残った。神童の噂は都市全体に広がっているようで、少年が勝ち進むことに唖然としたような雰囲気は無かった。それどころか観客は俺を応援してくれていた。素直に嬉しいよな。



 体験して思ったのは、やはり王都騎士団の騎士の多くがエントリーしていることである。冒険者は少ない。そりゃあそうだよな。こんな闘技祭に出て活躍すれば、王様から騎士団への入団を勧められかねない。騎士団なんてつまんなさそうな仕事は、俺だって興味が湧かなかった。



「それではこれより、決勝戦を始める!」



 審判の騎士のおじさんが宣言した。俺は木剣を持って試合場に立っていた。目の前にいるのは金髪のお兄さんである。威圧感のある瞳のイケメンだ。騎士団の鎧を着ているところからして、この人も国の騎士である。青いマントをしている。決勝戦まで残ったことからして、もしかしたら騎士団長なのかもしれない。



「それでは、決勝戦始め!」



 審判が高らかに宣言した。



 俺は油断無く木剣を構え、相手の出方をうかがう。



 彼が聞いた。



「お前、名は?」


「……ナナキ」


「ナナキ? 名無しという意味か」


「それがどうかしたか?」


「いや、別にどうしたということは無い。俺の名前はギルディス。騎士団長をやっている」


「ふーん、ギルディスさん。逃げるんなら今のうちだぜ」


「……大人の戦い方というものを教えてやろう。少々痛い思いをさせることになるぞ」


「来い!」



 ギルディスが歩み寄る。俺は両手にゆったりと剣を構えた。観客からの声援がうるさい。俺の名前を連呼する声。ギルディスを応援する彼の部下たち。会場は大盛り上がりだ。



 お互いの剣の切っ先が触れあい、空中でピクピクと上下に揺れる。相手が先に動いた。俺の剣を斜め下に弾き、大きく一歩踏み出す。全身を使って左から右に剣を振り抜いた。



「空七変流、雨模様」



 俺は相手のふところに飛び込んだ。タックルを繰り出す。カウンターのタイミングでの体当たりがギルディスのみぞおちに決まっていた。



「ぐあっ!」



 ギルディスの喉から息がせり上がる。俺はその場で横に一回転し、下から木剣を斬り上げた。



「どりゃあああっ!」



 空が薄曇りになり、小雨が降ってくる。天気が変化していた。



 パンッ。



 俺の剣の切っ先がギルディスの顎をとらえて、下から上に弾いた。これが真剣なら顎が割れている。



「勝負あり! 勝者、ナナキ!」



 会場がどっと沸いた。俺は得意になってメイの姿を探した。観客席の隅っこに彼女はいて、ハルクや両親と共に拍手をしていた。俺は嬉しくなって、自然と顔がニヤけてしまった。



 ギルディスが右手を差し出す。



「負けたよ。お前、将来は騎士団に入団しないか?」


「遠慮します。俺は、魔王を倒しに行かないといけないんで」


「はは、そうか。それなら仕方無いな。魔王の討伐はお前に任せたぞ、ナナキ」


「はい。できるか分かりませんが」


「君ならできるさ」



 その後、表彰式があった。俺は王様から賞状と金貨30枚をもらった。こんなに金があれば、家族が二年は何もしないで暮らせる。もの凄い大金だった。



 そしては王宮から町に戻った。ちょうど町では夏祭りが行われていて賑やかだった。出店が出ていたので、みんなで眺めながら歩いた。



 メイが俺を凄い凄いとしきりに褒めてくれた。



「やっぱりナナちゃんが優勝したじゃねーか」


「まあな。思ったより余裕だったよ」


「あたしは鼻が高いぜ。今度、パーティーやろう。そうだ、友達たちも呼んで、紹介してやろうか?」


「いや、それは遠慮する」


「えー、なんで?」


「俺はメイがいればそれでいいんだ」


「そ、そうか。それなら、仕方無い」



 メイは恥ずかしそうに顔を赤くした。どうしたんだこいつ?



 ふと出店にオモチャ屋があった。俺はその店で水色のガラスの指輪を見つけた。メイの顔をちらりと見て、買うことに決めた。さっきもらった金貨で支払いをして、ガラスの指輪を彼女に渡す。



「メイ。これ、プレゼント」


「く、くれるのか? あたしに?」


「う、うん」


「本当か! 一生大事にするよ。うわあ、すっげー綺麗な指輪!」



 メイは左手の薬指にはめてくれた。俺は照れて、顔が熱くなった。なんか、まるで結婚を申し込んだみたいだ。



 それから俺たちは手をつないで、出店を見物して回った。アイスクリームを食べたりした。そのうち楽器を演奏する人たちが現われて、町民たちが踊り出した。俺たちも混ぜてもらった。俺のつたないエスコートに対して、メイはくるくると回って踊ってくれた。



 その日はとても楽しい一日だった。たぶん、一生の思い出になったと思う。



 月日が流れるのは早い。



 あれから半年が過ぎ、寒い冬を越えてまた春が来ていた。ハルクと俺の出張剣術指導の期限は一年間である。もうすぐテテト村へ帰らなければいけない。



 帰宅の日を明日に迎えた前夜だった。事件は起こる。なんと、家からメイがいなくなったのだ。両親のダリアンとティーナは心配して、警備兵に捜索願を出した。ハルクと俺も捜索に加わった。だけどなんとなく俺は、メイがどこにいるのかが分かっていた。



 俺は一人、町の東に向かう。民家と民家の間を通ると、すでに壁のひび割れのがれきがどかされており、子供一人通れる穴が空いていた。やっぱりだ。



 俺は穴をくぐり抜けて、山へと向かう。山道に入り、枝分かれした小道を左に行って、川沿いを上へと登った。星が綺麗な夜だった。いつもの泉のところに、メイが三角座りをして空を眺めていた。水面には星が映っていた。俺は言った。



「メイ、見ーつけた」


「あは、見つかっちゃったな」



 俺は彼女の隣に並び、腰を下ろす。



「どうしてこんな夜に、家出してるんだ?」


「だって、ナナちゃん、明日帰っちゃうんだろ? 悲しいもん」


「そりゃあ帰るけれど、でも、また来るよ」


「本当か? 今度はいつ来るんだ?」


「それは、分からない」


「分かんねーのかよ。でも、ちゃんと手紙出せよな」


「……テテト村は、魔性の森で囲まれているから、手紙の流通が無いんだ」


「マジかよ。じゃあ、今度はいつ来てくれるんだ?」


「そうだな。今度来る時は、魔王討伐の旅に出る時かな」


「それって、何年後?」


「えっと、俺はいま11才だから。四年後か」


「そんなに! じゃ、じゃあさ。あたしも、魔王討伐の旅に連れて行ってくれ」


「メイも行くのか?」


「うん!」


「じゃあ、もっと強くならないとな」


「充分強くなったと思うけどな。この一年で」


「ははっ、まだまだだ」


「なんで笑うんだよー、もうっ」



 メイが右手を上げて、叩くぞという素振りをする。俺は両手を掲げて、降参のポーズをした。メイは右手を引っ込める。



「ねえ、ナナちゃん、あたしの事、忘れるなよな」


「ああ。そういうお前も、俺のこと覚えていろよ」


「覚えてるよ。だって、……だもん」


「え、何だって? 良く聞こえなかった」


「な、何でもねーよ」


「……とりあえず、今日のところは帰ろう。夜は強いモンスターが出るかもしれないから」


「帰りたくない。ナナちゃんとまだ話してたい」


「わがまま言うなよ、お前」


「だってぇ、もうずいぶん会えなくなるんだもん」


「まあ、そりゃあそうだけどさ」



 近くで巨大な生物の吠える声がした。ガーッと威嚇の声が上がり、俺たちはびっくりしてそちらを向く。茂みの向こうからフクロウの顔をしたクマが出現した。



 メイがびびったような声で叫んだ。



「オ、オウルベアーだ!」


「マジか! ステータスオープン」



 俺はその水色の画面のアイテム欄から剣の蒼穹を取り出す。立ち上がり、鞘から剣を抜いてメイを守るように立った。初めて見るオウルベアーは、はっきり言って怖かった。両手の爪で引っかこうとしてくる。俺たちを食うつもりのようだ。



「空七変流、虹空!」



 俺は鞘を地面に捨てた。クマの手を吹き飛ばそうと剣を斬り上げる。しかし爪に弾かれた。くそっ、モンスターには剣術スキルが効きにくい。剣術は普通、相手が剣を持っていると想定した場合の技だからだ。



「メイ、逃げろ!」


「に、にに、逃げろって! ナナちゃんを置いて逃げられるかってんだ!」


「早く!」


「ガーッ!」



 オウルベアーが覆い被さるように引っかいてくる。俺はメイをかばって倒れ込んだ。その際、背中を思いっきり引っかかれてしまった。背中に爪が食い込み、ドバッと血が流れる。ちくしょう、痛い。



「ナナちゃん!」


「メイ、そのままでいろ」



 俺は立ち上がり、またクマの方を向いた。こうなったら倒すしかない。俺は歯を食いしばり、息を止めて体に渾身の力を込めた。顔が熱くなり、怒りがわき上がる。



「空七変流、奥義、暴風雨」



 空に変化が起こった。大雨が降ってきて、大風が吹き荒れる。普段、人間は自分の力を3割程度しか出せない。暴風雨はそのリミッターをはずし、10割の力を出す奥義だった。



 体に力を込めすぎたせいで、ドロッと背中から血液が流れるのが分かった。



 オウルベアーを睨み付ける。モンスターがおびえたように震えた気がした。



 俺は両手に剣を強く握りしめる。そして言った。



「メイは、俺が守る!」


「が、ガーッ!」



 クマが突っ込んできた。俺は唱えて剣を振る。



「空七変流、虹空」



 ブシュンッ。



 オウルベアーの右手首から先が吹き飛んだ。鮮血が舞う。嵐がやんで、空に虹が立ったんだと思う。夜のせいで虹は目視できなかった。



「き、キギャーーッ!」



 モンスターは奇声を発して背中を向け、茂みの向こうへと走った。どうやら逃げたようだ。俺はほっと息をついて、鞘を拾う。剣を鞘に戻した。



「メイ、帰ろう」



 彼女も立ち上がる。



「か、帰ろうって、ナナちゃん、背中は大丈夫なのかよ!」


「大丈夫だ」


「ほ、本当かよ。早く病院行かないと!」


「そうだな」



 そして俺たちは頷き合い、早足で歩き出した。山を下りて、城壁の穴から都市へと戻る。



 家に帰ると、両親にメイはこってりと叱られた。俺は病院へ行き、看護師から回復魔法をかけてもらうことになった。背中の傷は深く、傷跡は一生残るようだ。だけど、メイが無事で本当に良かったと思う。傷跡ぐらい、男の勲章だと思った。



 翌日、病院のベッドで寝ていると、メイがお見舞いに来た。



「ナナちゃん、背中は大丈夫か?」


「ああ、もう痛くないぞ」


「そっか、ごめんな。あたし、死ぬところだった」


「まあな。お前はもう、夜に家出したりするなよ」


「大丈夫だって! もうしねーからさ。それより、ナナちゃんにプレゼントがあるんだ。これ」



 メイがポケットから取り出して、鈴のイヤリングのようなものを差し出した。



「何これ?」


「イヤリングだよ。鳴らない鈴なんだ。あたしが作ったんだ」


「すごいな。くれるのか?」


「うん」


「分かった、大事にするよ」



 そう言って、俺はその鳴らない鈴のイヤリングを耳にはめた。



「ナナちゃん、今日、帰るんだろ?」


「ああ。父さんが来たら、そうなると思う」


「元気でね!」


「メイもな」



 それから少しだけ、彼女はぽろぽろと泣いた。



「あれ? おかしいな? 涙が出てくる」


「泣くなよ、メイ」


「な、泣いてないやい!」


「泣いてるじゃねーかよ」


「泣いてない!」



 それから少しして、病室にハルクが顔を見せた。俺はいつでも退院して良いようで、三人で病院を出た。メイの家に一度寄って、ティーナに挨拶する。主人のダリアンは仕事に出かけた後だった。



 俺はメイに最後の挨拶をした。右手で握手をする



「メイ、また会おうな」


「ナナちゃん、またね!」


「ああ、また!」


「また、まただからな。絶対!」


「ああ、約束だ。また会おう」


「うん!」



 握手をとく。



 そしてハルクと俺はメイの家を後にした。彼女とティーナは俺たちの姿が見えなくなるまで、手を振り続けてくれた。ハルクが言った。



「ナナキよ、メイの事、忘れちゃいかんぞ」


「忘れるはずあるかよ。あいつは親友なんだ」



 そして王都の城門をくぐり、テテト村のある魔性の森を目指した。森の前でテントを張って一泊する。翌日、森を越えて、久しぶりに村に戻ってきた。そこは何というか、時間が止まっていたように何も変わっていなかった。俺はジョウ兄の家に寄って、無事に戻って来たことを告げた。久しぶりの親友との再会である。だけどポックルとスウとはあまり会う気がしなかった。まあそのうち会うだろうと思い、今日は自宅に帰った。



 玄関口で母さんのマーヤが抱きしめてくれた。



「ナナキちゃん、お帰り」


「母さん、ただいま!」


「マーヤよ、今戻ったぞい」


「あなたもお帰りなさい」



 母さんは、その日は腕によりをかけて料理を作ってくれるそうだった。今から夕食が楽しみである。



 そして、年月は流れる。



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