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003 幼きヒロイン



 もうずいぶん、ポックルや仲間たちと遊んでいない。剣術道場にも顔を出していない。ジョウ兄だけは何度も家を訪ねてきてくれて、俺の話を優しく聞いてくれた。そのことにどれほど救われたか分からない。だけど俺は、どれだけ自分を鍛えても強くなれないんだ。そんな固定観念にとらわれて、いつまでも動けないでいた。



 職号下ろしの日から一ヶ月が経過した頃、夕食の時間にハルクが提案した。



「ナナキよ、昨日王都から、剣術の出張指導をするようにと使者が要請しに来た。だから近々王都へ行くのだがな。お前も来るんじゃ」


「出張指導って何?」


「それなんじゃが……」



 話を聞くとつまり、ハルクが王都へ行って道場を借りる。そこで都民に対して空七変流の剣術を教える、ということだった。期間は一年間である。



 一人で行けばいいのにとも思った。だけどふさぎこんでやる気を無くしている俺を、ハルクは見かねたのだろう。そしてこれを機会に、俺を家の外に出すつもりのようだ。



 すぐに乗り気になれなかった。ただ、王都へ行けばしばらくはポックルやスウと会わないで済む。ジョウ兄と会えなくなるのは残念だったが、ここは気分を変えるためにも行った方が良いのかもしれない。



「父さん。少し、考えさせて」


「ああ、いくらでも考えると良い」


「あなた、行ってくるの?」


「マーヤ、ワシがいない時の家のことは任せるぞ」


「分かりました」



 マーヤは頼もしい笑顔で頷いた。



 俺は夕食のシチューをスプーンでかっ込み、そして二階の自分の部屋へと行った。一晩考えこんだ。考えた末、行って見たいと思った。その一番の理由は、王都という町の景色見てみたいからだった。二番目の理由としては、ポックルやスウにしばらく会いたくないからだった。



 翌日、俺は行ってみたいその旨をハルク伝えた。彼は了承し、それから二日後の朝、俺たちは村を離れて旅立つことになる。玄関を出るとき、マーヤが俺を抱きしめてくれた。



「ナナキちゃん気をつけるんだよ」


「分かったよ。母さん」



 俺は分かったと何度も言った。



 テテト村を囲んでいる森は魔性の森と呼ばれており、危険なモンスターがいっぱい出る。俺は十才を迎えたことにより、道場から真剣をもらっていた。空の剣術使いの剣、その名を蒼穹(そうきゅう)と言った。村の鉱山で採れる碧鋼(あおはがね)で出来ており、鞘と剣には仕掛けがある。抜刀術がやりやすいような、滑りやすい仕組みになっていた。



 ハルクと俺の二人旅だった。モンスターが出る度に、ハルクは俺に、後ろに下がっているように言った。まずはモンスターとの戦いを見て覚えろということのようだ。とは言っても、今まで俺は何度も友達たちとモンスターを倒したことがあるのだが。



 ハルクは右目に眼帯をつけており、片目しか見えない。でも、その剣筋は鋭くて速い。一瞬にして巨大カマキリのようなモンスターを木っ端微塵にする様は圧巻だった。



 いま、ハルクは一呼吸のうちに四連撃の剣を振ることが出来た。俺も四連撃だった。それが出来るぐらい、剣術に打ち込んできたのだ。才があるのだ。だけど職業は遊び人である。これでは強いスキルを覚えることができない気がしていた。



 荷物を背負う必要は無かった。ステータスのアイテム欄にしまうことができたからである。本当、精霊様のくれたステータスは便利だ。



 一日で森を抜けた。そこで一晩野宿をして、森からそれほど離れていない場所にある王都へと向かった。ひたすらに平原を北へと歩く。地平線の向こうに王都が見えた時、感動した。デカい! 凄い! あれが王都だ。厚い外壁で囲まれている。ハルクは城塞都市だと言った。壁の向こうには何が待っているんだろうな。俺はワクワクとした。



 都市の南門へとたどり着き、門兵にハルクが手続きをしてくれた。ハルクが使者からの手紙を見せると、すぐに道を空けてくれた。通行税は取られないらしい。



 都市の風景は壮大だった。赤青黄色の屋根が立ち並んでおり、テテト村の木造とは違って、レンガ造りなのだとハルクが教えてくれた。馬に乗った人や、馬車が闊歩(かっぽ)している。人通りも多く、ずっと向こうには池も見えた。「わあー!」と言いながら、俺はあちこちに顔を向けながら歩いた。この辺、田舎者丸出しである。



 今日から泊めてくれるハルクの知り合いの家へ向かった。下町の方へと向かって歩いて行く。ハルクは途中、お菓子屋でケーキを買った。どうやら手土産にするようだ。



 到着したその家は少し古びていた。築数十年と言った雰囲気が漂っており、屋根の色は青い。俺は青という色が好きだった。自分の瞳と同じ色だからだ。そして空の色、剣の蒼穹も青色である。



 家は古びているとは言っても、掃除は行き届いているようだった。ペンキを何度も塗り直した味のある家である。俺はすぐに親しみを覚えた。



 ハルクが玄関をノックすると、すぐに家のお母さんが出て来て応対してくれた。ハルクはハット帽を取って人の良い笑みを浮かべた。



「久しぶりじゃな、ミスロメンスさん」


「もう、ミスロメンスだなんて、名字で呼ばないでくださいなあ、ハルクさん」


「すまん、ティーナ。使者から一年間、出張稽古をするように頼まれてな。一年間、よろしく頼む」


「ええ、ええ。分かっていますとも。こちらにも連絡が来ております。どうぞ、上がってくださいな。えっと、そっちのお坊ちゃんは?」


「俺はナナキだ」


「ワシの子じゃ。一緒に出張稽古をやる。ティーナ、一緒に泊めてくれるな?」


「はいはい。そういう事なら大歓迎さ。うちにも子供がいるから、仲良くしてあげてね、えっと、ナナキちゃん?」


「はい!」



 俺はしゃっきりと背筋を伸ばした。



 ティーナが家に上げてくれた。上がる前、ハルクは俺に濡れた雑巾で足を拭くようにと言った。十才のこの頃から、俺の足はひどく臭かった。特に、長く歩いたり、汗をかいたりすると信じられないような匂いを発する。ハルクはアシガだと言った。おかげで他人の家に入る時は、足を拭かなければいけなかった。



「ステータスオープン」



 ステータス画面のアイテム欄から水入りのバケツと雑巾を取り出して、入念に足を拭いた。やはり長く歩いたため、臭くなっていた。



 ミスロメンス家に上がり、三人でチーズケーキのお菓子を食べた。家の主人のダリアンは、夜には帰ってくるという話だった。何でも、ダリアンは王都の警備兵をしているらしい。



 ティーナが娘を呼んだ。俺たちに挨拶をさせるようだ。



 ◆◆◆



 最初っから、あたしはそのガキが気に入らなかった。家にずかずかと上がり込んで来て、何様のつもりだよ。なんでもママが言うには昔、ハルクさんにはとてもお世話になったことがあるらしい。だから、ハルクさんのことはまずいいだろう。だけどその横にいる男、このガキはどうしても許せなかった。あたしは生まれつき鼻と耳が良いんだ。遠くからでも分かる。豆の腐ったような匂いがして臭かった。テーブルの上にはチーズケーキが出してあって、本当は食べたい。だけど近づく気になれなかった。



 ママがあたしを何度も呼ぶので、しぶしぶダイニングに顔を出した。ママの隣に座る。間近で見たガキの顔は、ちょっと可愛かった。瞳の色がブルーであり、髪質は猫っ毛でふにゃふにゃとしている。茶髪であり、茶色いジャケットを着ていた。だけど座っていても分かる。こいつはあたしよりも身長が低い。どうしてこんなガキまで一緒に来たのだろうか? ハルクっていうおじいさんだけが来るって聞いていたのにさ。



 椅子に座るなり、あたしは開口一番に言った。



「ママ、何か臭い」


「そーう? 私は別に臭くないけど」


「豆の腐ったような臭いがする」


「気のせいじゃないの? メイ、貴方は嗅覚が鋭いから」


「うー……」



 ハルクは顔を赤くして、ガキの足に視線を向けた。やっぱりこのガキが匂いの元のようだ。それも足かよ! こんな臭いガキと一緒の家で寝られるかってんだ。ふんっ。あたしは絶対にこいつを認めないからな。



 ハルクがナナキの肩に手を置いた。



「ほら、ナナキ。メイさんに挨拶せい」


「初めまして、ナナキと申します」



 ガキが殊勝な顔で頭を垂れた。ううっ。あたしは礼儀を重んじるタイプの人間だ。しっかりとした挨拶をくれる人間には、ちゃんと返事をしなくちゃいけない。



「初めまして、あたしはメイだ」



 ママが柔和な笑みを浮かべて言った。



「メイ、二人は一年間この家に泊まることになるけれど、よくしてあげてね」


「……ふーん」



 絶対イジメてやる。この足の臭いナナキとかいう少年は、ズタズタにして途中で家に帰らせてやる。そうすることにいま決めた。



 夜になると、やがてパパのダリアンが帰ってきた。五人で鍋を囲み、今日は小さなパーティのような雰囲気であった。だけどやっぱり臭い。ナナキの足の匂いだ。おかげであたしはずっと我慢をすることになった。



 翌日、あたしはいつも通り学校へ行った。学校の友達たちに、ナナキという同年齢の男が家に来たことを話して聞かせた。足の匂いがとても臭いことも。友達たちは同情して、大変なことになったねと言った。大変も何も大変である。家に帰ればその匂いを嗅がなければいけない。はっきり言って地獄だわ。



 学校が終わると、剣術道場へ向かった。パパにそうするように言われたからだ。あたしはこれでも、王都の職号下ろしで回避剣士という職業を賜っている。ランクはAだ。そのせいで、将来は冒険者か、国の騎士になるのが良いと言われているし、実際あたしはそのつもりだった。道場には、学校の男子生徒の十数人が通うことにするようで、一緒にその建物への道のりを歩いた。



 道場の中心にはナナキが立っていた。あたしは眉間にしわを寄せた。なんでお前が中心にいるんだよ。ふざけんなってんだ。そこをどけっ。



 ちなみにハルクさんは道場の脇で正座をして眺めている。



 なんとナナキは試合で、大人たちの木剣の柄を軽々と吹き飛ばしていた。彼のそばの空中には次々と虹が立った。空七変流剣術には、空模様を変化させる力があるのだそうだ。これは後で知ったことだが、柄を吹き飛ばす剣術スキル名は虹空(にじそら)というらしい。



「あいつ、俺が倒してやる!」



 学校で一番強いレドナが宣言した。木剣を両手にナナキに立ち向かう。



 茶髪で足の臭い少年は見下すようなことをせず、木剣を構えた。やっぱり身長が低い。だけど目つきは鋭く尖っていた。静かに呼吸をして、相手の出方をうかがう。



 しばらく沈黙状態が続いていた。しびれを切らしたレドナが打って出る。



「せえええい!」



 前にステップを踏み、木剣を上段から振り下ろす。瞬間だった。



空七変流(そらしちへんりゅう)虹空(にじそら)



 カーンッ。



 レドナの一撃をナナキが防いだかと思ったら、次の瞬間木剣を巻き上げた。あたしは何が起こったのか分からなかった。だけどレドナの木剣は勢いよく吹き飛ばされていた。



 道場の天井に虹がかる。



「くっそー! 何でだ!」



 レドナが悔しそうに地団駄を踏んだ。どうしてかあたしは胸がドキドキとした。



 それから次々に、学校の生徒がナナキに挑んだ。だけど、やっぱり結果は同じで剣を吹き飛ばされてしまう。



「あ、あいつ強えー!」


「なんだあいつ!」


「俺らと同い年ぐらいだろ!?」


「強すぎじゃん。ゴリラか?」



 ドキドキ。



 ドキドキ。



 あたしは胸が高鳴り、テンションが急上昇していた。



 あの足の臭い少年はこんなに強かったのか? ふざけんな。



 だけどナナキは決して得意になることはなかった。それどころか、若干やる気の無さも垣間見える。それでも稽古には手を抜かなかった。あたしも勝負してみた。しかし、結果は他の男たちと同じである。



 あたしが強いと思っていた学校の友達たちが、全員負けてしまった。それも、あの足の臭いナナキに。あたしは顔が熱くなった。



 夜七時になると、今日の稽古が終わった。あたしとハルク、そしてナナキは道場を閉めて家路に着く。あたしはどうしてかナナキの足の匂いを許せるようになっていた。それどころか頼もしさすらあった。こいつ最強じゃねと思う。



 玄関に入る前、あたしはナナキに「ちょっと待ってろ」と言って、風呂場から石鹸を持ってきてあげた。



「ナナキ、これで足を洗ってから家に入ってくれ」


「ん? あ、ああ。ありがとう」


「今度、匂いを取る専門の石鹸を買ってきてやるよ」


「そんなのあるのか?」


「王都には何でもあるんだ」



 ナナキはまたありがとうと言って、石鹸を雑巾でこすり、バケツの水で足を洗った。これで匂いは大分緩和されたと思う。



 その夜、あたしはナナキを質問攻めにした。どうやって強くなったのか? とか。剣術には虹空の他に何があるんだ? とか。色々だ。ナナキは少しくすぐったそうな顔で答えてくれた。だけど暗い表情もあった。暗くなる理由が知りたくて、あたしが尋ねると答えてくれた。彼の職業は最低ランクの遊び人らしい。そのせいで、好きな女の子をライバルに取られてしまったのだとか。こりゃあ傑作だ。あたしは腹をかかえて笑った。ナナキはムッとして、それから顔を赤くしていた。可愛い顔するじゃねーか。あたしはまた、ナナキのことを可愛いと思った。これで足が臭くなけりゃ、本当に良いんだけどな。



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