116 口づけ
王都繁華街の大通リ。
わたくしたちは追い詰められていました。月が落下速度を強めています。このままでは、王都にぶつかってしまいますわ。
汗で服や靴が濡れそぼっていました。魔力を供給するために地面でお祈りをしている兵士の皆さまも、それこそ血の汗を流しています。
魔力祈祷魔法陣の広がる片隅には、お父様とお母様の姿もありました。両手を組み合わせ、わたくしに魔力を運んでくださっています。
絶対に、月を押し返さないといけませんわ。
わたくしは右手を掲げました。
「ステータスオープン」
水色の画面のアイテム欄から白い布を取り出します。
クープルの粉の包まれた布でした。
白い布を開いて鼻に当て、わたくしは麻薬を吸います。これを吸うと身体能力や魔力が何倍にも膨れ上がります。
その代わり、麻薬の依存性は強いのですが……。
熱い!
体に魔力が溢れて、気分がおかしくなりそうです。
うふふふふ。
絶対に月を宇宙へと戻してみせますわぁ。
わたくしは再度、空中の月と槍を睨み付けました。
◆◆◆
ナナちゃんが避難した場所。
そこはあたしたちのよく知っている女神像のある泉だった。二人でメタルスライムをよく狩りした所である。
あたしをそこまで引っ張ってくるとナナちゃんは立ち止まり、どっかりと地面に腰を下ろした。
彼の顔は青ざめており、肩からはおびただしい血が流れている。どっからどう見ても出血多量だ。
あたしは声をかけた。
「おい、ナナちゃん、大丈夫か!?」
「リリア、あとは一人で逃げろ」
「なに言ってんだ! 一人でなんか逃げられるか!」
「俺はもう、ダメみたいだ」
ナナちゃんは本当に具合が悪いようで、横から倒れて行った。地面に寝転がる。
くそっ、あたしが回復魔法を使えれば良いんだが、残念ながらあたしの職業は回避剣士だ。そんな魔法を覚えちゃいない。
あたしは地面に膝をついて、ナナちゃんの太ももを揺する。
「おい、ナナちゃん、ナナちゃん!」
「リリア、逃げろ……」
ナナちゃんはそれ以上何も喋らなくなった。気を失ったようである。
――どーしよう!
あたしは何が起こっているのか分からなかった。さっきまで王都の繁華街にいたはずなのに、目を覚ましたらテモネ山にいた。
野獣のような男にナナちゃんが襲われているから助太刀したのだけども、はっきり言って事件の全容は分からない。
だけど推察ならできる。たぶん、さっきの野獣男が王都に月を落とそうとしてるってこった。だったら話は早え。あの男を倒せば良いんだ。
ただ今はナナちゃんを助けなければいけない。死にそうだからな。
あたしは気絶している彼に言った。
「ナナちゃん、ちょっと待ってろよ!」
その場を離れる。
……。
薬草を探していた。薬草っつうのは、日当たりの良くて湿った場所に生えやすい。さらに詳しく言えば、ミンフっつう木の周りにはよく生えるものだ。
だからミンフの木を探していた。
あった! 曲がりくねった細い幹。その周りにたくさん群生していた。薬草の中でも一番効果の高いヌメザリ草まである! よっしゃー、これならナナちゃんの傷が治るぜ。
あたしはヌメザリを摘めるだけ摘んで、ステータス画面のアイテム欄に入れた。
走って泉の所まで戻る。
ナナちゃんは死んだように眠っていた。だけど呼吸はある。あたしは水色の画面からヌメザリ草を取り出して、彼の口に入れた。
「ナナちゃん、薬草だ! 噛め!」
彼は口をもごもごとさせたが、上手く噛めずにヌメザリ草を吐き出した。
くそう、寝ているせいで上手く噛めのか……?
仕っ方ねえ野郎だなあ!
あたしは自分の口にヌメザリ草を入れる。くちゃくちゃと噛んだ。
◆◆◆
夢を見ていた。
父親のハルクが哺乳瓶で赤ん坊の俺にミルクを飲ませてくれている。俺はどうしてかボロボロと泣いていた。それぐらい腹が減っていたのだ。
……。
目を開く。
眼前にリリアの唇があった。彼女が俺の頭を膝に抱いている。口づけしており、その唇からドロドロとした苦いものが流れ込んでくる。
不思議と心地よかった。傷ついた肩が暖かくなり、傷口が塞がっていく。そうか! これは薬草だ。
リリアは一度口を離し、薬草を口に入れてくちゃくちゃとかむ。そしてまた俺の顔に顔を近づけて接吻した。苦い物を口に押し入れてくる。
どうしてだろう。
目尻からとめどない涙がこぼれた。
悲しくて、嬉しくて仕方ない。
まるで、赤ん坊に戻ったような気分だった。
「なに泣いてんだよ、ナナちゃん、うふふふ」
リリアは優しく笑った。
俺は瞳を開いて、体をゆっくりと起こす。
「……こ、ここは?」
「馬鹿、ナナちゃん。まだ体を起こすな、傷が深いんだからよ」
「いや、大丈夫だ。リリア、ありがとう」
「……言っとくけど、ファーストキスだからな!」
「ファーストキス!?」
びっくりとした。顔を向けると、彼女は腹をひくつかせて笑っている。何がそんなに面白いのだろうか? よく分からなかった。
「ナナちゃん、肩の傷の具合は?」
「あ、ああ」
俺は左手を右肩に当てる。痛みは無かった。リリアが薬草を飲ませてくれたおかげで傷が塞がったらしい。本当、感謝しなきゃいけない。
「大丈夫、治ったみたいだ」
「そりゃー良かった」
リリアは素敵な笑顔を浮かべていた。一輪の花が咲いたような表情だ。
「何か、昔もこんな事があったよな」
「昔?」
「ああ、あの時はあたしが家出したんだ。そしたら、助けに来てくれてさ」
「よく分からないな」
「ナナちゃん……そんなことも忘れちまったのか?」
「いや、似たような思い出はあるんだが、相手はメイって子だからな」
「おまいはまだ思い出さないのか!」
リリアが右手を振り上げて怒った。俺は両手を掲げて降参のポーズを取る。彼女は冗談だったようで、手を引っ込めた。
「ナナちゃん、そのメイって子のこと、まだ、好きなのか?」
「ああ。大好きなんだ」
「ふーん、そりゃあ良かった」
「何が良かったんだ?」
「たぶん、その、メイって子も、ナナちゃんのこと、好き、だと思うぞ?」
「そ、そうか。どうして分かるんだ?」
「そりゃ、あたしがその子……」
リリアは顔を赤くして、あははと笑った。
「仕方ねえ。もう種明かしするか!」
「種明かし?」
「ああ、そうだよ。実はさ、あたしがそのメイって――」
ふと、森の茂みがガサガサと揺れた。藪の向こうから誰かが走ってくる。二人が顔を向けると、その人は騎士団長のギルディスだった。
「おい、お前たち、助けてくれ!」
「おおい! 今良いところなのに、なんで邪魔が入るかなー!?」
リリアが立ち上がって両手を腰に当てる。顔をしかめた。




