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115 眠り姫

 相手の手首に目がけて虹空を打つ。



 放った刃は、しかし青い液状の女の体を通り抜けた。彼女は痛がる素振りすら見せない。斬られた部位はすぐに修復した。



 何だこいつは!?



 女の振り上げる手のひらの上、空中に大きな球状の水の塊が浮かび上がる。それを俺に向けて投げつけた。



「ソーレ!」


「くっ!」



 慌てて右に思いきり跳んだ。



 ドボォォンッ!



 水の塊が地面にぶつかって爆発する。辺りに突風が起こり、周囲の木々の幹がぶおんぶおんと揺れた。地面を見ると小さなクレーターが出来ている。まるで隕石が落ちたような衝撃だ。



 今のをくらったら一撃で死ぬ……。



 俺は戦々恐々として顔が青ざめた。



 セミヅクが両手を叩き合わせて笑っている。



「くははっ、いいぞう、アウラァ。その調子だ!」


「アナタモ、タタカッテヨウ」



 青い液状の女が不満げにこぼした。どうやら彼女はアウラという名前のようだ。



「アウラ、そう言うな。俺は見物で忙しいんだ」


「ワタシハ、イキヲスルノデ、イソガシイワ」


「何だよ。お前一人で余裕だろう?」


「ソレハ、ソウダケドー」



 舌打ちした。余裕をぶっこいているセミヅクに怒りが湧き上がる。この野郎、後ろに隠れていないでお前がかかってこい。



 もう力を出し惜しみなんてしていられない。



 両手で剣を握りしめる。歯をかみ合わせて、体の芯に渾身の力を込めた。顔が赤くなり息苦しさを感じる。



 突如として空から大雨が降ってくる。大風が吹き荒れて、辺りの木々がざわざわと揺れた。



「空七変流、奥義、暴風雨(ぼうふうう)



 暴風雨は人間のリミッターをはずす秘術である。普段、人は3割程度の力しか出せない。そのリミッターをはずし、俺は10割の力を出せるようになった。



 奥にいるセミヅクが両腕を胸に組む。



「虹小僧、良い暴風雨だなあ。くはは、お前さては腕を上げたな?」



 空の剣士の力量は基本、空模様の変化の大きさと比例する。



 アウラがまた右手を振り上げた。その手の平の上に巨大な水の塊が出現する。



 彼女に向かって俺は真っ直ぐに走り出した。



 ……一瞬の隙をつけ!



 もう一度空の剣術を使ったら、リミッターが戻ってしまう。暴風雨の吹き荒れている空模様が変化するからだった。つまり、暴風雨は次の一撃にしか効果がのらない。



 アウラが右腕を振る。



「ソーレ!」


「このっ!」



 俺は斜め前へと大きくジャンプする。水の塊を回避し、アウラを追い越してセミヅクに接近した。



 ドボォォンッ!



 後方で大きな水しぶきがまた上がっている。



 アウラを斬っても意味がない! そしておそらく彼女を召喚しているのはセミヅクだ。だとしたら彼を倒さなければいけない!



「おーい、虹小僧。お前、師匠に勝てると思っているのかー?」



 セミヅクが初めて剣を抜いた。刀身が青く光る、鍛え抜かれた蒼穹である。



 師匠、悪いが殺させてもらう!



 最も得意とする技を俺は唱えた。



「空七変流、虹空」


「空七変流、(あお)惑星(わくせい)



 瞬間、四方八方が夜空のような空間に包まれる。地面の感覚が無くなった。代わりに、足下の遠くに青い星が出現する。



 ――青の惑星だと? そんな技は聞いたことが無い。



 なんだこの感覚は。まるで地面が無くなったようだ。全身がふわふわとして力が抜けてしまった。



 俺の剣は勢いを無くして空を切った。



「馬鹿が!」



 セミヅクが袈裟懸けに剣を振る。俺の肩が思いきり切り裂かれていた。



 ザクッ!



「ぐはあっ!」



 肩から血を噴出させて膝を崩した。ちきしょう、痛い。だけど、反撃を繰り出さねば殺されてしまう! だけど、だけど右腕がもう上がらない……。



 夜空のような空間は消失し、辺りには森の地形が戻っていた。



 死に神のような声でセミヅクが告げる。



「あばよ、虹小僧」



 彼が俺の頭上に剣を振り下ろしたのだった。



 ――俺、死んだ?



 瞬間である。



「パパ! 危ない!」



 青いローブの女の子が叫ぶ。



 背後から、セミヅクの背中が大きく切り裂かれていた。



「どわああっとー!」



 気づいたセミヅクが慌てて飛び退く。彼は集中を切らしたせいか、アウラがその場に水の柱を作って消えた。ばしゃんと音が鳴る。



 ――天気雨が降ってきていた。



「空七変流、狐日和(きつねひより)



 リリアである。目をつむっており、視覚以外の五感を研ぎ澄ませている。どうやら気絶から目を覚ましたようだ。



 セミヅクは振り返り、獰猛な笑みを唇の端にたたえる。



「おいおいおい、お嬢さん、やるってのか? っていうかお前も空の剣士かよ。くはは、こりゃあ縁起がいいなあ」


「ふっ!」



 リリアが目を閉じたままセミヅクに斬りかかる。右へ左へとステップを踏み、変幻自在の剣さばきだった。



 セミヅクは応戦するのだが、リリアは紙一重でひょいひょいと避ける。そしてカウンターの一撃を叩き込む。



 セミヅクの頬、胸、腹、太ももが浅く裂けて、やがて血だらけになった。



「いいぜえ、女あ! こんなに強かったのか! もっと、もっとやり合おうぜえ!」



 セミヅクがゆったりと剣を構える。



 やばいと思った。狐日和には弱点がある。それは空の剣士の中では有名な話だ。



「ふうっ!」



 リリアがまた剣を薙ぐ。



「空七変流、雨上がり」



 セミヅクが唱えた。鞘を使い、二刀流の構えで相手の剣を打ち払う。次の一撃の刃を――リリアは(かわ)せなかった。



 雨上がりの技で天気雨が上がってしまっていた。そのせいでリリアの視覚以外の五感は鋭さを無くす。セミヅクの剣がリリアの心臓を狙った。



 瞬間、俺は横からリリアに覆い被さっていた。そのままゴロゴロと地面を転がる。



「キャアアアッ!」


「リリア、逃げるぞ!」



 叫んだ。すでに剣を鞘に戻してある。動く左手でリリアを無理やり立たせて、森の茂みへと突っ込んだ。道の無い道を無茶苦茶にひた走る。



「おーい! 逃げるのかー? 格好悪いなあ虹小僧! くはははっ!」



 後ろではセミヅクが何か言っているが、気にしている暇は無かった。



 リリアが抗議の声を上げる。



「おい、ナナちゃん!」


「馬鹿、口を開くな!」



 俺とリリアは、山を転がるようにどこまでも走って行く。


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