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113 騎士団長の威厳が折れる時

 目の前には腹のでっぷりとした男がいる。



 緑色の鎧を着ており、焦げ茶色のキノコヘアーだ。顔立ちはのっぺりとしており、わし鼻である。



 そいつが狂ったような奇声を上げて、俺に飛びかかって来た。



「イーフィッフィッフィッフィ! そりゃー!」


「ふっ!」



 俺は抜剣し、ファルシオンで袈裟がけに斬りかかる。



 ポックルが唱えた。



「アイアンフィスト!」



 彼の両手が鈍色に光る。そのスキルは知っていた。自分の手首から先を鉄のように硬くする魔法である。彼がその手で俺の剣を弾く。



 カーンッ。



 くそっ、アイアンフィストなんて使えるのか。



 緑大蛇(りょくだいじゃ)ギルド団長の強さは噂で聞いていた。何でも、職業がSランクの聖拳闘士らしい。付け加えて言えば、ポックルは空の武闘家だ。



 果たして勝てるだろうか? ちっ、弱気になってはいけない。ここは騎士団長としての威厳を守らなければいけないだろう。



 俺は両手にファルシオンを持ち、どっしりと構える。



 ポックルは喜色満面であり、ゲラゲラと笑った。



「雑魚雑魚雑魚雑魚! お前雑魚! あーひゃっひゃっひゃっひゃ! ぶっ殺しちゃうデズヨーー!」



 彼が動いた。両腕を回転させるように動かし、こちらの剣の刀身を掴もうとする。



 俺は彼の手を斜め上に弾く。思い切って一歩踏み出した。激しく動き、左から右に剣を振り抜く。相手の頭部を狙った。



 カーンッ。



 放った騎士団流の剣術は、ポックルの両手に防がれていた。



「何いまの技? 意味なくね?」



 ポックルが見下すように言って、腹をひくつかせて笑う。



「イーッフィッフィッフィッフィ、お前剣術なってない。お前剣術がなってないデズヨ! センセー! この人、剣術が全然なってませーん! あーっはっはあー!」


「何だと!」



 さすがに憤りを感じた。



 怒りに任せて剣を横薙ぎに振るう、しかし大振りになってしまった。



「空七変流、(ほし)(くに)



 瞬間、ポックルのカウンターパンチが俺の顔面に決まっていた。脳裏がフラッシュする。



 何だと!?



 ロッジの天井に星々が光る。



「どぅふっ!」



 パキッ。



 しまった! 鼻が折れてしまった。鼻の穴からおびただしい血流が噴出する。突き抜けるような痛みがあった。



「はーい! お前の鼻、折れマジダ! イーッフィッフィフィッフィ!」



 ポックルが追い打ちをかけて襲ってくる。その両腕を俺は剣で牽制しつつ後退する。



 回復魔法を唱えた。



「愚かな我に癒やしの風よ。ヒールウインド」



 爽やかな風が吹き、折れた鼻が治療される。痛みが無くなった。



 のっぺりとした顔の男がニヤニヤと笑う。



「あれぇ? 鼻治っちゃったのー? だけどさあ、まだ曲がってるみたいだから、今度は俺の拳で治してやりマズヨー!」


「来い!」




 俺は覇気を込めて言い表情をひきしめた。しかし活路は開けていない。それでも全身全霊で集中し、相手の拳を剣で弾きつつ反撃の機会を待った。



 長い攻防があった。



 ポックルというこの男はまるで神話に出てくる武術の神ラディウスのようだ。両腕を巧みに振るっては、俺の体を拳で突く。その破壊力がもの凄い。



 拳がヒットする度に骨が折れた。折れる度に、俺はヒールウインドを使う。体勢を持ち直し、また相手の拳を剣で防いで後退する。



 肉は爆ぜ、俺の口からは血潮が飛び、それでも剣を構え続けた。



 全身からは汗が噴出し、鎧の内側の服はもうびっしょりである。



 ここに来てよく分かった。ポックルというこの男は俺よりも格段に強い。さすがは空の拳闘士と言ったところか。



 しかし、俺は騎士団長である。



 王宮を脅かす敵を切り裂く最強の剣なのだ。



 負ける訳にはいかない。たとえ相手が、テテト村の出身者であったとしても。



 俺は両手に剣をどっしりとまた構える。



 相手が唱えた。



空七変流(そらしちへんりゅう)妖雲(よううん)



 ロッジの天井に怪しい雲が起こった。



 ポックルは両手を構えたまま静止している。



 なんだ? 何も打って来ないのか?



 今がチャンスだ。俺は最強の技を放った。



「三段突き!」



 ポックルの心臓、首、眼球に一呼吸の間で下から上へと突きを放つ。



「ぶおっ!」



 気づけば俺の顔面にポックル拳がめり込んでいた。ボキリと嫌な音がして頬骨が砕ける。何だ今のは!? 何が起こった!?



「アーッヒャッヒャッヒャ! 決まったぜえ、ノーモーションパンチって奴よ!」



 ノーモーションパンチだと!?



 先ほど唱えた妖雲という技の効果のようだ。



 もう、もうダメだ!



 最強の技、三段突きが破れてしまった。これ以上戦っていたら、俺が殺されてしまう!



「くっ!」



 俺は背中を向けて走った。逃亡である。ロッジを出て、外へとひた走る。恥も外聞もなかった。



「おいおいお前待てよー! 逃げちゃうのー!? それでも男デズガー! 金玉ついてんのかー? おーい! 待てよー!  待て待て待てー! イーッフィッフィッフィッフィ!」



 ポックルが笑いながら全速力で追いかけてくる。その足は、太っているせいかあまり速くなかった。



 俺は獣道の藪に飛び込み、テモネ山の中に姿のくらませようとする。ああ、それにしても折れた頬が痛い。速く回復魔法を唱えなければ。



「愚かな我に癒やしの風よ、ヒールウインド」



 頬が治療される。



 ひどい敗北感に打ちのめされていた。



 どうして、どうして俺はこんなに弱いんだ。これでも俺は、王宮で一番強い騎士だというのに……。



 修行が足りなかったのだろうか? それとも、生まれつきの才が足りないのか?



 くそったれが!


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