111 グングニールと酸っぱい果実
逃げ惑っていた国民たちはすっかりいなくなりました。その場には王都騎士団の面々と王宮の人間だけが残されています。
ピンク色の馬車から外に出て、わたくしは空を睨みつけます。天からは月が王都へと真っ直ぐに落ちようとしていました。誰かが、どなたかが王都を滅ぼそうとしているようです。月落とし、ムーンフォールという魔法だと思います。
……これでは都が押しつぶされてしまいますわ。
――わたくしが何とかしなければ。
王宮で一番魔力のある、わたくしが。
周囲に呼びかけました。
「騎士団のみなさん! わたくしが魔法で月を押し返します。魔力祈祷のため集まってください!」
「「アイフロディア様!」」
「「お願いします! アイフロディア様!」」
騎士団の騎兵たちが馬から下ります。わたくしのそばまで歩き、ひざまずきました。歩兵や演奏隊のみなさんも来てくれています。その数、総勢50人以上。
空を見上げ、わたくしは呪文詠唱をしました。
大きな風が巻き起こります。
「王国の絆よ。幾許かの血辛に耐え忍び給え。其方らの悲願は体現と成りて。発動せよ、魔力祈祷魔法陣」
わたくしの周囲に白い魔法陣が広がりました。
みなさんの魔力がわたくしの体にドクッと流れ込んで来ます。
騎士のみなさまが魔力供給への痛みにうめき声を上げました。
「「うっ!」」
「ぐうう」」
わたくしも体が痛いです。
ああっ。
体が熱い!
燃え盛りそうですわ。
今は耐えなければ……。
わたくしはまた、唱えます。
「王宮深くに封印されし孤高の槍よ。阻む壁を貫き給え。ラコルーリャの愚女、アイフロディアが祈り捧げる。低頭低頭、頭を伏して申し上げる。降臨せよ、グングニール」
侯爵級無属性魔法、グングニール。
空中に、大きな大きな白い槍が浮かび上がりました。
神々しいそのお姿はまるで古の神の持つ巨大武器のようです。
わたくしは厳かに命じました。
「飛べ」
槍が月に目がけて射出します。
グンッ!
空気を切り裂いて槍が月へと飛び立ち、黄色い円形に突き刺さりました。貫くことは叶いません。しかし矛先が月面に埋まり、球体の落下速度に歯止めがかかりました。
さあ、宇宙へと月を押し返しましょう。
わたくしは両手の杖を上に上げて、巨大な槍に魔力を注ぎます。
頭から、脇から背中から汗が噴き出して、着ている赤い王族服が濡れそぼっていきました。
……絶対に王都を守りますわ。
幼い頃から愛し愛されたこの地を、破壊などさせません。
わたくしは月面に刺さる槍をただひたすらに睨み続けます。
◆◆◆
くそっ、月に槍が刺さりやがった! そのせいか月の落下速度が遅くなった。
ジーアスの奴らめ、いじらしい抵抗を見せてくれるもんだ。
「ステータスオープン」
俺は画面のアイテム欄からクープル液の入った注射器を取り出す。後ろで寝そべって伸びている緑大蛇のメンバーの腕に次々と液体を打って行った。
「「ぐもおおお!」」
「「あひゃー!」」
はっはあ、こりゃあいいぞう。男たちが素敵な声を上げている。クープルっつうのは快楽を与える他にも、人間の力を何倍にも引き出す効果がある。その代わり、依存性はとんでもなく強いんだけどなぁ。
これでソラヨミへの魔力供給が格段に上がるはずだ。くはは、絶対に王都を破壊してやる。絶対だ。
ソラヨミが一度こちらを振り返り、苦しそうな声を上げた。
「パパ! 魔力で体が熱い!」
「あほう、我慢しやがれ」
「そんなこと言っても!」
「いいからお前は魔法に集中しろ。そうだ、チョコレートをやるぞう」
「本当、パパ?」
ソラヨミの額からは滝のような汗が垂れていた。ずいぶんと体がキツいようだ。
俺は愛娘のそばまで歩いた。ステータス画面から銀紙に包まれたチョコレートを取り出し、幼い顔の口に放る。
「食え」
「パパ、ありがとう!」
ソラヨミがむしゃむしゃと食べる。こいつは甘いものに目がない。甘いものが近くにあると、他のことに集中できなくなるほどだ。だからチョコレートを食えば元気百倍のはずである。
ソラヨミの放つ魔力が高ぶり、大きな風が巻き起こった。
よーし、これで月の落下スピードが上がったはずだ。俺は空中の黄色い球体に目をこらした。
槍の抵抗はむなしく、だんだんと月は落下速度を上げている。いよっしゃあ!
ふと、後ろから誰かの足音が聞こえた。
「「セミヅク様!」」
「おう、やっと来たか」
俺は唇の端をつり上げて振り返る。
やってきた緑大蛇ギルドの男三人だった。そのうち一人は、その両腕に背の高い黒髪の少女を抱えていた。気絶させたのか、女は眠っているようだ。
俺は近づいて、その黒髪をむんずつかむ。顔を見ると、左目が緑色、右目が赤色のオッドアイである。
よーし、こりゃあマジでいいぞう。
さて、この後男三人は気絶させて、ソラヨミの魔法の燃料にしてやろう。
魔法使いの老婆が聞いた話。
オッドアイの人間っていうのはこの世界アラストリアでも珍しく、冬人夏草という果実人間なんだそうだ。その体からならす実を食べると、食べた者は望むスキルを習得することができるらしい。
俺の望むスキルは、亡き妻アウラを蘇らせるスキルだ。それが手に入るはずだ!
俺は緑大蛇ギルドの男に命じた。
「女をそこに置け」
「は、はいっ」
男が気をつけながら女を地面に下ろす。
俺はステータス画面からの濃縮されたクープル液の入りの注射器を取り出した。黒髪の女の腕に、慎重に針を打ち液体を流し入れる。
「っぐあぁぁぁっ」
女がうめき声を上げた。地面に四肢をばたつかせて、苦しそうにもがく。
「あ、ああああああああぁぁ!」
黒髪の女が絶頂するような声を上げた。くはは、たまげた、こりゃあいいぞう。
黒髪の女の体に変化が起こった。その額から植物のような芽が出る。芽は急激に成長し、やがて一輪の花となった。林檎ほどの赤い色の実をならす。
これが俺の望みを叶えてくれる実なのかぁ?
その赤い実をもぎ取り、口に入れてむしゃむしゃと食す。ひどく酸っぱかった。しかし俺の体に凄まじい魔力が溢れる。興奮する手でステータス画面のスキル欄をチェックした。
水の精アウラ召喚、という名前のスキルを習得していやがる。アウラというのは俺の妻の名前だ。
なんじゃこりゃあ? アウラが蘇るんんじゃ無いのか?
俺は眉にしわを寄せつつも、スキル欄に書かれてある呪文を詠唱した。
スキルを使ってみることにする。




