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110 大混乱の大通リ

「月が落ちてくるぞー!」



 誰かが叫んだ。



 輝かしいパレードの最中である。道の両脇に列を作って見物にしている国民、その中で声は起こった。



 俺は見た。両手を口に当てて叫んだ男が、緑色の鎧に身を包んでいるのを。緑大蛇(りょくだいじゃ)ギルドのメンバーである。



 その場にいる全員が慌てて空を見上げた。空中の月が大きくなっており、存在感を増していた。真っ逆さまに王都へ落ちてくる。



 俺とリリアは国民の列の前に立ち、人々が前に出すぎぬように制御する係を担当していた。



 軽装鎧(けいそうよろい)を着ているリリアが寄ってきて、焦ったように声をかける。



「おい、ナナちゃん!」


「ああ、ヤバいな!」



 俺は月を見上げて顔を険しくする。



「月が落ちてくるぞー!」


「みんな、逃げろー!」



 また誰かが叫んでいる。国民たちはパニックを起こした。我先にと逃げ始める。町の門へ向かっているようだ。



 繁華街の大通リは大混乱になった。逃げ惑う国民たちを警備兵は制御出来ず、道に人が溢れかえる。



 楽器隊が演奏をやめて、騎士や歩兵たちが歩みを止めた。せっかく良いところだったのにパレードは中止だった。



 リリアが駆けだした。



「アイが危ない!」


「おいっ、待てリリア!」



 彼女の肩に手を伸ばすのだが空を切った。大通リに溢れる国民たちのせいで、すぐにリリアの姿が見えなくなる。くそ、非常時の別行動は危険だって言うのに。



 俺は違う場所へと移動した。月が落ちてくるぞ、と最初に叫んだのは緑大蛇ギルドのメンバーである。そいつを詰問しようと思った。



 見つけた。



「月が、月が落ちてくるぞー!」



 まだ叫んでやがる。緑色の鎧を着たひょろりと背の高い男に向けて、俺は抜剣した。刃を突きつける。



「おいお前、何のつもりだ?」


「な、何って、月が落ちてくるから、叫んでいるだけだ!」



 ひょろりと背の高い男は顔を赤くしてまくしたてる。



 絶対に嘘だと思った。



「嘘だな。お前、この場所をパニックに落とすことが目的だろ」


「ち、違うよ! そんなわけ、そんなわけ無いじゃないですか! 貴方、何なんですか? 剣なんか向けて! 俺はこれでも、冒険者ですよ!」



 男が後退してシミターを抜いた。



「空七変流、虹空」



 スパーンッ。



 男が剣の柄を俺は弾き飛ばした。シミターが空中を舞う。空中に虹が立った。俺は再度、剣の切っ先を男の首に突きつける。



「俺は空の剣士だ。本当のことを言え。言わなければ殺す」


「そ、空の剣士ぃ!? ひ、ひっひ、ひぃっ、こ、殺さないでください! 俺たちは、あのモンスターみたいな男に命令されてやっているだけなんです!」


「モンスターみたいな男だと? 名前は?」


「せ、セミヅクと言って……」


「セミヅク!?」



 忘れもしない、最初の剣の師匠の名前である。



「は、はいぃっ、セミヅクさんて方がアジトに来て、それでオッドアイの少女のリリアを(さら)えって言ったんです。俺たちは彼に協力しているだけなんですぅ」


「リリアを攫うって、狙いはアイフロディア様じゃないのか?」


「は、はいぃ」



 男はすっかりすくみ上がっている。俺は詳しく話すように恫喝(どうかつ)した。ひょろりと背の高い男は恐れをなして吐いた。



 いわく、アイフロディアの殺人予告の噂を王都へ流したのはセミヅクのようだ。しかしそれはブラフであり、本当の目的はリリアのようである。そして、月落としの魔法により、セミヅクは王都を破壊するつもりのようだ。魔法を唱えている場所は、緑大蛇ギルドのアジトのあるテモネ山の崖であるのだそうだ。



 くそっ、マジかよ、大変なことになっちまった。相手は世界最強の怪獣男だ。



「ちょっと来い!」



 ひょろりと背の高い男の腕を引っつかみ、俺はピンク色の馬車の元へと向かった。そこには王都騎士団が集まっており、馬車を守護するように辺りを警戒している。



 ギルディスを見つけて、緑大蛇ギルドの男を俺は突き出した。彼の腕を引っ張って地面に転がす。



「痛てっ!」


「騎士団長、こいつが黒幕の一味です」


「どういうことだ!?」



 青いマントに金髪の騎士団長が目をみはる。



 ひょろりと背の高い男は泣きっ面で懇願していた。



「ひ、ひいいぃぃ、こ、殺さないでください!」


「おい、どういうことだ! 君、詳しく聞かせてもらおうか!」



 ギルディスが抜剣して近づいた。緑大蛇ギルドの男がまた同じ話を始める。



 俺は辺りを見回していた。リリアはアイフロディアの元へと向かったはずだ。だからこのピンク色の馬車の周囲にいるはずだった。だけど、探してもいない。



 くそっ! もう(さら)われちまったのか!



 俺は尋問をしているギルディスに聞いた。



「騎士団長、リリアという警備兵がここへ来ませんでしたか?」


「リリア? 髪の黒い、シスターの眠り姫のことか? いや、来ていない。というか、ん?」



 ギルディスが俺の顔に目をこらした。はっとした表情になる。



「お前、あの時の少年か?」


「覚えているんですか?」


「ああ、五年前に闘技祭で俺を負かせた少年じゃないか。ずいぶんと背が伸びたな」


「騎士団長、そんな話をしている場合ではありません。今回の敵の狙いはリリアです。俺はリリアを探すために、テモネ山へ行きます。警備兵の任務は放棄することになりますが、ではこれで」


「ちょっと待て、ナナキくん!」



 ギルディスが引き留めて俺の肩に手を置いた。俺は眉をひそめる。



「何ですか?」


「馬に乗っていけ! それと、俺も一緒に行こう」


「馬を、貸してくれるんですか?」


「ああ!」



 ギルディスが歩き出す。そして馬にまたがる騎士団の群れに向けて叫んだ。



「誰でも良い。馬を貸せ! 二頭だ!」


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