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109 月落とし


 結局さ、ナナちゃんはあたしに気づかねーんだもん。もう嫌になっちまうよ。



 あたしたちは寝不足だった。昨夜遅くまで飲み続けたせいだ。頭がガンガンとして痛い。



 朝、象牙亭の浴場を借りて体を洗い、ナナちゃんと一緒に同じ建物の食堂で朝飯を食う。ちなみにあたしだけはそれらが有料だった。そりゃあそうだ。宿を借りているのはナナちゃんだけだからな。



 隣のテーブルでは親子連れが噂をしている。



「おい、聞いたか? 明日の生誕祭パレードではアイフロディア様の命が狙われているらしいぞ」


「まあ、本当なの?」


「パパー、命が狙われるって、アイフロディア様は死んじゃうの?」



 くそったれ。誰がそんな噂を広めているんだ? というか、アイの殺人予告って本当なか? 昨日も冒険者ギルドで聞いたけどさ。



 胸に緊張が渦巻いた。



 あたしとナナちゃんはメシを食い終えると宿屋を出た。昨日、ハーティンさんに言われた通りに王城へと向かう。明日の生誕祭パレードでは臨時の警備兵をしなきゃいけない。アイの殺人予告の噂がデマだったらいいんだけどな。それと、今日泊まるであろう兵士の宿舎が汚くないことを願った。



 ◆◆◆



 翌日。



 テモネ山の崖の上だった。くはは、王都の光景が一望できる、こりゃあいい眺めだぞう。



 都では華やかなパレードが始まっている。歩兵たちが足を揃えて行進していた。その後ろからは楽器の演奏隊が続く。パッパラパーという管楽器の派手な音色が響いており、小太鼓中太鼓が軽快なリズムとテンポを刻んでいた。そしてその後ろでは今度、馬に乗った騎士たちが登場して、持っている槍を天高く突き上げる。まるでパレード全体がダンスを踊っているような雰囲気だ。



 こりゃあ見物だぞう。これからお前たちは、行きを切らして逃げ惑うことになるんだからよう。



 ふと後ろからポックルの声がかかった。比喩ではなく青い顔をしており、両目がぎらんぎらんと光っている。



「セミヅク師匠、俺は何をすればいいんデズガ?」


「おーう、ポックル。薬の調子はどうだい? 最高かい?」


「最高も何も、最高デズ! もっと、もっと薬をクダザビ」


「だーめだ。この作戦が終わるまで、クープルはお預けだぜえ、へっへー。お前の顔と頭、良い感じに飛んでるな」



 こいつの体にはクープルを大量に打ってやった。麻薬のことだ。おかげで昔の弟子が快感に酔っ払ってやがる。



 ポックルの後ろには、緑大蛇ギルドのメンバーの半数15人がいて、気絶して倒れていた。よく眠れるようにちゃーんと仰向けにしてあるんだぜ? 俺って優しいだろぅ? こいつらはソラヨミがこれから唱える魔法の燃料にするんだ。



 ポックルがしゃきっと気をつけをして懇願する。



「クープルをグダザビッ」


「ダメだ。お前、それ以上言うとぶっ殺しちゃうぞう?」


「い、嫌デズ。ぐ、ぐ、ぐあはははっ」



 ポックルはラリっているせいでイカれた笑い声を上げた。誰がクープルなんて打ちやがったんだあ? まあ俺なんだけどな。可哀想になあ。作戦が終わったら、ちゃーんとあの世に送ってやるからな。



 ポックルがまた聞いた。



「お、俺は、何をすれば良いデズガッ?」


「お前はよお、俺と一緒にソラヨミを守れぇ」


「わ、分かりマジダッ く、くっくっく、うひーっひっっひっひ!」


「おい、ポックル。息が臭えよ。お前、ロッジに行ってろ」


「ワカリマジダッ」



 緑色の鎧を着たデカい図体が背中を向けて歩き出す。のっそりのっそりと歩き、気色の悪い笑い声をまた上げる。



「イーフィッフィッフィッフィ!」



 やべえなああいつ。あんな笑い声を上げちゃあ、人間として終わりじゃねえか。まあいいや。



 青々と生い茂る木々の合間の地面の上、俺は隣にいる青いローブを着た愛娘に声をかけた。



「おい、ソラヨミ」


「何? パパ」


「作戦決行だ。やれ」


「いいけど、本当にやるの?」


「ああ、やれ」


「分かったけど」



 ソラヨミが両手に持つ青い魔石のついた木の杖を地面につきさす。そして両手を広げて呪文を唱えた。一陣の風が吹く。



「集結せよしもべたち。そなたらは燃料、大地にひざまずき祈りを捧げよ。そなたたちの血は我が魔法の肥やしとならん。発動せよ、魔力祈祷魔法陣」



 ソラヨミの足下から白い魔法陣が広がる。半径10メルトルほどに広がったそれは、魔法陣の上に乗っている人間の魔力を吸い上げる魔法だった。後ろで気絶している緑大蛇ギルドメンバーたちが横たわったまま苦しげに声を上げる。



「「ぐうっっ」」


「「あああっっ」」



 とかいう俺も魔法陣の上に乗っていた。魔力を吸い上げられて、体に大きな負荷がかかる。ぐっ! くそう、我が娘ながら、魔法の威力がもの凄い。こりゃあいいぞう。



 これからソラヨミが行使する公爵級魔法のために、たくさんの人間の魔力を吸い上げる必要があった。娘一人の魔力じゃ発動できない。それぐらい、とんでもない威力の魔法ってこった。



 見えた。パレードが進行し、都市の大通リに白馬に引かれた豪華なピンク色の馬車が二つ出現する。あれだ! 王族の乗っている馬車である。ジーアスが窓から国民に手を振ってやがる。憎きジーアスめ、いま殺してやるからな。



 二年前、この国には疫病サレナが蔓延した。その時、俺はこの王都の城で剣術の先生をしていた。運が悪いことに俺の妻が疫病にかかっちまった。国王ジーアスはある政策を行った。それは病気にかかった人間を安楽死させて、疫病の感染を止めるというものだった。俺の、俺の妻は、殺された……。それもあと一ヶ月で、特効薬が開発されるっていう直前に!



「ソラヨミ、月落としだ」


「パパ、分かった」



 ソラヨミが目をぎゅっと閉じる。やがて瞳を開いた。また呪文を唱える。



「月よ、立ちふさがる強者を押しつぶしせ。アラストリアの大魔法使い、ソラヨミが願い訴える。月の怒りをここに響かせまえ。落ちろ、ムーンフォール」



 空がごおと鳴った。



 公爵級月属性魔法、ムーンフォール。



 その名の通り、空の月を地面に落とす魔法である。



 天空の黄色い月がゆっくりと動き出す。その姿はやがて大きくなり、一直線に都市へと落下して行った。



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