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108 セミヅク



 王宮の食堂、そこは直方体の広い部屋でした。シャンデリアの下、国王様と王妃様そしてわたくしの三人が夕食を摂っていました。国王様はお父様、王妃様はお母様です。王家の紋様の刺繍がほどこされた白いテーブルクロス。長テーブルの上座にはお父様がいて、その両脇にお母様とわたくしが対面に腰掛けています。室内の入り口には軽装鎧の近衛兵が二人立っており、しゃっきりと背筋を伸ばしていました。



 お父様がビーフステーキをナイフで切り分けて口に運びます。ナプキンで唇を拭いてから低い声で言いました。わたくしと同じく、ピンクブロンドの髪色です。



「アイ、明後日のパレードは分かっておるか?」


「はい。死なないように気をつけますわ! お父様」



 わたくしの言葉をどう思ったのか、お母様が顔を曇らせます。ぎこちない手つきでフォークとナイフを操っていました。



「死なないようにだなんて、アイ、もっと言葉を選びなさいな」


「自分の身を守るように善処いたしますわ」



 わたくしは口の端に笑みを浮かべて言い直します。



 お父様がゆっくりと頷きました。そのお顔には豊かな髭がたくわえられていました。いつも厳かな印象の国王様が、家族の夕食時ということで表情を緩めています。



「うむ。アイ、お前には殺人予告が出ておるが、パレードを中止する訳にはいかん」


「あなた、中止にしたら?」


「ダメだ。殺人予告など、所詮イタズラに過ぎんだろう。中止をして、民の前で気弱な王族の姿を見せられん」


「そうですわ、お母様」



 わたくしは同意でした。たかだか殺人予告ぐらいで騒いでいたら、これからの将来、王宮のスケジュールはどうなるのでしょうか? 事あるごとに中止ですか? そんな事になる訳にはいきません。



 そしてそれ以上に、気弱な姿は民の王宮への支持に影響します。すでに遠くの町からもパレードへの観光客が王都へ来ており、宿屋に泊まっています。中止などもってのほかですわ。



 お母様は不安な様子です。



「ジーアス、アイはたった一人の世継ぎなのですよ?」



 ジーアスというのはお父様の名前です。今は赤いマントをはずしており、質の良い白い服に同じ素材と色のズボンでした。



 わたくしに兄弟姉妹はいません。お父様にはお母様の他にもたくさんの公妾がおります。ですが、子どもはたった一人、わたくししか成すことができませんでした。少なくとも今のところそうです。



「レミーナよ、そう不安がるな」



 お母様の名前です。気苦労の絶えないせいでやつれたお顔。栗色の長い髪を後頭部で丸く束ねており、シニヨンの髪型にしていました。



「ジーアス、せめて、ギルディスをアイのそばにつけましょう」


「すでに、そのように手配してある」


「ああ、こんな時にセミヅクがいてくれたら、どんなに心強いか」



 お母様が左手を額につけてうつむき加減になりました。



 セミヅク様というのは、三年前にたった一年間だけ、王都騎士団の剣術指南役として職務を担っていたおじさまのことです。テテト村出身の空の剣士でした。いつも心底明るくて、冗談が上手なお方です。わたくしにもほがらかに接してくれました。



「おい、セミヅクのことは言うな」


「だけど貴方……」


「セミヅクはもういないのだ」



 国王様が凜とした声で言って、両手で操るフォークとナイフを止めます。



 わたくしは努めて明るい声でお二人を元気づけました。



「お父様、お母様、大丈夫ですわ。パレードは上手く行きます」


「うむ、そうだな」



 国王様がその鋭い瞳でわたくしを一瞥し、頷きました。食事を再開します。



「そう、そうね」



 お妃様は額から手を離します。はぁーとため息をつきました。



 これからは、わたくしがしっかりしなければ。世継ぎである、わたくしが。



 気がひきしまりました。背筋をピンと伸ばして、食事を摂り続けます。



 将来、わたくしは女王になる。



 考えている政策は山ほどあります。だけどせめて魔王を倒す者が現われてくれたらどんなに良いでしょうか? 国の魔王被害は甚大でした。てっきり、セミヅク様がやってのけるのだと思っていたのだけれど、当てははずれています。どうしたものでしょうか。結局、テテト村からの新しいスターを待つしか無いのですか?



 ◆◆◆



 その夜。



 テモネ山の崖の上のロッジ。そのアジトへ帰ると、ギルドメンバーたちが全員床に這いつくばって伸びていた。おい一体どうしんだよ! 緑大蛇ギルドのメンバーは精鋭のはずなのに! 



 ロッジの窓から月を眺めているその襲撃者を見て、俺は驚愕した。知っている男だったからだ。と言うか知っているも何も……。



「し、師匠?」


「くははっ。よう、ポックル。元気にしてたかあ?」


「し、師匠、どうしてここにいるんすか? というかこの有様、何やってくれてんすか?」



 ……セミヅク師匠!



 野獣のような風貌。思い出の中のその姿は、昔よりもおっさん臭くなっていた。モンスターのような鋭い双眸をしている。腕に生えている体毛は濃い。



 彼のそばには6~7歳ほどの幼い少女がいて、フードつきの青いローブに身をつつんでいた。魔石のついた木製の杖を持っていて、セミヅクを見上げている。何だこの少女は?



 セミヅクが体をこちらへ正面に向ける。



「おいポックル。取引しよう」


「と、取引?」


「ああ。お前に頼みたいことがある。その代わりと言っちゃなんだが、命を助けてやるぞう、くっはは」


「い、命? どういうことっすか?」


「だから、今からお前を殺さないでやるって言ってんだ」


「……し、師匠?」



 セミヅク師匠の唇の周りには無精髭が生えていた。オールバックの黒髪がかなり伸びている。薄手のジャケットのような裾の長いグレーの服。カーキ色のズボン。腰には帯剣をしている。右手にはビール瓶を持っており、ゴクゴクと飲んだ。……この人、ずいぶんと変わったな。まるで浮浪者のようだ。



 セミヅクが隣にいる少女の名前を呼んだ。



「ソラヨミ」


「うん?」


「楽しみだなー。もうすぐ、お前の母ちゃんに会えるぞぅ!」


「それ本当なの? パパ」


「くっくっく、本当だってぇ。母ちゃんに会ったらお前は驚いて、布団が吹っ飛ぶかもしれんぞう?」


「パパ、意味分かんない、その言葉」



 この少女、師匠の娘なのか?



 セミヅクはイカレタ面で笑った。だけどその瞳はギラギラと光っていた。まるで腹を空かせた狼のようである。今のこの人は危険だ! だけど、俺はどうすることもできない。ロッジから追い出すために戦ったって勝てる訳ない。何て言ったって、相手はセミヅク師匠だからだ。地上最強の男である。



「おいポックル、お前もビール飲むかー?」



 セミヅクがビール瓶を握っている手を傾ける。俺は泣きそうな顔で首を振った。



「……いや、いいっす」



 それから、師匠は頼みという名の命令を下した。



 明後日のパレードで……彼らは王都を破壊し、都民を皆殺しにするらしい。そして、オッドアイの少女、リリアを誘拐するということだった。



「ど、どうしてそんなことするんすか?」


「これは復讐だ。そして、俺の妻、アウナを蘇らせるためなんだよ。なあ、ポックルゥ? 分かってくれるよなぁ、くははっ」



 セミヅクの顔はやはり狂っている。



 俺たち緑大蛇ギルドのメンバーはその手伝いをしなければいけないようだ。


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