107 娼婦
ナナちゃんを尾行するのは簡単だった。何て言ったって特徴的な足の匂いがするからな。おかげでその姿が見えなくなってもあたしは追いかけることができた。彼は象牙亭に真っ直ぐ帰宅したようだ。何だよ、心配は無かったのか?
町の大通リで立ち止まりため息をつく。あたしは一体何をやってるんだろうな? むなしさを感じた。だけどせっかくここまで来たんだ。そうだ! つまみを買ってナナちゃんの部屋に押しかけよう。よしっ、それが良い!
市場に寄って、酒とそのつまみになりそうな物を買い漁る。
牛と豚肉の串焼き。ナッツのたぐい。タコとイカとフライ。テザイルという名前の王都で一番強い酒瓶。ビール瓶を山ほど。さくらんぼにスモモにビワ。キュウリと大根の漬物。
よーし、これだけあれば良いだろう。食料を袋に入れてもらい、ステータス画面に突っ込んだ。よっしゃあ今日は浴びるほど飲むぜー! あたしはまた象牙亭へと歩いた。ノリノリの足取りである。だったんだけど……。
宿屋に行くと、紫色のレースの服に身を包んだうら若い女が入って行くところだった。ケバい化粧をしている。胸の谷間を強調するような格好からして、怪しい匂いがプンプンとした。きつい香水の匂いが臭いったらありゃしない。ていうかあいつ、商売女なんじゃねーの? おい、ナナちゃんどういう事だ? 女を呼んだのか?
あたしは顔をしかめて、その紫色の服の背中を追った。女はカウンターでホテルマンに一言告げて、建物の階段へと向かう。あたしも同じようにカウンターへ近づいた。ナナちゃんの部屋は確か303号室だよな。
「おい、あたし、303号室に用事があるんだが、行っても良いか?」
「は!? いま、別の女の子が303号室に行きましたが?」
ホテルスタッフの男はびびったようだ。
「マジか!? くそったれ! ナナちゃんの野郎!」
あたしは許可も取らずにずかずかと歩き、階段へと向かった。後ろからスタッフの止める声がかかったが気にしている暇はねえ。階段を上がり、廊下を歩いて三階に来る。303号室の部屋の前では、ナナちゃんと女が扉の前で話をしているところだった。
……うおいっ!
あたしは両腕を胸に組んで二人ににじり寄る。ナナちゃんがこちらに気づいた。そしてひどく困ったように顔をしかめた。くそったれ、このドスケベ野郎! 目に物を見せてやる!
紫色のレース服の女が色っぽい声を響かせている。
「あのぅ、ナナキさん? 早く部屋に入れて欲しいのですがぁ」
「ちょっと待て。俺は何のことだか分からんし、あんたなんて呼んでない!」
あたしが声をかけた。
「ナーナーちゃーん?」
「リリア! なんでお前がここにいるんだ!?」
あたしは女の腕を掴んで引っ張り、ナナちゃんににじり寄る。
「キャッ」
「へー、ナナちゃん、そういうことしちゃうんだぁ? さっきはしないって言ってたのによぉ」
「ま、待てリリア! 俺はさっきから状況が全く分からんぞ!」
「っざけんな!」
バチンッ。
あたしのビンタがナナちゃんの頬にお見舞いされたのだった。
……数分後。
あたしたち二人は部屋で牛肉の串焼きをかじっていた。ちなみにあたしは買ってきたテザイルを瓶をそのままあおっている。ナナちゃんはビールだ。彼はすでに足を石鹸水で洗っていたようで、匂いがすっかり取れていた。匂いを取る専用の石鹸を使ったようだ。
「おい、リリア。ほっぺたが痛いんだけど……」
「わーるかったってえ。だってナナちゃんが、デレデレするからいけないんだもん」
「デレデレなんてしてないだろ」
「してた! この変態野郎!」
「してねーってば!」
ちなみに、紫色のレース服の女はやはり娼婦だったようだ。ポックルがナナちゃんの名前だけ教えてこの宿屋に遣わせたらしい。金も払っていないようで、ナナちゃんは女にキャンセル料を支払うことになった。先ほど女はプンプンと怒って帰って行った。あははっ、すっげえ気の毒だ。
「とりあえずナナちゃん、お前もテザイルを飲め。もう二つ買ってきてあるからさ」
「あほ、そんなにアルコールの強い酒を飲めるか! 俺はお前とは違うんだ」
「じゃあ水で割るか」
「ビールでいいよ」
ナナちゃんはステータスから取り出したマグカップでビールを飲んでいる。あたしは近寄って、その耳についている鳴らない鈴のイヤリングに手を伸ばした。
「ナーナーちゃーん。これ、誰にもらったのぅ?」
「おい。近いってお前、もう酔っ払ったのか?」
「ちげーよ。ナナちゃん、これ、さては好きな女にもらったんだろ?」
「まあな」
「ふーんっ」
あたしは機嫌が良くなって、テザイルをごくごくと飲む。ああ、良い気分だ。なんか目がとろーんとしてきやがった。頬が熱い。
「誰にもらったんだ?」
「メイって女だな」
「ふーん」
「おいリリア、絡みすぎだ。昔のことは聞かないでくれ」
「どうしてだ?」
「この鈴をくれた本人の、メイが生きているかどうかは分からないからな。聞かれるとあんまり良い気分じゃない」
「生きてるだろ! というか、すぐそばにいたりしてな」
「それはどういうことだ?」
「この野郎!」
あたしは少しだけやけになって串の肉を思いっきりかじる。こうなったら、今日はとことん絡んでやる




