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105 すっかり太っちょになった男

 完全に寝不足だった。



 昨夜はメイの墓に長居したこともあり、冒険者のギルド試験のため徹夜したこともあり、睡眠時間はわずかである。それでもいつもの時間に起きることができたようだ。



 はずしてあった腕時計を見ると、午前五時前である。



 起き出してベッドに腰掛けた。左手に腕時計をはめる。洗面所に行ってヒゲを剃るなど身なりを整えた。鳴らない鈴のイヤリングを耳につける。



 宿屋の外に出て木剣の素振りをした。朝はこれを500回やらないと気がすまない。外壁の上から太陽の光がうっすらと差し込んできており気持ち良かった。



「おはよー、お兄さん」


「お兄さん、朝早くから精が出るね!」



 声をかけられて顔を向けると、やんちゃ兄弟のリッドとサーニャがいた。どちらもサラサラとした金髪である。俺は素振りをやめて右手を上げた。



「おう! おはよう。二人とも朝早いな」


「うん。朝はこうやって不思議探検をしてるんだ!」


「私たちは王都不思議探検隊なの!」


「そうなのか。不思議が見つかるといいな」


「うん。お兄さんも来る?」


「おいでよ! お兄さん、一緒に不思議を探そうよ」


「いや、俺はいい。これから冒険者ギルドへ行かないといけないからな」



 リッドとサーニャは唇の端にしわを寄せてしつこく誘った。



「そんなこと言わないでさ。お兄さん、早く行こうよ!」


「早く行かないと、不思議が逃げちゃうぞ!」


「いや、いいって。二人だけで行ってくれ」


「分かった。お兄さん、今度リリアお姉ちゃんのコーヒー飴をあげるよ!」


「お兄さん、私のショーツ見せてあげよっか?」


「ガキのパンツなんて興味ねーからな! 飴は一応もらっておく!」



 結局この日の朝、二人の不思議探検につき合うことになった。木に止まっていたジョウロ虫を捕まえると、二人は満足したようで修道院へと帰って行った。俺は探検隊精鋭メンバーとして迎えられてしまった。



 まあ、別に良いんだけどさ。ホテルに戻り二階の食堂で朝食を済ませた。ホテルマンに一言告げて、冒険者ギルドへと向かう。



 直方体であり一階建ての三角屋根。朝、そのギルドは込んでいた、昨日の昼のような香辛料と酒と肉の匂いはあまりしない。



 カウンターにはハーティンとその他にも女性従業員がいて、冒険者たちに仕事を斡旋(あっせん)している。三つの長い列が出来ており、俺はその真ん中の最後尾に並んだ。



 やっと順番が回ってきた。俺はハーティンに挨拶をする。



「おはようございます。ハーティンさん」


「おっ。新人のナナキか。どうだい? 冒険者ブックは暗記できたか?」


「それが、ちょっと自信無くて」


「ふーん、本の端から端まで一通り目を通したか?」


「それはしました」


「はっはっは。ならいいよ。ナナキ、冒険者試験合格だ」



 ハーティンはポケットに入れていたバッヂを取り出して、カウンターの上に置いた。



「えっ!? 筆記テストは無いんですか?」


「ねーよそんなもん。だけどなナナキ、読んで分かったと思うが、冒険者ブックにはモンスターから採取できる魔石の種類や値段、森に群生している薬草の調合の仕方まで書かれてある。しっかり暗記するまで読み続けるこったな」



 確かにその通りだった。本にはためになることばかりが書かれてある。



「分かりました。ありがとうございます!」



 俺はバッヂを手に取る。裏が安全ピンになっており、服の胸のところに付けた。



「ああ、バッヂは無くするなよ。色々と便利だからな。それよりナナキ、今日はリリアが一緒じゃねーのか?」


「いえ、今日は一人です」


「そうか。まあいいや、仕事をやっていくかい?」


「はい!」


「よし」



 ハーティンは木製のクリップボードを手に取った。そこに依頼書が何枚もはさめられている。彼はその紙をめくり、三つの仕事を紹介してくれた。



 一つ目、シャルドネさんの家で行方不明になっているペットの犬の捜索。


 二つ目、便所スライムの捕獲、七体。


 三つ目、テモネ山のゴブリンの巣の駆除。



「ナナキ、お前の冒険者ランクはDだから紹介できる仕事はこの三つぐらいだな。どれにする?」


「えっと」



 ゴブリンの巣の駆除は一番報酬が高く、銀貨5枚だった。スライム捕獲は大銅貨5枚、犬の捜索は銀貨2枚である。



 ここは報酬が高い依頼を請け負うべきだよな。俺は荒事が得意だしな。よし、ゴブリンの巣の駆除にしよう。それに決めた。



 後ろから野太い声がかけられた。



「おい! おめーなんでここにいるの?」



 つっけんどんな口調だった。俺は振り返らずともその声の主が誰だか分かってしまう。昔から馴染みのある野太い響きである。振り返り、はぁーとため息をつく。



 ポックルが俺の隣に並ぶ。



「よおナナキ! 久しぶりだな」


「おいポックル。お前、昨日はよくもやってくれたな!」


「あ? 何のことだ?」


「とぼけるんじゃねえ。お前、俺が宿屋やレストラン、民家のトイレまで借りられないように、こそこそと裏工作してただろ! ふざけんじゃねえ、俺に何の恨みがある」


「知らねー」



 のっぺりとした顔でありわし鼻である。センスの無いキノコヘアーの焦げ茶色が少々伸びていた。驚いたのだが、腹がでっぷりとしており、すごく出ている。



 こいつ、こんなに太ったのか?



「あのなあ、ポックル。お前食べ過ぎだぞ。そんな体で空の体術を使えるのか?」


「う、うるせー。余計なお世話だ」


「まあいいけどさ。それよりスウは元気か? 上手くやっているのか?」


「スウ? 知らねーなあそんな女。誰だっけ?」


「は?」



 俺はぽかーんとした。ポックルはスウのことが昔から大好きで惚れ込んでいた。今は恋人同士のはずである。ポックルの旅に彼女は着いていったはずだ。



 俺は顔を歪めた。



「おい、マジで言ってんのか? ポックル。スウに何かあったのか?」


「知らねーって、スウなんて女」


「どういうことだ? あ、分かった。ポックルお前、スウと喧嘩したんだろ。それで、距離を置かれてるんじゃねーの?」


「……まぁ、そんなところだよ」


「へー、ちゃんと後で仲直りしろよ」



 ハーティンがイライラとした顔と声で割り込んだ。



「おい、ナナキ。お前の後ろで待っている人間は他にもいるんだ。さっさと仕事を選べ」


「あ、すいません」


「それ全部でお願いしまーす」



 ポックルが意地の悪い笑みを浮かべて親指を立てた。おい、俺の仕事を勝手に決めるんじゃねえ。



 ハーティンは眉間にしわを寄せて疑問を(てい)した。



「は? ポックルお前、何を言って」



「ナナキは強いんで余裕でーす。今日中に三つの仕事をやってのけるんで、お願いしまーす」



 俺はさすがに怒った。



「おい、ポックル、ふざけ……」



 ポックルが俺の肩にぽんと手を置く。おい、気安く触るな。



「ナナキ、余裕だよな? お前、村では一番強い剣士だもんな! 犬とスライムを捕まえるのと、ゴブリンの巣の駆除ぐらい、全部一日でできるだろ! それとも、自信無いのか?」


「ま、まあ、できなくは無いが……」


「オッケー! はい決まり。ハーティンさん、ナナキが一日で三つともやりまーす」



 ハーティンが嘆息して太い両腕を胸に組んだ。



「……ナナキ、お前大丈夫か?」


「まあ、何とかします」


「分かった! それじゃあ、これは依頼書の冒険者控えだ」



 ハーティンが三つの紙を差し出した。俺は受け取る。



「ありがとうございます」


「じゃあ外で待ってろ、スライム捕獲用の網を持って行ってやるからよ。それとポックル!」


「あ、はい」


「リリアが困ってたぞ? 何の目的か知らんが、もう付け狙うのをやめろ。これは俺からの忠告だ!」


「すいませーん」



 ポックルは悪びれもない鼻声で答える。人を馬鹿にしたような返事の仕方だった。ハーティンは舌打ちをした。



「まあいい。それより二人とも、さっさと行った行った」


「あ、ありがとうございました」


「あざーす、ハーティンさん」



 そして二人でギルドを出た。



 ポックルは俺を無視して歩いて行く。そのまま挨拶もせずに、道を右に折れて去ってしまった。おい、お前は一体何をしに来たんだ?



 もしかしたら俺に挨拶をしに来ただけなのかもしれない。だとしたら殊勝なことである。



 俺はため息をつきつつ、ハーティンがスライム捕獲用の網を持ってくるまで待つことにする。



 ふと、ポックルとは入れ替わりに黒髪ショートカットの女が歩いてきた。リリアである。昨日と同じ、黒の修道服を着ている。リボンカチューシャはピンク色に変わっていた。



「おい! ナナちゃん、どうしてあたしを仕事に誘わないんだ?」



 彼女が目の前で立ち止まり、若干憤る。俺は首をかしげた。



「約束はしていなかったと思うが?」


「約束をしていないからって、薄情者だな。あたしとナナちゃんは今日から相棒なんだ。一緒に仕事をするんだぞ?」



 自然と愉快な笑みが浮かんだ。



「いつ相棒になったんだ?」


「昨日だよ! それよりも、ちゃんと冒険者になれたみたいだな」



 本の暗記のことを言っているのだろう。



「リリア、別に暗記する必要は無かったじゃないか」


「そりゃあそうだけどさ。暗記する必要はないだなんて言ったら、ナナちゃん全部読まないだろうと思ったからな」


「ふーん。まあいいけど。それよりもリリア、お前は昔からこの王都で暮らしているのか?」


「そうだけど?」


「ミスロメンスさんって知らないか?」


「……くぷっ、し、知らないな」


「そうか。ミスロメンスさんは俺の知り合いでさ。昔世話になったんだ。昨日、修道院裏の共同墓地を覗いたら墓石があってさ、みんな亡くなってたんだ。埋められていたよ」


「そうか。あはっ、じゃあもう会えないな、気の毒だな」


「ああ。ミスロメンスの一人娘だったメイには、また会うって約束をしていたんだ。だけど、もう会えない。本当、がっかりだよ」


「メイってそいつの事、ナナちゃんは好きだったのか?」


「ああ、大好きだった」


「ぶぷっ、お前、メイはまだ死んでいないんじゃねーの?」


「は? どうして分かるんだ?」


「だって、ミスロメンスの墓石にはメイの名前が刻まれていたのか?」


「いや、無かったと思うが」


「じゃあ生きてるだろ。あきらめるのは早いんじゃねーか?」


「そうかもな! あ、ありがとう、リリア。俺、探してみるよ!」


「ふははっ、ああ。その意気だ」



 さっきからどうしてリリアは笑うんだろう。俺を元気づけようとして明るく振る舞ってくれているのか? 多分そうだ。



 ギルドの裏からハーティンさんが出てきて、こちらへと歩いてきた。スライム捕獲用の網を渡してくる。



「おう、リリア。おはよう、お前も仕事か?」


「ああ! ナナちゃんと一緒に仕事をやるんだ!」


「やっぱり一緒にやるんじゃねえか。そうかそうか! お前にもついにこれが出来たんだな」



 ハーティンが小指を立てる。リリアは照れたように顔を赤くした。



「実はそうなんだ」



「いやいやいや、リリア、違うだろ」



 俺はすかさずにツッコミを入れる。



 ハーティンは眉を寄せていぶかしげに笑った。



「ふ、ふーん。まあいいやあ。それより、ポックルにはちゃんと言っておいたからな。リリアを付け狙うなってさ。だから大丈夫だ。それじゃあ二人とも、行って来い!」



 俺はしゃっきりと背筋を伸ばした。



「はい!」


「ハーティンさん、ありがとな!」



 スライム捕獲用のネットをステータスのアイテム欄にしまった。そして依頼書の三枚をリリアに見せる。



「ナナちゃんお前、いきなり仕事を三つも請けたのかよ」


「まあ、ちょっと訳あってな」



 俺たちは会話をしながら歩き出した。まずはシャルドネさんの行方不明の犬を探そうということになる。



 ◇◇◇



 王都の高台にある貴族の住宅街。その一角にシャルドネ家はあった。リリアが玄関の扉をノックすると、体中にじゃらじゃらと宝石をつけた三角メガネのおばさんが顔を出す。



 俺たちは冒険者だと名乗り、犬を探しに来たのだと説明した。



 おばさんからはきつい香水の匂いがした。



「一ヶ月ぐらい前に、ピケちゃんがどこかへ行ってしまったんザマスよ~。まあうちには犬がいっぱいいるからぁ? 一匹ぐらいいなくなってもどうでも良いザマスが。それでも一応捕まえた方が良いと思って」



 おばさんの話を聞くと、チワワだそうだ。だけどどうやって探せば良いのだろうか? 王都は広大である。今ごろ、どこかでペットは野垂れ死にしているかもしれないと思った。



 リリアが聞いた。



「シャルドネさん、ピケちゃんに使っていたブラシはあるか?」


「ブラシ? ええ、あるザマスよ。ブラシをどうするザマスか?」


「匂いを嗅がせてくれ」



 おばさんが持ってきたブラシの匂いを嗅ぎ、リリアはよーしと言って頷いた。自信を漲らせている。彼女は必ず見つけてくると言って、二人で家を出る。



「おい、リリア。どうやって探すんだ?」


「大丈夫だよ。まあ見てろって」



 リリアは目を閉じた。そしてつぶやくように唱える。



「空七変流、狐日和(きつねびより)



 空は快晴なのだが、天気雨が降ってくる。俺はびっくりした。リリアが空の剣術を使えるとは思わなかったからだ。



 狐日和は目を閉じて、他の感覚を限界まで研ぎ澄ませる剣術である。どこで習ったのだろうか?



 彼女が目をつむったまま歩き出す。



「こっちだ。ナナちゃん」


「お前、匂いで分かるのか?」


「分かるよ。ピケの匂いがプンプンだ」



 まるで犬の嗅覚である。いや、キツネなのかもしれない。



 リリアは臆せずに進んでく。俺は彼女が障害物のぶつからないように注意をしながらそばを歩いた。



 下町の方へと向かった。ずらっと立ち並ぶ民家の一つの前でリリアが立ち止まる。瞳を見開いた。



「ここだ」



 表札にはハルスタインと書かれてある。リリアが玄関をノックする。すぐにおじいさんが顔を出した。ごつい結婚指輪をしている。その両手にはチワワが抱かれていた。



「こんにちは、若いお二人さん。うちに何のようじゃ?」


「ハルスタインさん、あんたそのチワワ、買ったんじゃなくて拾っただろ?」


「確かにそうじゃが、この犬はもうワシのもんじゃて。ほーら、ケステルもワシにこんなに懐いておるし」



 犬ドロボウである。名前まで付けているようだ。しかもおじいさんは犯行を隠すような口ぶりもない。



「ちょっと、中で話をさせて欲しいだが」



 リリアが言って、俺たちは家の中に入れてもらった。リビングのソファに向かい合って座る。



 ハルスタインさんは独り身であり、妻を亡くしているようだった。俺たちは犬を元の持ち主へ返還するようにと言った。しかしチワワはおじいさんの膝の上で幸せそうにくつろいでいる。すっかりと懐いているようだった。ハルスタインさんは絶対に手放すものかと宣言した。



 俺とリリアは顔を向け合って、どうしたものかと話し合った



 リリアが困ったように唇をかむ。



「ナナちゃん、どーっすっかなあ?」


「犬を返せないのなら、ハルスタインさんがシャルドネさんから購入するしか無いんじゃいか?」



 俺はそう提案した。おじいさんが眉をひそめて視線を向ける。



「買うって、いくらかかるんじゃ?」



 リリアが首をかしげつつ言った。



「チワワって確か、金貨一枚ぐらいだよな」


「俺は良く知らないが、まあ、それぐらいなのか?」



 金貨一枚の価値は、一つの家族が一ヶ月を暮らしていくのに充分な金額である。



 ハルスタインさんは右手のひらで膝を打った。



「ふむ、金貨一枚なら、まあ、何とかなるわい」


「それで行こう!」



 リリアがガシッと右手を掲げて握った。



 そして三人で家を出て、またシャルドネ家のある高台の方へと向かう。家に到着して、おばさんと話し合った。



「まっ、ピケちゃんを買うですって? この薄汚い老人が? そんなこと許されるはず無いザマス!」



 俺とリリアはおばさんをなだめつつ、交渉をした。



 おばさんは金貨一枚に興味が無いようだ。金持ちだからだろう。しかし、ハルスタインさんの左手にはめてあるごつい結婚指輪を目にすると顔の色を変えた。



「それはまさしくティアリボンヌの指輪! 分かりました、その指輪を渡してくれるのなら、ピケちゃんと交換条件にするザマス!」


「そうかい。ケステルのためなら、指輪をやるわい。もう、ワシには必要の無いものだからのう」



 おじいさん少し悲しそうな表情で左手の薬指からその指輪をはずした。



 こうして、二人はチワワと結婚指輪を交換したのだった。シャルドネさんに依頼書にサインをしてもらう。俺たちの一つ目の仕事が無事に終わった。



 ハルスタインのおじいさんは別れ際に言った。



「二人とも、ありがとう。これでケステルと安心して暮らせるわい」



 リリアが右手を掲げる。



「ああ! じーさん、お元気で!」


「また会いましょう」



 俺も親指を立てた。



 王都の大通リでおじいさんと別れた。さて、次はスライムの捕獲をしに行かなければいけない。スライムは、人間の便所の底を綺麗にしてくれる存在であり、とてもありがたいモンスターである。




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