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校舎の靴音【第二部】  作者: 翠川
第二章 夏の残響

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第四話 母の声

 

 夏の日差しが強く照りつける午後、凜子、由加、雅美の三人――そしてなぜか私も――は、菜月の家の玄関先に立っていた。

 凜子たちは担任から、なぜ菜月が学校に来なくなったのかを聞かれ、仕方なく訪問することになったのだ。


 菜月の家は公務員宿舎の一角にあり、三階建ての建物の一階に位置していた。

 重くて冷たい鉄製の扉を前に、私たちは少し緊張しながら足を止める。


 呼び鈴を押すと、すぐに菜月の母が出てきた。

 その声は高く、早口だった。

 顔はにこやかで、凜子たちの訪問に驚いた様子だったが、どこか警戒心を漂わせていた。


「どうしたの、こんな時間に?」


 その一言だけで、私たちは少し圧迫されるような気持ちになった。


 三人は、菜月が来なくなったので訪問したことを伝えた。

 菜月の母は「折角来てくれたのだし、どうぞあがってね」と室内に案内してくれた。


 居間の低いテーブルを囲み麦茶を飲む私達を見ながら、菜月の母は困ったように眉を寄せて言った。


「学校では特にこれといった出来事はなかったと聞いているのだけど……菜月は今、ちょっと自分の時間が必要なのかもしれないわね」


 その言葉に、凜子たちはどこか焦ったように口を開いた。


「私たち、別に仲間はずれにしたわけじゃないです」

「ちょっとした喧嘩みたいなものはあったけれど……」

「でも、学校に来なくなるほどのことをした覚えはないし、先生からも“同じグループなんだから”っていろいろ聞かれて困ってたんです」


 自分たちは悪くない――。

 そう言い張るような口調だった。


 菜月の母はその言葉を聞きながら、わずかに眉をひそめた。

 私は、子ども心に複雑な想いでその場を見ていた。


 菜月の母は少し考えたあと、落ち着いた口調で言った。


「無理に学校に行かせようとせず、少し様子を見ようかと思っているのよ」

「凜子ちゃんたちも、もう大きいのだから、分かってくれるわよね」


 その瞬間、凜子の眉がぴくりと動いた。


「大きいのだから」――

 その何気ない言葉が、彼女の胸に小さな棘として突き刺さった。


 凜子は背が高く、周囲から「大人扱い」されることが多かった。

 それを嫌がっていた彼女にとって、「大きいのだから」という言葉は、無意識のうちに古い傷を抉るような響きだった。


「……大人扱いなんて、されたくないのに」


 凜子は小さく、吐き捨てるように呟いた。

 由加と雅美も空気の変化を感じ、言葉を飲み込む。


 その場にいた誰も、菜月の母に悪意を感じたわけではなかった。

 ただ、言葉が意図せず心に届き、誤解と微妙な怒りを生んでしまったのだ。


 菜月の母は驚いたように瞬きをし、すぐに場を和ませようと笑顔をつくった。

 けれど、凜子の苛立ちと緊張は、簡単には解けそうになかった。


 居間の空気は、ずれたまま張りつめていた。

 小さな誤解が、誰のせいでもなく、ただそこに存在していた。


 誰もが悪気はなかった――

 ただ、言葉が、意図せず心に届いてしまったのだ。


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