第三話 靴音の消える日
いつもの昼休み。
窓から差し込む光は、前日より少し強く、机の上を明るく照らしていた。
菜月は窓際の席でノートを開き、ペンを握る。
文字を書く手はわずかに震えているが、その視線は窓の外に向けられていた。
教室には静寂が満ち、微かな足音と呼吸のリズムだけが空間に漂っている。
凜子が口元だけで笑った。
「やっぱり、目立つね」
由加も続く。
「スカート、まだ長くない?」
言葉自体は軽い冗談のようだった。
けれど、その端々には、確かな棘があった。
菜月はノートに視線を落とし、答えずにペンを走らせる。
胸の奥がひりつくように痛む。
笑い声は次第に冷たさを帯び、視線は遠慮のない圧力へと変わっていった。
日ごとに、その空気は濃くなっていく。
軽い冗談だったはずの言葉は鋭さを増してゆく。
菜月の表情は、困惑と苛立ちと羞恥が入り混じったものに変わっていった。
笑いの端に混じる微かな嘲り。
視線の奥に潜む差別感。
その陰湿さは、静かに菜月の心を削っていった。
数日後、昼休みはいつもより長く感じられた。
視線を感じるたび、菜月は机にうずくまり、笑い声から距離を置こうとする。
ついには教室の空気を避けるように目を伏せ、言葉を発することも少なくなる。
その変化に、周囲は気づきつつも何も言わない。
沈黙がさらに重くのしかかる。
そしてある日、菜月は学校に来なくなった。
当時、「不登校」という言葉ではなく「登校拒否」という言葉がよく使われていた。
その言葉は、菜月の肩に重く、冷たい印象を落としていった。
凜子や由加、雅美たちは、普段通り教室に座る。
けれど笑い声や視線の端には、友人に対する遠慮や無意識の差別意識が垣間見える。
菜月が来なくなった今、次は自分かもしれないと怯えているのだろうか。
教室の冷たい空気のなかで、友達という存在の意味を、誰もが少しずつ見失っていった。
空席となった窓際の席。
菜月のいない机と椅子は、静かに、しかし確かに、教室の空気を歪ませていた。
その日、菜月の靴音はもう校舎に響かなかった。
――沈黙は、言葉以上に重く、教室の壁や机に響きわたっていた。




