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1-9 いけすかない

 思いもよらなかった展開に驚き、目を見開いたスイレンに、クラリスは肩を竦めて言葉を重ねた。陽に当たらずとも生活出来る身分特有の透き通る程白い肌に、よく動く形の良い薄紅色の唇。


「お兄様には……親に幼い頃決められた婚約者が、居るんだけどね、パーマー家のイジェマという、いけすかない嫌な女よ。なんて言えば、良いのか。お上品で都会的なお嬢様だから、竜のことは恐ろしい化け物だと言って憚らない。お兄様が小さな頃からの憧れだった竜騎士として働いていることも、泥臭いと言ってバカにしているのよ。信じられない」


 早口に一息に言い切って、クラリスは間近に居るスイレンを見つめた。


「それが……お兄様を大事に思っている、ただ一人の血の繋がった妹の私には、すっごく気に入らない訳。例え嫌な小姑と言われようが、あの女が嫁に来たらこの体が許す限り、対抗して文句言ってやろうと思っていたんだけど……あなたが来てくれて、本当に良かったわ。ぜひ、私も協力するから。あの真面目な堅物が親に決められた婚約を解消するように、心を射止めてちょうだい」


 言い終わった後にクラリスは、はあはあと荒い息をついた。


 苦しそうな様子を見て、スイレンは慌てて呼吸を整えようとしている彼女の背中を撫でた。近づくとやはり、何かすっとした薬草のような覚えのある匂いがする。


「ごめんなさい。ありがとう……もう、嫌になる。こんな、言う事の聞いてくれない体。大嫌いよ……お兄様の迷惑になるだけだもの。もう、いっそ死んでしまいたい……」


「クラリス様……」


 彼女を慰めようとスイレンは項垂れてしまったクラリスの目の前に、魔法の花を咲かせた。


 ぽんっぽんっと軽い音を立てて、宙に色とりどりの花が咲いていく。


「なっ……何……えっ!? これって、もしかして貴女が?」


 魔法の花が咲き乱れていく様子を目を丸くして驚くクラリスは、微笑んでいるスイレンの顔をまじまじと見つめた。


 そうしている間にも魔法の花は数を増やして、彼女のベッド周辺を埋め尽くしてしまいそうだ。


「はい。私です。あの……私、花魔法しか満足に使えないんですけど。クラリス様の心が和むのなら、いつでもこのお部屋をお花でいっぱいにしますね。だから、もう死にたいなんて言っちゃダメですよ」


 ぽとりと最後にクラリスの膝の上に大きな白い花を落として、スイレンは彼女の手を握った。


「本当に……素晴らしいわ。これは、本物のお花なの?」


「生花は、種から咲かせないと無理なので……これは、魔法の花です。時間が経てば幻のように、消えてしまいます。もし、生花が良ければまた後で届けますね」


「ううん……それは、構わないわ。だってこの花が消えてしまったら。また、スイレンさんがここに来て、咲かせてくれるんでしょう?」


「ええ……もちろんです。クラリス様」


(気分が持ち直したみたい……良かった。クラリス様は、本当にリカルド様に似ている……髪の色も、同じだし……)


 それだけで。ただ、それだけで初対面とは思えぬくらいの好意を彼女に持ってしまう。


 そうした思わぬことでも、リカルドに恋をしているのだと、何度だって思い知らされるのだ。


「ありがとう。貴女は優しいのね。ぜひ、お友達になってね。そして、いつか……お義姉様と呼べる日が来るのを、楽しみに待っているわ」


 意味ありげに微笑んだクラリスの言葉の意味を遅れて理解したスイレンは、時間差で頬を赤くした。



◇◆◇



 お茶とケーキを持ってくるはずのリカルドは、なかなか部屋へと戻ってこなかった。余りにも遅いと言って、クラリスはスイレンを迎えに行かせた。


(厨房への道順は大まかに聞いたけど……一度、誰かに確認した方が良いかもしれない)


 デュマース邸が、あまりに大き過ぎて広すぎるからだ。スイレンは、元来た道を辿って正面玄関へと急いだ。


 それでは階段を降りようとしたところで、スイレンは何人もの興奮した女性達の高い声を聞いた。


 リカルド様と呼び掛けている声も聞こえて来るので、きっと探していたリカルドもそこにいるんだろう。


 そっと、階段の上から階下の様子を窺った。


「……本当に、申し訳ないが。今日は、どうしても時間が取れないんだ」


 リカルドは、困っている様子でそう言った。


「リカルド様。私達とても心配をして、ここのところ眠れぬ夜をずっと過ごしておりました。ぜひ、ガヴェアでの出来事をお聞きしたくって。先ほど、本宅に帰られたという話を偶然聞いて来ましたの。ほんの少しだけでも、構いませんから……」


 どうして断ろうかと思いあぐねている様子のリカルドと、彼に詰め寄る三人のいかにも貴族と言った様子の着飾った美しい令嬢達。


きっと、敵国からの生還を果たした彼に話が聞きたくて、こうして屋敷まで押しかけて来ていたのだろう。


 あんな風に令嬢達に囲まれている様子を見ると、リカルドはこの国で英雄と呼ばれて本当に人気があるんだということが窺えた。


 ガヴェアでは敵国の戦犯であるということもあり、彼に近付く人間はスイレン一人以外居なかったと思う。けれど、あれだけ見目が良いのだ。


 きっと、誰かから熱い視線で見つめられることもあったんだろう。


 そう思うとつきんと、胸が強く痛む。


(きっと、あの人にはたくさんの選択肢があって、それを選ぶのはどういった理由なのかわからないが、選ばれるのはきっと私ではない)


 平民と貴族なのだから、それは当たり前のことだ。けれど、そう思い至ると、切なくて悲しくなる。


 そして、浅ましくも思うのだ。


(あの人が……まだ檻の中に居たなら、私だけのもので居てくれただろうか)


 そっと音を立てないように注意してその場を離れたスイレンは、クラリスの部屋へと戻り、リカルドの姿を見つけることは出来なかったと笑顔で嘘をついた。



◇◆◇



 帰りの馬車の中で、スイレンはクラリスから、時折香るハーブの香りについて考えていた。


(絶対に、どこかで嗅いだことのある匂い……もしかしたら、ガヴェアではたまに聞いた呼吸器系に影響を及ぼす魔植物がクラリス様の喉に絡みついて。だから、満足な呼吸が出来ずに体調を崩しているのかもしれない)


 以前、花の種を仕入れる先の店主に聞いた話を、スイレンが思い出していた。


 風に乗って飛んでくる小さな種が、口の中から入って来て起こるという呼吸困難だ。魔植物が自生しているガヴェアでは、たまに起こる事で治療法も既に確立されている。


 喉に絡みついた魔植物の苦手な花の蜜を、口から体に取り入れるのだ。そうすれば、体の中で呼吸を邪魔している植物はすぐに枯れてしまう。


(確か、治療に使われる花は……高山にある植物で……黄色い花)



「スイレン」


 黙ったままで考え込んでいたスイレンは、前の座席に座ったリカルドの訝しむような声に我に返った。


「あっ……リカルド様、申し訳ありません。考え事をしていて」


「いや、何でもないから良い。ただ、悩んでいるようにも見えたから」


 気にすることはないと優しく微笑むリカルドは、妹の快癒を願っているはずだ。


「……あの、あくまで……推論なんですが。私、クラリス様の病気を治すことが出来るかもしれません」


「え? ……どういうことだ? スイレン」


 驚くリカルドに、スイレンは先程から考えていた推論を丁寧に語った。


 もしかしたら、風に乗ってガヴェアの方面から長い距離を旅してきた魔植物の種子が何かの拍子に、クラリスの口に飛び込んでしまったのかもしれない。


 リカルドは思ってもみなかったであろう話を聞いて、スイレンをまじまじとして見つめた。


「その。高山にあるという、黄色い花の蜜が治療に必要なのか……」


「そうです。それさえあれば、クラリス様の呼吸は楽になると思います。起き上がることも、出来るようになるのだと思います。リカルド様が良ければ、どうか高山に連れて行ってください。私にならどの花が効くのか。見れば、わかると思います」


 出来るだけ早く取りに行こうと言い募るスイレンに、うーんとリカルドは腕組みをして考え込むようにした。


「しかし……この辺りで高山といえば、大抵ガヴェアの周辺だ。魔物も出て来る危険だ……そんな場所に、か弱い君を連れては行けない。もし、既存の薬があるなら買って手に入れた方が良いのではないか」


「……戦争が終わったばかりで、流通もどうなっているか。いつ、手に入るかもわかりません。今のクラリス様の様子から、治療をするなら早い方が良いのではないかと」


「まあ……少し待ってくれ。俺も国に帰ったばかりで、竜騎士としての雑務もある。また考えてみよう」


 リカルドは苦笑して、自然な手付きでスイレンの髪を撫でた。最後に栗色の長い髪の一束を掬うようにして、名残惜しそうに肩へと落とした。


「クラリスと、仲良くなったんだな」


「はい。とても、可愛らしい方ですね」


「……あいつは、気難しいところもあるがな。兄の欲目だと言ってくれても良いが、性格は悪くないと思う。これから、長い付き合いになるだろう。二人とも、仲良くしてくれると嬉しい」


「わかりました」


 すんなりと彼の言葉に頷いたスイレンに、リカルドは慌てて言った。


「もちろん。俺が言ったからと、無理はしなくても良いぞ。俺はスイレンもクラリスもどちらも大事だ。二人が上手くいかないなら、それなりの対処を考えよう」


 大事だと言われたことが、その言葉が嬉しくて、涙が滲みそうになる。


(この人が笑って、自分に話しかけてくれる今が信じられないくらい幸せなのに。それなのに。これ以上を求めてしまうなんて……何も、持っていなかったことが当たり前だったのに。なんて……欲張りになってしまったんだろう)

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