5-14 不機嫌(Side Ricardo)
(……リカルド。不機嫌な気に入らないっていう顔をしているよ。もうちょっと隠せない?)
そろそろ、目的地のロズタイン王国へと辿り着く。
普通ならこういった任務は任されないはずの竜騎士たちが警護する特別な護衛対象は、仰々しい馬車を使って進む。
ゆっくりとした余裕ある飛行をしながら、ワーウィックは自分の背に乗るリカルドを見てそう言った。
(無理だ。今すぐ国へ帰って良いと言われれば、機嫌良く笑っても良い)
(そんな訳にはいかないだろう。君って本当に……我慢が利かなくなったね。あの王女に対しイライラしているのが、一目見て丸わかりだよ)
(……その通りなんだから、そう見えておかしくないだろ)
契約を与えし相棒の言い分にワーウィックは呆れた様子で前方に向き直ったが、リカルド本人とて好きで不機嫌が丸わかりな仏頂面になっている訳でもない。
王族の警護担当は、本来なら近衛騎士団の役割だ。彼らはそのためにと育成され、専門の訓練を受けている。
対して、リカルドの所属する竜騎士団は非常に狭き門をくぐり抜けた精鋭かつ竜に選ばれた者だけが竜騎士と呼ばれることが出来る。なりたいからと誰にでもなれる訳ではなくヴェリエフェンディでは、竜騎士は特別な存在だった。
だが、世継ぎの王女の我が儘とあらば本来有り得ない指示系統で、竜騎士へ王族の護衛任務を下すことも出来たのだ。
(越権行為は国を滅ぼすと思わないか。現に近衛騎士団の団長は、うちの団長へと抗議したそうだが?)
王より直接命を下された竜騎士団長キースとて「こっちだって行きたくもない任務を押し付けられ、本当迷惑だ」と言いたかったところを呑み込み、余裕の笑みを浮かべもっともらしく何かを言っていたはずだ。
しらじらしく、それを聞いた誰もが嘘だと思うような馬鹿げた理由を。
(とは言え……リカルドは立場がある。君だって守る物があるんだから、慎重になるべきだよ。僕を庇って命を差し出すような軽率な真似は、もう二度とすべきではない)
以前あった出来事を、ワーウィックは根に持っているようだ。しかし、竜は国の宝だ。竜騎士一人の命と秤にかければ、国にとっての大きな視点から見ればどちらに傾くかは目に見えていた。
しかし、もうあんな檻の中のように死を前にして、何もかも諦めてしまったように凪いだ心では居られないだろうとリカルドは思った。
どんな小さなチャンスも決して逃さぬように慎重に動き、息を止める最後の瞬間まで生きることを諦めないとそう思ったのだ。
(俺は泥水を啜ることになろうが、スイレンの元へと必ず戻ると約束したから、必ずそうする。どんな状況になろうが……誰の命も諦めない)
ワーウィックはちらりと背後に居るリカルドを振り返ってから、視線を前方へ向けキュルっと可愛らしい鳴き声で鳴いた。
(なんだよ。急に可愛い声を出して……)
誤魔化したのかとリカルドが呆れた瞬間、近くを飛行していた竜たちと共にワーウィックが一気に降下を始めた。
正面から強い風を受け視界に入ったのは、深緑の森の中にある白く美しい城。ロズタインの王城だ。
◇◆◇
「……リカルド・デュマース!」
まるで歌うようにして呼ばれた自分の名前を聞いて、リカルドは不快な気持ちを押し隠せなかった。
(……家名でお呼びくださいと何度言っても、無駄だな。無駄なことは嫌だ。本当に)
「殿下。何用でしょうか」
王族に対し慇懃無礼とも言える固い口調のリカルドの返答を聞いても、今回の任務の護衛対象であるカトリーヌ王女はにこにこと笑うばかりだ。
真っ直ぐな黒髪に、涼やかな金の瞳。彼女を見れば容姿を美しいと答える人が多いだろうが、それならばリカルドは前婚約者のイジェマの方がまだ美しいと思えた。
リカルドは今までカトリーヌ王女を出来るだけ避け続け、彼女から逃げて来た。彼女も、それを知っている。そして、イジェマとの婚約解消を聞いて国民的な人気のある英雄を伴侶にと動き出したことも……リカルドが、それを毅然と断り嫌がっていることも。
すべて、お互いにわかっているというのに。
(主君と配下だから、職務上は何事もなかったように応対せねばならない。なんだこれは。馬鹿馬鹿しい、嘘くさい茶番だな……)
自分の目を見つめ好意を隠さずに微笑むカトリーヌを見て、リカルドは冷めた視線で彼女を見た。そうされても、彼女は決して諦めないのだ。
リカルドが持つ国の英雄という立場、そして整った容姿、竜騎士となるために鍛え抜かれた身体など。まだ世継ぎとしての立場が盤石とは言えない彼女にとって見れば、どうしても手に入れたいと思っているものだから。
「リカルド・デュマース。私はこの後、歓迎のための夜会へと出なければならないの……だから」
両手を組んでお願いされても、リカルドは胸に手を当て型通りに断った。
「申し訳ありません。今夜は私は警護任務があります。殿下のエスコートならば、私以外により相応しい者が居るかと……」
「まあ! それは他の竜騎士に代わって貰うことは出来ないの? だって、それは私の……」
「カトリーヌ様。それは、出来ません。仕事の采配は私に任されております。指揮系統がおかしくなると、混乱や危険を招きます。どうぞ、異国の地での我儘は控えてください」
今まで黙っていた竜騎士団長キースが口を出し、肩を落としたカトリーヌは眉を寄せて無言で去った。
「……団長。すみません」
「謝るな。お前は何も悪くない。しかし、今夜はでっちあげた警護任務に就いている方が良さそうだ。長旅の後で疲れているところ悪いが……」
竜に乗り駆ければ、ほんの一時も掛からぬ距離を王家の馬車に合わせて三日掛けたのだ。それが、もし本来の役割であれば、我慢出来ただろう。
だが、リカルドは職務に忠実であり王族へ逆らうべきではないとわかりつつ、何故自分がと行き所のない怒りを道中抱えたままだった。
「いいえ。あの人の隣に居ることを思えば、その方が本当に楽です」
冗談らしくおどけるでもなく真面目に答えたリカルドに、キースは肩を竦めた。
「何も知らぬ可愛いひよこだったお前も、少しは言うようになってきたな」
「あの方のお陰で、俺は口が悪くなりそうです」
心底苛々することもなければ、その原因になる誰かを罵倒する言葉も出てこまい。それを聞いたキースは、にやっと笑って言った。
「この夜は、ワーウィックと好きに飛んで遊んで来い。だが、遠くまでは行くなよ。何かあったらすぐに呼び戻すからな」
竜から竜へは心の中で呼びかけられるので、リカルドとワーウィックは声の聞こえる程度の範囲に居ろとキースは命じた。
「ありがとうございます。団長」
「別に良いが……お前、問題は起こすなよ。この国で何かあれば、国際問題になるぞ」
異国で問題は起こすなと釘を刺され黙って頷いたリカルドに、キースは肩を竦めた。
「それは国に戻ったら、問題を起こしても良いということですか?」
「……お前がよくよく勇気がある人間だということは重々わかったから、徹夜に備えて夕寝でもして来い」
先ほど割り当てられた部屋に戻り、夜勤をする振りをするために今から睡眠を取らねばならない。王女には夜勤があると言って断っているので、部屋に居ることが誰かに知られれば具合が悪い。
彼女を誤魔化すただそのためだけに、リカルドは一夜を無為に過ごすことになる。
集団を離れ一人歩いているうちに、リカルドは苛々した気持ちを抑え切れなかった。
(なんなんだ。時間の無駄な上に、労力の無駄だな……俺は一体、何処で何を間違ったんだろうか。イジェマと婚約解消出来た時点で、スイレンの書類を用意し同時に提出するべきだったか? いいや、あの時はあの子にまだ何も言えなかった。だとすると……もうこれは避けるべくない、酷い災難だったのか)
忍耐力があると自負しているリカルドにも、そろそろ我慢の限界が来そうだった。
産まれ持った貴族としての立場、英雄と呼ばれる重み、憧れだった竜騎士……そして、初めて恋に落ちた女の子。
敵国から連れ帰り結婚しようとしていたスイレンとの関係をやっと名実共にちゃんとすることが出来ると考えていたのに、それが出来ぬとわかった時、リカルドの落胆は本当に酷いものだった。




