5-13 誓い
優雅な音楽が鳴り響く王城の大広間の中で、スイレンは呆然として立っていた。
ブレンダンの父が営むガーディナー商会の主たる商品は、こういった貴族たち主体の夜会へ出席するためのドレスや装飾品だ。
今、スイレンは何故かそんな目利きのブレンダンに吟味されたドレスや宝飾など、上から下までどれだけのお金がかかったのか想像したくもないくらいに高価な装飾品を身につけていた。
(え……どうして私、ここに居るの? まだ、リカルド様と婚約すら出来ていないし、貴族にだってなっていないのに)
夜会への出席自体は貴族でなくても正式に招待された者の同伴者ならば、何の問題もないはずだ。
けれど、スイレンをエスコートするはずのリカルドは急な敵国の来襲があったため戦地へと向かい、無事に勝利を収めた後でそろそろ帰還するらしいと聞いていたはずだった。
「ねえ。スイレン……口は閉じておいた方が良いよ」
無敵の竜騎士団総出で対応した戦闘は、当初の予想よりも早く収束し、先んじて帰還していたクライヴは、初めての大広間に驚くスイレンの手を握ったままで注意をした。
「あ……ごめんなさい。クライヴ。お城の中にある大広間が、こんなに広いと思わなくて……それに、今回のことは、本当に急だったもの。これは、どういうことなの?」
スイレンはいつもの仕事終わりに帰ろうかと支度をしていたら、いきなり呼ばれて着飾ることになり目を白黒させている内に急遽この夜会へと出席していた。誰からも理由を聞かされることもなく、生粋の貴族令嬢のような格好をしてここに居ることになったのだ。
「うん……まあ、そうなんだけど……リカルドがやっと今日帰れることになったし、やるなら早い方が良いっていう僕の竜騎士の判断。急な予定変更に文句があるのなら、僕じゃなくあそこに居る茶色い髪の男に言って欲しいな」
ブレンダンは何故か他の竜騎士たちと彼らの正騎士服に身を包み、三十人ほどが固まって居た。スイレンが彼へと視線を向けると、クライヴが彼に語りかけたのか不意に振り返って片目を瞑った。
「え……えっと……ねえ。クライヴ。私って、何をしたら良いの? ブレンダン様から聞いてないの?」
自分がここに居る理由を記憶の中から探してみても、前にブレンダンがあのご令嬢たちへやり返すと言い出した彼に、実際に彼女たちから被害を受けた自分も参加したいとスイレンが手を上げたことくらいだった。
(正式なイブニングドレスって、本当に重い……貴族令嬢も大変なのね)
美しく着飾ることが日常の彼女たちに、まさかこんな苦労があるとは今まで知らずに生きてきたスイレンは息をついた。
「前に言っただろう。スイレンは今でも、十分に君の役割を果たしているよ。僕は君がこの大広間の中で、一番可愛いと思う。まあ、好みはどうしてもあるだろうけどね」
キザなところのある氷竜クライヴは大袈裟なくらいの褒め言葉を使ってくれるけれど、それが常ともなればスイレンもだんだんと慣れて来ていた。
(ここに居るというだけで、十分に役目を果たしている……? ますますわからないけど、クライヴは教えてくれる気はなさそう。竜騎士団が夜会に正騎士服で参加しているということは、リカルド様がここに現れるということかしら?)
ヴェリエフェンディが誇る竜騎士団に所属する彼らは他の参加者たちとは一線を画し、辺りを払うような緊張感を持ち集団で参加していた。
スイレンも少数精鋭の竜騎士が数々の苦難を乗り越えし貴重な存在かを理解しているので、ただそこに居るという事実だけで圧倒されてしまった。
それに、彼らは持ち回りの勤番をこなすので、こうした大人数を実際に目の当たりにするのは初めてのことだった。
「……そうして、褒めてくれて嬉しいけど、私に何か隠し事があるでしょう。クライヴ。どうして何も教えてくれないの?」
「僕だって君になら何もかも教えてあげて良いけどね……リカルドと別れて、結婚してくれる? そうしたら、ここに居る理由を教えてあげて良いよ」
澄ました顔をして冗談を言ったクライヴに、スイレンはふふっと微笑んだ。
「駄目よ。竜と人は結婚することって、出来るの?」
当たり前のようにそう言ったクライヴに、スイレンは不思議になった。竜は守護竜の居るヴェリエフェンディでは身近な存在で生態も少しは知られてはいるが、本来ならば彼らは人に近付くことさえも稀なのだ。
「うん。それは、恋愛関係にあれば何の問題ないよ。婚姻の儀式の時に寿命の半分を伴侶に与えるので、短命になってしまうけどね……ああ……スイレン。待ち人来たれりだ」
ヴェリエフェンディ国王が入場し、高らかに彼の入場を知らせる音が鳴り響いた。
(国王様……? リカルド様を謹慎のためとは言え、塔に閉じ込めた人……)
スイレンはリカルドの自由を奪い正当な彼の要求をもはね除けた王に対し、どうしても良い感情は抱けなかった。彼さえ娘の暴走を早々に止めてくれれば、何の問題も起きなかったのだと思うからだ。
王は短い挨拶を済ませ、手を振って誰かを呼んだ。
(リカルド様!)
竜騎士団は急な危機に対応するため出立だったために、あれからリカルドとスイレンは話せていない。リカルドは他の竜騎士たちのように正騎士服を身につけ、団長キースの後に続いて現れた。
「ここに居る人間が、すべて証人だ! 今夜の出来事を、良く胸に刻み込んで伝えてくれ。リカルド・デュマース。前へ」
朗々としたキースの声が大広間に響いて、竜騎士たちは騎士の礼を壇上の王へと取った。
「……スイレン。君は行くんだよ。ここからは、一人で行くんだ」
クライヴは握っていたスイレンの手を離し、後押しするように彼女の背中をそっと押した。
「クライヴ?」
戸惑ったスイレンが振り向けば、クライヴは微笑んで手を振った。
「大丈夫……頑張って来た君は、リカルドの元へ一人で歩けるよ」
急に人の輪を割って現れて一人歩き出したスイレンに、周囲の視線は集まった。
これもすべて打ち合わせ通りだったのか、壇上に居たリカルドはスイレンが居る方向へと歩き出し、人が居なくなって空間の空いた大広間中央でリカルドはスイレンの手を取った。
そして、戸惑ったままで立って居たスイレンの前へと跪き、小さな手の甲へとキスをした。
「リカルド・デュマースは竜騎士として、貴女への愛を誓う。生涯スイレン・アスターを愛し、決して裏切ることなくこの身を捧げます」
いきなりのリカルドからの告白を聞き、スイレンは息が止まりそうになった。
ガヴェアに居た頃、スイレンはリカルドのことが好きで一目でもその姿を見たくて、懸命に檻のある広場へと通った。
ただ、彼のことが好きだったから。その想いを返して貰うことなんて、その時には何も望んでいなかった。けれど、こうして彼は自分だけだと言ってくれた。
「あ……あの……」
しんとした中でスイレンはここで自分が何を言って良いのかわからずに、目からは涙が溢れ出た。
(嬉しい……嬉しいけど……でも、リカルド様の立場が)
「スイレン。今まで不安にさせて、本当に済まなかった。もう、大丈夫だ。団長も先輩も、皆が味方だから」
「え?」
リカルドは立ち上がり、泣いている彼女の肩を抱いて、王が居る壇上へと振り返った。
「忠誠を誓う、我らが国王陛下。もし、彼女との仲を引き裂かれるならば……俺にはこの人しか考えられないので、貴族の身分も返上し竜騎士であることも辞めます」
キッパリと宣言したリカルドを見て、スイレンが慌ててしまった。彼が自分以外の何もかもを捨てようとするだなんて、そんなことを今まで考えたこともなかったからだ。
王座にある王は為政者たる威厳ある態度を崩さずに、黙ったままで寄り添う二人を観察するように見ていた。訳もわからずここに立って居たスイレンは、産まれて初めて王を目にしぞくりと肌が粟立った。
(あれが……ヴェリエフェンディの王様)
こちらへ目を向けてはいるが彼はきっとスイレンのことを、認識はしていない。ただ、彼が守るべき国民の一人ではあると思っているだろうが。
「では……ここに居る全員が、証人だ。それに、俺たち竜騎士団も愛し合う恋人たちを応援したい。王よ。我らの職務に対し、関係ない王族の過干渉は目に余る。端的に竜騎士団からの要望を纏めると、王女の横暴はいい加減にしてくれ。竜と契約出来るまでに上り詰めた竜騎士は国の宝で、聞き分けのない子どもの遊び道具じゃない」
キースは淡々と言い放ち、王は静かに頷いた。
「良かろう……デュマース。その代わり竜騎士として役目をこれからも果たし、騎士としての誓いを必ず守れ」
「……ありがとうございます」
主君からの許しを得ることが出来たリカルドは、泣いているスイレンの顔を見て涙を拭って微笑んだ。




