5-13 役割
「それで、具体的には何をどうするのさ。スイレンも仕返しに参加するったって……どうか危ないことをさせないでくれよ。ブレンダン」
クライヴはこれまでの人生の中そういったことを一度もしたことがなく、口喧嘩すらも慣れていなさそうなスイレンを複雑な表情で見た。
「心配してくれてありがとう。けど、私は大丈夫よ。クライヴ」
(そうよ。リカルド様がどうにかしてくれるのをずっと待ってるだけでは、駄目だったんだわ。私だって動けるんだから、自分に出来ることをするべきだもの)
リカルドとの将来に前向きになり急にやる気になった様子のスイレンを見て、クライヴはこれはどうしたものかと額に手を当てた。
「あの時のように魔の森に行くこととは、まったく訳が違うんだよ。スイレン。貴族社会は人の皮を被った魔物たちが跋扈していると思った方が良い。君のように純粋に育った女の子は、彼らにしてみたら兎のように狩りやすい獲物だろうから」
小さな子どもに言い聞かせるようなクライヴの言葉に、スイレンはふふっと微笑んだ。端から見れば、二人の姿形はまるで幼い子どもに怒られている成人に見えるだろう。
その時、不意にクライヴが上を見たので、つられてスイレンも空を見上げた。暗い夜空に浮かぶのは、珍しく単騎の銀竜だった。
「え?」
スイレンは空に竜が泳ぐように優雅に飛行している光景を見て、まるで夢の中の世界のようだと思った。
(綺麗……まるで、月の光を鱗が弾いているみたい)
「ああ。良かった。団長がやっと帰って来たんだ。これでリカルドは塔から出られるだろう。ただし、自分の居ない間の出来事を知れば、とんでもなく怒るだろうけどね……」
クライヴは肩を竦めてそう言えば、今まで黙って考え込んでいたブレンダンも苦笑してから頷いた。
「……そうだね。僕は今彼女たちに仕返すのに、良い方法を思いついたよ。クライヴ。むしろこれが一番良いと思う。スイレンちゃんの協力だって不可欠だから、丁度良いとも言えるね」
先んじてクラリスやブレンダンは竜騎士団長が帰還すれば、リカルドはきっと解放されるだろうと言って居た。けれど、それを当然のように語る二人がスイレンには不思議だった。
(どうしてかしら……団長さんは王族ではあられるのだろうけど、戦闘職の竜騎士団長をしているくらいだもの。きっと、王族としての継承権は低いはずなのに……)
スイレンは城のある王都に住んでいたので権力争いが激しいガヴェアの王族事情なども噂されることも良くあり、王族周辺の政治的な駆け引きは良く知っていた。
「あのっ……団長さんって、そんなに凄い人なんですか?」
こちらの国に来た時に、ただ一度しか会っていないがやたらと印象的な人だったので彼を覚えていた。
スイレンが竜騎士団長の影響力を不思議に思って聞けば、ブレンダンとクライヴは顔を見合わせてから笑った。
「うん。そっか、スイレンちゃんはこの国の事情を何も知らないよね。団長は先の王弟の息子なんだけど……少し特殊な身の上なんだ。我らが国王陛下には、現在一人しか娘が居ないんだけど……側妃の娘でね。だが、王が愛しているのは正妃一人だと若い頃から公言している。だから、側妃への牽制のために甥の団長を王族とした。本来ならば、公爵の嫡男となったはずだが今は王族なんだ」
「えっ……とても、複雑なんですね。私の生まれ育ったガヴェアでも、王族の権力争いは色々とありましたけど……」
口を手で押さえたスイレンはヴェリエフェンディ王族の複雑な事情に驚き、目を大きく見開いた。
(では、側妃様は正妃様よりも警戒しなければいけないのは、あの団長さんなんだわ。だって、娘は今は継承権第一位かもしれないけど、団長さんだって王の甥だもの。王になる可能性はある。牽制って……そういうことなのね)
「まあ、そういう訳で王は甥であり竜騎士団長の言い分を、無視したりは絶対出来ないってことなんだ。団長は自分の部下を越権行為で連れ回そうとするカトリーヌ王女に対し、いつも怒っているから。今回のことだってそうだよ。スイレンちゃんのことを含めすべてを知れば、ひどく怒るだろうね……そうなれば、僕が思いついたことだってしやすくなるから。良いタイミングで帰って来てくれた」
ブレンダンはにっこり微笑んで、いつもの彼らしく甘い笑顔のはずなのに、何故かスイレンは背筋に良くないものが走ったように怖くなってしまった。
(ブレンダン様……そういえば、リカルド様と組んで作戦を立てるのは彼だと前に聞いたことがあるわ)
テレザから以前聞いた時に、貴族の身分を持ち英雄と呼ばれるリカルドの方が目立つが、ブレンダンだって彼の相棒として有名なのだと聞いたことがあった。
「ねえ。ブレンダン。だから、その方法を具体的に教えてくれよ。スイレンが危ない目に遭うのなら、僕は嫌だ。この身を呈して反対するよ」
「何を言う。クライヴ。僕がそんなことをすると思うかい? 大丈夫だよ。これは誰も傷つくこともないが、一人だけとても恥ずかしい思いをする人は居るだろうね」
彼と目を合わせたブレンダンはクライヴに心の中でその方法を伝えたらしい。クライヴは顎に手を当てると、涼しい顔をして頷いた。
「良いね……流石は僕が気に入った竜騎士だよ。それならば、衆人環視の元での公開処刑になるね。その上に、誰の手も汚していない。恥ずかしい思いをして、怒ってしまう人が一人居るかもしれないけどね」
うんうんと納得した様子で頷いたクライヴに、笑顔のブレンダンは肩を竦めた。
「まあね。リカルドが罰を受けるのも覚悟で竜騎士団を動員して探したスイレンちゃんなら、皆納得するだろう。あと、嫌がるリカルドに対し、王女の横暴はひどいものだった。その上で、取り巻きの暴走だ……いや、これって本当に忖度なのかな。王女がリカルドを護衛に指名して、母の祖国に帰るという絶妙のタイミングに……まあ、良い。動機は僕には別に良いんだ。何が起こったかという結果こそが大事だからね」
「あのっ……えっと……待ってください。私って、何かすることありますか?」
何をどうするか知らないままで進んでいく話に、焦りを感じたスイレンは慌てて声をあげた。
(何がなんだかわからないけど、このままだとわからないままで話が終わっちゃう……)
「ごめん。実はこの計画だとスイレンちゃんの役目は、なるべく可愛くしておくことくらいなんだ。すべては僕らがお膳立てするから。ねえ。クライヴ」
「……そうだね。可愛くいじらしく健気で愛されるのにふさわしい女の子であれば、それだけで君は良いんだよ。相手にやり返すという意味では、それが合っていると思う。スイレンには誰かを傷つけるような強い言葉も、人の道に外れるような汚い手段も似合わないから。君は君らしく、やり返すと良いんだと思う」
「私らしく……」
(仕返しをするなら、可愛くしておけば……良い? どういうことなの?)
まるで謎かけのような彼らの言葉にスイレンが戸惑えば、竜舎の方から竜たちの高い鳴き声がいくつも響いた。
「団長だ。緊急召集だから、僕らは行くよ。スイレンちゃんは、ゆっくり休んでいてくれ」
「スイレン。良く睡眠を取っておくんだよ。睡眠不足は肌に悪いからね」
そう言い残して、二人は素早く近くにある竜舎へと行ってしまった。周囲の家からも竜騎士らしき人が飛び出して来たので、団長が緊急召集をかけたというのは本当なのだろう。
(え。結局、どういう方法で仕返すのか……良くわからなかったわ。可愛くしておくのが仕返しになるの……? どういうことなのかしら?)
いくら首を捻っても、彼らはもう行ってしまったのだからスイレン一人で考えてもわかるはずもない。
色々とあったこれまでを思って急に疲れを感じたスイレンは息をつきいつものように夕食の準備をするかと、家へと入った。




