5-12 驚き
スイレンがリカルドと住む家にまで辿り着くと、ブレンダンがそこに来ていて竜の姿のクライヴに乗りスイレンが帰らないので探しに行こうとしていたのか、青い竜は大きな翼を広げて今にもそこから飛び立ちそうだった。
(クライヴ! ごめんなさい!)
慣れない自力での飛行に四苦八苦しながらスイレンが地面に降り立つと、クライヴは大きな青色の目をまん丸にして彼女を見つめていた。
これから飛ぶと思っていたのにクライブが動かずに不思議そうなブレンダンが何度も名前を呼びかけても、クライヴは動こうとせずにまじまじとスイレンを見つめている。
「ごめんなさい。クライヴ……すっかり遅くなってしまって」
そして、彼らは心の中で何かを話し合ったのか彼に騎乗していたブレンダンが首を捻りながら降りて、クライヴは素早く人化すると呆然とした様子で呟いた。
「スイレン……その……妖精みたいな格好は、どういうことなの?」
「え? スイレンちゃんが? ……どこにいるんだ?」
予想もしていなかった事態にクライヴはあまりの驚きにか唖然としていて、ブレンダンは姿を消しているスイレンを認識出来ずに不思議そうだ。
(そうだった! ……羽根を消せるように、念じたら良いのかしら……?)
スイレンは腕輪をみて自分が元の通りの姿になることを思い描き、透明化されていた体はブレンダンにも見えるようになり背中の羽根は綺麗に仕舞われたようだった。
ブレンダンは何もない場所にいきなり現れたスイレンを見たことが信じられなかったのか、一歩後退って何度か瞬きをしていた。
「スイレンちゃん……? これは、移動魔法か……何かなのかな? すごいね。驚いたよ」
魔法大国ガヴェア出身のスイレンならば、自分が知らない凄い魔法も使えるのかもしれないとブレンダンは無理矢理自分を納得させているようだった。
「ごめんなさいっ! 違うんです。これは、青竜のライデン様にリカルド様に会いたいとお願いをしたら、助けて頂いて……」
帰宅が遅くなったスイレンを心配していてくれたらしい二人にどう説明したら良いかと迷い困った顔で言葉を止めれば、クライヴははあと大きく息をついた。
「スイレン。僕は今回は、余計な真似をしないようにと先に言っていたはずだけど」
「ごめんなさい。クライヴ……」
自分より幼い姿の竜に怒られて落ち込みしゅんとしたスイレンの身に何があったのか、彼女が何をして来たかをお見通しらしいクライヴは、もう一度息をついた後で気を取り直したように気取って言った。
「まあ、あの姿のスイレンは本当に可愛いかったし、それに免じて許すことにしよう。僕はもう何も言わないよ。それで、リカルドはなんて言ってた?」
「待て。クライヴ。スイレンちゃんは、リカルドに会ってきたの? あいつの居る塔には、魔封じの効力が込められていると聞いたけど……」
一人だけ状況のつかめていないブレンダンは、スイレンがどうやってリカルドと会ったのかを知りたいようだった。
「ブレンダン。実はスイレンは上位竜の内の一匹に、やたらと気に入られている。野生の竜が人の子に加護を与えるなど、普通ならばあり得ない。だから、スイレンは彼に力を借りたんだ。魔封じの塔に閉じ込められたリカルドに会うために、可愛らしい妖精の羽根も使えるようにしてくれたらしい」
「……それって、なんで僕には見えなかったの?」
重要そうな上位竜の部分よりそこが気になったらしいブレンダンに、クライヴは呆れた顔をなった。
「何を言っているんだ。ブレンダン。大きな羽根を持つ女の子が王都の空を飛んでいれば、とんでもなく目立つことだろう。だから、我らが上位種も一応は気を使ってくれたようだ。彼女の安全を思えば当然のことだけどね」
「そうなのか。僕も見たかったな……」
「……ブレンダン様っ……私、聞いてきました。リカルド様に、あのことを」
大きな羽根を持つスイレンの姿を見れなかったと残念がっているブレンダンに、彼が知りたかったことを聞いていたスイレンは慌てて口を挟んだ。
「あいつは、何て言ってた?」
「その……名前はわかりません。けれど、どうせあの人の差し金だ……と」
スイレンが慎重にそう言った時に、ブレンダンもあの時の仮面舞踏会の主催した貴族の名前を思い出したらしい。それは、カトリーヌの取り巻きの一人だったと。
明るく爽やかな印象のブレンダンは彼らしくなく、皮肉めいた口調で言った。
「ああ……まあ、そうだろうと思っていたけど、それはそうだよね。ご本人の希望なのか、周囲の忖度なのかはわからないけど……本当に性格の悪いことをする。スイレンちゃんを池に落としたことも許しがたいけど、あの方たちは僕らに万が一があればと尾けさせていた訳だ。本当に許しがたいね」
「ブレンダン。どうするの……ここまで虚仮にされて、君らは何もしないの?」
クライヴは人の世には介入するなとイクエイアスよりきつく命じられているはずだが、相棒も巻き込まれての貴族のご令嬢たちが仕出かした酷い所業を聞いて流石に呆れているようだ。
「何を言っているんだ。クライヴ。相手は未婚で立場ある貴族のご令嬢なんだよ……それならば、こちらだって色々とやりようがある」
ブレンダンはやけに明るい笑顔を浮かべ、クライヴはそんな彼を見上げて肩を竦めた。
「……やり過ぎるのは良くないよ。ブレンダン。女の子相手だろう」
「それは、池の中で泣いているスイレンちゃんを直接見た僕には、全く説得力のないお優しい言葉だね。クライヴ。自分が放った悪意がわかりやすく跳ね返るのだから、今後の彼女たちの人生のためにも良いと思うよ。悪事を企めば、結果どうなるかを知るんだ。直接関係のあるリカルドは今塔の中で、僕に何かされたと抗議するのならば、彼女たちだってあの経緯を詳細に説明する必要があると思うけどね」
「あのっ! 私も、します。仕返しするならします!」
良い笑顔で底知れぬ怒りを感じさせるという器用なことをしているブレンダンと、これまでに彼がしたことを思い返しやり過ぎるなと呆れ顔のクライヴは、あまり積極的な性格とは言えないスイレンがそう言い出したことに二人して驚いているようだ。
「え? スイレンちゃんが?」
「待ってくれ。大丈夫だ。スイレン。可愛い君が何もしなくても、そこのブレンダンが代わりに手を汚してくれるだろう」
やはり、この二人は被害を受けただけのスイレンには、何もさせるつもりはなかったようだ。
(今までの私だったら、きっと……何もしなくて良いって言われれば、わかりましたってお願いしていた。でも……もう、決めたの。私はただ大事に守られるだけではなくて、リカルド様に一緒に歩いて行くんだって)
これまで、スイレンがガヴェアに居た時と同じような性格で居られたのも、リカルドが住む場所を与えてくれて辛いことがないようにと守ってくれていたからだった。
(けど、もうそういう訳にはいかない。私もリカルドと結婚して、彼に寄りかかるだけでは嫌だもの。変わらなきゃ)
「私。とっても、怒っているんです。それに、私もいずれデュマース家に入る訳ですから、貴族の方と対等に渡り合えるようになりたい……です!」
両手を握って一生懸命そう力説したスイレンに、二人はぽかんとした表情で目を見合わせた。
大人しかったスイレンがいつになく怒っていると自ら言って仕返しをしたいと言い出したのだから、彼らが驚いても無理はない。
(びっくりしてる……よね。けど、今回は私だって許せないもの)
池に落とされて罠に掛けられ、その上でリカルドに誤解をされてしまったのだ。スイレンには、いくらでも彼女たちに言いたいことがあった。
それに、誰もがみな平和を望みながらも、人々の間に争いが無くならない理由もわかってしまった。
(彼女たちにだって、きっと言い分はあると思う。けど、私はリカルド様を悲しませたことだけは許せないし、許したくない)
自分が不条理な理由で冷たい池に落とされて体調を崩したことも、以前のスイレンならば自分が我慢して済むものならばそうするべきだと、自分に言い聞かせていたはずだった。
けれど、帰還したばかりのリカルドに敢えて誤解させたことだけは許せない。
「え? スイレンちゃん。どうしたの……何かあったの?」
「そうだよ。スイレン。もしかしたら、何か変な薬でも飲んじゃったの?」
ブレンダンとクライヴはいきなり過激なことを言い出してしまったスイレンに戸惑っている様子だったが、彼女は微笑んで首を横に振った。
「違います! 私、決めたんです。絶対、お姫様には負けたくないです。だから……今までの自分と、変わりたくて。どうか協力してください」
胸の前で両手を組みぎゅっと強く握りしめたスイレンはもう何も出来なかった過去の自分には戻らないと、この時に決意をした。




