5-11 覚悟
「俺は本当に馬鹿だ……どうせ、あの人の差し金だ」
目を伏せて悔いるようにリカルドが言ったので、スイレンは彼の言葉の意味を図りかねて戸惑った。
(あの人……? もしかして、王女様のことかしら?)
リカルドとスイレンとの仲を邪魔をしているという世継ぎの王女は、事務手続きを妨げるために貴族院にまで手を回しているらしい。それに、スイレンが仕事だからと呼ばれたのは他でもない彼女の取り巻きと言われている令嬢の邸だったのだ。
そう思えば、何もかもが繋がるような気がした。
「……リカルド様? あの」
スイレンの呼びかけにリカルドは大きく息を吐いて、目を上げた。その時に彼女が目にしたのは、何かを決意したような光のある強い瞳だった。
「ああ。こうしていると、スイレンと初めて会った時を思い出すよ……俺はあの時、死を前にして何も言えなかったのに、君は何度も会いに来てくれていた。嬉しかった……あの時に思っていたんだ。もっと早く、こんな檻の中ではなく出会えていたら、君を俺が幸せにしたいと」
先ほどとは違った落ち着いた口調でリカルドは言い、彼には見えていないはずのスイレンの手を強く握った。
「リカルド様……私。リカルド様しか見ていません」
スイレンは両手で彼の手を包むように握り返し、リカルドはそれに頷いた。
「わかっている……スイレン。君を疑ってしまって悪かった。スイレンとブレンダンが、何もなかったから隠そうとした理由もわかる。俺が何もかも上手くいかないと一人苛立ち、追い詰められていたからだ。君は待ってくれると言ってくれたのに。馬鹿なことをした。心配をかけて済まなかった」
「……いいえ。私も今回のことで、わかったんです。私には覚悟が足りていなかったんです」
「覚悟?」
震えた声で発せられた言葉がリカルドには意外だったのか、不思議そうな表情になった。スイレンは彼には見えていないとわかりつつも、何度も大きく頷いた。
「私。ガヴェアに居た時、私がここで何をしても無駄なんだって……そう思っていました。お金もないし逃げ場もない出口なんて何処にもない。私はずっと逃げられないままで、このまましたいことも出来ることもなく一人で死んでいくんだって諦めていました」
(お父さんとお母さんが亡くなって、誰もが私のことなんてどうでも良いんだって思ってた。でも……)
「……スイレン。それは」
「けど、リカルド様にこの国に連れて来て貰って……お嫁さんになれるって聞いて嬉しくて……でも、こんな自分が貴族になるなんてって、どこか不安だったんです。だから、今の自分でも認めて貰えるような場所に逃げていました。けど、もう決めました。私、絶対にリカルド様と結婚します。貴方と結婚して、幸せになります。お姫様に何をされても負けません。覚悟を決めます」
きっぱりと言い切ったスイレンに、リカルドは今の状況には似つかわしくないような明るい笑顔を浮かべた。頑強な肉体を持つ竜騎士だというのにやたらと可愛らしい彼の笑顔を見て、スイレンも思わず微笑んでしまった。
「そうか。俺も君の状況はあまりに急に変わり過ぎたと思うから、不安になってしまうのも無理はないと思う。俺も同じように、覚悟を決めよう。あと……スイレン。またあの青竜の力を借りたんだな。前にも言ったけどあれの力を借りるのは、あまり良くないと思う」
それは前にも彼から注意されていたことなので、スイレンはしゅんとして俯いた。
「ごめんなさい……どうしても、私。リカルド様に会いたくて……それに、あの方はイクエイアス様とも仲良しで、この国に来ても大丈夫と聞いて」
「そうか……」
何かを考え込んでいるのか、深刻な表情でリカルドは黙り込んでしまった。スイレンは不安を感じどうしてもリカルドと話したかったものの、彼の心配事を増やしてしまったのかもしれないと心配になった。
繋いだままの手を離せずに口が上手いとはお世辞にも言えないスイレンは、黙り込んでしまった彼の気持ちをどうにかして和ませたくて何をしようかと悩んだ。
(何が、良いかな……あ。そうだわ)
スイレンは前に彼が好きだと言った歌を、小声で口ずさんだ。そうしたら、リカルドも気がついて笑ってくれた。
二人で微笑みあったその時に扉を叩く音が聞こえて、高飛車な女性の声がした。
「……リカルド・デュマース。開けなさい」
さっと顔色の変わったリカルドは、小声でスイレンに言った。
「スイレン。戻れ……必ず君の元へ帰るから、待っていてくれ」
スイレンは頷き心の中で、力を貸してくれた彼に呼びかけた。
(ライデン様。お願いします!)
王城に居たはずなのに一瞬の内に広い草原の中に移動したスイレンは、一人佇む背の高い男性と向き直った。
「……どうだった?」
「ありがとうございます。ちゃんと話すことが、出来ました。ライデン様……あのっ、お礼をしたいんですけど」
彼の要望を聞くことなく魔法の花を出したスイレンに、端正な顔をした青年は頷いた。
「ありがとう。君は気が利く。良くわかっているね……俺が怖いか?」
竜は人の心を読む。上位竜となれば、眷属のワーウィックたちより多くのことを知るだろう。
(ライデン様は、私がさっきリカルド様に注意されたことを既に知っているのね……隠しても無駄だわ。どうせなら、はっきり聞いた方が良い)
スイレンは決意して、彼にリカルドから聞いた話を聞いてみることにした。
「すみません。リカルド様から、ライデン様のお話を聞いて……その、神喰いと呼ばれていると」
自身の不吉な二つ名を聞いてスイレンは彼は気分を害するのではないかと思ったが、なんなく肩を竦めて言った。
「二百年程前に、俺に面倒なことを言い出した土地神を殺したことはある……今思うと、それはあまり良くないことだった。神を殺したことにより、その場所自体に憎まれて俺はそこへは行けなくなった」
やはり、リカルドの言っていた通り神と呼ばれる存在を殺したことは確かだったのだと、スイレンは息を呑んだ。
普通の人ならば神話でしか聞かないような摩訶不思議な出来事なのに、目の前の彼にとってみれば自らに起こった過去なのだ。
「それで……神喰いと呼ばれているんですね」
「ああ。それに、良くない呪いももらった。君の恋人が心配しているのは、そのことだろうとは思う。だが、気にすることはない。君には何の関係もないことだから」
ライデンヴァーガルは飄々としていて、何の心配もなく平気だと言いたいようだった。けれど、スイレンには何故か彼の言って居ることが嘘だろうとわかってしまった。
(なんでだろう……昔の私と、同じように思えるの。いつも花を買ってくれる女将さんのように良くしてくれる人に、自分は平気だから大丈夫って言い聞かせていても、本当は全然平気じゃなかった……けど、優しいあの人に迷惑を掛けたくなくて……何も言わなかった。言えなかった)
「ライデン様。私……今までのお礼に、ライデン様の味方で居ます。ずっと。貴方は一人ではないと思えるように」
ぱちぱちと目を瞬かせた人型のライデンヴァーガルはスイレンが今言ったことを理解するのに、時間を掛けていた。けれど、スイレンの言いたいことが、彼ならば嘘ではないとわかるはずだ。
竜は人の心を読むことが出来るのだから。
「ははははっ! 面白い。そうだ。君の恋人は当分あの塔に居るんだろうから、これをやろう」
彼が人差し指を向ければ、スイレンの腕に何かが巻き付いた気配がした。彼女は右手を持ち上げ手首にある細い金属で出来た腕輪を見た。
「……腕輪? これは」
「さっきの羽根を、出すことが出来る。透明になることも出来るが、これで透明になったように見えるのは、力弱き者だけ。俺のような竜には見えてしまうだろう。それにさっきのように呼びかけても、遠くに居ればすぐには助けには来られない。使用場所にはくれぐれも気をつけるんだ」
「ありがとうございます!」
(これがあれば、リカルド様のところに会いに行けるわ……!)
リカルドが解放されるには、彼の上司キースが帰ってくる頃だろうと言われていて、いつ帰って来るかという時期はまだ確定はしていない。
夜空に悲しげな竜の鳴き声が響いて、スイレンは自分のことを待つ誰かのことを忘れていたことを思い出した。
(そうだ。クライヴ!)
「ごめんなさい。ライデン様……私、家に待ってくれている子を、すっかり忘れていました」
「くれぐれも無理をするなよ」
早速空を飛べるように背中に羽根を出したスイレンを見て、彼は苦笑して手を振った。




