5-9 夕焼け
(え。どうして……私との婚約の手続きが進まないから。それを、どうにかしようと思ったから……? だから、リカルド様は王へ意見してしまったの?)
クライヴが来てくれるまで、スイレンは呆然として玄関先に立っていたままだった。飛行してここまで来た青い竜が翼をはためかせ降り立ち、目の前で人化をしてもそれをただ見ているだけだった。
「スイレン! ごめん。遅くなって……大丈夫?」
幼い少年の姿をしたクライヴはスイレンに寄り添って、人目を避けるようにして彼女を家の中へと導いた。ようやく口を開くことが出来たスイレンは、今まで気になって堪らなかったことを彼に聞いた。
「あっ……クライヴ。あの……リカルド様が捕えられたのは知っているけど、ワーウィックはどこに居るの?」
(どうして、クライヴが来てくれたの。私のことなら、ワーウィックが先に来てくれるはずなのに……)
リカルドと心の中で意思疎通することの出来る竜ワーウィックが居れば、スイレンは間接的に彼と話すことが出来る。だから、もしクライヴがここに来ることが出来るなら、ワーウィックだって来ることが出来るはずだとスイレンは思った。
普段表情を動かさないはずのクライヴは顔を歪め、言いづらそうに言った。
「ああ。念の為にと、ワーウィックも連れて行かれたんだ。今はリカルドが罪を犯した容疑者のようなものになっていて……正確に意思疎通することの出来るワーウィックは、イクエイアスの傍から離れられない。普段なら僕らだって話すことは出来るんだけど……イクエイアスから、禁じられている」
「ワーウィックも? そんな……」
自分が知らぬ間にとんでもないことになってしまった現状を知り、スイレンは絶句した。竜騎士の竜は上位種イクエイアスに眷属だから、彼には従わねばならない。
「世継ぎの王女からなんと言われようが、自分の立場を考えてリカルドだって我慢の限界まで耐えていたんだ……スイレン。ブレンダンから詳しい事情は聞いている。君なら大丈夫だと思うけど、ここで何かをすれば、もっとややこしいことになるから。敵に囚われていたあの時とは、状況が全く違うんだ。助けようだなんて、絶対に考えてはいけない。わかった?」
以前、スイレンがリカルドを救うために自分の身の安全も考えずに魔の森へと連れて行って欲しいと言った時とは、同じようにはいかないと念押しするようにクライヴは言った。
「わかったわ。クライヴ……ごめんなさい」
(これでリカルド様から、誰からあの事を聞いたのかを聞くことも出来なくなってしまった。クライヴが居ればブレンダン様と連絡を取れるはず……けど、もし何か悪いことがあったとしても、この二人は私には言わないかもしれない)
ブレンダンとクライヴは、似た者同士で契約を結んでいる竜と竜騎士だ。彼らは何もしなくてもやたらと好かれてしまうためか女の子には甘い対応を取るので、それはスイレンに対しても同じ事だった。
「スイレン。大丈夫かい? ショックなことが続いたんだから、君は少し休んだ方が良い。僕が店やテレザにも説明しておくよ。ブレンダンが出来るだけ、君の傍に居るようにと言っていたから……」
冷静なクライヴがテキパキと事を先に進めて行こうとするので、スイレンは慌てて彼の話を遮った。
「クライヴ。待って……待って。私、仕事は休みたくないの」
「え? どうして? リカルドが大変な時なんだ。少しくらい休んだって、誰も何も言わないよ」
彼には予想外の反応だったのか、クライヴは不思議そうにスイレンを見上げた。
「仕事をして……出来るだけ、夢中になっていたいの。家にこもってリカルド様とワーウィックが居ないことばかり、考えていたくない……それに、私仕事をするのが好きなの。信用して任されている仕事があるのなら、休みたくない」
「……わかったよ。そうしたいなら、そうしよう。前の時も思ったけど、君って可愛いのに言い出したら聞かないよね。スイレン」
クライヴははあっと息をつくと、わざとらしく肩を竦めた。
彼はリカルドを助けに行きたいから、スイレンが魔の森まで連れて行って欲しいと詰め寄った事のことを言っているらしい。
確かに連れて行ってくれないとと脅すような言葉を使った記憶のあるスイレンは、苦笑して頷いた。
「クライヴに可愛いって言ってもらえて嬉しいけど、それは関係ないと思うんだけど……」
いちいち女性の好むような言葉遣いをするクライヴは、スイレンが表情を綻ばせたのを見て少し満足げだった。
リカルドとワーウィックが他ならない自分たちの仕える国の城で捕まっているという緊迫した状況だというのにスイレンが笑うことが出来たのは、いつの通りの淡々として冷静な様子を見せるクライヴのおかげだった。
「ああ。ごめん。少しばかり言い方を間違えた。そういう頑固なところも、可愛いなって言ったんだよ。スイレン」
「ありがとう。クライヴ……いつも、私が辛い時に一緒に居てくれてありがとう」
本来ならクライヴはスイレンの傍に居る必要などないのに、頼まれたからこうしていつも一緒に居てくれるのだ。
膝を折って身長の低い彼を抱きしめたスイレンに、クライヴは耳元で言った。
「うん。まあ……大事な君のためだからね。気にしなくて良いよ」
安心させるように背中を叩いてくれた彼の言葉に、スイレンは何度も頷いた。
◇◆◇
「……スイレンさん? もう時間だよ」
いつものようにガーディナー商会で働いていたスイレンは、自分を呼ぶ声を聞いてはっと顔を上げた。
同僚のサマンサが、スイレンに与えられた仕事部屋から顔を出していた。遅れて彼女の言葉を理解し、顔を上げて壁掛け時計を見れば既にスイレンが退勤する予定の時刻は過ぎていた。
「あっ。お疲れ様ですっ……すみません。ありがとうございました」
「お疲れ様」
色々あったと知っていて気にしてくれている彼女は、微笑み軽く手を振って行ってしまった。
(いけない。もうこんな時間だった……考えたくないのに、嫌な想像ばかり考えてしまうから……)
リカルドが捕えられてから、今ではもう一週間が過ぎていた。
彼の妹のクラリスは兄が捕えられたと聞いても「お兄様なら大丈夫。殺しても死なないから」と、とても楽観的だったが、スイレンはとてもそんな風には思えなかった。
リカルドはヴェリエフェンディでも、有名な竜騎士だ。
ブレンダンもクラリスも国王に逆らったように見えたとしても、彼が居ることで強化される国防を思えば、処罰されることなど考えられないだろうという見方をしていた。反省のために謹慎する程度だろうと。
それに、リカルドの上司にあたる竜騎士団長は今、単独での任務があり帰還が遅れているらしい。先の王弟の息子で王族でもある彼が意見すれば、すぐに解放されるだろうと言われていた。
スイレンにはわからない政治的な話も、ブレンダンとクラリスから説明を受ければそうなのだろうと思うことも出来る。
けれど、スイレンは誤解されたままに離れることになってしまったリカルドに今すぐにでも会いたかった。彼に会えないと、言葉にならない程に強い焦燥感が胸に溢れるのだ。
今は自分が何をしてもどうしようもなく時間が経つしかないとわかっているから、違うことを考えた方が楽だと頭では理解しながらも心が追いつかない。
だから、スイレンは自分に時間を忘れ、夢中になれる仕事があることに感謝した。
ガーディナー商会を出て、空が燃えているように真っ赤な夕焼け空を見上げれば同じ色の髪を持つ人を思い出してしまった。
(会いたいな……リカルド様。自分の口から、何があったかちゃんと説明したいのに)
リカルドならスイレンが仕事をなくしたくないと思っていた事や、彼と絶対に別れたくないこと、今は負担になるような事を言いたくなかった事を説明すれば、きっとわかってくれるはずだ。
そういう人だと知っているから、スイレンは彼のことが好きだった。
とは言え、クライヴだって守護竜イクエイアスの眷属で、国王の意向に逆らうことは許されない。今回ばかりは、協力を望めないだろう。
(あ……けど、ライデン様なら?)
以前、力を貸してくれた上位竜、鱗をくれたライデンヴァーガルは、イクエイアスと同等の力を持っているはずだ。
スイレンの出す魔法の花を気に入ってくれた彼ならば、どうにかしてリカルドに会わせてくれるかもしれない。
そう思い立ったスイレンは、巨体を持つ彼が降り立つことが出来る草原へ向かって走り出した。




