5-5 同志たち
「スイレン!」
「……ワーウィック!」
安静のために体を横にしているのにも飽きてしまい、居間で座りぼうっとしていたスイレンに、幼い少年の姿をしたワーウィックは駆け寄ってぎゅうっと彼女の体を抱きしめた。
(ワーウィックが、帰ってきた……!)
ワーウィックがここに居るということは、彼の竜騎士もすぐ傍に居るということだ。その事実を理解し心がにわかに浮き立ったスイレンは、扉の方向へと目を向けた。
「ただいま……スイレン。体調を悪くしたと聞いたが、大丈夫だったか?」
先ほど帰って来たばかりらしいリカルドは、心底疲れ切った様子で持っていた荷物を置き黒い上着の首元を緩めていた。
燃えるような赤髪は何故か激しく乱れているが、とても機嫌の悪そうに立っているというだけでも絵になってしまう人だった。
スイレンはリカルドの事を彼のことを考えるだけで居ても立ってもいられなくなるほどに彼のことが好きなのだが、特に好きだと思うものが彼が持つ茶色い瞳だった。
たった今も心中の迷いなど一切感じさせぬような、まっすぐな視線を放っている。
(……嬉しい! 帰って来たんだ)
スイレンはようやく帰って来たリカルドに駆け寄りたかったが、ワーウィックが腰の辺りに抱きついているので身動きが取れずに苦笑した。
「リカルド様! おかえりなさい。大丈夫です……あの、そうなんです。寒かったから風邪をひいてしまったみたいで……」
彼はテレザから先んじてスイレンの様子を聞いていたのだろうが、その経緯を彼には詳しく説明出来ないスイレンは慌ててしまった。
嘘をついているという罪悪感から、彼をまっすぐ見ることが出来ず、自分でもこれだと怪しまれるかもしれないとは思った。
(どうしよう……リカルド様に嘘をつくなんて、初めてだもの。さっきの言葉も不自然だった?)
両親を亡くしてから引き取ってくれた叔母に冷遇をされて育ったスイレンは、今思うとこれまで自発的に誰かに嘘をつくことなんて考えたこともなかった。
その日の売り上げだって誤魔化すこともなく正直に渡していたし、素直に従っていた。それが彼女が生きていく上で、当たり前だったからだ。
どうにか自然に振る舞おうとしようとすると、不自然になってしまう。
わかりやすく目が泳いでしまったスイレンを見て、リカルドは不思議そうに首を傾げた。
(どうしよう……変に思われた? けど、これ以上何も言えない)
ぎゅっと目を閉じたスイレンに、リカルドは近づき彼女の額に手を当てた。
「熱があるのか……そうなのか? 少しの間、家で休んだ方が良いんじゃないか? 仕事は休んだ方が良い。俺からブレンダンに言っておこうか?」
(……ブレンダン様!)
リカルドの口から他ならぬ彼の名前を聞いて、どうして誤魔化そうかと思っていたスイレンの心臓は大きく跳ねた。
スイレンの腰に両手を回していたワーウィックはその瞬間に、とても楽しそうな顔になり、様子のおかしなスイレンを心配そうに見るリカルドに言った。
「ねえ。リカルド。風呂にでも入っておいでよ。言っとくけど、今日の寝癖本当に凄いよ。普通なら今の君は可愛い女の子の前に出られるような格好じゃないからね」
「……そこまで酷いか?」
呆れたようなワーウィックの言葉を聞きリカルドは微妙な表情になり、両手で自分の髪を掻き混ぜた。
癖のある赤髪がより一層乱れていくので、スイレンはそれを見て微笑んだ。
(可愛い……もっとくしゃくしゃになってしまった)
今のスイレンはリカルドが何をしても可愛く思えるので、もう彼からは離れられないかもしれない。どうしようもない理由がない限り。
「ほらーっ……見てこれ。思わず笑っちゃうくらいの寝癖なんだって。ようやく帰れるってわかってから、急いで帰って来たから仕方ないし……さっさと風呂に行きなよ。リカルド」
その後リカルドとワーウィックは意味ありげに目を合わせ、何か心の中で語り合ったようだが、リカルドは黙ったまま二階への階段を上がって行った。
「ねえ。ワーウィック。さっきリカルド様と、何の話をしていたの?」
早くここから彼を追い払いたがったらしいワーウィックは、先ほど彼に何と言ったんだろうとスイレンは不思議に思った。
「ああ……長旅で汗くさいから、さっさと風呂入って来いって言ったんだ。そうでもしないとね。あいつはここから出て行かなさそうだったから、スイレンと久しぶりに会えたから……」
それはスイレンも同じ想いだったので、リカルドもそうだったのだと知り嬉しくなった。
(嬉しい……リカルド様と出会ってから、こんなに離れていたのは初めてだもの)
王都の広場で檻に入れられた彼を初めて見たあの時から、どんなに辛いことがあろうが、スイレンには常に希望の光が見えていた。
それが、リカルドだった。
二週間彼と離れてから、どれだけ彼の存在に救われていたのだろうと、スイレンは思い知ったのだ。
「それはまあ、良いんだ。スイレン……君、ブレンダンと何かあったね?」
賢くも恐ろしき美しい竜は、不思議な能力で人の心模様を見る事が出来るのだと言う。彼らはそれを見た上で、自分の好みに合う竜騎士を選ぶのだ。
このワーウィックが、彼の竜騎士リカルドを選んだように。
そんな彼には下手な嘘をつけぬと悟り、スイレンは正直に打ち明けることにした。
「……ええ。そうなの。実は私がリカルド様とブレンダン様を間違えて、ベッドの上で一夜を過ごしたわ。けど、私たちは何もしていないし、ただ寝ていただけでお互いに気持ちもないの。けど、もし知れば嫌な思いをさせてしまうと思うから。リカルド様には秘密にしたいの。ワーウィック……お願い。言わないで」
両手を組んだスイレンのお願いを聞いて、ワーウィックは何度か頷いて笑った。
「ああ……なるほど。スイレンが風邪をひいて高熱を出していて、意識が朦朧としていたから二人を間違えたんだね。えー! なんだ! つまらない。二人で酒でも飲んで、ついうっかり、キスでもしたのかと思ったよ!」
「ししし、してません!」
とんでもないワーウィックの誤解がリカルドに聞こえてしまったらと慌てたスイレンは、思わず彼が居る二階の方天井へと目を向けた。
「うんうん。わかるよ。あいつら背格好がよく似ているよね。スイレン。それは、気にすることはないよ。僕らだって、たまにあいつらを間違える事がある」
「待って……ワーウィック。嘘でしょう……ふふ」
自分たちはとても真剣な話をしているのだから、ここで笑ってはいけないと思いつつ、ワーウィックの澄ました顔にスイレンは笑いを堪えられなかった。
微笑ましさを感じ口元を緩ませた彼女を見て、ワーウィックはしてやったりと思ったのか、にやにやと笑った。
「本当だよ。あいつらは髪と目の色は違うが、背格好は似ているし、幼い頃から同じような鍛錬をこなしているから、筋肉のつき方も似ている。視界が悪くて良く見えなかったのなら、それは仕方ないことだと思う」
「え。待って……ワーウィックだって、そう思うの?」
自分の竜騎士なのだから間違うなんてあり得ないだろうとスイレンは驚くと、ワーウィックは軽く肩を竦めて言った。
「……そう思うよ。僕だって洞窟の暗い中や夜にリカルドだと思ってブレンダンの近くに行ったら、それとなく距離を取られてショックだった事があるんだ。いや、向こうだって僕にあいつと間違われたと思ったんだろうけどね。前にクライヴに言ったら、自分も同じような事があったとそう言っていた。大丈夫だ。スイレン。君は一人じゃない。僕らは同じ間違いを犯した、同志たちだから」
神妙な口調のワーウィックが語るその光景を想像してしまい、堪えきれなくて笑い始めたスイレンを見て、ワーウィックも同じようにして笑った。
「なんだ、そんなことだったのか。僕はてっきり……まぁ、リカルドに言いたくないなら、そうした方が良い。気にしなくて良いよ。スイレン……君って本当に、可愛いよね」
「ワーウィックもとっても可愛いわ。ありがとう……私のお願いを聞いてくれて」
「スイレンのお願いなら、なんでも。けど、もしどうしても感謝の気持ちを表したいと思うなら、魔法の花で良いよ。久しぶりだから、たくさん食べたいんだ」
調子よくそう言ったワーウィックに、スイレンは微笑み彼の体を覆うような数の魔法の花を出した。




