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1-7 空の散歩

 長距離を瞬く間に飛行した昨日とは打って変わって、ゆったりとしたまるで飛ぶことを楽しむように深い青の竜は進む。


 つい先ほどまで、自分達が居た白亜の美しい王城も、上空からこうして見下ろすと子どもの玩具のように小さく見える。スイレンは、前方から吹き付けて来る気持ちの良い風に目を細めた。


「僕の竜は、クライヴっていうんだ。スイレンちゃんのことを、すごく気に入ったって。なんだか、色んな花の良い匂いが君からしてるって、言ってるよ」


 後ろからブレンダンに腕を回されて竜に騎乗しているスイレンは、首を回して後ろを振り向くと思ったより近くに、ブレンダンの整った顔があって慌てた。


 驚いて思わずバランスを崩してしまいそうになったスイレンを、彼は大きな手で危なげなく支えてくれた。


(びっくりした……本当に、視界に入ると心臓に悪いくらいに美形な人だし……)


 照れくさい恥ずかしさを誤魔化すようにして、スイレンはブレンダンに聞いた。


「あの、竜って人の言葉を理解出来ているんですか?」


「もちろん。そして、竜騎士となって契約を交わすことになれば、自分の竜とは心の中で話すことも出来るよ。ふふっ……君は本当に可愛いから、僕より自分の方が似合うって」


 クライヴと呼ばれた青い竜は、ブレンダンがそう言えば機嫌良さげにキュルキュルと高い声で鳴いた。彼を信頼しているからこその甘えたような声音に、スイレンは思わず笑ってしまう。


 気分を良くしたスイレンは、空飛ぶクライヴの鼻先にいくつもの魔法の花を出した。


 クライヴは大きな口を開いて、宙に浮く花を飲み込むと、より大きな鳴き声でキュルキュルとせがむようにして鳴く。


「驚いたな。さっきの花は……スイレンちゃんが?」


 飄々とした態度のブレンダンが、彼らしくない様子で驚き、少し震えている声で彼は聞いた。


 スイレンは彼の問いに静かに頷いて、クライヴの顔が届くだろう範囲に花をいくつか出現させてあげると、青い竜はまた喜んで花にかぶり付いた。


 可愛らしいその様子に目を細めつつ、スイレンはブレンダンがリカルドに何も聞いていないのではないかという事に思い立った。


 彼ら二人は昨夜は仕事の話をしていただろうし、時間も遅かった。


 リカルドがスイレンの事を説明するにしても、檻の中に居た時の事をブレンダンに詳しく説明するような、ゆっくりした時間を過ごしたとは思い難い。


(そうだ。この人は私のことを何も知らないんだ……)


「あの……私。リカルド様が囚われになっていた魔法大国と言われているガヴェアの出身なんです。でも、この花魔法しか満足に使う事しか出来なくて、王都で生花を売る職業の花娘をしていました。あっ……でも、今クライヴが食べているのは、食べることも出来る魔法の花なので、お腹を壊したりしないと思います」


 もしかしたらブレンダンに心配を掛けてしまっているのかもと真面目な顔で言ったスイレンに、ブレンダンは吹き出して明るく笑いながら言った。


「はは。それは全く心配をしてないけど……クライヴは、君の魔力が美味しいらしいよ。竜はね。獣の肉なんかをあまり食べない代わりに、空をこうして飛びながら大気中にある魔力を取り込むんだ。君の出した花は、ほっぺたがとろけるほど甘くて美味しいって……そうか。僕も、以前に聞いたことある。壮麗なガヴェアの王都名物の花娘。綺麗どころばかりって、聞いていた。スイレンちゃんは、その花娘の一人だったんだ」


 彼の言葉に頷いたスイレンを見て、ブレンダンは端正に整った顔を傾げた。


「ねえ。スイレンちゃん、僕にしない? あいつと同じ竜騎士でも、僕だったら平民の君を嫁にしたって問題ない。引退したら、裕福な商家の嫁だ。貴族の嫁なんかより、絶対に君に向いていると思うけど?」


 甘い声で耳元で囁かれ、えっと驚いて、彼の顔の方向を振り返りかけたスイレンは目を見開いて彼の背後の光景に驚いた。


 ブレンダンの背中目掛けて、巨大な火の塊がすぐ傍にまで迫って来ていたからだ。


 高い悲鳴を上げたスイレンを余裕の顔で片腕でぎゅっと抱きしめると、ブレンダンは無言でクライヴを急上昇させた。


「あっぶないなあ、僕とクライヴじゃなかったら死んでたよ……僕たちは、楽しい空の散歩をしていただけ。何しに来たんだよ、リカルド。お前は凱旋式の主役だろ」


 青い空に浮かぶ、深紅の竜ワーウィック。その竜に騎乗しているのは、先程凱旋式に出ていた時に見た正装そのままのリカルドだ。


 そして、なぜかこちらを強い瞳で睨み、顔を歪めて怒っている様子だった。


 予想外のあまりの出来事に、思わず震えているスイレンの背中を撫でるブレンダンは、ふうん? と目を細め、どこか一人納得したように頷いた。


「ほら見ろ。スイレンちゃんもこうして、震えて怯えている。ここは、攻撃するのが当たり前の戦場じゃないぞ。そんな事も、わからないのか。戦闘バカが」


 挑発するようなその言葉に、リカルドは地を這うような低い声で怒りを露わにした。


「……スイレンを渡せ。なんで、お前とここにいる」


「その言葉。そのまんま、お前に返すけど。リカルドは、なんでここに居るの。今夜は王族も出席する晩餐会まで、参加する予定だろ?」


「時間までには、帰る。良いから。スイレンを渡せ」


 断固たる雰囲気を醸し出すリカルドに、ブレンダンは呆れたようにした。


「これは、話にならないな……スイレンちゃん、どうする?」


 青い空の上で、二頭の竜が睨み合っている様子は圧巻だ。


 スイレンはぎゅっと強い力で押し付けられていたブレンダンの胸から顔を上げると、リカルドの方を見た。


 眉を寄せて、二人の様子を見ているリカルドの顔を見ると、先ほど見てしまった彼と彼の婚約者が微笑み合っていた光景が蘇る。


 ぎゅっと、胸がきしむように痛むのを感じた。


(この人は、美しい婚約者を持つ人……でも、別にただ好きでいるくらい。良いよね……)


「あの、ガーディナー様。今日は、本当にありがとうございました。私……リカルド様と、帰ります」


 ブレンダンはスイレンの言葉を聞いて、参ったと言わんばかりの表情になり肩を竦めると、スイレンにだけ聞こえる小さな声で言った。


「あいつが嫌になったら。いつでも、僕のところにおいで」


 ブレンダンはスイレン本人の希望ならという態度で、火竜ワーウィックのギリギリにまでクライヴを近づけると、スイレンをリカルドに慎重に引き渡した。

 鞍に腰かけた途端に、ぎゅっとリカルドの太い腕がスイレンの細い腰に巻きついた。


「あのっ……ガーディナー様。ありがとうございます」


 すぐに旋回しようとしたワーウィックに、慌ててブレンダンに声をかけたスイレンににこっと笑いかけるとブレンダンは手を振ってゆっくりと下降していった。


 それに目をやって見送るスイレンを見て、リカルドは腕の力を少しだけ強くした。


「空き時間が出来たから。一度、家に帰ったらいなくて……心配した。なんで。こんな格好なんだ?」


 着飾った彼女を、初めて間近で見たせいだろうか。信じられないような驚いた顔をして、リカルドはスイレンを見下ろした。目の縁も、赤く見えているのは気のせいだろうか。


「あの、これは……ガーディナー様が買ってくださって……」


 リカルドはスイレンの答えを聞いて、何故か気分を悪くしたようだった。眉を上げて気に入らない事を示すように、鼻を鳴らした。


「こうした空の散歩に行きたいのなら。俺とワーウィックが、また連れて行こう。今日はもう帰ろう」


「はい」


 彼の言葉に素直に頷いたスイレンは、来た方向へと進路を変えたワーウィックの鼻先に魔法の花を出した。


 予想通りと言うべきか。クライヴと同じように、大きな口を開けてパクリと花を飲み込んだ。


 嬉しそうにキュルキュルという鳴き声を出し、ねだるように後ろを振り向きながらワーウィックは前へと進む。


「……君の魔力は、すごく甘いそうだ。もっと欲しいと」


 ワーウィックにそれを言うようにと伝えられたのか、リカルドは渋々と言葉を出した。


「ふふっ……さっき、クライヴも同じようなことを言っていました。竜には、私の魔力が甘く感じるんですね。不思議ですね」


 いくつかの花をワーウィックの鼻先に浮かべながら、宙に魔法の花を振り撒いていく。花を追い掛けるようなワーウィックは上機嫌で、口元から小さな火を吐き出したりもしていた。


「……ワーウィックは、君をとても気に入ったようだ。スイレンが呼んでくれたら、いつでも行く、と」


「え!? あの……とんでもないです。リカルド様。ワーウィックは、リカルド様の竜では?」


 何か気を回させてしまったのではないかと、恐縮して言ったスイレンにリカルドは微笑んだ。


「そうだな。確かに俺が竜騎士になる時に、この竜ワーウィックと契約した。だが、それでワーウィックの行動を縛ることは出来ない。竜は自由な生き物だから、君が呼べば行くと言ったのは、ワーウィックの勝手だ。別に俺が止めるようなことじゃない」


「……ワーウィック、本当?」


 ワーウィックは振り向き、こちらをちらっと見てから「そうだ」と言いたげに大きく頷いた。


 賢き恐ろしい生き物は、人語も完全に理解している。スイレンは彼の好意の申し出にありがとう、と呟くとまたキュルキュルと嬉しそうに鳴いた。


「……わかったよ。ワーウィックは、自分の意思を正確にスイレンに伝えろとうるさい。君のことがとても気に入っているので、いつでも会いに行くと。何かあったら、呼んでくれ。さっきの氷竜クライヴなんかより、自分の方が優れているそうだ」


 ようやく自分の言いたいことがすべて伝わったと思ったのか、ワーウィックは進行方向を向いて満足そうだ。


 スイレンは賢くて美しいこの竜が、もし自分が困ったらいつでも駆けつけてくれると思うと嬉しさに胸が高鳴った。


 それも、想い人のリカルドの竜だ。


 自分がそうした存在に気に入られるのは、素直に嬉しかった。


「君をそのまま、俺の家の前まで送る。今日は仕事で遅くなると思うから、先に寝てしまっても構わない……ブレンダンがもし来ても、絶対に家には入れないように」


 小さな子に言い含めるようにそう言うと、ワーウィックは行き先は心得たと言わんばかりに、滑るように巨大な竜舎のある方向へと下降し始めた。


「……その格好。最初、誰だか……分からなかった。似合ってるよ。スイレン」


 リカルドが耳元でぼそっと言ってくれた、その言葉がとても嬉しくて、真っ赤になったスイレンはさっきとは違う理由で泣きそうになった。

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