4-7 考察
初めて食べるシャリシャリとした食感の氷菓子を味わいつつ、スイレンは思い思いに砂浜で寛いでいる皆に目を向けた。
今日こそは話し掛けようと思っていたアリスは暑い夏向けとは言え、水着ではなく南国風の色鮮やかな生地の服を身に付けていた。ゴトフリーの隣で、表情を忙しく変えながら何かを話していて楽しそうだ。
「なー。さっき見えた洞窟、明日にでも本格的に行ってみない? 昨日リカルドと初めて行った時には、ただ森の中にある入口に抜けただけだしさー……まだまだ、奥の方は深そうなんだよな」
エディは氷菓子を大きな口で何口かで完食して、海側の岩肌にも入口があった島の洞窟に入ってみようと提案した。
「俺はもう一回、行ってみたい。何か人為的に造られたものもあったし。もっと奥の方には、何かあるのかも」
リカルドは昨日エディと行った洞窟について、昨夜の夕食時も楽しそうに話していた。自然に出来た洞窟なのかと思えば、大昔に海賊のような人物が身を隠していたのかもしれないと彼なりの仮説を立てていた。
「宝探しかい? 楽しそうだね。賛成」
「仕事で魔物退治しに行くのとは、訳が違うもんな。たまには楽しそうだし、行ってみよう」
ブレンダンとゴトフリーは自分たちも行ってみたいと賛成したが、レオとナイジェルの二人は夕食を作る時間の確保のためなどを理由に断っていた。
「じゃあ、明日は朝から探検しよう! 無人島の洞窟探検、漲って来たー!」
自分の言葉にどんどん熱くなって来たらしいエディはまた砂浜を一人で走り出して、海へと飛び込んでいた。
◇◆◇
砂浜から少し歩いた岩場に丁度座るのに良い場所があったので、スイレンは涼みたくて冷たい海水に足を浸していた。
(どうしよう。話すタイミングがない)
スイレンとアリス以外の面々は、幼馴染とも言える仲で彼らは職場も一緒で内輪の話もある。彼らは本当に仲が良いので、とにかく話が続くしスイレンが入れるような切れ目もない。スイレンにも話を振ってくれたりもするのだが、話題の中心はすぐさま移ってしまう。
「あのっ……こんにちは。改めて、アリス・フォークナーです。皆がずっと話してたから。なかなか話す機会がなくて……皆、本当に仲が良過ぎるから、仕方ないんだけど」
「こんにちは……」
思わず反射的に返事をしてしまったスイレンは、驚いてしまった。にこっと微笑んだアリスは長い黒髪を後ろで縛っていて、涼し気な恰好をしている。隣に腰掛けて足を冷たい海水に浸すと、嬉しそうに笑った。
「冷たいっ! こんなに暑いけど足だけでも浸すと、気持ち良いですね。私、別荘のすぐ近くに海があるっていうから、水着持って来たんだよ。けど、ゴトフリーが絶対ダメって言うから。泳ぐの楽しみにしてたのに」
アリスは不満げに口を尖らせたので、スイレンは話しやすい彼女に安心してほっと息をついた。
「あ。私も、同じです。水着は、持って来たんですけど……」
「リカルドさんも? もうっ……本当に、嫌になりますよね。自分たちは気持ち良さそうに、海で泳いでる癖に……別に他の皆も、私が水着を着てても気にしないと思うんですけど」
海の中で泳ぎながら楽しそうに談笑している彼らを見て、アリスはむっとして不満そうな顔になった。彼女は喜怒哀楽を、素直に顔に出す人のようだった。
(良かった。すごく話しやすそう)
「私、実はアリスさんと話したいなって思ってたんです。出来れば、お友達になりたいなって思って……」
緊張しつつスイレンがそう言えば、アリスはふふっと口を手で押さえて笑った。
「もちろんだよー。そう言って貰えて、嬉しいです。私はゴトフリーと付き合ったばかりなんだけど、竜騎士と付き合ってるって、なかなか取り扱いが難しいんだ。同じ職場だから、仕事中もたまに会えるのは嬉しいけど、それを好意的に見てくれる人ばかりじゃないんだよ」
竜騎士と城という職場で付き合う苦労を口にして肩を竦めたアリスは、水に浸かった足をバタバタと動かしてはあっと溜め息をついた。
「色々……あるんですね」
「うん。けど、私はゴトフリーと付き合えて嬉しいから、良いんだけどね。私、実はリカルドさんに助けて貰ったこともあるんだよ。彼は凄く有名な竜騎士だし、ゴトフリーと同期だって聞いてびっくりしたんだ。あのね。聞いてみたかったんだけど……リカルドさんって、どんな感じなの……?」
顔を少し赤くしたアリスは注意深く周囲を見渡してから、聞きづらそうにしてスイレンに聞いて来た。
「どんな感じ……ですか?」
アリスが言わんとしていることが理解出来なくて、スイレンは首を傾げた。
「うん。あの……」
顔を近付けたアリスが言葉を続けようとしたその瞬間に、いきなり足元の海面から竜の顔がにゅっと現れて二人は大きな悲鳴を上げた。
二人の驚いた顔を見て、口を大きく開けたパトリックは楽しそうにきゅるきゅると可愛らしい鳴き声を周りに響かせた。
「っ……パトリック! びっくり……した!」
「もうっ、ひどいよー! びっくりさせるなんて!」
油断したところにいきなり現れて口々に抗議する二人を驚かせて満足したのか、パトリックはまた笑うようにして鳴いてから海の中へと潜って行った。
「もうっ……パトリックって、すごく悪戯が好きなんだよ。ナイジェルはすごく大人なのに、正反対の性格だから合うのかな?」
アリスは彼氏の他の同期と既に良く知っている仲のようで、不満そうに口を尖らせた。
「それを言うなら、ワーウィックはすごいお喋りなんですけど、リカルド様はあまり喋らないので……」
「そっか。そういうことなら、お互いを補いあってるんだね。不思議。けど、ブレンダンさんとクライヴは、なんとなく似てるよね。エディとスティーヴもどっちも明るいかも。そう、もしかしたら、二パターンあるのかな。きっと正反対のコンビと、似ているコンビなんだよ」
それから竜と竜騎士の相性について自分なりの考察を、スイレンに話し始めたアリスはブレンダンからの前情報の通り、頭が良過ぎて疑問に思ったことはすぐに解決しようとしてしまう人のようだった。
スイレンが彼女の話にうんうんと相槌を打てば、そうだよねと嬉しそうに話を続けるアリスは一人だったスイレンに、ようやく出来た大事な友人になりそうだった。
◇◆◇
楽しい時はすぐに過ぎて夜になり、また美味しい料理がテーブルいっぱいに並んだ夕食後、リカルドに散歩に誘われたスイレンは、未だ温かな熱を持っている白い砂浜を歩いた。
クライヴが造ってくれた大きな氷塊は、ようやく水になって溶け切ったようだった。
透き通る海の上にある薄紫色の夕暮れは、もうすぐ紺へと色を変えて輝く無数の星を浮かべるだろう。
「……楽しい?」
「はいっ……とっても! リカルド様、連れて来てくれてありがとうございます」
その事がずっと気になっていたのか、聞きにくそうだったリカルドに、スイレンは微笑んで返した。
「良かった。アリスさんは、俺も良い子だって知ってるけど……人は相性もあるから」
「はい。こういう風に、皆さんと一緒に旅行したり……楽しいです。ガヴェアに居た頃が、本当に夢だったみたいで……」
「……スイレンを攫って来て、良かったよ。俺はあの時のことを、自分勝手なことをしてしまったとずっと思っていた。スイレンは国に帰りたくないとは言ったけど、聞く時間がなかったは言い訳にしかならない。君の意向を先に聞かずに自分勝手に連れて来たことは、確かだから」
「リカルド様……」
「けど、俺の近くで幸せそうに笑っていてくれると、嬉しい。ずっと、そうであればと良いと思う。これからも」
そして、リカルドは指を絡ませて、スイレンの手を強く握った。彼の茶色の目の奥には、微かな憂いがあった。通常であれば、それはなかったものだ。
(そうであれば……リカルド様は、もしかしたら凄く不安なのかもしれない。お姫様のことは、簡単に解決出来るような問題じゃない。だから、こんな風に明るくはしゃいでるのかな……決して辛そうに、見えないように)
リカルドは真面目だと、スイレンは彼の近くに居る人から何度も聞いた。だからこそ、そんな彼が追い詰められるような事態が、早く過ぎてしまえば良いのにと思う。




