4-6 氷菓子
「うわー。こいつらマジか……初日から、はしゃぎ過ぎたからって、もう寝たの? 子どもかよ」
ゴトフリーと名乗った金髪の竜騎士は、仕事終わりに到着して早々、リカルドとエディが既に眠っていることを聞いて、幸せそうに寝ている姿を確認し呆れた様子でそう言った。
「エディはいつものことだけど、リカルドがそんな風になるなんて珍しい。最近、大変だったから余計に休みに入って、嬉しかったのかもしれないね」
いかにもな旅行用の荷物を手にしたブレンダンは苦笑して、そう言った。
「この二人に関しては、そういう訳だから。見ての通り、寝てる。とりあえず、ゴトフリー達の使う部屋に案内する」
そう言って、レオは先にゴトフリーとその彼女のアリスの二人を案内をしに、彼ら用に用意した部屋へと向かっていった。残されたスイレンにブレンダンは、手に持っていた荷物をとりあえず床に置いて微笑んだ。
「……ワーウィックの番のことは、僕もクライヴから聞いた。上手く行って、良かったよね。けど、僕たちに内緒にしたかった理由については、驚いたけど……まあ、それだけ彼らにとっては、大事なことだったってことだよね」
ようやくクライヴから詳細を聞くことの出来たらしいブレンダンは、肩を竦めてそう言った。彼の言葉にはそういった意図はないとわかっていても、スイレンはどうしても以前彼から愛の告白を受けたことを思い出してしまう。
ブレンダンはあの時、スイレンに断られ潔く身を引いた。けれど、彼に次に好きな子が出来るまで好きでいて良いかと問われ、それを許したのはスイレンだ。
(それだけ、大事なこと……そうだよね。誰だって絶対に緊張して……もし、断られれば辛い)
ブレンダンはリカルドと近い関係性があって、彼はスイレンに告白してどんな事が起こるかということも、すべて承知していたはずだ。けれど、可能性が全くない状態とわかっていても、彼は何も言わずに諦めることはせずに自分の意志を伝えた。
それは、どれだけの勇気が必要だったのだろう。
「スイレンちゃんは、もう夕飯食べたの? 僕は残業終わりでそのまま来たから、まだなんだよね。お腹ペコペコだよ」
お腹を押さえてお道化てそう言ったブレンダンには、何の他意も見つからない。だからこそ、彼がどれだけ努力して、スイレンの前で何事もなかったかのように見えるようにしているのかを、どうしても想像してしまう。
自分が余計なことまで考え過ぎてしまっていると気が付いたスイレンは、慌ててブレンダンに返事をした。
「レオ様も、忙しそうですし。良かったら、私が用意しますね。パトリックが、昼に海で貴重な魚を捕ってくれたんです。本当に、美味しかったんですよ。レオ様が料理上手なのも、あるとは思うんですけど」
案内しようと廊下に出て食堂に向かうと、ブレンダンは荷物を置いたままで付いて来た。
「レオは、竜騎士を引退したら料理店出したいみたいだからね。今から料理の研究に、余念がないんだ。スイレンちゃんも料理が上手だけど、もしもっと上手くなりたいと料理を習いたいなら聞いてみると良いよ。レオは根からの理論派だから、教えるのは上手いと思う」
「わあ……私も、もっと料理が上手くなりたいです。テレザさんから、聞いたことをそのまましているだけなので……」
誰かに料理が上手いなどと言って貰えるような腕前ではないと恥ずかしそうにしたスイレンに、隣を歩くブレンダンは微笑んだ。
「それがね……出来ない人が、結構多いんだよね。料理って結局はレシピ通りに作れるようになってから、アレンジをしたりするようになる。要するに基本的なことが一番大事なんだけど、そういうことがわからない人って多いから。それが間違えずに出来るだけでも、十分に才能があると思うよ」
「あっ……あの、他のお二人は? 用意した方が良いでしょうか?」
スイレンはそういえばとブレンダンと一緒に到着した二人はどうなのだろうかと、首を傾げた。そして、さっきレオに言われたことを思い出した。
(気軽に喋れば良いとは、言われたけど……仕事先の人ではない女性と、話す話題って……)
「ああ。あの二人なら、もう夕食は食べて来ているから大丈夫。哀しいことに、今夜残業をしたのは訳あって僕だけなんだ。何か食べてから来るつもりだったのに……そんな時間もなくて」
「あの……アリスさんって、どんな方ですか?」
唐突なスイレンの質問をそんなことを聞かれると思っても見ていなかったのか、ブレンダンは目を丸くした。
「え? アリスさん? そうだなあ……城の文官をしているくらいだから、物凄く頭が良いんだけど……」
「……だけど……?」
「うん。この前にも言っていたけど、良い子だよ。スイレンちゃんがそんなことを聞くなんて、思わなかった。何かあったの?」
本人たちが話していないのに自分の印象で前情報を言わない方が良いと判断したのか、ブレンダンはスイレンにそう質問し返した。
「あの……実は、さっきレオ様と話していた時に、私ってもしかして、皆さんのように友人と言える存在がいないのかもしれないと思いまして……だから、レオ様がアリスさんに話してみたら良いんじゃないかって……」
初対面のアリスは見るからに可愛らしい女性で、スイレンに感じ良く挨拶をしてくれた。けれど、どうしても彼女との関係を失敗したくないと思ったスイレンは、本人を目の前にしてより不安になってしまったのだ。
「うん。なるほど。最初に言っておきたいんだけど、今まで友人が居ないことは何も恥ずかしいことじゃないよ。気が合うなんて、基準は曖昧で人それぞれなんだし、合う人が居れば合わない人も居ることは当たり前だからね。だからこそ、長い人生の中でもかけがえのない貴重な存在になるんじゃないかな」
「……はい」
ブレンダンは、スイレンが言わんとしたことを、正確に理解してくれたようだった。
「けど、別にアリスさんとスイレンちゃんが、もし仮に上手く行かなくても、僕らは大丈夫だから。気軽に話かけてみたら良いんじゃないかな。若い頃に、レオとナイジェルの元彼女同士が凄く仲悪くても、集まった時には適当に流してたし……ああ。うん。けど、僕が見ている限り、大丈夫だと思うよ。そんなに緊張しなくても」
「彼女同士が……そういうことって、良くあるんですか?」
苦笑したブレンダンが大した問題でもないと言いたげにそう言ったので、スイレンは驚いた。絶対に関係構築には失敗出来ないとまで思っていたから、もう既に失敗例があると言われたことが、にわかには信じられなかったのだ。
「あるある。さっきも言ったけど、自然体が一番だから、上手く行くようになんて努力しなくて良いんだよ。スイレンちゃんの、思うように話したら良いんだ。友人なんて、無理して作るものでもないからね。僕たちはまあ、もう仲が良いとか悪いとか、そういうことはもう越えてしまっている関係にあるけど、考え過ぎると上手く行くものも行かなくなる。リカルドだって、無理をすることは望まないはずだよ」
「はい。ありがとうございます」
そこでレオが戻って来たので、ブレンダンの食事の支度を彼に任せてスイレンは部屋へと戻った。
(とにかく……自分から話し掛けてみなければ、何も始まらないわよね。明日、話し掛けてみよう……)
◇◆◇
無人島に来てから、二日目の朝。暑い日差しに、雲ひとつない真っ青な空。どこまでも広がる美しい海は透き通り、小さな魚が無数の群れを為すのが見えた。
(日差しが痛い……今まで長くは外に居なかったけど、すぐに灼けてしまいそう)
スイレンはクラリスの薦めで持参した日焼け止めを塗りつつ、既に海水浴を楽しんでいる面々を眺めた。
「……スイレン。何か、緊張してる?」
昨夜先に眠ってしまっていたリカルドは、夜の間に目覚めて部屋に帰っていたようで、朝にはスイレンの隣で寝ていた。それから、すぐに朝食に呼ばれたので、スイレンが今日緊張している相談をリカルドにはまだ出来ずに今に至っている。
「はい。あの、実は……」
「氷菓子、出来たー! 取りに来てー!」
スイレンがリカルドに話そうとした、その瞬間にエディの大きな声が被った。
彼がお願いして氷竜クライヴが砂浜に大きな氷塊を作り出したので、それを削ってから甘い蜜を掛けたものを人数分作っていたようだった。熱い砂浜も巨大な氷が放つ冷気で、ほどよく涼しくなっている。
リカルドは何かを言おうとしたスイレンの話の続きを促そうとしている様子だったが、皆から遅れてしまうと首を横に振って彼の手を取った。
海に入っていた面々も戻って全員が揃ったところで、砂浜に座って氷菓子を食べる事になった。




