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1-6 知っていた

 次の日、寝つけなかったスイレンが目覚めればすっかり日は高かった。


 リカルドが持ってきてくれた紙袋に入っていた、可愛らしい形の水色のワンピースを着る。


 寝坊してしまったと慌てて自分の部屋から出て階段を降り、昨日夕食を頂いた居間を覗くと、白い布が掛けられた美味しそうな朝食が用意されていた。


 傍には机の上に流麗な文字で置き手紙があり、疲れているだろうからゆっくりと休むようにと書いてあった。


 スイレンは初めて見る彼の文字が嬉しくて、思わずリカルドの署名を指でなぞってしまった。彼から想像する通りの、きっちりとした美しい文字だった。


 リカルドは、もう家を出てしまっているようだ。


 通いのメイドのテレザも、何かの作業をしているのか。今は近くに居ないようで、姿が見えない。


 スイレンが用意されていた朝食を食べて皿洗いまで終わらせると、涼やかな呼び鈴の音がした。


「やあ。スイレンちゃん、今日も可愛いね。こんにちは」


 玄関を開ければ、昨夜も会ったばかりのブレンダンが悪戯っぽく微笑んでいた。


「おはようございます。ガーディナー様。あの、今リカルド様は……」


「いないよね。もちろん。知ってる知ってる。あいつが主役の凱旋式は、時間的にもう始まっているから。良かったら、スイレンちゃんも僕と見に行かない?」


「え、でも」


 昨夜リカルドから、凱旋式へは来てはダメだと言われているために、スイレンはブレンダンの言葉に逡巡した。


「良いから。良いから。正式な竜騎士服着ているあいつを、見たくない?」


(正式な竜騎士服を着ている、リカルド様……)


 コクっと、自然に喉が鳴った。


 リカルドは黒い竜騎士服も良く似合っていたが、正式な竜騎士服というと、どういった物なのだろうか。


 スイレンの思っていることなどお見通しと言わんばかりで、ブレンダンはさり気なく胸の前にあった手を取り、困惑しているスイレンを誘い出した。


「あっ……あのっ……でも」


「平気平気。凄い人出だから。スイレンちゃんから、あいつに行ったって言わなきゃバレないから……ただ、そのワンピースも良く似合っていて可愛いけど、せっかくだからもっとお洒落をして行こう」


 ブレンダンはスイレンを強引に自分の乗って来た馬車へと乗せると、御者へと合図を出した。


「僕は、竜騎士なんだけど。あいつと違って、商人の家の出身でね。昨日の夜びっくりしたよ。リカルドが僕の家までやって来て、急用だから店開けろ! だもんね。まあ……確かに店主の息子の僕が無理が利くのは間違ってないけど、サイズもわからないのに女性用の下着を適当に用意しろは参ったな」


 ブレンダンはやれやれと言った様子でそう言うと、隣に座るスイレンを見て甘く微笑んだ。


「サイズが合っているみたいで、良かったよ。僕。女性のサイズを当てるのは、得意なんだ」


 スイレンは、意味を察して顔を赤くした。女性にモテそうだと思った第一印象は、間違っていないようだ。この調子で、女の子を誑し込んでいるに違いない。


「あのっ……どこに、行くんですか?」


「んー……僕の実家の店。女性用の服飾店でね。女の子に服買ってあげたりするのは、好きなんだ。せっかくこうして僕とデートすることになったんだし。お洒落をして楽しもう? ね?」


 魅力的な笑顔を向けられ首を傾げられて、スイレンは返答に困った。


 正式な竜騎士服を着ているというリカルドを見に凱旋式に行くはずの話が、いつの間にかブレンダンとのデートすることになってしまっている。


「僕に任せておけば、心配は要らないから……何も、心配することは要らないよ」


 ブレンダンはそうして好青年な顔をして爽やかに微笑んだので、スイレンは困惑しながらも彼の言葉に頷いた。



◇◆◇



「うん。僕が思っていた通りだ。めちゃくちゃ可愛い」


 待っている間に自身も黒い竜騎士服に着替えていたブレンダンは、彼が選んだドレスに着替えたスイレンを見て満足そうにして頷いた。


 伸ばしっぱなしだった栗色の髪は、店で雇われている髪結師に切られ梳かれて流行の形という髪型に結われている。そして、スイレンにとっては生まれて初めての化粧も施されている。


 そして、ブレンダンの選んだ白いレースの縁取りが意匠された紫色の小花柄のドレスは、スイレンにとても良く似合っていた。


 ブレンダンは店の使用人に料金はいつも通りにとだけ言い残すと、慣れない高い踵の靴にスイレンを馬車へとエスコートした。


「お金のことは、別に気にしなくても良いよ。竜騎士の俸給って命を掛けている分、それなりに高い。自慢する訳でもないけど、僕の実家も見ての通り大金持ちだから」


 飄々とそう言ってのけるブレンダンに、今までこんな格好をしたことのないスイレンは俯いた。


 後で返せと言われてしまっても、そのお金がスイレンにはない。最悪の場合は、保護してくれているリカルドに借りることになるだろう。


「ああ……そろそろ、城だ。ガヴェアの王都も美しくて有名だが、ヴェリエフェンディ自慢の城も美しいよ。よく見て」


 ブレンダンに誘われるままに、スイレンは窓から白亜の美しい城を見た。


 御伽噺の舞台になりそうな、優美で女性的な城だ。美しい絵画がそのままこうして風景になったような、不思議な気分になった。


 そして、そこで今まさにリカルドが主役となる凱旋式が、行われている。


 スイレンが美しい城にじっと見入っていた間に、あっという間に城の馬車止めに到着した。


 もう着いていたと慌てて降りようとするスイレンに手を差し出しながら、ブレンダンは言った。


「さ。急ごう。そろそろ、あいつが城のバルコニーに出て挨拶をする頃だ」


 竜騎士である証の黒い騎士服を着ているブレンダンには城を守る衛兵達も、丁重に頭を下げて敬礼をする。


 城中央にある広場には、ざわざわとした人だかりが見えて、国民の誇りである英雄の凱旋を国民達が待っている。


 やがて、王族達が挨拶をする時に使用する大きなバルコニーに、見覚えのあるリカルドが現れた。


 集まった民衆から熱狂的な歓声が巻き起こり、リカルドは手を振ってそれに応えた。


 濃紺の生地で金と白の豪華な意匠が施された、いかにも物語に出てくる騎士といった出で立ちだ。その騎士服は、端正な顔立ちのリカルドに良く似合っていた。


 スイレンは、リカルドが登場したことを顔を綻ばせて喜ぶ。


 ブレンダンはスイレンの様子を面白そうに見て、彼の胸にたくさん着いている徽章は一つ一つが素晴らしい戦果を挙げたという褒美で、彼がこの国の英雄である証だと教えてくれた。


 そして、一人の美しい令嬢が彼に近づいて、祝福の花冠を頭に乗せ、リカルドの頬にキスをした。


「あれ? イジェマじゃないか。あいつも、この凱旋式に出ることになっていたのか……あれは、リカルドの婚約者で……」


 後ろに居たスイレンの事を振り返ったブレンダンは、思わず絶句した。


 スイレンは遠くにいるリカルドと令嬢の二人を見つめたまま、何も言わず静かに頬に涙を流していたからだ。


 スイレン自身もなぜこうして涙が出てくるのか、わからなかった。彼に婚約者が居ることは既にわかっていた。この恋が叶わないことは、元から知っていた。



(知っていたのに)



「スイレンちゃん。ごめん。僕のせいだ。見たくないものを見せてしまったね」


 スイレンの様子に顔色を変えたブレンダンは、慌ててスイレンの手を引き寄せ広場の出口へと歩みを進めた。


 我らが英雄の無事な姿を見に、前方へと進みたい人が多いせいか。反対方向へ向かう分には、道を空けてくれて出口に進むのは楽だった。


 ようやく人目のない小部屋にまで辿り着くと、ブレンダンは困った顔をした。涙が止まらないままの、スイレンの事を見やった。


「……あいつのことが、本気で好きなの?」


 ブレンダンは、揶揄うでもなく真面目に聞いた。スイレンは何度か頷いて、彼の質問に肯定で答えた。


 そんな様子を見て、ブレンダンはふうっと大きく息をついた。


「辛い恋になるよ。リカルドは貴族だし、こうして英雄と呼ばれているくらいに国民からの注目度が高い。それに、さっき見たイジェマはあいつが幼い頃から決まっていた婚約者だから……もしかして。ガヴェアに居る時に、あいつから何か将来の約束を貰ったの?」


 緩く首を横に振って否定したスイレンを見て、ブレンダンは嘆息した。


「……そうか。リカルドも、そのくらいの分別はあったってことか……そうだな。スイレンちゃん、僕と気晴らしに空の散歩でもしようか?」


 彼の言葉に驚いたスイレンは、思わず涙を止めてブレンダンを見た。彼はなんとも言えない顔でスイレンを見つめ、どう答えるかどうかを窺っているようだった。


(ここで、ずっとこうしている訳にもいかない……)


 少し時間を置いて、スイレンは頷いた。



◇◆◇



 また、二人が馬車に乗って訪れたのは、巨大な半円形の建物だ。


 昨日スイレンがこの国に降り立った時にもこの場所に来たから、きっとヴェリエフェンディが誇る竜騎士団の駆る竜達が住むところなのだろう。


 ブレンダンの大きな手に引かれて入った竜舎は、とにかく広大だった。


 ブレンダンは慣れた様子で中で作業をしていた騎士見習いらしい若い男の子に、騎乗用の鞍を用意するように言うと軽くヒュウッと口笛を吹く。


 その時、巨大な竜舎の中を飛行していた青い竜が、一直線にブレンダンの立つ場所に降り立った。どうやら、ここが竜が竜騎士を乗せて飛行する前の準備する場のようだ。


 駆けつけた騎士見習いの男の子達が、何人か掛りで青い竜へと素早く鞍を取り付けていく。


「大分上達してきたな。その調子で」


 ブレンダンは作業が終わり、傍に整列した騎士見習い達を労うと、待っていたスイレンに手を差し出した。


 恐る恐る大きな手を取ると、ぐいっと鞍の前側に横座りに座った。昨日着ていた簡素な服とは違って、今日着ているドレスではとても鞍を跨れないのだ。


「さあ、行こう。空の散歩は楽しいよ」


 ブレンダンの楽しげなその声を合図に、青い竜は建物上部にある四角い空に向かって大きく飛翔した。

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