4-3 水着
一気に下降して、すぐに竜の背から降り立つことになった無人島は、スイレンが想像していた以上に素晴らしく広くて大きかった。緑が生い茂る中央部分には、高い位置に大きな木がシンボルのようにして立っている。
砂浜にまで出迎えに来てくれていた金髪に眼鏡のレオという竜騎士が、ここでは暑いからと挨拶も早々に別荘へと案内してくれた。リカルドとスイレンの使う二人部屋に案内してくれれば、彼は料理が途中だったからとさらっと去って行った。
もし彼が料理をしているのなら自分も手伝わなくて良いのだろうかと、扉を見てそわそわとしていたスイレンに気が付いたリカルドは微笑んで言った。
「レオは、料理が趣味なんだ。あいつは凝った調理をすることがたまの休みの楽しみだから、スイレンは何もしなくても良い。気にしなくて良いよ。何か手伝って欲しかったら、向こうから言ってくると思うし」
担いでいた荷物を大きなベッドに無造作に置いたリカルドは、肩を竦めた。
「男性で料理が、趣味なんですね。わ。すごく……素敵ですね」
スイレンの住んでいたガヴェアでは、伝統的に男性は外に仕事に出て、料理や掃除などの家事は女性がするものという意識がとても強かった。だが、ヴェリエフェンディでは、リカルドのような使用人を当たり前のようにして雇う貴族は別にして、男性も家では拘りなく料理したり洗濯したりといった家事に参加することが多いらしい。
「そうだよ。俺は出来ないけど、俺の同期には料理出来る奴は多いよ。店に出るような本格的な料理が出来るのは、レオとゴトフリーくらいだけど。ブレンダンもナイジェルも、簡単な料理なら出来るし。付き合いも長いし全員の料理を結構な回数食べたことあるけど、美味しかったよ」
幼い事からの長い付き合いの彼らは、お互いの家も出入りをすることが多かっただろう。それに、騎士学校時代も、まるで合宿のように寝泊りすることもあったのかもしれない。
「……リカルド様とエディ様の二人は、料理出来ないんですね」
到着してとりあえず服を整理しようと、袋の中から何着か取り出したスイレンは、畳んだままで皺にならないようにしようと、そのままの状態で掛けられる洋服棚を目で探した。
「うん。エディはあの通り、大雑把なんだ。調味料を計ることなんて、考えない性格だし。俺は……一応はやったことはあるんだけど。あんまり、料理は向いてないみたい」
「ふふっ……どうして、向いてないんですか?」
スイレンの疑問に答えずにリカルドはいきなりベッドに倒れ込むと、ふかふかな白いベッドの上で両手を広げたまま寝っ転がった。
「……うん。本当に、家具は最高級品を運び入れたんだな……レオ。失恋後の思い切った無駄遣いの買い物にしても、これは高かっただろうな……」
わざとらしく話を変えたリカルドを見て、スイレンは不思議に思いながらも、この旅行のために購入した暑い土地で過ごしやすい服を何枚か洋服棚に掛けていった。
(何か……言い難いことがあるのかしら。リカルド様って、英雄って呼ばれている貴族なのに、驕らないし飾らないし。なんでも、簡単に出来そうではあるけど……もしかしたら、料理が出来ない特別な理由があるのかもしれない)
「あ。今日……水泳、するんですよね? 今から、私も着替えておいた方が良いですか?」
スイレンは海の近くの別荘に来るからと注文して購入していた水着をパッと広げると、ベッドに横たわっていたリカルドは飛び跳ねるようにして身体を起こした。
「え……? ちょっと待って。スイレンの、水着って……俺は全く聞いてないけど、誰から何か聞いた?」
「はい。リカルド様はこのところ忙しかったので、あまり相談が出来なかったんですけど……クラリス様が南国用の服を注文する時に、一緒に買ってくださって……」
夏に気持ち良い、さらさらとした素材の色鮮やかなワンピースをクラリスの行きつけのメゾンで何着か作ったスイレンは、彼女に「せっかく南国に行くなら、絶対に海で泳がなきゃ。水着がないとダメよ」と、言われて特別に注文して作って貰ったのだ。
「……どんな水着? 見せて」
ゆっくりと近付いて来るリカルドは、複雑そうな表情だ。薄く水を弾く生地で作られた上半身はほぼ覆うふんわりしたシャツのようなものと、短い下衣。あまり肌は出ないようにと、一番露出度の低いものを選んだ。色はクラリスのたっての希望の指定で、何故か白だった。
リカルドはそれを手に取って広げて見て、眉を寄せて黙りこんでしまった。
「あの……?」
戸惑ってスイレンが声を掛ければ、リカルドは目を閉じてから、はあっと大きく息をついた。
「スイレン。ごめん。この水着を着た君を、他の奴に見られたくない。今回は無人島でのんびりするために来ているし、また別行動することもあるだろうから。その時に、二人で泳ぎに行こう。俺の前でだけ、これは着るようにして欲しい」
真剣な眼差しの訴えに、スイレンは戸惑いつつ何度も頷いた。
「あのっ……ごめんなさい。そんなに、ダメでした?」
この国では教師のような存在になっているクラリスはこれでバッチリだと太鼓判を押したので、今まで特に疑問を抱くこともなかったスイレンは急に不安になってしまった。
表情を曇らせたスイレンを見て、リカルドは水着をそっとベッドの上に置いて彼女を抱きしめて言った。
「違う。これは、ちょっと……魅力的だし、肌を出し過ぎだよ。俺だって、仲良い同期と君を奪い合うような血みどろの争いはしたくないし……」
「ふふっ……皆さん、私のことなんて気にしませんよ。リカルド様って、本当に心配性ですね」
まるでじゃれ合う子犬のようだった、先程の彼らのやりとりを思い出して、スイレンは微笑んだ。
まだここに居るのは、リカルド以外には三人だけなのだが、全員それぞれ個性の違う魅力的な男性だし、わざわざ仲良しのリカルドの恋人に手を出さなくても引く手あまただろう。
「そういう……社会的な理性を敢えて失わせるような、可愛い君が罪な水着を着るのは良くないと思うんだ。スイレン。わかってる?」
リカルドはスイレンの頬を大きな両手で包み込み、自分を見上げる彼女に子どもに言い聞かせるようにして言った。
「リカルド様。言い過ぎです。今日だって、エディ様に向かって私が妖精かもしれないとか……止めてください。リカルド様は、本当にそう思っているかもしれないですけど。エディ様は、呆れてましたよ。きっと……私たちの……その……」
(お互い以外しか目に入らない、そんな風な人が私にも出来るだなんて……本当に、思わなかった)
ガヴェアに居た時、このままずっと一人で。自分には変えられない運命の元、生きていくしかないと諦めていた。ワーウィックに乗ったリカルドが、危険を顧みず攫ってくれた時。あの時に、きっとスイレンの決められていたはずの運命が、大きく変わったその時だったのだ。
「エディは、今はもう気にもしてないよ。そういう奴だから、大丈夫。それに、俺の同期は俺の性格をわかっているし。こういう夏季休暇で付き合いたての恋人とお熱いところを見せるのは、皆一緒だから。大丈夫だよ」
確かに明るくて細かいことを気にしなさそうだったエディを思い出して、スイレンは微笑んだ。彼はただそこに居るというだけで、その場をパッと明るくしてしまえるという特異な才能に恵まれているようだった。
「……ブレンダン様も、恋人って連れて来たことがあるんですか?」
話の流れの中で聞いたスイレンの何気ない疑問に、リカルドは少し驚いたようだった。
「いや……あいつは、確かに異性にモテるにはモテるけど。そこまで、今まで本気で付き合った人は居ないんじゃないかな。いつも女の子から誘われるままに、適当には遊んでいたみたいだけど……だから、あいつが本気で好きになったのは、スイレンが初めてだと思うよ。幼い頃から一緒に居た俺たちも、驚いたくらいだから」
「そう……なんですね」
(いけない。こういう話題になるって、思っていなかった。きっと、ブレンダン様って、凄く綺麗な元恋人が何人も居るのかなって、なんとなく思っていたから……気にしているような聞き方は。あまり、良くないよね)
真面目な目をしたリカルドは何を考えているか、読めない表情でスイレンを見下ろしていた。
やがて彼の中での考えが落ち着いたのか、苦笑してからスイレンの髪を優しく撫でた。
「うん。まあ良い……暑いし俺も泳ぎたいから、海に行こうか?」
「はいっ……」




